(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年10月19日12時20分
大阪港大阪区第1区
(北緯34度39.0分 東経135度24.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船エバーダイナミック |
総トン数 |
52,090トン |
全長 |
294.13メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
48,631キロワット |
(2)設備及び性能等
エバーダイナミックは,平成10年9月に財団法人日本海事協会(以下「NK」という。)による各種検査を終え,一定条件の下で機関区域を無人状態とすることができる資格を取得して竣工した,船体後部に同区域を有する船尾船橋型の鋼製コンテナ船で,ヨーロッパ,アジア及び北アメリカの諸港間の定期航路に就航していた。
ア 機関区域
機関区域は,長さ約33メートル(m),最大幅約32m及び高さ約19mで,上甲板から二重底内底板に至る間を2,3,4番各甲板で区切られた4層構造となっており,同区域中央部の上甲板から同内底板にかけてを主機室,3番甲板両舷に発電機室が区画されていたほか,同区域前部隔壁に隣接して,2番甲板に機関制御室,3番甲板に工作室,4番甲板に油清浄機室がそれぞれ設けられていた。
イ 油清浄機室
油清浄機室は,船体中央部から左舷寄りに位置し,高さ約5.2m,幅約16.3m,左右舷側各端部の長さが約11.4m及び約6.4mのL字型形状をなした区画で,左右舷各後部には1箇所の開き戸付出入口が設けられていた。
油清浄機室には,燃料油清浄機4台のほか,主機,発電機原動機及び補助ボイラ用各燃料油に関係するポンプ,こし器,加熱器,流量計並びに集合始動器盤などの機器が据え付けられており,停泊中であってもいずれかの同清浄機及び同清浄機用燃料油供給ポンプなどが運転されていた。
ウ 燃料油均質化装置
燃料油均質化装置は,同油系統中のこし器の目詰まり及び主機や発電機原動機のピストンリングの摩耗を軽減すると共に燃焼の改善を図り,よって経済性の向上が期待できるとして,B社が購入し,NKの承認を得て新造時に3台が搭載され,それぞれ主機供給用,発電機原動機供給用及びC重油セットリングタンク循環用として使用されていた。
これらのうち,主機供給用燃料油均質化装置(以下「ホモジナイザ」という。)は,ドイツ連邦共和国C社が製造したCD92-180-S型と称し,外被表面冷却自冷型電動機を動力として,毎分3,600の高速で回転するロータの外周とケーシングに組み込まれたステータ内周間の微少な間隙に,最大で毎時25.0トンの粗悪燃料油を通して3ないし5ミクロンの粒子に磨り潰すことができるもので,最高使用圧力が約12キログラム毎平方センチメートル(kgf/cm2)及び同温度が摂氏140度(℃)とされ,温度上昇時などに警報を発する装置が組み込まれていなかった。また,ホモジナイザは,油清浄機室のほぼ中央部に船横方向の横置き状態で設置されており,その船首側約2.4mないし6.5m及び右舷側約1.2mないし4.5mの範囲に,右舷側から順に号機番号が付された燃料油清浄機及び同清浄機用燃料油供給ポンプ各4台が据え付けられていた。
電動機とケーシングとの間には,軸受箱が設けられ,同箱内の電動機側及びケーシング側にそれぞれ2列及び単列の状態で装着された,内輪内径65ミリメートル(mm)及び外輪外形120mmの3個の玉軸受によってロータが支持されており,同軸受の潤滑が軸受箱内に溜められた潤滑油を掻き上げる方式で行われるようになっていた。
ケーシングのロータ貫通部には,1週間あたり約0.7リットル以内の漏洩量となる程度の油密を保持できるメカニカルシールが装着されており,同シールの外側には,漏洩する燃料油の飛散を防止すること及び漏洩量の点検を容易にすることなどを目的に,クエンチケーシングと称する覆いが施されていたが,同シール内の摺動面に著しい損耗又は損傷が生じた場合などのように,急激に漏洩量が増加した状況では,同ケーシングから溢れだした燃料油が飛散し,至近距離にある軸受箱に降りかかるおそれがあったので,同箱の温度が90℃を超えた状態で運転することを禁じる旨が取扱説明書に記載されていたものの,温度計が備えられていなかった。
