(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年7月21日10時38分
長崎県三重式見港
(北緯32度48.8分 東経129度45.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船ながさき |
総トン数 |
62トン |
全長 |
27.90メートル |
機関の種類 |
過給機付2サイクル16シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
2,412キロワット |
回転数 |
毎分1,840 |
(2)設備等
ながさきは,平成元年2月に進水した2機2軸の1層甲板型軽合金製漁業取締船で,甲板上ほぼ中央に操舵室を,同室後方の甲板下に機関室を備え,主機として,アメリカ合衆国B社が製造した16V-149TI型と呼称するV型ディーゼル機関を機関室の両舷(以下,右舷側主機を「右舷機」,左舷側主機を「左舷機」という。)に装備し,操舵室から両舷機及び各逆転減速機の遠隔操作ができるようになっていた。
ア 149型機関
149型機関は,B社C部門の設計による8ないし20シリンダの仕様が可能な機関で,最後の機関が出荷された平成11年8月までに舶用及び陸上産業用を含めて全機種合計約23,000台が製造され,うち80台あまりが,同機関の輸入,販売及びアフターサービスの国内総代理店であるD社により,日本に輸入されて公用船に多く搭載されており,県が所有する漁業取締船5隻も,出力は異なるものの全船が同型機関各2機を主機として使用していた。
イ クランク軸バイブレーションダンパ
同機関は,クランク軸に発生するねじり振動を安全値以下に軽減する目的で,ビスカスタイプとして知られるバイブレーションダンパ(以下「ダンパ」という。)を採用しており,外径が12及び18インチのダンパ2種類が機関の出力に応じて使い分けられ,クランク軸に取り付けられていた。
ダンパは,合成化学物質でコーティングされたドーナツ形の金属製慣性リングを,高粘度のシリコン油とともに鋼の薄板製ケースに収め,ケースカバーをかしめて密封した構造で,その作動原理は,運転中ねじり振動が加わると,シリコン油の極薄膜に包まれて摩擦抵抗と慣性力で回転する慣性リングと,クランク軸で駆動されて回転するケースとの間に回転変位が生じ,これに伴って発生する振動エネルギーが熱エネルギーに変化して周囲に放散され,振動が吸収されるものであった。
したがって,ダンパは,日常の整備は不要であったが,ケースにくぼみなどの変形が生じて慣性リングの自由な動きが妨げられると制振機能が失われることから,取扱いには十分に注意し,点検時にはこれら変形とともに,かしめ部分からシリコン油の漏洩がないか確認する必要があり,取扱説明書にはその旨と,使用時間が10,000時間を超えると,同油劣化のおそれがあるので,状況の如何にかかわらず交換するよう記載されていた。
ウ ダンパの取付け構造
ながさきの両舷機には,それぞれ外形18インチのダンパが2個を一対として,クランク軸船首端にダンパハブと称する取付け金具(以下「ハブ」という。)を介して取り付けられていた。
ハブは,片端が内径約150ミリメートル(mm)深さ約10mmの印籠構造で,ほぼ中央に外径約200mmのダンパ取付け用フランジを有し,残りほぼ半分が直径約60mmのプーリー取付け軸となった長さ約200mmの一体構造の金具で,はめ合い精度が中間ばめの印籠部にクランク軸端を挿入して軸芯を合わせたうえ,フランジ部から6本のボルト(以下「ハブ用ボルト」という。)を,半径約60mmの円周上に切られた同軸端面のねじ穴にねじ込んで固定したのち,ダンパをボルト8本でフランジ部外周に取り付けるようになっていた。
ハブ用ボルトは,呼び径8分の5インチ,ねじのピッチ18の特殊鋼製で,セルフロッキング機能と称し,ボルト頭部の頂面に星形の溝を設け,裏側にもボルト付け根に沿って溝を切り,締め付けると頭部が変形して裏側の溝の縁が立ち,接触面に食い込んで回り止め作用を行う特殊機能を有するもので,使用時に回り止めワッシャなどを必要とせず,使用ボルトの再使用はB社によって禁止されており,ハブ取付け時には約25キログラムメートルの規定トルクで締め付けるよう定められていた。
