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平成17年広審第33号
件名

貨物船レッドリリィ爆発事件

事件区分
爆発事件
言渡年月日
平成18年3月3日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,道前洋志,島 友二郎,矢野雅昭,石塚 悟)

理事官
河本和夫

指定海難関係人
A社 業種名:造船業
補佐人
a
指定海難関係人
B社 業種名:塗装業
C社 業種名:造船業

損害
貨物倉間空所の計装電線が焼損,バルブリセスの各所に凹損
作業員2人が死亡,1人が2度の熱傷,1人が一酸化炭素中毒

原因
A社・・・塗装に関する安全基準を遵守させなかったこと
B社・・・塗装作業を行うに際して,塗装場所に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行っていなかったこと
C社・・・足場ピース溶断作業を行うに際して,外業チームの指示を直接仰ぐよう作業員を十分に指導していなかったこと

主文

 本件爆発は,造船所構内で建造中の貨物船において,安全管理が不十分で,貨物倉内の溶断作業で飛散した溶鉄が,貨物倉間の空所につながるビルジウェルに落下し,塗装中であった同空所の可燃性混合気が発火したことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月26日16時12分
 香川県丸亀港
 (北緯34度18.0分 東経133度46.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船レッドリリィ
総トン数 39,727トン
全長 224.94メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 10,320キロワット
(2)設備及び性能等
 レッドリリィは,D社が発注し,A社が第1,397番船として同社AA本部で建造中のばら積貨物船で,平成16年1月に起工され,同年7月24日に進水したのち艤装岸壁に係留され,艤装作業が行われていた。
ア 船体
 船体は,船尾船橋付全通甲板型で,船首部にボースンストアと船首タンクが,船体中央部に1番から7番までの貨物倉が,船尾部に機関室,操舵機室,船尾甲板上に居住区と船橋がそれぞれ配置されていた。
 貨物倉周りの船体付タンクは,上甲板下の両舷隅にトップサイドタンクが,ビルジ部にバラストタンクが,二重底に燃料油タンクが配置されていた。
 貨物倉は,外板部に855ミリメートル(mm)間隔でサイドフレームが露出し,コルゲート構造の隔壁の基部が,ロワースツールと呼ばれる空所になっていた。
イ ロワースツール
 ロワースツールは,高さ2,828mm,底部幅が3フレーム分の2,565mm,上部幅が1フレーム分の855mmの台形断面で,左右端がバラストタンクに接しており,船体中心線上と左右各3箇所の合計7箇所にガーダが取り付けられていた。また,検査や整備の際に出入りするマンホールが,貨物倉側の壁と二重底のバルブリセスに取り付けられ,貨物倉のビルジウェルが両舷に設けられていた。
 ガーダは,両端を除く5箇所に長径600mm短径400mmの通行穴が設けられていた。
 なお,ロワースツールは,右舷寄りに,貨物倉間の通行の利便のため,幅690mm高さ1,720mmの工事用穴が開けられていた。
ウ ビルジウェル
 ビルジウェルは,貨物倉船尾側の舷側から約1メートル(m)のところに直径500mmのビルジ穴を有し,ロワースツールにわたる長さ3,420mm幅780mm深さ700mmの箱で,ロワースツール側に直径450mmの点検穴が開けられていた。
(3)艤装工事
 レッドリリィは,居住区の内装,機器の調整と計装,貨物倉のハッチカバー取付け,ロワースツール内部の配管や電装の仕上作業などが行われ,それらの終期には貨物倉,トップサイドタンク,バラストタンク及びロワースツールの塗装作業が集中し,その後試運転前の重心査定が行われることになっていた。
 貨物倉は,両舷サイドフレームの一定の高さ毎に,足場板を載せる足場ピースと呼ばれる厚さ12mm幅70mm長さ240mmないし330mmの鋼板製金具が溶接されており,足場板の撤去後に同ピースの取外しが行われることになっていた。

