(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月8日23時45分
福島県塩屋埼北東方沖合
(北緯37度12.8分 東経141度11.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船盛漁丸 |
総トン数 |
19.60トン |
登録長 |
16.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
190 |
(2)設備等
盛漁丸は,昭和51年2月進水し,A受審人の父が平成5年7月に中古で購入した沖合底びき網漁業に従事するFRP製漁船で,福島県沖合を主な漁場とし,7月,8月の休漁期間を除いて周年操業に従事していた。
ア 船体構造
甲板下は,船首から順に倉庫,3個の魚倉,機関室,船員室及び操舵機室が配置され,甲板上には,中央部に操舵室,その後方に賄室が配置されており,操舵室の左舷壁にドアが,賄室の両舷壁に引き戸がそれぞれ出入口として設けられ,周囲の内壁には化粧板が張られていた。
イ 賄室
賄室は,長さ2.5メートル幅2.0メートル高さ2.0メートルで,床には,左舷前部と右舷後部に機関室へ,左舷後部に船員室へ出入りする蓋付きの開口部をそれぞれ有し,また,中央付近に重油炊きストーブ(以下「ストーブ」という。)が設置され,両舷に椅子が,前部に電気釜,食器等の入った箱がそれぞれ据え付けられており,室内は自然通気されていた。
ウ 賄室のストーブ
ストーブは,盛漁丸を購入したとき既に設置されていたが,古くなったことから,同じ形状のものが平成14年1月に地元の鉄工所によって製作設置され,暖房のほか調理用としても使用されていた。
ストーブの形状は,外径300ミリメートル(以下「ミリ」という。)高さ250ミリの円筒形状の本体と,本体側面前部の中央から下方に取り付けた給油箱及び本体側面後部に取り付けた外径104ミリの煙突差込口から成り,本体と給油箱の各頂部には,引掻き棒で取り外すようになっている蓋が被せてあり,本体などの構成部品はいずれも鋼製品であった。そして,ストーブ本体の脚部は,深さ65ミリの据付箱にセメントで固定され,煙突は,煙突差込口から垂直に延び,賄室の天井を貫通して屋外に出ていた。
なお,ストーブにはファンなどの電気設備は設けられていなかった。
エ ストーブの燃料油など
ストーブの燃料油は,主機と同じA重油で,容量60リットルの燃料油タンクが賄室屋上の右舷後部に設置され,同タンクから外径8ミリ肉厚1.5ミリの銅管内を自然流下してストーブへ給油されるが,その配管状況は,同タンクから右舷壁と化粧板の間を通って床上を這ったのち,手動の油量調整コック(以下「コック」という。)を経て,給油箱の蓋の開口部から同箱内に導かれていた。
また,ストーブを炊く場合は,給油箱の蓋を開けて紙くずを入れ,コックを開けて給油し,ライターなどで火を付けて蓋を閉めるが,コックによる油量調整は,通常,全開時の3分の1以下とし,これ以上の開度では燃料油が過剰給油となってストーブ内に滞留した。
3 事実の経過
盛漁丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか2人が乗り組み,操業の目的で,船首0.8メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成17年1月8日02時00分福島県松川浦漁港を発し,同県沖合の漁場に向かった。
ところで,A受審人は,ストーブの使用に当たって,コックの開度を3分の1以上にすると,燃料油が過剰給油となってストーブ内に滞留することを他の乗組員とともに知っており,これまでも乗組員がコックに足を引っかけ,全開になっていることを知らずにストーブを炊き続け,火災に至らなかったものの給油箱から燃料油が溢れ出ることが年に1,2回あったが,燃料油の配管にオリフィス板を装着するなど同油の過剰給油防止措置をとっていなかった。
また,A受審人は,今回の操業においてB指定海難関係人を臨時で乗船させたが,ストーブの使用に当たり,賄室を無人とするときはコックを閉め,それ以外では他の乗組員が賄室にいるので大丈夫と思い,同指定海難関係人に対し,コックの開度を調整するときには3分の1以下とすることなど,ストーブの取扱いについて指導しなかった。
盛漁丸は,同日04時00分漁場に至って操業を繰り返し,23時30分微速力前進で揚網準備中,船尾甲板上で漁獲物の後片付けを終えたB指定海難関係人は,休息をとるため賄室に入り,身体が冷えていたことから,炊いていたストーブの火力を強くしようとして,コックの開度を3分の1から全開とし,左舷の椅子に座って休憩をとった。
23時40分B指定海難関係人は,身体も暖まり暑くなってきたのでコックを全閉としたが,ストーブからの放熱が続いて消火していない様子であり,不審に思って賄室後部で横になって休息中の甲板員菊池力男を起こして状況を話し,同甲板員が給油箱の蓋を開けたところ,給油箱が燃料油でほとんど一杯になっており,間もなく同油表面から炎が立ち始めるとともに,船体の動揺により給油箱の外へ燃料油が少量溢れ出し,据付箱のセメント付近から炎が出たので,給油箱の蓋を閉めた。
