(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月21日10時50分
北海道釧路港外
(北緯42度57.1分 東経144度19.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第一〇三幸漁丸 |
総トン数 |
160トン |
全長 |
39.13メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
956キロワット |
(2)設備及び性能等
第一〇三幸漁丸(以下「幸漁丸」という。)は,昭和63年3月に進水した,沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で,主機としてB社が製造した6MUH28A型と呼称する,計画出力956キロワット同回転数毎分605(以下,回転数は毎分のものとする。)の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関と可変ピッチプロペラを備え,主機の各シリンダには船首方から順番号が付されていた。
主機は,定格出力1,618キロワット同回転数720の原機関に負荷制限装置を付設したものであるが,同装置が解除されて運転されていた。
(3)主機のピストン等の構造
主機のピストンは特殊鋳鉄製の一体形で,クランクピン軸受を潤滑後連接棒油穴を上昇した潤滑油が浮動式のピストンピン軸受を潤滑したのち,同ピン中空部とピストンの同ピンボス部油穴を通り,ピストン頭部の冷却室に至って冷却後,クランク室に落下するようになっていた。
なお,連接棒小端部の上端穴には,潤滑油が逃げないよう,呼び径20ミリメートル(以下「ミリ」という。)の鋼製盲プラグ(以下「連接棒プラグ」という。)がねじ込まれており,緩まないようかしめてあった。
(4)主機の潤滑油系統
台板内の油だめから直結ポンプに吸引加圧された潤滑油が,複式金網こし器(以下「吐出側こし器」という。),冷却器(以下「潤滑油冷却器」という。)を経て,右舷側の入口主管に至るようになっており,圧力調整弁を経て補助タンクに至り,あふれ油が油だめに戻る循環系統を有し,同主管部の圧力が約3.6キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。),圧力低下警報及び圧力低下自動停止各装置の作動値がそれぞれ2.5キロ1.8キロで,油だめ内油量が約650リットル総油量が約2,600リットルであった。
また,潤滑油冷却器から延びた呼び径80ミリの油管は,5番シリンダと6番シリンダの間で同径の入口主管に接続し,同主管から各主軸受に至るようになっており,呼び径20ミリの枝管が外部から下方の台板穴に接続し,更に同径の注油管が,中空穴径16ミリ同穴深さ40ミリ側穴径11.5ミリの鋼製ターミナルボルト(以下「注油管ターミナルボルト」という。)によってクランク室側の台板穴に取り付けられ,主軸受キャップに延びてフランジ継手により接続されていた。
なお,4番シリンダのクランクピン軸受には,5番主軸受からクランク軸の油穴を通って潤滑油が供給されるようになっていた。
(5)潤滑油冷却器
機関室上段の右舷側後部に据え付けられた,全長約2メートル胴体径約0.4メートルの円筒多管式で,電動式海水ポンプに吸引加圧された海水が水入り室の下部に入り,管板間の下部冷却管群を通過して水返り室に至り,反転して上部冷却管群を通過して水入り室の上部に戻るもので,両室のカバーには防食亜鉛板が取り付けられていた。
潤滑油は,胴体の一方の上端部から入り,11枚のじゃま板により管群中を上下に迂回しながら流れたのち他方の上端部から出るもので,入口及び出口管の近路管にはワックス式三方自動温度調整弁(以下「温度調整弁」という。)が付設され,潤滑油冷却器の出口温度が摂氏約40度(以下,温度は摂氏で示す。)に調整されるようになっていた。
なお,水返り室側の管板外周と胴体フランジ内周突起とで形成された凹部と同室カバー周囲の凸部はいんろう合わせとなっており,凹部に太さ8.4ミリのニトリルゴム製パッキン(以下「Oリング」という)を挿入し,同室カバーを16本のボルトで締め付けて胴体フランジに密着することにより,Oリングが適度に圧縮され,海水漏れを防止するとともに水・油間が遮断されるようになっていて,管板外周と胴体フランジ内周突起とのすき間(以下「管板外周すき間」という。)が平均約1ミリ最大約2ミリであった。