3 関係人の経歴等
(1)指定海難関係人A社
 指定海難関係人A社は,昭和17年に造船所が統合されて設立された。
 AA本部は,コンテナ船,自動車運搬船,ばら積船,油送船など大型船を建造していた。
 組織は,工場長の下に,生産管理,品質保証及び生産技術のほか工作及び安全対策の各グループで構成され,工作グループには,船装,組立,加工,外業,塗装及び機電装の各チームを置いていた。
 各チームは,チーム長,係長及び主任の各管理者を配置し,塗装チーム及び外業チームでは係長及び主任が,現場作業を行う協力会社の作業員に指示を与えていた。
(2)指定海難関係人B社
 指定海難関係人B社は,昭和48年に設立され,4箇所の造船所に事業所をそれぞれ置いて船舶の塗装作業を請け負い,AA本部では協力会社として社員のほか7社の二次及び三次下請会社社員の約45人を配置していた。
(3)指定海難関係人C社
 指定海難関係人C社は,平成14年に設立され,AA本部の協力会社として船殻組立を中心とする溶接など鉄工作業全般の業務を請け負い,社員のほか二次及び三次下請会社社員の合計80人ほどを配置していた。

4 安全管理に関する規定
 A社は,造船所構内での労働災害を防止するために,AA本部の安全衛生管理規程を始めとする諸規程と,各種作業の安全確保のために,作業内容に応じた作業基準を順次作成していた。
 塗装作業における火災・爆発・中毒防止基準(以下「塗装安全基準」という。)は,有機溶剤の種類と使用場所による危険度を分類したうえ,タンク,軸室,ロワースツールなど第1種危険場所と定義される閉所の塗装について下記の事項を規定していた。
(1)塗装チームによる工作グループ各チームとの事前の連絡調整
(2)朝礼における塗装作業の告知
(3)縄張りによる立入制限(原則として5mを確保する。)と,火気厳禁・立入禁止の表示
(4)排気ファンによる換気対策
(5)照明器具の防爆対策
(6)監視員の配置
(7)ガス検知員の配置
(8)スプレーガン及び塗装機のアース
(9)指定場所以外での喫煙禁止
 更に,同基準は,前示の連絡調整の結果,塗装作業と混在する作業もしくは優先させたい作業がないことを確認したのち,塗装場所,塗装方法,塗装開始時刻のほか,ガスフリー予定時刻,火気厳禁場所を塗装作業通知書に記載して各チームに配布し,危険塗装通知書に同内容と塗装場所を船体の概略図上に明示して各所に掲示することとしていた。

5 A社の安全管理
(1)塗装作業
 A社は,ロワースツールの塗装が艤装工程の終期に行われ,貨物倉内に立ち入る作業員が少ないことから,同塗装に際して,縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行わせていなかった。
 また,排気ファンによる換気,照明器具の防爆仕様,スプレーガンのアース施行及び指定場所以外での喫煙禁止を遵守させていなかったほか,舷門等への掲示に,塗装場所を船体の略図上に明示した危険塗装通知書を使用していなかった。
(2)火気作業
 火気作業は,アーク溶接安全衛生作業基準によって火災・爆発を防止するためのアーク溶接作業の注意点が規定されていたが,ガス切断器による溶断作業,グラインダー作業などを規制ないし管理する基準や,作業を行うに際しての許可規定が設けられておらず,塗装安全基準の中で,一般作業員の遵守事項として閉所などの塗装場所周辺で行わないよう規定されていた。