したがって,クエンチケーシング内は,漏洩量の増加をいち早く知ることができるよう常に空の状態とするために,ドレン孔が設けられ,同孔からの排出量より多い異状な漏洩を知った場合には,速やかにメカニカルシールを新替えするなどの措置をとる必要があった。
エ 主機燃料油供給系統
主機用C重油は,燃料油清浄機での処理を経て貯蔵されているサービスタンクから,燃料油フィードポンプで圧力約5kgf/cm2次いで燃料油ブースタポンプで約11kgf/cm2にそれぞれ加圧されたのち,ホモジナイザを経て,蒸気を加熱源とする燃料油加熱器にて約15センチストークス(cSt)の粘度を目標値として約130℃まで加熱され,さらに,こし器,粘度調節器用検出器を経て主機の入口主管に至り,主機運転中は燃料噴射ポンプで更に昇圧されて燃料噴射弁から噴射される一方,出口主管から調圧弁及び空気分離器を経た余剰油が,また,主機停止中は全量が,高温のまま再び同ブースタポンプの吸入側に環流するようになっていた。
ところで,主機,発電機原動機及び補助ボイラは,A又はC重油を燃料とすることが可能であったが,排気による大気汚染の環境基準が厳しいヨーロッパ諸港及びその近海を除いては,それぞれ専らC重油が使用されており,同油使用中は,粘度上昇によって通油が阻害されぬよう,停泊中を含め,各燃料油供給系統内を前記温度で循環する状態を継続しておく必要があり,同時にホモジナイザも連続運転されていた。
オ C重油の引火点
エバーダイナミックで使用されていたC重油は,世界の各地で必要に応じて搭載されたもので,平成16年9月にオランダ王国ロッテルダム港及び同年10月にシンガポール共和国シンガポール港にて搭載された際の燃料油納品書写記載の性状によると,50℃における粘度がいずれも380cStであったものの,引火点がそれぞれ121℃及び87℃で,いずれも主機用の前記燃料加熱温度を下回っており,このことがほぼ常態となっていた。
カ 消防設備
機関区域には,油清浄機室などを含め,規則の定めるところにより,射水消火装置や消火器のほか,乗組員居住区B甲板中央部に区画された火災制御室での放出操作が可能な,炭酸ガスを消火剤とした固定式鎮火性ガス消火装置及び熱探知式又はイオン化式の火災探知器が備えられており,同制御室及び機関制御室では,同区域内での火災が探知された際,火災警報と同時に点灯する制御盤上の表示灯により,火災区画を知ることができるようになっていた。
3 事実の経過
エバーダイナミックは,ヨーロッパ方面からの航海の途次,中華人民共和国ホンコン港に寄港したのち,平成16年10月16日14時24分(現地時刻,以下同じ。)A指定海難関係人ほか17人が乗り組み,コンテナ貨物35,754.5トンを積載して同港を発し大阪港に向かった。
ところで,航行中,A指定海難関係人は,17時から翌日の08時までの間,機関区域を無人状態とするため,巡視や警報発生時の初動的対処を任務とした当番機関士1人を定め,慣行により,当番機関士が,22時ごろから約30分間,同指定海難関係人が翌日08時ごろにそれぞれ同区域内を巡視して機器の点検を行うこととし,また,その他の時間帯には機関部乗組員が機器の点検及び保守作業を行う労務形態としていた。
エバーダイナミックの機関部乗組員は,機関長であったA指定海難関係人を筆頭に,二等,三等及び四等機関士並びに機関部員3人で構成され,同指定海難関係人が,各機関士の業務を含む機関全般を統括しており,各機関士に対しては,実施すべき内容及び時機が示された機器保守基準書にしたがって,割り当てられた担当機器の定期的な保守を確実に行うよう指導する立場にあった。
そして,三等機関士は,空気圧縮機及び油の性状改善に関係する機器などを担当しており,これらのうちホモジナイザについては,前記基準書により,8,000時間毎に開放して玉軸受及びメカニカルシールの点検又は新替,3,000時間毎に軸受箱内の潤滑油の新替並びに3箇月毎に同油量及び同シールから漏洩してクエンチケーシングに溜まった燃料油量の点検を計画的に行うこととされていた。