したがって,Oリングが凹部に正しく挿入されなかったり,水返り室カバーの締付けが平均に行われないなど,Oリングの取扱いを適切に行わないと円周方向に切れて破損片を生じることがあり,その上に新しいOリングを装着すれば,同破損片が管板外周すき間に押し込まれて油側に浸入するおそれがあった。
3 事実の経過
幸漁丸は,例年9月から翌年5月までの間操業を行い,全速力時の主機の回転数及びプロペラ翼角(以下「翼角」という。)をそれぞれ700,21度として年間に約2,700時間使用し,平成14年8月の第一種中間検査で全般的な整備を施工しており,その後出漁前の休漁期には,吸・排気弁や燃料噴射弁の整備,潤滑油の取替え,各冷却器の海水側の掃除と防食亜鉛板の取替えなどを行っていた。
ところで,同16年7月幸漁丸は,乗組員が潤滑油冷却器の水入り室及び水返り室各カバーを開放したうえ,海水側の掃除を行ってOリングを取り替えたが,古いOリングの破損片を十分に除去しないまま,その上に新しいOリングを装着して水返り室カバーを締め付けたので,同破損片が押し込まれて管板外周すき間から油側に浸入し,更にいつしか潤滑油管系へ浸入することとなった。
幸漁丸は,同年9月から出漁していたところ,翌17年1月18日19時45分北海道釧路港を発し,全速力として漁場向け航行中,潤滑油圧力が低下し,20時35分圧力低下警報及び圧力低下自動停止各装置が作動して主機が停止し,同時にクランク室の安全弁が噴気したが,予備潤滑油ポンプを回して吐出側こし器を切り替えたところ潤滑油圧力が回復したので,主機を始動して低速力で帰途に就いた。
22時30分幸漁丸は,釧路港に帰港して修理業者が調査したところ,4番シリンダのピストン及びシリンダライナの焼損が認められた。
19日修理業者は,B社北海道営業所にサービス員の派遣を要請するとともに,21日午前中に臨時検査の海上試運転を行う予定で主機の開放作業を始め,吐出側こし器の金属粉による目詰まりと4番シリンダのピストンピン軸受の焼損及び連接棒プラグの脱落を認め,同プラグ穴から潤滑油が逃げて油量が減少したものと判断した。
また,修理業者は,釧路港に向かっていたサービス員から5番主軸受を点検するよう指示を受け,同軸受を開放するために注油管を取り外したところ,注油管ターミナルボルト部にゴム片が詰まっているのを,A受審人とともに認めた。
釧路港に到着した,サービス員は,脱落した連接棒プラグが変色していたところから,ピストンピン軸受の焼損に伴って2次的に脱落したものであり,注油管ターミナルボルト部へのゴム片の詰まりによって油路が狭められたものと判断し,またゴム片の色合いから潤滑油冷却器に使用されているOリングの破損片であることを認め,同冷却器及び入口主管までの潤滑油管系の点検が必要なことを修理業者に伝えた。
A受審人は,修理業者からその旨を聞いたが,海上試運転まで時間的余裕がなく,Oリングの予備品もなかったこと及び潤滑油管系のフラッシングを行うことから,潤滑油冷却器等の同油管系の点検を行わなかった。
20日修理業者は,主機の復旧作業を始め,4番シリンダの連接棒プラグを取り付けて緩み止めを施し,同シリンダのピストン,シリンダライナ,ピストンピン,同ピン軸受メタル等を取り替えたうえ,夕方同作業を終えた。
次いで,修理業者は,潤滑油管系の金属粉やOリングの破損片等の異物を除去するため,同油管系のフラッシングを行うこととし,油だめを掃除のうえ潤滑油を取り替えたのち,全シリンダの主軸受の注油管を取り外し,予備潤滑油ポンプを使用して吐出側こし器を掃除しながらフラッシングを1時間半ばかり行い,その後翌日の海上試運転に備えて,回転数約600の停止回転で1時間ばかり係留運転を施行し,20時20分ごろ全ての作業を終えた。
ところで,幸漁丸は,冬期のため,フラッシング中の潤滑油温度は約30度であったことから,温度調整弁の作動により潤滑油冷却器の近路管を潤滑油が流れ,同冷却器等がフラッシングされず,潤滑油管系のフラッシングが十分に行われなかった。