ところで,当該部のような回転力伝達部の接合には,接触面回転方向の微少相対すべりを防止するため,一般的に平行ピンやリーマボルトの使用が考えられるが,149型機関ではこれらは使用せず,高強度のハブ用ボルトを用い,寸法に比して強力なトルクで締め付け,同すべりを極力減少させる構造となっていたが,ねじり振動応力が集中しやすいクランク軸端部に当たることもあって,長期間運転すると同すべりによるフレッチング摩耗が発生するおそれがあり,149型機関取扱い整備工場では同部を開放したとき互いの接合面にフレッチングの兆候がないか点検し,発生していれば同面を補修していた。
3 事実の経過
ながさきは,僚船4隻とともに長崎県三重式見港を基地に,週休2日の勤務体制のもと乗組員が週に5日間船内に寝泊まりし,同県内の海域で,通常は日中に監視や取締航海に就いて夜間は最寄りの港で停泊するほか,月平均2ないし3度の頻度で夜間の取締業務に従事していた。
また,ながさきは,平成元年に竣工後,同9年3月の定期検査まで,2年毎に検査工事のため入渠し,同年8月海難工事の際に繰上げ受検を済ませてからは,同12年3月に第1種中間検査,14年10月に定期検査のため,それぞれ入渠して船体及び機関の整備を行っていたほか,竣工以来ほぼ半年毎に,主として船体底洗いの目的で入渠していた。
主機は,軽油を燃料油として年間平均約600時間運転され,2ないし2年半毎の検査工事の際には,両舷機ともピストンの抜出し整備まで行われていたが,同整備を行うには構造的にまず機関を裏返してクランク軸を取り出す必要があり,船内での開放は困難で,陸揚げされてD社認定の神戸市に所在する業者の整備工場(以下「神戸工場」という。)まで搬送され,B社の技術講習を受講した整備士によって開放整備されており,クランク軸取出しの際,必然的にダンパやハブも取り外されて点検されていた。
なお,主機の検査工事が神戸工場で行われていたのは,まだD社九州事業所が設立されていなかったころ,先代のながさきの同工事を同工場が受注した経緯によるもので,県の漁業取締船のうち,同工場で主機を受検するのはながさきだけで,他の4隻については同事業所の整備工場で行われており,主機の日常の不具合に関しては,ながさきも必要に応じて同事業所に点検修理等を依頼していた。
A受審人は,機関長として乗り組んで以来,機関士2人とともに機関の運転管理に当たり,平素行う整備作業は各種こし器の掃除程度で,航行中は主として操舵室での見張りの傍ら運転機器の監視業務に従事し,僚船と比較して船体振動が大きかったので,危険回転数ではないものの,振動が大きい主機回転数900(毎分回転数,以下同じ。)ないし1,300の範囲は注意して避け,頻繁に機関室の点検を行って燃料油や冷却水の管系から漏洩がないかなどとともに,両舷機の各ダンパについても振動や液漏れに注意していた。
また,A受審人は,平成14年の8月末から10月初旬にかけて市内の造船所に入渠して施工された定期検査工事に際しては,自ら工事仕様書を作成して同造船所での機器及び電気設備等の整備工事を監督するほか,主機については,検査立会いのため神戸工場に赴き,開放各部を点検したうえ,両舷機の全主軸受メタル,シリンダライナ合計13筒などの新替え部品を決定し,ダンパについてはハブ及びクランク軸の両接合面の状態を含めて両舷機とも異状がないことを確認していた。
ながさきは,平成14年の定期検査終了後,通常業務に復帰していたところ,主機の運転時間が9,000時間近くに達した同16年4月ごろ,右舷機のクランク軸とハブとの接合面に微少なすべりが生じ,やがて発生したフレッチング摩耗が船体振動の影響か,ダンパ本体の経年劣化によるものか,あるいは,開放整備の際に不手際があったものか,特定はできないものの,いつしか,急速に進行してハブ用ボルトの締付け力が低下し始めた。
こうして,ながさきは,A受審人ほか8人が乗り組み,船首1.0メートル船尾1.1メートルの喫水で,平成16年7月21日08時35分長崎県肥前大島港を発し,西彼杵半島西岸沖合において漁業取締業務を行ったのち,燃料油補給のため三重式見港に入航して防波堤入口付近に至り,両舷機の回転数を1,720から850まで減速中,締付け力が著しく低下していた右舷機ハブ用ボルトにねじり振動応力が付加して過大な曲げ応力及びせん断力が働き,10時38分三重式見港三重南防波堤西灯台から真方位274度80メートルの地点において,同ボルトが折損してダンパの制振機能が喪失し,右舷機に異常振動が発生した。
