(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年3月3日17時10分
北海道色丹島東方沖合
(北緯43度45.0分 東経147度26.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第十五富丸 |
総トン数 |
169トン |
登録長 |
32.25メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
753キロワット |
回転数 |
毎分575 |
(2)設備及び性能等
ア 船体等
第十五富丸(以下「富丸」という。)は,昭和57年2月に進水した沖合底びき網漁業に従事する船首船橋・二層甲板型鋼製漁船で,機関室は下部甲板下の船尾に位置し,同甲板上は船首方から順に中央部船首寄りの漁獲物処理場,同室囲壁及び船尾居住区となっており,同居住区には同処理場後部左舷側ドア及び上部甲板同舷側のコンパニオンドアから,同室には同処理場後部右舷側ドア及び居住区左舷側通路の同室囲壁ドアからそれぞれ出入りするようになっていた。
イ 主機
B社が昭和56年7月に製造した6MG28BX型と呼称する,過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関で可変ピッチプロペラを備え,前部の動力取出軸から甲板機械用の油圧ポンプが回され,操舵室から遠隔操縦されるようになっており,各シリンダには船首方から順番号が付され,左舷側前部で機側操縦するようになっていた。
なお,主機は,連続最大出力1,250キロワット同回転数毎分720(以下,回転数は毎分のものとする。)の原機に負荷制限装置を付設したものであるが,同装置の封印が取り外されていた。
主機のピストンは,鍛鋼製のヘッドと鋳鉄製のスカートの組立て形で,連接棒の油穴を通った潤滑油によりピストン頭部が冷却されていた。
ウ 主機の潤滑油系統
サンプタンク内の潤滑油が直結ポンプに吸引・加圧され,こし器,冷却器,入口主管を経て主軸受,クランクピン軸受,ピストンピン軸受などに供給されるもので,同主管部の同油圧力が約5.0キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)同圧力低下警報の作動値が約2.5キロで,システム油量が約2,200リットルであり,同タンクには約2,000リットル張り込まれていた。
また,サンプタンク内の潤滑油が機関室左舷側の同油清浄機に至り,清浄油が同タンクに戻る清浄系統を有していた。
エ 潤滑油清浄機
C社が製造したSJ700型と称する,回転胴,回転体蓋及び回転体ナットから構成される回転体内に多数の分離板が組み込まれた,公称処理能力が1時間に700リットル回転数9,000の遠心分離式で,運転中に回転体内壁部に堆積したスラッジを排出することができるようになっており,始動,停止及び同排出の各操作はすべて手動で行われ,水側への潤滑油異常流出及び低圧作動水タンク液面低下の各警報装置が設置され,清浄油側及び水側に覗き窓が,スラッジ側に覗き蓋がそれぞれ付設されており,水側及びスラッジ側が床下の容量約500リットルのスラッジタンクに連絡していた。
スラッジ排出方法は,通油を停止したうえ,上部のホッパーから置換水を入れて潤滑油と入れ替え,弁シリンダ作動機構の上部水圧室に清水ラインの高圧作動水を回転体下方の給水装置から供給すれば,下部水圧室の低圧作動水圧力に打ち勝って同シリンダが回転胴外周を下方にしゅう動して排出口が開き,遠心力によりスラッジが排出されるもので,高圧作動水の供給を停止すれば,上部水圧室内の水が水抜きノズルから噴出し,低圧作動水圧力により同シリンダが上方にしゅう動して排出口が閉まり,最後に同ホッパーから封水を入れたうえ通油して運転状態に復旧するものであった。
なお,運転中,弁シリンダ上端は回転体ナットに取り付けられた弁パッキンと接触し,封水が回転体外に漏れないようになっていた。
また,取扱説明書には,トランクピストン形・ディーゼル機関は1ないし2時間ごとにスラッジを排出するよう記載していた。
オ 機関室制御盤
機関室左舷側前部に位置し,操縦位置切替えスイッチ,プロペラ翼角変節押しボタン及び翼角指示計等とともに,主機,2台の交流発電機駆動補機,冷凍機,燃料油及び潤滑油各清浄機,船尾管注水断水などのベル・赤ランプの警報装置が組み込まれていた。
カ 遠隔操縦スタンド
