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平成17年横審第66号
件名

漁船安市丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成18年1月17日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(濱本 宏,黒岩 貢,岩渕三穂)

理事官
相田尚武

受審人
A 職名:安市丸機関長 海技免許:三級海技士(機関)
指定海難関係人
B社 業種名:機関販売・修理業

損害
主機過給機ラビリンスリング,ブロワ,ロータ軸等の損傷

原因
安市丸・・・定期検査工事における主機過給機の整備内容に対する指示不適切
機関販売・修理業者・・・定期検査工事における主機過給機の整備内容に対する提言不適切

主文

 本件機関損傷は,定期検査工事における主機の過給機の整備内容に対する指示が不適切で,ロータの動的釣合い点検が実施されないまま同機が復旧されたことによって発生したものである。
 機関販売・修理業者が,定期検査工事における主機の過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月10日18時00分
 千葉県犬吠埼東方沖合
 (北緯34度30分 東経144度30分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船安市丸
総トン数 118トン
全長 37.70メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 1,618キロワット
回転数 毎分750
(2)設備及び性能等
ア 安市丸
 安市丸は,平成7年11月に進水した,かつお一本釣り漁業に従事する船尾楼付き一層甲板型FRP製漁船で,主機としてC社が製造した6MG27HX型と呼称するディーゼル機関が船体中央部の甲板下に据付けられており,主機遠隔操縦装置が船橋に設置されていた。
 なお,主機は,計画出力706キロワット,同回転数毎分580(以下,回転数は毎分のものを示す。)として登録されていたが,定期検査受検後,最大燃料噴射量制限装置の封印が解かれていた。
イ 主機の過給機
 主機の過給機(以下「過給機」という。)は,C社が製造したC・M.A.N.-B&WNR24/R型と呼称する排気ガスタービン過給機で,タービン及びブロワの両ケーシングに軸受ケーシングが挟まれており,タービンケーシングの排気入口及び同出口がそれぞれ排気マニホルド及び煙突につながる排気管に接続され,タービンケーシングに入った排気がノズルリングを通ってタービン翼に半径方向から流入する構造になっていて,軸受ケーシングには,タービン翼とブロワ翼とを連結してロータを形成するロータ軸の中央部を支える浮動スリーブ式平軸受(以下「浮動軸受」という。),ブロワで圧縮された空気や排気の流入,主機潤滑油系統から分岐された潤滑油の漏洩等を防ぐラビリンスリングなどが組み込まれていた。