6 協力会社の安全管理
(1)B社
 B社は,A社の塗装チームから特に指示されていなかったので,ロワースツールの塗装時に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行っていなかった。また,スプレーガンには網代鎧装付ホースを使用していたが,塗装機と船体とのアースを施しておらず,照明には,防爆仕様ではない懐中電灯を使用していた。
 そして,塗装する閉所の換気は,呼び径12mmのエアホースを区画内に適宜配置し,平均圧力0.5メガパスカルの圧縮空気を同ホースから噴出させるものであった。
(2)C社
 C社は,専務取締役が安全衛生責任者を務め,ブロックの製造と組立段階の船については,作業内容を工程表などで毎日確認し,4人の係長を通して作業員に作業事項を指示していたが,艤装段階の船では,足場ピースを溶断するなどごく一部の作業が残っているのみで,A社の外業チームの担当者が塗装作業との兼ね合いを確認して作業箇所を作業員に指示することになっていたことから,足場ピース溶断作業を行うに際して,その都度外業チームの指示を直接仰ぐよう十分に指導しなかった。

7 事実の経過
(1)ロワースツールの塗装通知
 レッドリリィは,貨物倉の塗装が終了し,足場板が撤去されたのち,平成16年8月23日船首側からロワースツールの塗装が開始された。
 塗装チーム主任は,同月25日夕方,工作グループ各チームの担当者に電話をして,5番貨物倉と6番貨物倉との間のロワースツール(以下「BT5」という。)及び6番貨物倉と7番貨物倉との間のロワースツール(以下「BT4」という。)の塗装を翌26日午後に行いたい旨を告げ,いずれも周辺での作業が行われないとの回答を受けたので,塗装作業通知書の火気厳禁場所の項目に,貨物倉間に限定してBT5及びBT4と記載し,関係係に配布した。
 B社は,塗装チーム主任からBT5及びBT4の塗装作業通知書が承認された旨の連絡を受け,塗装作業を準備した。
 塗装作業通知書は,26日朝,拡大コピーしたものが構内通用門,従業員食堂,上甲板への昇降口などに掲示された。
(2)貨物倉の足場ピース取外し
 A社は,外業チームが,C社など協力会社2社の作業員に対して8月24日から貨物倉の足場ピース取外し作業を行うよう割り当て,翌25日までは同チーム主任がその都度取り外す箇所を指示して溶断させていたところ,翌26日には同主任が翌日進水する船の現場に立ち会うために不在となり,作業員に対してBT5及びBT4付近で火気作業を行わないよう指示しなかった。
(3)爆発に至る経緯
 塗装チーム主任は,26日午前中,BT5及びBT4の内部とそれらの周辺を下見し,B社の作業準備状況を確認した際,塗装場所の縄張り設置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を指示しなかった。
 B社は,26日午前中,5番貨物倉に塗装機と塗料缶を準備し,BT5にエアホースを導入したのち,塗装場所の縄張り設置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置をしなかった。
 塗装作業員は,13時から14時30分まで1人が塗装機の傍らで塗料と溶剤を調合して補給し,2人がスプレーガンを持ち,1人が先手としてホースをさばく体制でBT5の塗装を行い,休憩の後,移動して15時15分から15時40分ごろまでバルブリセスを塗装し,16時ごろBT4の左右両舷奥から塗装を開始した。
 一方,C社の作業員は,4番貨物倉から7番貨物倉までの足場ピースの取外しを割り当てられていたが,26日朝各所に掲示された塗装作業通知書を見ておらず,外業チーム主任に指示を仰がないまま,6番貨物倉の足場ピースを取り外すこととして同貨物倉にガス切断器を運び込んだ。
 ところで,BT4は,工事用穴やビルジウェル等で貨物倉と通じ,それぞれが塗装の際の換気経路となっていたので,スプレーガンから噴霧された塗料と空気との可燃性混合気が,左舷側から工事用穴のある右舷側に向かって拡散するとともに,左舷奥には同混合気が充満し,点検穴からビルジウェルに入って6番貨物倉側のビルジ穴に向けて対流,拡散していた。
 C社の作業員は,16時過ぎ高所作業車に乗って左舷船尾隅に接近し,16時10分ごろ左舷68番フレームの約4mの高さに取り付けられた足場ピースの溶断を開始した。
 こうして,レッドリリィは,6番貨物倉の足場ピースを溶断する作業で船尾方向に吹き飛ばされた溶鉄が,側壁とロワースツールの傾斜面を滑り落ち,その一部が床面のビルジ穴に落下してビルジウェルの可燃性混合気が発火し,炎がBT4内に伝播し,16時12分丸亀港昭和町防波堤灯台から真方位157度580mの地点で,BT4とバルブリセスで爆発が生じた。
 当時,天候は晴で風力1の東風が吹いていた。
 爆発の結果,BT4の計装電線に焼損を,バルブリセスの各所に凹損を生じ,塗装作業員E及び同Fが死亡し,ほか1人が顔面,右上肢,両前腕などに2度の熱傷を負い,また,救助に当たった塗装チーム主任が一酸化炭素中毒に罹った。
 レッドリリィは,バルブリセスの凹損箇所の修正とカーリング補強,焼損した計装電線の再敷設など修理された。

