日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  転覆事件一覧 >  事件





平成17年門審第101号
件名

手漕ぎボート(船名なし)転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成18年3月8日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(織戸孝治,清重隆彦,片山哲三)

理事官
濱田真人

指定海難関係人
A 職名:手漕ぎボート(船名なし)乗組員

損害
乗組員1名及び同乗者2名が低体温症に罹り,同乗者のうち1名が死亡

原因
定員超過,海象(波浪)に対する配慮不十分

主文

 本件転覆は,定員を超過していたばかりか,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返さなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年3月12日14時40分
 福岡県苅田港北方
 (北緯33度48.8分 東経130度59.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 手漕ぎボート(船名なし)
全長 2.98メートル
(2)設備及び性能等
 手漕ぎボート(船名なし)(以下「ボート」という。)は,B社製の定員2名の無甲板,アルミ製長方形平底型,重量31キログラムのレジャー用ボートで,船体中央部と後部には両舷側にわたる浮体を兼ねた座席が設置されていたが,オールクラッチは設備されておらず,乗船者が両手でオールを保持しながら漕ぐようになっていた。また,船体は船外機を取り付けられる仕様になっていたが,船外機を備えず,アルミ製オール2本を備えていた。
 ボートは,通常,A指定海難関係人の自宅の庭に陸揚げ保管されており,使用時は車に積み込んで目的の水域に移動されていた。また,救命胴衣2着を自宅に保管していた。

3 事実の経過
 ボートは,A指定海難関係人が1人で乗り組み,会社の上司であるCと友人の父親であるDの2人を乗船させ,貝掘りの目的で,貝堀道具を積み込み,船首0.0メートル船尾0.5メートルの喫水をもって,平成17年3月12日14時30分苅田町の松山小型船溜まりを発し,同船溜まりの北東方500メートルばかりの,毛無島南西部の干出浜に向かった。
 ところで,A指定海難関係人は,当日午前の仕事中にC同乗者等と貝掘りに行くことを急遽(きょ)思い立ち,毛無島が陸岸に近いところにあったことから,同島周辺の気象,海象状況を考慮することなく,また,救命胴衣を準備することもなく,低潮に合わせて同島に着くように14時ごろ前示船溜まりに到着して,車からボートを下ろし,発航準備を行った。このとき,同指定海難関係人は,風は強いと思ったものの船溜まり内の海面は静穏だったので,この程度の海象なら無難に同島まで行き着くことができると思い,自身がボートの船尾左舷側,C同乗者が船尾右舷側,D同乗者が中央の各座席に座り,自身とD同乗者がオールを持って2.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で漕ぎ出した。また,同指定海難関係人は,ボートの定員についてはあまり気にかけておらず,過去に3人まで乗ったことがあったことから,当日も定員を1人超過して乗船させていた。
 14時34分わずか前A指定海難関係人は,苅田町の松山128メートル三角点(以下「松山三角点」という。)から022度(真方位,以下同じ。)780メートルの地点に達し,船溜まりの防波堤を替わったとき,乾舷を越える波高の北寄りの横波を受けるようになったものの,自船の乾舷などを考慮すれば,速やかに発航地に引き返すべき状況であったが,同乗者は会社の上司と年長者であり,貝掘りを楽しみにしていたので,引き返すことを言い出し難(にく)かったこともあり,また,同指定海難関係人自身も何とか毛無島に行き着くことができると思い,引き返すことなく,さらに北東進し,同時35分松山三角点から025度840メートルの地点に達したとき,横波を回避して風浪を船首方から受けるように,針路を北に転じて0.6ノットの速力で続航した。
 こうして,ボートは,14時40分少し前ピッチングにより船尾が波底に落ち込んだとき,船尾から海水が流れ込むように浸入し,船尾が沈下したので,A指定海難関係人が船尾側を軽くするためにC同乗者に中央側に移動するよう指示して同人が立ち上がったとき,バランスを崩し,急激に右舷側に大傾斜して復原力を喪失し,14時40分松山三角点から023度920メートルの地点において,右舷側に転覆した。
 当時,天候は薄曇で,風力3の北西風が吹き,波高約0.7メートルで,潮候は下げ潮の末期にあたり,福岡県北九州地方京築には当日05時02分強風,波浪注意報が発表されていた。
 転覆の結果,ボートに損傷はなく,船底を上にして乗船者が掴(つか)まって漂流中,来援したモーターボートに引き揚げられ,乗船者は救急車により病院に搬送されたが,D同乗者が低体温症による心室細動を引き起こして死亡し,C同乗者が中等症の,A指定海難関係人が重症のそれぞれ低体温症を負った。

(本件発生に至る事由)
1 定員を超過していたこと
2 救命胴衣を装着していなかったこと
3 防波堤航過後,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返さなかったこと
4 航行中,波の打ち込みにより浸水したこと
5 同乗者が立ち上がってバランスを崩して右舷側に傾斜したこと
6 復原力を喪失したこと

(原因の考察)
 本件は,毛無島に渡海する際,乗船者を定員内にとどめていれば,また,発航地の防波堤航過後,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返していれば,大量の波の打ち込みはなく,発生していなかったと認められる。
 したがって,A指定海難関係人が,定員を超過していたばかりか,防波堤航過後,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返さず,航行中,波の打ち込みにより浸水し,同乗者が立ち上がってバランスを崩して右舷側に傾斜し,復原力を喪失したことは本件発生の原因となる。
 次に,本件では,乗船者が低体温症に罹(り)患していることから,救命胴衣装着時の保温性が問題となる。一般的に,救命胴衣を装着していれば,海中転落時の体温低下を抑制する効果はあると考えられるが,本件発生時の救命胴衣の保温性や水温などについての明確なデータはなく,低体温症と救命胴衣装着との因果関係は判然とせず,救命胴衣を装着していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生の原因とならない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件転覆は,貝掘りの目的で,松山小型船溜まりから毛無島へ渡海するにあたり,定員を超過していたばかりか,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返さず,波の打ち込みにより浸水し,同乗者が立ち上がってバランスを崩して右舷側に傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が,毛無島へ渡海中,波浪が高いことを認知した際,速やかに発航地に引き返さなかったことは,本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION