(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月26日15時30分
長崎県五島列島西方沖合
(北緯32度54.3分 東経128度46.8分)
2 船舶の要目
船種船名 |
漁船第八住宝丸 |
総トン数 |
199.95トン |
全長 |
43.50メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
回転数 |
毎分750 |
3 事実の経過
第八住宝丸(以下「住宝丸」という。)は,昭和54年に進水した船尾船橋機関室型の鋼製漁船で,主として四国,九州地域において,ハマチ等の活魚を養殖場から養殖場へ運搬する業務に従事しており,主機として,B社が製造したG250-E型と称するディーゼル機関を装備し,船橋に備えた遠隔操縦装置によって発停を除く主機の全ての操作が行えるようになっていた。
主機は,連続最大出力956キロワット同回転数820(毎分回転数,以下同じ。)の機関に負荷制限装置を付設して登録出力まで出力制限されており,燃料油としてA重油を使用し,各シリンダには船首側を1番とする順番号が付され,架構の船首側に空気冷却器,その上方にC社製のVTR251型と称する軸流式排気ガスタービン過給機を備えていた。
また,主機は,各シリンダヘッドが燃料噴射弁を中心に右舷側に排気弁,左舷側に吸気弁をそれぞれ2個ずつ直接組み込んだ4弁式で,1番から3番シリンダまでの排気が共通の排気集合管を経て過給機排気入口囲いの下側入口に,4番から6番シリンダまでの排気が同様に上側入口にそれぞれ導かれて過給機を駆動し,フィルターを経て過給機ブロワー翼車によって吸引加圧された空気が,空気冷却器を通って6シリンダ共通の給気集合管に至り,吸気弁を経て各シリンダに供給されるようになっていた。
主機の空気冷却器は,箱形ケースに多数のフィン付冷却管からなる管巣を収め,過給機から送られて冷却管外側を通る空気を,同管内部を通る冷却海水によって冷却する構造で,燃焼状態を悪化させないよう,適宜海水側を点検して掃除や保護亜鉛を新替えするとともに,定期的に空気側を掃除して冷却効率及び給気量を適正に保つ必要があり,取扱説明書には3箇月毎に海水側を点検整備し,1年毎に空気側の化学洗浄を行うよう推奨する旨記載されていた。
住宝丸は,平成16年1月にプロペラ翼を損傷して臨時検査工事を行い,その際,主機を開放受検して全シリンダヘッド付属弁等が整備され,空気冷却器についても,保護亜鉛新替え及び海水側の掃除が行われたが,長期間掃除が行われていなかった空気側が点検されないまま業務に復帰したところ,大気中の油分やほこりがフィンに付着して汚損が急速に進み始め,これに伴い,給気量及び冷却効率が低下し始めた。
A受審人は,平成14年1月にD社に入社し,同社所有の住宝丸及び別の活魚運搬船のどちらかに,1年間は機関員として,同15年1月からは一等機関士または機関長として,休暇を挟んでほぼ半年毎に乗下船を繰り返し,同16年2月16日機関長として住宝丸に乗り組んだもので,機関員と2人で機関の運転管理に当たり,全速力前進時の主機回転数を620に定めて運航に従事していたところ,主機の排気ガス平均温度が同回転数のときで400度(摂氏,以下同じ。)近くと乗船時からかなり高かったが,5月ごろからさらに上昇し始めたことに気付いた。
A受審人は,主機が乗船前に整備されて間もないので不審に思いながらも運転を続けていたところ,同平均温度が430度近くに達するとともに,煙突から黒煙を排出するようになったので,燃料噴射弁を予備と交換するなど状況を改善しようと試み,果せなかったが,整備業者に相談することもないまま,空気冷却器の空気側が汚損していることには思い至らず,同冷却器空気側の点検を行うことなく,排気温度が異状に上昇したまま運転を続けていた。
主機は,高温の燃焼ガスにさらされて複数の排気弁から排気ガスがわずかに吹き抜け,弁棒と弁案内との摺動部に侵入し始め,そのまま運転を続けると,同部の潤滑が阻害されるとともに燃焼生成物等が蓄積して排気弁が固着するおそれがある状況となった。
こうして,住宝丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,活魚運搬の目的で,船首2.0メートル船尾2.5メートルの喫水をもって,平成16年8月25日11時30分愛媛県宇和島港を発し,長崎県五島列島玉之浦港に向かい,主機回転数を全速力前進の620にかけて五島列島西方沖合を航行中,翌26日15時30分黒瀬鼻灯台から真方位299度5.4海里の地点において,3番シリンダの排気弁のうち1本が固着してピストン頂部に叩かれ,弁傘部が欠損して脱落した破損片がピストンとシリンダヘッドに挟撃され,主機が異音を発した。
当時,天候は晴で風力1の南風が吹き,海上は穏やかであった。
A受審人は,操舵室で機関室からの異音に気付き,同室に急行して主機を停止し,3番シリンダの排気弁プッシュロッドの曲損及び弁棒の固着を認め,整備業者と連絡を取り,アドバイスに従って同プッシュロッド及びロッカーアームを取り外し,同シリンダへの燃料供給を遮断して減筒運転することとした。
住宝丸は,低速で続航し,その後,高知県の造船所において整備業者の手により主機を精査したところ,3番シリンダの排気弁,動弁装置,ピストンとシリンダライナの損傷のほか,排気弁ほぼ全数の弁座吹き抜け兆候,空気冷却器空気側の著しい汚損,排気弁欠損片による過給機ノズルリング及びタービンブレードの損傷等が判明し,のち,主機は損傷部品を新替えあるいは補修して修理された。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の排気温度が次第に上昇して煙突から黒煙が排出されるようになった際,空気冷却器の空気側の点検が不十分で,同冷却器空気側が著しく汚損して給気量が不足するまま運転が続けられ,高温の排気ガスにさらされた排気弁が吹き抜けて固着し,長崎県五島列島西方沖合を航行中,ピストン頂部に叩かれて欠損脱落した弁傘部がピストンとシリンダヘッドに挟撃されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の排気温度が次第に上昇して煙突から黒煙が排出されるのを認めた場合,給気量が不足して燃焼不良になっているおそれが高かったから,空気冷却器の空気側が汚損していないか,開放して点検すべき注意義務があった。しかるに,同人は,整備業者に対処方法を相談することもないまま,同冷却器空気側が汚損していることには思い至らず,空気冷却器を開放して点検しなかった職務上の過失により,給気量が不足して排気温度が異状に上昇したまま運転を続け,排気弁が吹き抜けて固着し,欠損脱落した弁傘部がピストンとシリンダヘッドに挟撃される事態を招き,主機のピストン,シリンダライナ,過給機等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
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