A受審人は,揚網準備のため操舵室で合羽を着用中,賄室からの叫ぶ声で同室に左舷引き戸から入り,前示付近から炎が出ていたのでコック全閉の確認後,操舵室に備えていた持運び式消火器2本を携行し,うち1本を使用して消火剤を放射したところ,セメント付近などストーブ外側の炎が消え,また,本体内も炎が消えたが,ストーブの余熱で本体内の燃料油表面から未燃焼ガスが発生した。
A受審人は,ストーブの中に燃料油が溜まっているものと思って本体の蓋を開けたところ,同油が本体中程まで達しているのを認めたが,その直後の23時45分東電広野火力発電所専用港南防波堤灯台から真方位100度8.3海里の地点において,ストーブ内に外気が入り込んで未燃焼ガスが煤などに付いていた残り火に引火して爆発的に燃焼し,炎と燃料油が周囲に飛び散って賄室が火災となった。
当時,天候は晴で風力4の南西風が吹き,海上には波高1.5メートルの波があった。
A受審人は,B指定海難関係人及び菊池甲板員が退避していた左舷引き戸付近の通路甲板へ脱出し,同引き戸から室内に向けて持運び式消火器1本を使用したものの,火勢が強く消火できないので消火作業を断念し,操舵室から無線で僚船と海上保安部に救助を求め,その後風上の船尾甲板へ他の乗組員とともに退避し,翌9日00時15分接舷した僚船に全員が救助された。
盛漁丸は,来援した巡視船によって消火放水作業が続けられたが,延焼して04時06分沈没し,A受審人は,ストーブが爆発的に燃焼したとき,顔面と両手に入院加療1箇月を要する火傷を負った。
(本件発生に至る事由)
1 コックの開度が3分の1以上で燃料油が過剰給油されてストーブ内に滞留すること
2 A受審人が燃料油の過剰給油防止措置をとっていなかったこと
3 A受審人がB指定海難関係人に対し,ストーブの取扱いについて指導しなかったこと
4 B指定海難関係人がコック開度を3分の1から全開としたこと
5 消火後ストーブ内に未燃焼ガスが発生したこと
6 A受審人がストーブ本体の蓋を開けたこと
(原因の考察)
本件火災は,燃料油の過剰給油防止措置をとっていたなら,燃料油が過剰に給油されることもなく,また,ストーブの取扱いの指導を行っていたなら,コックを全開としてストーブ内に燃料油が滞留することもなく,火災が発生しなかったものと認められる。
したがって,A受審人が,燃料油の配管にオリフィス板を装着するなど,燃料油の過剰給油防止措置をとっていなかったばかりか,B指定海難関係人に対し,賄室を無人とするときはコックを閉め,それ以外では他の乗組員が賄室にいるので大丈夫と思い,コックの開度を調整するときには3分の1以下とすることなど,ストーブの取扱いについての指導を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
コックの開度が3分の1以上で燃料油が過剰給油されてストーブ内に滞留すること,B指定海難関係人が乗組員にコックの開度調整の加減について聞くなどしないまま3分の1から全開としたこと,及びA受審人がストーブの冷却を待たないまま本体の蓋を開けたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべきである。
消火後ストーブ内に未燃焼ガスが発生したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
(海難の原因)
本件火災は,ストーブへの燃料油の過剰給油防止措置が十分でなかったばかりか,臨時で乗船した乗組員に対するストーブの取扱いについての指導が不十分で,燃料油がストーブに過剰給油されて滞留し,消火後ストーブの蓋を開けたとき,外気が入り込んで未燃焼ガスが残り火に引火して爆発的に燃焼したことによって発生したものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,賄室に設置したストーブの取扱いを乗組員に任せる場合,コックの開度を3分の1以上にすると燃料油が過剰給油となり,ストーブから溢れ出て火災の危険があったから,コックを開けすぎることのないよう,臨時で乗船した乗組員に対し,コックの開度を調整するときには3分の1以下とすることなど,ストーブの取扱いについての指導を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,賄室を無人とするときはコックを閉め,それ以外では他の乗組員が賄室にいるので大丈夫と思い,臨時で乗船した乗組員に対し,ストーブの取扱いについての指導を十分に行わなかった職務上の過失により,同乗組員がストーブの火力を強めるためコックを全開としてストーブ内に燃料油を滞留させ,消火後ストーブの蓋を開けたとき,外気が入り込んで未燃焼ガスが残り火に引火し,爆発的に燃焼して賄室の火災を招き,延焼して盛漁丸を沈没させ,自らの顔面と両手に入院加療1箇月要する火傷を負うに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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