ホモジナイザは,ロータの高速回転のみならず,その至近距離で運転されていた燃料油清浄機及び同清浄機用燃料油供給ポンプなどが発する回転音や振動の影響を受け,玉軸受での微妙な回転状況の変化を感知しづらかったことに加え,通油される燃料油からの伝熱で高温となった軸受箱に対して,触手による温度感知が不能であったばかりか,温度計が取り付けられておらず,同箱の温度上昇を容易に知ることができないなど,五感を使って運転状態を正確に把握することが困難であったことから,前記の定期的な保守作業を確実に実施することが求められた。
ところが,三等機関士は,ホモジナイザが運転不能となった場合であっても,これを迂回する配管を使用することで主機の安全な運転に何ら支障が生じなかったこともあり,長期間にわたって玉軸受の点検及び新替などの定期的な保守を行わず,その摩耗が進行する状況のまま運転を続けていた。
また,A指定海難関係人は,ホモジナイザの軸受箱に設けられた潤滑油面計が著しく汚損していること及び保守記録模様などから,適切な保守が実施されていないことを推察できる状況であったが,ホモジナイザの状態に関する特段の報告を受けていなかったことから,正常に運転できているものと思い,三等機関士に対し,機器保守基準にのっとった定期的な保守を確実に行うよう指示していなかった。
ホンコン港出港後,エバーダイナミックは,C重油の主機入口主管における温度及び圧力が,それぞれ約130℃及び約11kgf/cm2の安定した状態で航行していた。
10月19日08時ごろA指定海難関係人は,いつものように機関室を巡視してホモジナイザの目視点検を行い,クエンチケーシングを見てメカニカルシールから燃料油が漏洩していることを認めた際,その量が少ないうえ,三等機関士からの報告も受けていなかったので,特に気に止めることなく,その後の入港に備えた。
大阪港に到着したエバーダイナミックは,11時42分に入港スタンバイを解き,船首12.5m船尾12.6mの喫水をもって,同港大阪区第1区夢洲コンテナふ頭C-11岸壁に,船首を北東方に向けた左舷付けで係留を完了した。
時を同じくして,機関制御室にいたA指定海難関係人は,船橋から機関終了の令を受けたので,あとの作業を入港配置についていた機関部乗組員に任せ,乗組員居住区C甲板にある食堂に赴き,昼食を摂ることとした。
その後,機関部乗組員は,機器の手仕舞い作業を終え,油清浄機室では通風機1台,ホモジナイザ,2号及び3号燃料油清浄機,同清浄機用各燃料油供給ポンプ及び同油加熱器並びに主機燃料油供給系統の各機器などが運転された状態で機関区域を離れた。
一方,11時50分三等機関士は,機関区域で乗組員が各機器の手仕舞いなどの作業を行っている間に,C重油セットリングタンクの加熱を中断する目的で油清浄機室に入り,自身が担当するホモジナイザに近づいて点検を行った際,摩耗が進行していたホモジナイザの玉軸受が振動を伴った異音を発し,軸受箱の温度が上昇する状況であったが,前記の状況からこれらを感知できず,メカニカルシールからの異状な漏洩がないことなどを目視で確認したのみで12時05分に同室を離れ,同区域を無人状態とした。
食事中であったA指定海難関係人は,機関区域が無人である旨の表示灯の点灯を認め,12時10分食事を終えて散歩の目的で上甲板上に出た。
こうして,エバーダイナミックは,機関区域を無人状態として停泊中,いつしかホモジナイザの玉軸受が損壊して軸受箱の温度が急激に上昇していたところ,支持を失ったロータ軸心が振れ回るようになったことにより,メカニカルシールでの適正な油密が保持できなくなり,クエンチケーシングから溢れ出て飛散した約130℃のC重油が,高温となっていた軸受箱に降りかかって着火,発煙し,12時20分大阪北港南防波堤灯台から真方位039度1,160mの前記係留地点において,油清浄機室に設置されていたイオン化式火災探知器がこれを検知し,火災警報装置が作動した。
当時,天候は雨で風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
