(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年12月9日18時35分
福島県塩屋埼北北東方沖合
(北緯37度35.8分 東経141度14.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二十八壽丸 |
総トン数 |
299トン |
全長 |
57.07メートル |
機関の種類 |
過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関 |
出力 |
1,765キロワット |
回転数 |
毎分750 |
(2)設備及び性能等
ア 第二十八壽丸
第二十八壽丸(以下「壽丸」という。)は,平成2年3月に進水した,大中型まき網漁業に付属運搬船として従事する船尾船橋機関室型の鋼製漁船で,主な操業海域を北緯20度以北及び房総半島以東日付変更線までの北太平洋とし,周年操業に従事しており,例年3月に検査工事あるいは合入渠工事を施工していた。
イ 主機
主機は,B社が平成2年2月に製造した6MG28H型と呼称する連続最大出力1,765キロワット同回転数毎分750(以下,回転数は毎分とする。)のディーゼル機関に負荷制限装置を付設し,860キロワット回転数610で登録して出荷されたものであるが,就航後同装置の封印が外され,年間約4,000時間運転されていた。
また,燃料噴射ポンプのラック目盛り及びシリンダ内最高圧力は,連続最大出力において21.0ミリメートル(mm)及び150キログラム毎平方センチメートル(kg/cm2),負荷制限装置の封印位置において14.5mm及び110kg/cm2であった。
なお,主機のシリンダ番号は船尾側を1番として船首方へ順番号が付されていた。
ウ 主機のピストンピン及びピストンピンメタル
主機連接棒は鍛鋼製で,小端部に銅合金製のピストンピンメタルが圧入され,浮動式のニッケルクロム鋼製ピストンピンでピストンと連結されており,ピストンピンメタルとピストンピンの間隙は,同メタル圧入直後の標準値が100分の13ないし17mm,許容値が100分の30mmで,運転時間24,000時間毎に点検し,許容値を超えている場合は新品と交換するよう主機取扱説明書で指示されていた。
3 事実の経過
A受審人は,壽丸に機関長として乗り組んだとき,主機の運転について,前任機関長から連続最大出力が1,765キロワットで,回転数750で運転でき,負荷制限装置の封印を外してある旨の引継ぎを受けたが,同回転数以下であれば大丈夫と思い,回転数を十分に下げるなどの過負荷運転の防止措置をとることなく,封印を外したまま,漁場から水揚げ地に向かうときなどは,その都度745回転で数時間連続運転していた。
ところで,主機は,運転中,各シリンダの出力が均一でなく,漁獲物を大量に積載して745回転の高負荷領域で運転すると,シリンダによっては過負荷状態となることもあり,そのときピストンピン及びピストンピンメタルは過大な燃焼圧力を受けていた。
A受審人は,平成15年3月の定期検査工事に立ち会い,機関整備業者によって主機連接棒が全シリンダのピストンとともに抽出され,ピストンピンメタルとピストンピンの間隙が計測され,2番シリンダと5番シリンダが100分の20mm,他シリンダが100分の17ないし19mmで,いずれも許容値内であったことから,ピストン及び連接棒はそのまま復旧された。また,同16年3月の合入渠工事においては,機関整備業者によって主機の燃料噴射弁,吸排気弁,過給機の整備等が行われ,主機潤滑油が新替えされた。
壽丸は,翌4月から操業に従事していたところ,主機2番シリンダは,いつしか,過大な燃焼圧力のため連接棒小端部の軸受面とピストンピンメタル外面との間が滑ってフレッチングを生じ,やがて同軸受面に微細な亀裂が生じて次第に進展するようになった。
こうして,壽丸は,A受審人ほか8人が乗り組み,操業の目的で,船首1.3メートル船尾4.5メートルの喫水をもって,同16年12月9日13時55分福島県中之作港を発し,同県塩屋埼北北東方沖合の漁場に至って操業を続け,18時00分から機関当直に就いたA受審人が,当直交代後10分ばかり機関室見回りをして操舵室に赴き,操縦ハンドルの操作に就いて,主機回転数を600として前進微速力で投網準備中,2番シリンダ連接棒小端部の亀裂が進展し,18時35分鵜ノ尾灯台から真方位131度15.8海里の地点において,小端部が軸心に水平に切断して異音を発した。
当時,天候は曇で風力3の東南東風が吹いていた。
A受審人は,主機の異音に気付いて操縦ハンドルを中立として機関室へ急行したところ,既に主機が停止しており,連接棒の損傷状況から主機の運転を断念し,僚船に曳航されて宮城県石巻港に引き付けられた。
その結果,主機は,連接棒が折損していたほか2番シリンダのピストン及びシリンダライナに割損,シリンダヘッドに亀裂,吸排気弁及び同弁のプッシュロッドに曲損等の損傷が認められ,のちそれらの損傷部品が新替え修理された。
(本件発生に至る事由)
1 連続最大出力の回転数で運転可能と引き継いだこと
2 負荷制限装置の封印を外していたこと
3 連続最大出力の回転数以下であれば大丈夫と思ったこと
4 過負荷運転の防止措置をとっていなかったこと
(原因の考察)
本件は,過負荷運転の防止措置をとっていたなら,ピストンピン及びピストンピンメタルがシリンダ内の過大な燃焼圧力を受けることもなく,連接棒小端部の折損に至らなかったものである。
したがって,連続最大出力の回転数以下で運転していれば大丈夫と思い,回転数を十分に下げるなどの過負荷運転の防止措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
連続最大出力の回転数で運転可能と引き継いだこと,及び負荷制限装置の封印を外していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係あるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止上の観点から是正されべきである。
(海難の原因)
本件機関損傷は,主機の運転に当たり,過負荷運転の防止措置が不十分で,連接棒小端部の軸受部が過大な燃焼圧力を受け,亀裂が生じて進展したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,主機の運転に当たる場合,高負荷領域で運転するとシリンダによっては過負荷状態となり,各部に過大な熱や機械的応力が作用するから,回転数を十分に下げるなどの過負荷運転の防止措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,連続最大出力の回転数以下であれば大丈夫と思い,回転数を十分に下げるなどの過負荷運転の防止措置をとらなかった職務上の過失により,負荷制限装置の封印を外したまま連続最大出力の回転数に近い状態で運転を続け,連接棒小端部の軸受部に過大な燃焼圧力を受けて亀裂が生じ,進展して同小端部の折損を招き,ピストン及びシリンダライナに割損,シリンダヘッドに亀裂,吸排気弁及び同弁のプッシュロッドに曲損等の損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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