(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年8月12日02時03分
北海道納沙布岬東方沖合
(北緯43度15.0分 東経147度20.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第二十八漁恵丸 |
総トン数 |
9.7トン |
全長 |
18.55メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
433キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 船体及び設備
第二十八漁恵丸(以下「漁恵丸」という。)は,昭和61年4月に進水した,船びき網漁業,さんま棒受け網漁業及びいるか突き棒漁業などに使用されるFRP製漁船で,その船体構造は,上甲板上には船首部に引き戸などを撤去して空洞となった旧甲板長倉庫,船体中央部に操舵室及びその後方に船員室があり,上甲板下には船首部から順に燃料油タンク,1番魚倉,2番魚倉,3番魚倉,機関室,船員室,舵機室,倉庫及び倉庫を挟んで両舷に燃料油タンクが配置され,機関室の両舷には船体傾斜の修復用としても使用する燃料油タンクがそれぞれ設けられていた。また,魚倉は全て操舵室の前にあり,1番魚倉はハッチが1つで,主として氷庫として使用され,2番及び3番魚倉はいずれも船横方向に3分割され,それぞれにハッチが1つずつ設けられていた。
また,A受審人は,仮設タンクとして2番魚倉ハッチと3番魚倉ハッチの間に3個及び操舵室両舷通路に容量が200リットルのタンク各3個を置き,各舷通路の船尾側に置いた200リットルのタンクを燃料油タンクとして使用し,他のタンクは魚倉として使用していた。
イ 上甲板上の開口部
本件当時,甲板長倉庫の出入口の引き戸などは減トン工事で撤去され,同所は空洞となっており,帰港中であったこともあって各魚倉のハッチ,操舵室及び船員室の出入口などは全て閉鎖されていた。
ウ 放水口
上甲板の周囲に高さ約90センチメートル(以下「センチ」という。)のブルワークが設置され,その下部の両舷に高さが約20センチの楕円形をした放水口が4箇所ずつ設けられており,同放水口の外側に船尾方を開放したカバーが取り付けられていたので,航行中,上甲板上に浸入した海水は排水されるようになっていた。
エ 漁獲物の積載状況
1番魚倉に約100キログラムが,2番魚倉の中央に約1.7トンと左右にそれぞれ約2.0トンが,及び3番魚倉にはそれぞれ約900キログラムのさんまが,各魚倉とも上甲板上のハッチ部分まで氷と海水とともに積載され,自由水の影響がない状態としていた。
また,船尾部の倉庫は,さけ・ます漁のときに餌を入れるための魚倉として使用され,さんま漁のときは倉庫として使用されていたが,操舵室両舷の通路上の仮設タンクは空であった。
なお,本件時,2番魚倉と3番魚倉のハッチ間の仮設タンクにも200キログラムずつのさんまが入れられていた。
オ 燃料油等の積載状態
燃料油タンクの容量は,船首部の燃料油タンクが1.4キロリットル,機関室両舷の燃料油タンクがそれぞれ1.3キロリットル及び船尾部の燃料油タンクがそれぞれ600リットルで,本件発生時,船首部と機関室左舷側の燃料油タンクは既に空となっており,機関室右舷側の燃料油タンクに900リットル及び船尾部両舷の燃料油タンクに各々600リットルの燃料油が積載されていた。
また,飲料水は,容量18リットルのポリタンク10個を操舵室の後方に,潤滑油は,18リットル缶5缶を機関室内にいずれも固縛して置かれていた。
カ 漁労設備等の積載状況
前部上甲板の左舷側にさんま吸い上げ用ポンプ及び右舷側にさんまのサイズ選別機を置き,さんま漁の時だけ積み込む重さ約4トンの補機駆動発電機を船尾上甲板中央部に,上甲板左舷舷側に棒受け網,両舷に集魚灯を設置し,左舷船尾に揚網機を置いていたが,いずれも固定するなり,固縛するなりされており,上甲板上を移動するような重量物はなかった。
キ 復原性能