こうして,幸漁丸は,A受審人ほか7人が乗り組み,修理業者など4人を乗せ,海上試運転の目的で,船首2.2メートル船尾5.6メートルの喫水をもって,同月21日10時30分釧路港を発し,港外に向けて主機の回転数605翼角21度で航行中,潤滑油温度の上昇とともに,潤滑油冷却器等内に残留していたOリングの破損片が潤滑油管系に浸入し,5番主軸受の注油管ターミナルボルト部に再び詰まって油路を狭め,潤滑油量が減少して4番シリンダのピストンの冷却等が阻害され,再びピストン及びシリンダライナが焼損し,10時50分釧路埼灯台から真方位239度2.3海里の地点において,主機の回転が変動するとともにクランク室の安全弁が噴気した。
当時,天候は晴で風力1の西風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,機関室で主機の運転状況を監視していたところ,安全弁の噴気を認めた。
この結果,幸漁丸は,主機の運転が不能と判断して来援した引船に曳航され,のち4番シリンダのピストン及びシリンダライナ等を取り替え,潤滑油冷却器及び入口主管までの潤滑油管系を点検し,同冷却器と同主管との間にこし器を増設した。
(本件発生に至る事由)
1 潤滑油冷却器を開放してOリングを取り替えた際,古いOリングの破損片が十分に除去されなかったこと
2 5番主軸受の注油管ターミナルボルト部にOリングの破損片が発見された際,潤滑油冷却器等の潤滑油管系の点検を行わなかったこと
3 潤滑油冷却器等がフラッシングされず,潤滑油管系のフラッシングが十分に行われなかったこと
4 再び5番主軸受の注油管ターミナルボルト部にOリングの破損片が詰まったこと
(原因の考察)
本件は,潤滑油冷却器等の潤滑油管系の点検を十分に行っていれば,同冷却器等内に残留していたOリングの破損片を除去でき,再び主軸受の注油管ターミナルボルト部に詰まることを回避できたと認められる。
したがって,主機のピストン焼損事故の修理工事中,5番主軸受の注油管ターミナルボルト部に潤滑油冷却器のOリングの破損片が発見された際,同冷却器等の潤滑油管系の点検を行わず,同破損片が再び同ボルト部に詰まったことは,本件発生の原因となる。
温度調整弁を取り外して仮配管するなどしたうえ,潤滑油冷却器に潤滑油を通してフラッシングを十分に行えば,同冷却器等内に残留していたOリングの破損片を除去できたものと推察される。
しかしながら,Oリングの破損片が潤滑油冷却器のものと分かっているのであるから,なぜ油側に浸入したかの調査を含め,第一に同冷却器を開放点検し,同破損片の残留の有無を確認のうえ,同片を完全に除去してからフラッシングを行うべきであり,潤滑油管系のフラッシングが十分に行われなかったことは,本件発生の原因とするまでもない。
潤滑油冷却器を開放してOリングを取り替えた際,古いOリングの破損片が十分に除去されなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機のピストン焼損事故の修理工事において,主軸受の注油管部に潤滑油冷却器のOリングの破損片が発見された際,同冷却器等の潤滑油管系の点検が不十分で,同工事を終えて海上試運転中,同破損片が再び注油管部に詰まって油路を狭め,潤滑油量の減少により,ピストンの冷却等が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人が,主軸受の注油管部に潤滑油冷却器のOリングの破損片を認めた際,同冷却器等の潤滑油管系の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
しかしながら,以上のA受審人の所為は,機関製造業者サービス員の立会いのもと,海上試運転に向けて,修理業者によりピストン焼損事故の修理工事中であったこと,潤滑油管系のフラッシングが十分に行われていれば,本件が発生しなかった可能性があることなど,当時の状況に徴し,職務上の過失とするまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
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