8 事後の措置
(1)A社は,協力会社とともに,塗装作業における管理状況を塗装安全基準の規定事項と照合したうえで,下記の改善と対策を実施した。
ア 爆発防止策
(ア)塗装場所の縄張り設置,火気厳禁・立入禁止の表示,監視員の配置,排気ファンによる換気,塗装機のアース施行,防爆仕様の照明器具使用など,塗装安全基準を遵守する。
(イ)塗装作業通知書の作成に先立って,塗装を実施する協力会社の塗装責任者が作業計画書を作成する。
(ウ)艤装段階の船では喫煙場所を船首甲板など3箇所に限定する。
(エ)全ての船型に,換気に十分な数のマンホールを設置する。
イ 教育訓練
(ア)各チーム担当者から協力会社責任者への連絡と指示の徹底
(イ)管理者の安全意識の再教育
(ウ)協力会社作業員への危険予知訓練の実施
(2)B社は,A社の指導の下に,塗装安全基準に規定された縄張り設置,火気厳禁・立入禁止の表示,監視員の配置,塗装機のアース施行,防爆仕様の懐中電灯の使用を励行することとした。
(3)C社は,作業員に塗装作業に関する掲示をよく見るよう徹底させ,教育訓練を通じて安全意識の向上を図ることとした。

(本件発生に至る事由)
1 A社
(1)ロワースツールでの塗装に際して,縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行わせていなかったこと
(2)排気ファンによる換気,照明器具の防爆仕様,スプレーガンのアース施行及び指定場所以外での喫煙禁止を遵守させていなかったこと
(3)舷門等への掲示に,塗装場所を船体の略図上に明示した危険塗装通知書を使用していなかったこと
(4)作業員に対してBT5及びBT4付近で火気作業を行わないよう指示しなかったこと

