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平成17年仙審第47号
件名

漁船欣昭丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年2月28日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹,原 清澄,半間俊士)

理事官
寺戸和夫

受審人
A 職名:欣昭丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:欣昭丸甲板員

損害
主機の主軸受,クランクピン軸受,クランク軸及びピストン等を焼損

原因
主機の始動準備不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の始動準備が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月13日01時45分
 福島県松川浦漁港
 (北緯37度49.6分 東経140度58.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船欣昭丸
総トン数 19トン
全長 24.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 558キロワット
回転数 毎分1,400
(2)設備及び性能等
 欣昭丸は,平成11年4月に進水した,沖合底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,主な操業海域が千葉県野島埼から青森県八戸港にかけての沖合で,毎年7月,8月を休漁期間として周年操業に従事していた。
ア 主機
 主機は,C社が平成11年2月に製造した6N160-EN型と称するセルモーター始動方式の6シリンダ・ディーゼル機関で,機付の発停ハンドルを左舷側船首寄りに設け,同ハンドルの上方に回転計,潤滑油圧力計等を組込んだ計器盤が取り付けられており,潤滑油の機付プライミング用ウイングポンプを右舷側に備えていた。
 また,主機は,プロペラ軸と湿式油圧多板クラッチ内蔵の逆転減速機(以下「逆転機」という。)を介して連結され,動力取出軸からは,ベルト駆動で交流及び直流の各発電機を運転し,更にクラッチ及び増速機を介して甲板機械用油圧ポンプ2台を駆動しており,同ポンプのスイッチが操舵室の後壁に設けられていた。
 なお,主機は,過回転防止装置が付設され,停止回転数が毎分600に設定されていた。
イ 主機の操縦ハンドル
 操舵室に設けられた主機の操縦ハンドルは,ガバナのレバーと逆転機のクラッチ切替えレバーをワイヤで連結した1本ハンドル式で,同ハンドル目盛板には,前後進側とも10の目盛が付され,中立操作の幅が38.2ミリメートルであった。
ウ 主機の操縦場所
 主機の操縦場所は,機関室の操縦場所切替えスイッチにより機関室あるいは操舵室に切り替えられ,また,操舵室の操縦場所切替えスイッチでガバナ単独・操舵室・ポータブルの3位置に切り替えることができた。そして,ガバナ単独は,主機をプロペラ軸から切り離した状態で,操縦ハンドルによる増減速が可能で,甲板機械用油圧ポンプ等を運転するときの,操舵室は通常時の,ポータブルは,延長コードスイッチで主機を運転するときの各位置であった。
エ 主機の発停
 主機は,機側の始動用キースイッチでのみ始動することができ,操縦場所切替えスイッチが機関室以外でも始動可能であり,同スイッチが機関室では,操縦ハンドルが中立でないと始動できないようにインターロックされていたが,同室以外では,そのインターロックが備えられていなかった。そして,停止する場合は,発停ハンドルを停止位置とするか,または,操舵室の非常停止スイッチを押し,これらの停止操作は操縦場所に関係なく可能であった。
オ 主機の始動及び操縦場所切替え時の注意
 機関取扱説明書及び主機完成図書では,主機を始動するときは,潤滑油のプライミングをターニングしながら圧力が0.5キログラム毎平方センチメートルになるまで十分に行い,操縦場所切替えスイッチを必ず機関室とし,操縦ハンドルが中立であることを確認,更に操縦場所を切替えるときは,同ハンドルが中立であることを確認するよう注意を促していた。