当時,天候は晴で風力3の南南西風が吹き,海上にはやや波があった。
A受審人は,操舵室で主機の減速操作に当たっていたところ,突然船体が激しく振動したので驚き,同時に,機関室で燃料油積込みの準備作業を行っていた一等機関士から右舷機ダンパ異常振動の連絡を受け,主機を停止した。
ながさきは,右舷機が運転不能となり,左舷機を単独運転して定係地に着岸し,整備業者の手によって右舷機ダンパ周辺が点検され,ハブ用ボルトが6本とも緩んでうち2本が折損し,ハブ及びクランク軸端面が異常摩耗していたので,右舷機をD社九州事業所の工場に搬送したうえ,同軸端面の研磨加工,ハブ新替えなどの修理を施したのち,外見上異状がなかったダンパはそのまま復旧して試運転を行ったところ,依然として振動が収まらなかったことから,ダンパも損傷していることが判明して新替えされた。
(本件発生に至る事由)
右舷機のクランク軸端面とハブとの接合面に生じたフレッチング摩耗が急速に進行したこと
(原因の考察)
フレッチング摩耗が急速に進行した点については,A受審人に対する質問調書中の供述記載及びE証人の当廷における供述により,原因は特定できない旨認定したが,以下,補足検討する。
1 ダンパの損傷について
ダンパが損傷した際の損傷原因については,E証人の当廷における,「右舷機のダンパのように液漏れやケースの変形など外見上の異状がなければ,分解して検査しても原因を解明することは非常に難しいので,それ以上の原因調査は普通行わない。」旨の供述及び右舷主機関修理工事報告書写中,「ダンパが経年劣化していてハブ用ボルトの折損に影響した可能性がある。」旨の記載があり,損傷した時期及び原因を明確に示す物理的証拠はないので,敢えて推定するには状況証拠による以外にない。
右舷機ダンパは,事故時大きく振動していた状況から,このとき損傷した可能性が高いものの,同ダンパの使用時間が当時約9,100時間であったこと,ながさきが僚船に比べて船体振動が大きかったこと,また,僚船のうち同船の主機のみが2ないし2年半毎に陸路神戸工場まで搬送されていたことを合わせて考慮すると,シリコン油劣化やケースのわずかな変形等を含めて標準より早く性能が低下し,フレッチング摩耗の進行を促進した可能性も否定できず,状況証拠をもってしてもダンパが損傷した時期を特定することはできない。
2 整備の際の不手際について
整備工事の際の不手際については,接合面に発生していたフレッチング兆候の見落とし,ハブ用ボルトのトルク不足あるいは片締め,同ボルトの材質強度低下などが考えられるが,フレッチング兆候の見落としについては,整備工場が補修してA受審人が異状のないことを確認したものと認定したとおりであり,ハブ用ボルトについては,F取締役会長に対する質問調書中,「B社の講習を受けたベテランの整備士が整備に当たっており,ダンパ組立の際ハブ用ボルトは,規定どおり,新品を使用して規定のトルクでトルク締めしたことを同人に確認している。」旨の供述記載があり,これを覆す証拠はなく,整備の際に不手際があったとは認定できない。
したがって,右舷機のクランク軸端面とハブとの接合面に生じたフレッチング摩耗が急速に進行したことが本件発生の原因であり,他の本件発生に至る事由を特定して挙げることはできない。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機クランク軸端面とハブとの接合面に生じたフレッチング摩耗が急速に進行してハブ用ボルトの締付け力が順次低下し,長崎県三重式見港入航に際して主機を減速中,ねじり振動応力が付加して特定ボルトに過大な曲げ応力及びせん断力が働いたことによって発生したが,同摩耗が急速に進行した原因を特定することはできない。
(受審人の所為)
A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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