2 B社
 ロワースツールの塗装時に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行っていなかったこと

3 C社
 足場ピース溶断作業を行うに際して外業チームの指示を直接仰ぐよう作業員を十分に指導していなかったこと
 
(爆発に至る経過の考察)
1 BT4での爆発の物理的経過を検討する。
(1)可燃性混合気
 塗料は,噴霧による塗膜形成に適切な粘度を得るため,最大比率10パーセント以内の溶剤と混合のうえ塗装機で加圧され,スプレーガンから噴霧され,壁面に付着する。そして,塗装される閉所の空間では,噴霧の一部と壁面から蒸発した溶剤とが,空気との混合気を形成し,数ミクロン大の液滴が均一に浮遊し,数十ミクロン大以上のものが徐々に床面に向かって沈降し,拡散する。
 本件当時,バルブリセスは,既に塗装が終了し,均一な混合気層と,粒径の大きな液滴が沈降した底面層とで平衡状態であった。
 また,BT4は,圧縮空気が,ゴムホース3本から放出される中で,作業員が両舷奥で塗装を行い,左舷側ビルジウェルには粒径の大きな液滴の混合気が溜って貨物倉側に向かい,一方,粒径の小さな液滴の混合気が,各ガーダの通行穴を通して工事用穴のある右舷側に向かって,いずれも可燃性混合気となって対流・拡散していた。
(2)発火源
 ビルジウェルは,残水があったものの,深さが20センチメートルほどで,BT4と6番貨物倉とが通じており,前示混合気が拡散してビルジ穴に達していた。
 このころ,6番貨物倉は,左舷フレームの足場ピース溶断作業が行われ,ガス切断器で吹き飛ばされた溶鉄が側壁とBT4の傾斜面を滑り落ち,その一部が床面のビルジ穴に落下した。
 溶断作業による溶鉄は,熱粒子で,高さ4mから壁面に伝い落ちるうちに表面温度が低下するものの,塗料溶剤の主成分であるキシレンの発火温度摂氏480度を十分超えた表面温度を有しており,溶剤の混合気を発火させ得る状況であった。
(3)燃焼の伝播
 ビルジ穴の混合気は,落下してきた溶鉄の表面に触れた塗料と溶剤の液滴が発火し,燃焼過程で生成される煤(すす)など,多数の粒子塊による強い熱輻射(輝炎として見える)を伴いながら,炎がBT4内に伝播したと考えられる。
 本件後のビルジウェルの残水一面に煤が浮いた写真,及び右舷側にいたG作業員の,「赤ではなく,黄色か白に近いような色の炎が左舷側から走ってきた。」旨の供述記載は,塗料混合気の燃焼を典型的に示しており,煤等の粒子塊を伴った燃焼であったことが裏付けられる。
 その後,BT4での燃焼は,最初は左舷奥から船体中心に向かって比較的滑らかな火炎面を伴う穏やかな炎でゆっくり伝播したが,その後燃焼に伴う膨張により,混合気がガーダの通行穴から噴流状態となって押し出され,その結果,混合気が乱れて燃焼速度が増加し,各ガーダを通過する都度加速され,二重底のバルブリセスにも伝播して爆発的燃焼となった。ガーダ周辺の薄い煤の付着,バルブリセスの凹損状況が,爆発的燃焼の結果であることを示している。
 燃焼伝播の上流側(発火源側)でゆっくり燃焼が進んだことは,左舷側にいた作業員の気道内に煤が入っていたことと,同作業員の死因が一酸化炭素中毒であったことから,また,燃焼伝播が加速され,爆発的燃焼となった過程は,ガーダを3箇所越えた下流側の作業員の死因が脳挫滅で,多発性肋骨骨折等の所見があることから,それぞれ裏付けられる。

2 他の発火源について検討する。
(1)スプレーガンの静電気
 スプレーガン及びホースは,塗料の流れなど摩擦による帯電を生じる可能性がある。本件当時,塗装機のアースが取られていなかったが,ホースを床に這わせた敷設状態から,ステンレスワイヤの網代鎧装を通して船体と導電状態と考えられ,船体との間に放電を生じて発火源となるほど帯電した可能性はない。
(2)懐中電灯
 作業員が携帯していた懐中電灯は,乾電池を電源とし,白熱電球のものとLEDのもので,作業中は点灯されたままと認められ,スイッチ操作時の放電が発火源となった可能性はない。また,先手の作業員が所持していた白熱電球のものは,本件後カバーガラスが割れて発見されたが,爆発の経過と同作業員がガーダを3箇所越えた位置にいたことから,カバーガラスの破損は,爆発の結果と考えられ,発火源となった可能性はない。
(3)たばこの火
 本件直後,貨物倉の床面は,多数のたばこの吸い殻の散乱が認められた。しかしながら,当時,塗装作業員は,休憩をとったのち塗装を再開しており,貨物倉で他の作業員が喫煙していた事実は認められず,たばこの火が発火源となった可能性はない。