3 事実の経過
 欣昭丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み,漁獲物を積載して平成16年6月11日06時00分福島県松川浦漁港に入港して水揚げをしたのち,同漁港内を移動して鵜ノ尾埼灯台から真方位297度860メートルの地点の船溜まりに船尾付け係留し,同受審人は搭載していた網の修理を乗組員に指示して帰宅した。
 07時00分欣昭丸は,B指定海難関係人はじめ乗組員3人が網の修理に取りかかり,網の移動に当たって甲板機械を使用することから,甲板員Dが,操縦場所切替えスイッチをガバナ単独とし,操縦ハンドルを操作して主機駆動の甲板機械用油圧ポンプを運転し,同日正午前に網修理を終了したので,同スイッチを操舵室に切り替え,E甲板員に主機停止の指示をして同人が主機を機側停止したが,そのとき操縦ハンドルは,前進側となっていたものか,あるいは中立として停止したのち,誰かの身体が接触したものか,目盛板の前進側4の位置になっていた。
 ところで,A受審人は,操業指揮に当たるほか機関担当の責任者でもあったが,B指定海難関係人が主機を始動することについては,無難に始動していたことから大丈夫と思い,潤滑油のプライミング,操縦ハンドルが中立であることを確認するなどの主機始動についての指導を十分に行っていなかった。一方,同指定海難関係人は,機関室の操縦場所切替えスイッチが操舵室でも主機の始動が可能であったことから,常時,操舵室としていた。
 6月13日00時40分欣昭丸は,船主から乗組員に出漁の指示が出され,乗船したB指定海難関係人は,E甲板員が休暇を取ることを事前に知らされていたことから,自ら主機を始動することとしたが,潤滑油のプライミングを行わず,操縦場所が機関室及び操縦ハンドルが中立であることを確認しないまま,01時45分前示係留地点において,いきなり主機を始動したため,各部が油膜切れ状態で回転数が毎分約1,000まで上昇し,主軸受等が焼損した。
 当時,天候は晴で風力1の南南西風が吹き,海上は穏やかであった。
 B指定海難関係人は,回転数が急上昇したことに驚き,発停ハンドルを停止としないまま,操縦ハンドルが中立以外の位置と思って操舵室へ行き,操縦ハンドルが前進側4となっているのを認めて同ハンドルを中立とし,非常停止スイッチを押すことなく,機関室へ急行して主機を停止した。同指定海難関係人は,再度主機を始動したところ,いつもの停止回転数毎分600で運転され,運転状況に格別異状がなかったので,02時00分少し前に乗船したA受審人に主機の回転数が急上昇したことを報告しなかった。
 欣昭丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか3人が乗り組み,操業の目的で,02時00分松川浦漁港を発し,主機の回転数を徐々に上昇させて同漁港東方の漁場に向かい,主機を回転数毎分1,380にかけて11.0ノットの全速力で航行中,主機各部の焼損が進み,02時15分松川浦漁港東方2海里ばかりの地点で,主機が異音を発したので,回転数を下げて同漁港に引き返した。
 その結果,主機は,主軸受,クランクピン軸受,クランク軸,ピストン等を焼損し,のち損傷部品を新替えした。

(本件発生に至る事由)
1 操縦場所が操舵室で,主機の始動ができたこと
2 操縦場所が操舵室の場合,操縦ハンドルが中立以外でも始動できたこと
3 A受審人が,B指定海難関係人に対し,無難に始動されていたことから大丈夫と思い,主機始動についての指導が十分でなかったこと
4 操縦場所が操舵室になっていたこと
5 B指定海難関係人が,潤滑油のプライミング,操縦場所が機関室及び操縦ハンドルが中立であることの確認を行わなかったこと
6 操縦ハンドルが前進側となっていたこと
7 B指定海難関係人が,主機の回転が急上昇したとき,直ちに停止しなかったこと
8 B指定海難関係人が,A受審人に主機の回転が急上昇したことを報告しなかったこと

(原因の考察)
 本件は,主機の始動準備を十分に行っていたなら,主軸受等が焼損することがなかったものである。
 したがって,A受審人が,B指定海難関係人に対し,無難に始動されていたことから大丈夫と思い,主機始動についての指導が十分でなかったこと,及び同指定海難関係人が,潤滑油のプライミング,操縦場所が機関室及び操縦ハンドルが中立であることの確認を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 操縦場所が操舵室になっていたこと,操縦ハンドルが前進側となっていたこと,B指定海難関係人が主機の回転が急上昇したとき,直ちに停止しなかったこと,及びA受審人に主機の回転が急上昇したことを報告しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべきである。
 操縦場所が操舵室で主機の始動ができたこと,及び操縦場所が操舵室の場合,操縦ハンドルが中立以外でも始動できたことは,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機の始動に当たり,始動準備が不十分で,潤滑油が各部に行き渡らない状態で主機が規定の停止回転数以上で始動され,各部が油膜切れを起こしたことによって発生したものである。
 主機の始動準備が不十分であったのは,船長が機関を取り扱っている乗組員に対し,主機始動についての指導が十分でなかったことと,同乗組員が主機を始動する際,潤滑油のプライミング,操縦場所が機関室及び操縦ハンドルが中立であることの確認を行わなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,主機の始動操作を乗組員に行わせる場合,潤滑油が各部に行き渡ったのち,規定の停止回転数で始動されるよう,潤滑油のプライミング,操縦ハンドル中立の確認など,主機の始動準備についての指導を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,無難に始動されていたことから大丈夫と思い,主機の始動準備についての指導を十分に行わなかった職務上の過失により,乗組員がいきなり主機を始動し,規定の停止回転数以上で始動されて各部の油膜切れを招き,主軸受,クランクピン軸受,クランク軸,ピストン等を焼損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,主機を始動する際,潤滑油のプライミング,操縦場所が機関室及び操縦ハンドルが中立であることの確認を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。





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