火災警報を認めたA指定海難関係人は,急ぎ機関制御室に赴き,表示盤にて油清浄機室での火災であることを確認したものの,すでに他の機関区域が滞留していた多量の黒煙に遮られて何も見えず,状況を正確に把握し得ないまま通風機や燃料油関係のポンプを機関室外からの操作で一斉に停止した。
その後,A指定海難関係人は,船長と相談のうえ,消防に通報して来援を要請すると共に,現場での初期消火活動が不可能と判断して固定式鎮火性ガス消火装置から炭酸ガスを放出して鎮火させた。
火災の結果,エバーダイナミックは,負傷者がなく,油清浄機室から他部への延焼も食い止められたものの,同室内に設置されていた各機器,集合始動器盤などの電気設備及び各管装置を含むほぼ全般が焼損した。
(本件発生に至る事由)
1 運転中,五感に頼ったホモジナイザの点検が困難な状況であったこと
2 ホモジナイザの保守を担当する機関士が,定められた定期的な保守を行っていなかったこと
3 玉軸受の摩耗が進行する状況で,ホモジナイザの運転が続けられていたこと
4 A指定海難関係人が,正常に運転できているものと思い,保守を担当する機関士に対し,ホモジナイザの定期的な保守を確実に行うよう指示していなかったこと
5 ホモジナイザの玉軸受が損壊し,メカニカルシールから漏洩した燃料油が,引火点を超える温度にまで過熱していた軸受箱に降りかかったこと
(原因の考察)
本件火災は,ホモジナイザのメカニカルシールから漏洩した高温の燃料油が軸受箱に降りかかって着火したもので,ロータを支持する玉軸受の定期的な保守が適切に行われていれば,運転中に同箱の温度が著しく上昇したうえ,ロータが振れ回る状態に至らず,その結果,同シールから多量の燃料油が漏洩することを未然に防止できたものと認められる。
したがって,ホモジナイザの保守を担当する機関士が,定められた定期的な保守を行わなかったことにより,玉軸受を損壊,軸受箱を燃料油の引火点を超える温度まで過熱させる事態を招き,メカニカルシールから漏洩した燃料油を同箱に降りかからせたことは,本件発生の原因となる。
また,ホモジナイザは,その軸受箱に設けられた潤滑油面計の著しい汚損及び保守記録模様などから,適切な保守が実施されていないことを推察できる状況であった。
したがって,各機関士の業務を指導する立場にあったA指定海難関係人が,ホモジナイザを正常に運転できているものと思い,その保守を担当する機関士に対し,定期的な保守を確実に行うよう指示せず,玉軸受の摩耗が進行する状況で運転を続けていたことは,本件発生の原因となる。
運転中,五感に頼ったホモジナイザの点検が困難な状況であったことについては,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,多種多様な機器が限られた空間に設置された機関区域内において,ホモジナイザの設置場所を改善することは極めて困難であったので,海難防止の観点から,軸受箱に温度計を貼り付けるなり,燃料油の飛散に備えて同箱に防油カバーを施すなどの工夫をもって補われるべきである。
(海難の原因)
本件火災は,燃料油関連機器の保守管理を行うにあたり,ホモジナイザの定期的な保守が不十分で,長期間にわたってロータを支持する玉軸受の新替が行われず,岸壁に係留中,同軸受が損壊してロータが振れ回り,軸封装置から飛散した高温の燃料油が,引火点を超えるまで過熱していた同軸受箱に降りかかって着火したことによって発生したものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人が,機器全般の保守管理及び各機関士の業務を指導するにあたり,ホモジナイザの保守を担当する機関士に対し,定期的な保守を確実に行うよう指示せず,玉軸受の摩耗が進行する状況で運転を続けていたことは,本件発生の原因となる。
A指定海難関係人に対しては勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
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