(原因の考察)
1 A社
 本件当日の塗装作業通知書は,火気厳禁場所としてBT5及びBT4を貨物倉間と限定して記載され,また,両区画は,塗装時の換気経路の一つがビルジウェルであった。すなわち,本件は,両ロワスツールの外面及びビルジ穴から5m以内への立入りと火気使用を確実に排除しておれば,発生を防止できたものと認められる。
 また,外業チームは,前日の塗装チームによる連絡調整において,BT4を火気厳禁場所と認めて周辺で火気作業をしないことを回答しており,6番貨物倉の68番フレームの足場ピースが,塗装作業通知書の火気厳禁場所に含まれる位置にあったから,協力会社の作業員に対して6番貨物倉の足場ピースを切断する作業を行わないよう指示しておれば,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,ロワースツールでの塗装に際し,塗装業者に対して縄張りによる立入制限,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行わせていなかったこと,及び協力会社の作業員に対して,塗装場所であるBT5及びBT4付近での火気作業を行わないよう指示しなかったことは,いずれも塗装安全基準を遵守させていなかったものであり,本件発生の原因となる。
 舷門等への掲示に,塗装場所を船体の略図上に明示した危険塗装通知書を使用していなかったことは,塗装安全基準を満たしていない事実であるが,本件発生と相当な因果関係はない。しかしながら,本件当時,塗装作業通知書に示された,記号による船体ブロック名称は,全ての作業員に明確に伝わらないおそれがあり,塗装場所を船体の概略図上に明示する様式による掲示が望まれる。
 なお,排気ファンによる換気,照明器具の防爆仕様,スプレーガンのアース施行及び指定場所以外での喫煙禁止を厳守させていなかったことは,本件発生の原因とならない。

2 B社
 B社は,ロワースツール外面及び貨物倉のビルジ穴から5mの範囲に縄張りを行い,火気厳禁・立入禁止の表示をして監視員を立てておけば,塗装場所至近での溶断作業を阻止することができたものと認められる。 したがって,B社が,ロワースツールの塗装時に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員配置を行っていなかったことは,本件発生の原因となる。

3 C社
 艤装段階の船で足場ピースを溶断するなどの作業は,外業チームが塗装作業との兼ね合いを確認しながら,作業員に直接指示して行われ,C社が同作業の可否を判断する余地はなかった。しかしながら,協力会社も作業員が不安全動作をしないよう指導が求められる。
 本件当日は,前日まで指示をしていた外業チーム主任が不在ではあったが,足場ピース取外しについて,作業員が同主任に連絡を取って直接指示を仰いでおれば,6番貨物倉での溶断作業は行われず,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,C社が,火気作業を行うに際して,担当者に直接指示を仰ぐよう作業員を十分に指導していなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件爆発は,造船所構内で建造中のばら積み貨物船において,安全管理が不十分で,貨物倉の足場ピースを溶断する作業で飛散した溶鉄が,貨物倉間の空所につながるビルジ穴に落下し,塗装中であった同空所の可燃性混合気が発火したことによって発生したものである。
 安全管理が十分でなかったのは,造船所が,塗装に関する安全基準を遵守させなかったこと,塗装業者が,塗装を行うに際して,塗装場所に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行っていなかったこと,及び協力会社である造船業者が,火気作業を行うに際して,造船所の担当者に指示を直接仰ぐよう,作業員を十分に指導していなかったこととによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 A社が,塗装に関する安全基準を遵守させなかったことは,本件発生の原因となる。
 A社に対しては,本件後,基準に合致した換気設備の完備,塗装業者の主体的な準備手続き,形骸化した連絡調整の実質化を図ったほか,塗装安全基準の規定事項が遵守されなくなった背景や要因を分析して,教育プログラムを積極的に導入し,管理者と作業員の意識改革を推進していることに徴し,勧告しない。
 B社が,塗装作業を行うに際して,塗装場所に縄張りによる立入制限措置,火気厳禁・立入禁止の表示及び監視員の配置を行っていなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,A社の指導の下に主体的な安全への取り組みを図っていることに徴し,勧告しない。
 C社が,足場ピース溶断作業を行うに際して,外業チームの指示を直接仰ぐよう作業員を十分に指導していなかったことは,本件発生の原因となる。
 C社に対しては,本件後,塗装作業通知書などの確認徹底を図っていることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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