操舵室左舷側前部に位置し,機関室制御盤と同様なブザー・赤ランプの警報装置が組み込まれていたが,冷凍機と燃料油及び潤滑油各清浄機の同装置はなかった。
キ その他の警報装置
機関室後部の機関監視室に主機関係のベル・赤ランプの警報装置が,居住区左舷側通路の漁獲物処理場入口近くの機関室囲壁に一括警報サイレンがそれぞれ備えてあった。
3 事実の経過
富丸は,北海道釧路港を基地とし,例年9月から翌年5月まで道東沖合でかけ廻し式により操業を行い,1回の操業が約1時間で,そのうち揚網に約30分を要していた。
A受審人は,全速力航行時の主機の回転数を720プロペラ翼角を18度として年間に約3,200時間使用し,毎年休漁期に入渠して主機のピストン抜き,潤滑油の取替え等の全般的な整備を行っていたが,平成16年には4番シリンダのみピストン抜きを行い,ピストンの汚損状況やピストンリングの摩耗状況から,翌年の整備まで他シリンダのピストン抜きを行わなくとも問題ないものと判断し,全シリンダの吸・排気弁及び燃料噴射弁,過給機等の整備や潤滑油の取替えを行った。
また,A受審人は,出漁後の9月を除き,主機運転中に潤滑油清浄機を連続して使用するようにしており,休漁期及び正月休み前に整備業者に依頼して回転体の開放掃除,各種Oリング及び弁パッキン等の取替え並びに給水装置などの整備を行い,潤滑油を電気ヒーターで摂氏約60度(以下,温度は摂氏で示す。)に加熱したうえ,通油圧力を約0.5キロとし,3時間ごとにスラッジ排出を行っていた。
ところで,A受審人は,船尾管注水ポンプの海水吸入弁が機関室左舷側後部に位置する等のため,揚網時に海上が波立っていれば船尾部が大きく上下動して同ポンプが空気を吸引し,その都度注水圧力が低下して船尾管注水断水警報が作動し,揚網時同警報が頻繁に作動するときには,操舵室の操船者から苦情が出る状況にあったが,短時間の間だから大丈夫と思い,電気業者に相談のうえ,同警報の作動タイマーを調節して作動頻度を減らすなど,警報装置の取扱いを適切に行うことなく,以前から機関室制御盤の警報ベル停止スイッチに異物を挟んで押したままの状態とし,航行中などには元に戻すようにしていた。
富丸は,同16年9月から操業に従事していたところ,A受審人ほか14人が乗り組み,操業の目的で,船首2.4メートル船尾5.0メートルの喫水をもって,同17年3月1日14時00分北海道花咲港を発し,択捉島南西方沖合の漁場に向かい,翌2日02時ごろ漁場に至って操業を行い,同月3日15時10分操業を終え,漁ろう長が操舵室で操船し,他の乗組員が漁獲物処理場で漁獲物の選別作業を行いながら,漁場を発進して帰途に就いた。
これに先立ち,A受審人は,揚網中の13時ごろ船尾管注水断水警報が頻繁に作動するので,操業終了までのつもりで機関室制御盤の警報ベル停止スイッチに異物を挟んで押したままの状態とした。
また,15時ごろA受審人は,潤滑油清浄機のスラッジ排出を行ったが,揚網作業を手伝うことに気を取られ,清浄油側,水側及びスラッジ側の異常の有無を点検するなど,正常運転の確認を行うことなく,回転体内に多量のスラッジが蓄積していたことにより,弁シリンダと回転胴との間にスラッジを噛み込んだものか,同シリンダが完全に閉まらず,封水がスラッジ側に漏れていたことに気付かず,通油後すぐ上部甲板に赴いた。
そして,漁場発進前,A受審人は,引き続いて機関室当直に就き,操業中に回転数700以下としていたガバナリミッタを回転数720に戻すため同室に入ったが,漁獲物の選別作業を手伝うことに気を取られ,同室制御盤の警報ベル停止スイッチを元に戻すことを失念し,同リミッタを戻したのち漁獲物処理場に赴き,居住区左舷側通路の一括警報サイレンの前方近くでドアを開けたまま同作業を行った。
漁場発進後,富丸は,潤滑油清浄機の封水が失われ,潤滑油が水側に流出して異常流出警報が作動したが,一括警報サイレンが鳴動しなかったのでA受審人がこれに気付かず,同油がスラッジタンクに流入し,更に同タンクから溢れて船底部に流出するようになった。
こうして,富丸は,全速力で航行中,潤滑油清浄機から潤滑油の流出が続き,やがてサンプタンクの同油量が不足し,船体の動揺の都度直結ポンプが空気を吸引してピストンの冷却及び潤滑が阻害され,各シリンダのピストン及びシリンダライナが焼損し,17時10分色丹島灯台から真方位103度23.0海里の地点において,漁獲物の整理を終えて着替えたのち機関室の点検に赴いたA受審人が,主機の同油圧力が約2.5キロに低下して変動し,同圧力低下警報ランプが点滅しているのを認め,直ちに機側で回転及びプロペラ翼角を下げたうえ停止した。