3 事実の経過
 安市丸は,宮城県気仙沼港,静岡県御前崎港,千葉県勝浦漁港などを水揚げ港とし,毎年1月中旬から11月末までを漁期に,3ないし5日間を1航海として,小笠原諸島周辺から三陸沖にかけて徐々に北上しながら操業を行い,魚群を追尾する際,主機は回転数720にかけるなど,過給機でサージング発生に至る急激な負荷変動はなかったものの,高出力領域にかかる運転が繰り返されていた状況で,月間500時間あまり運転され,休漁期の12月には船体及び機関の整備が行われ,平成11年12月定期検査工事において,過給機は全開放のうえ,各部カラーチェック,掃除,計測,浮動軸受交換,ロータの動的釣合い点検などが実施されていた。
 A受審人は,機関長兼務の漁ろう長として,魚群の探索を行い,操業中には船長に代わり操船するなどしていて,毎年末の入渠工事及び同工事中の追加工事等に対して費用等の決済を行っていたが,平素,機関長の職務を甲板員にほとんど任せていて,定常的な機関整備を含め,実施内容等で特に指示することはなく,同甲板員に月1回の過給機ブロワ洗浄の実施,半年ごとの主機潤滑油の更油,前示入渠工事の仕様書案の作成並びに機関販売・修理業者との打合せ等を行わせていた。
 ところで,B社は,安市丸の平成15年12月定期検査工事における過給機開放整備について,同機取扱説明書には,32,000時間運転,若しくは,4年経過で,ロータの動的釣合い点検を行うよう記載されていたが,同社では,他社における前回の整備から少なくとも4年は経過しているので,一般的な定期検査相当の工事にあたる,過給機の全開放,各部カラーチェック,掃除,計測,浮動軸受交換等を行うこととし,過給機ロータの動的釣合い点検の追加工事の提言に伴い入渠期間が多少延長されても,休漁期の本船には問題はなかったものの,本船側に問い合わせて過去の整備記録等を確認したうえ,ロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する提言を適切に行っておらず,同点検を実施しないまま過給機を復旧した。
 また,A受審人は,前示定期検査工事において,B社が同型の過給機の整備に精通している機関販売・修理業者であり,これまでの整備業者同様,ロータの動的釣合い点検など必要なことは特に指示しなくても,すべて実施してくれるものと思い,同社にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する指示を適切に行っていなかったので,同点検が実施されないまま過給機が復旧されて,操業中,同機のロータの動的釣合いが崩れ,ロータ軸の振れ回りが増大し始める状況のまま運転を続けていた。
 こうして,安市丸は,A受審人ほか20人が乗り組み,操業の目的で,船首2.40メートル船尾2.64メートルの喫水をもって,平成16年6月9日13時20分勝浦漁港を発し,三陸沖合の漁場に至って操業を行い,翌10日18時00分北緯34度30分東経144度30分の地点において,発見した魚群を追尾するために主機回転数が680から750に増速されたところ,過給機のブロワ側ラビリンスリングと軸受ケーシングとが接触して発熱し,材料強度が低下してブロワに欠損を生じるなどして,機関室で異音が発生し,主機回転数が停止回転の400まで急落し,煙突から黒煙が多量に出始めたので,主機を停止した。
 当時,天候は曇で風力2の南西風が吹き,海上は穏やかであった。
 その後,A受審人は,主機の再始動を試みたが,過給機から異常音が聞こえたことから,以後の操業を断念し,業者に連絡を取って,主機を無過給運転としたが,過給機ロータの固定ができないまま,半速力の主機回転数600にかけて勝浦漁港に向け帰航した。
 その後,安市丸は,業者により過給機が精査された結果,ラビリンスリング,ブロワ,ロータ軸等の損傷が判明し,のち損傷部品が取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 高出力領域にかかる主機の運転が繰り返されていたこと
2 B社が,本船側に過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていなかったこと
3 A受審人が,機関販売・修理業者に過給機の整備内容に対する指示を適切に行っていなかったこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,定期検査工事で過給機の開放整備を行った際,ロータの動的釣合い点検が実施されないまま同機が復旧されたことによって発生したものであるが,機関長が,機関販売・修理業者にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する指示を適切に行っていたなら,同点検が実施され,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,機関販売・修理業者に過給機の整備内容に対する指示を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 機関販売・修理業者が,定期検査工事で過給機の開放整備を行った際,本船側にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていたなら,同点検が実施され,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,B社が,本船側に過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 高出力領域にかかる主機の運転が繰り返されていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,定期検査工事で過給機の開放整備を行った際,同機の整備内容に対する指示が不適切で,ロータの動的釣合い点検が実施されないまま同機が復旧されたことによって発生したものである。
 機関販売・修理業者が,定期検査工事で過給機の開放整備を行った際,本船側にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,定期検査工事で過給機の開放整備を行う場合,同機ロータは高速回転するから,ロータ軸が振れ回って損傷することがないよう,機関販売・修理業者にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する指示を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,特に指示しなくても機関販売・修理業者がすべて実施してくれるものと思い,過給機の整備内容に対する指示を適切に行っていなかった職務上の過失により,ロータの動的釣合い点検が実施されないまま過給機が復旧されて,操業中,同機のロータの動的釣合いが崩れ,ロータ軸の振れ回りが増大し,ブロワ側ラビリンスリングと軸受ケーシングとを接触させる事態を招き,同機のラビリンスリング,ブロワ,ロータ軸等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B社が,定期検査工事で過給機の開放整備を行った際,本船側にロータの動的釣合い点検の実施など過給機の整備内容に対する提言を適切に行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,過給機の開放整備において,ロータの動的釣合い点検が必要であれば,本船側に同点検の実施を提言するなどの改善措置をとった点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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