当時,天候は晴で風力3の北西風が吹いていた。
A受審人は,ターニングしながらシリンダライナを点検し,各シリンダのかじり傷とともに2番シリンダのシリンダライナ下部から冷却水が漏洩しているのを認め,主機の運転が不能である旨を漁ろう長に伝えた。
富丸は,運航不能となって救助を要請し,来援した僚船に曳航された。
この結果,1,2及び5番シリンダのピストン及びシリンダライナが損傷し,2番シリンダのピストンピン軸受が焼損して同ピン及び連接棒が損傷し,各主軸受のメタルが剥離したが,のちそれらは修理された。
(本件発生に至る事由)
1 揚網時,船尾管注水断水警報が頻繁に作動するとき,機関室制御盤の警報ベル停止スイッチに異物を挟んで押したままの状態にしていたこと
2 電気業者に相談のうえ,船尾管注水断水警報の作動タイマーを調節して作動頻度を減らすなど,警報装置の取扱いを適切に行わなかったこと
3 潤滑油清浄機のスラッジ排出後,揚網作業を手伝うことに気を取られ,清浄油側,水側及びスラッジ側の異常の有無を点検するなど,正常運転の確認を行わなかったこと
4 漁場発進前,漁獲物の選別作業を手伝うことに気を取られ,機関室制御盤の警報ベル停止スイッチを元に戻さなかったこと
5 潤滑油清浄機の回転体内に多量のスラッジが蓄積していたこと
(原因の考察)
本件は,潤滑油清浄機のスラッジ排出後,正常運転の確認を十分に行っていれば,封水が失われて潤滑油が流出する事態を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,潤滑油清浄機のスラッジ排出後,揚網作業を手伝うことに気を取られ,清浄油側,水側及びスラッジ側の異常の有無を点検するなど,正常運転の確認を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
また,警報装置の取扱いを適切に行っていれば,潤滑油清浄機からの潤滑油の流出に気付き,主機サンプタンク内の同油量が不足する事態を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,電気業者に相談のうえ,船尾管注水断水警報の作動タイマーを調節して作動頻度を減らすなど,警報装置の取扱いを適切に行わず,揚網時,同警報が頻繁に作動するとき,機関室制御盤の警報ベル停止スイッチに異物を挟んで押したままの状態にし,潤滑油清浄機からの潤滑油の流出に気付かず,同油の流出が続いて主機サンプタンク内の同油量が不足したことは,本件発生の原因となる。
漁場発進前,漁獲物の選別作業を手伝うことに気を取られ,機関室制御盤の警報ベル停止スイッチを元に戻さなかったことは,本件発生の原因とするまでもない。
潤滑油清浄機の回転体内に多量のスラッジが蓄積していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは海難防止上の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件機関損傷は,潤滑油清浄機のスラッジを排出した際,正常運転の確認が不十分で,閉鎖が不完全であった弁シリンダ部から封水が失われ,潤滑油が水側へ流出したことと,警報装置の取扱いが不適切で,同流出警報ベルが鳴動しなかったこととにより,同油の流出が続き,主機サンプタンク内の同油量が不足して直結ポンプが空気を吸引し,ピストンの冷却及び潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,潤滑油清浄機のスラッジを排出した場合,清浄油側,水側及びスラッジ側の異常の有無を点検するなど,正常運転の確認を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,漁獲物の選別作業を手伝うことに気を取られ,正常運転の確認を行わなかった職務上の過失により,閉鎖が不完全であった弁シリンダ部から封水が漏れていることに気付かず,通油後すぐ上部甲板に赴き,同封水が失われて潤滑油が水側へ流出し,同流出警報ベルが鳴動しないまま流出が続き,主機サンプタンク内の同油量が不足して空気を吸引し,ピストンの冷却及び潤滑が阻害される事態を招き,1,2及び5番シリンダのピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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