漁恵丸は,平成11年6月に減トン工事を行ったが,同じく同様の理由で工事された同型船の空船時の横揺れ周期が約3.63秒であることから,その横メタセンター高さが約85センチメートルであったものと推定される。一方,ブルワークトップが海面に達して船内に海水が流入する傾斜角度は約30度であった。また,漁恵丸は,操業中に左右いずれかに傾くことがしばしばあったが,その都度,ほぼ船体中央部の機関室両舷にある燃料油タンクをバランス調整用として使用し,船体の傾きを修正していた。
また,漁獲物を満載した状態での停泊中には,上甲板上の放水口から海水が流入し,船体中央付近では,その深さが約30センチとなり,かつ,その横揺れ周期もゆっくりとしたものになっており,過去に水揚げのため着桟するとき,機関を後進にかけた際,転覆しそうになったこともあった。そのため,A受審人は,操舵室の前部甲板上に海水が浸入する量を減らすため,その容量が200リットルのタンク3個を仮設するほか,操舵室両舷の通路にそれぞれ同タンク3個を仮設していた。
3 事実の経過
漁恵丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,さんま棒受け網漁の目的で,船首1.1メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,平成16年8月9日10時30分北海道花咲港を発し,択捉島南東方沖合の漁場に向かい,翌10日10時30分漁場に至って操業を始め,翌々11日22時00分さんま約9トンを得て操業を終え,水揚げ港を検討したのち,北海道霧多布港で水揚げすることとし,同時15分北緯43度23.5分東経148度05.0分の地点を発進して同港に向かった。
発進時,A受審人は,針路を256度(真方位,以下同じ。)に定め,機関回転数毎分1,850の全速力前進にかけ,9.2ノットの対地速力として自動操舵により進行した。
ところで,漁恵丸は,燃料油を使用するにあたっては,まず,船首部の燃料油タンクを使用し,その後,ほぼ船体中央部の機関室両舷にある燃料油タンクを交互に使用して船体のバランスを保つようにしていたが,漁場発進時には左舷側の燃料油タンクに約600リットルの燃料油が,右舷側の燃料油タンクに約900リットルの燃料油が残っていた。
A受審人は,左舷側の燃料油タンクの燃料油を使用することにして漁場を発進し,燃料油タンクの残油量から1時間あたりの燃料消費量約150リットルの全速力前進で航行すると約4時間で燃料油タンクが空になることは知っていたが,24時ごろたまたま昇橋した甲板員から燃料油タンクの残油量が約400リットルである旨を聞き,同人に対して燃料油タンクを切り替えておくように指示したので大丈夫と思い,タンクの切り替えを終えたら,その旨を報告するように指示することなく続航した。
同月12日01時45分A受審人は,北緯43度15.0分東経147度23.5分の地点に達したとき,このまま中央部左舷側の燃料油タンクを使用し続けると燃料油が空となり,主機が停止するおそれがあったものの,燃料油タンクは既に甲板員が切り替えたものと思っていたこともあって,このことに気付かないまま進行した。
こうして,漁恵丸は,A受審人が燃料油タンクが切り替えられていないことに気付かないまま続航し,02時00分左舷側の燃料油タンクが空となって主機が停止して行きあしで進行中,02時03分北緯43度15.0分東経147度20.0分の地点において,燃料油が片積み状態となって船体が大傾斜し,大量の海水が放水口から船内に浸入して復原力を喪失し,船首を255度に向けて右舷側に転覆した。
当時,天候は晴で風力2の西南西風が吹き,付近海域には高さ約1メートルのうねりがあった。
転覆の結果,乗組員は,落水したものの,全員船底に這い上がって救助を待っていたところ,12日14時ごろ出漁中の僚船に救助され,漁恵丸は,荒天下,サルベージ会社の曳船で北海道花咲港に向けて曳航中,同月16日15時15分北緯42度00.2分東経148度00.6分の地点で沈没した。
(本件発生に至る事由)
1 甲板長倉庫出入口の引き戸などが撤去されていたこと
2 放水口の数が通常より少なかったこと
3 漁獲物がほぼ満載状態であったこと
4 仮設タンクの中に漁獲物が入れられていたこと
5 満載状態で停泊中,海水が上甲板上に浸入していたこと
6 満載状態では横揺れがゆっくりしており,船体の傾きがなかなか元に戻らなかったこと
7 操業中,8割ほどさんまを積むと約200キログラムの重量の移動で反対舷に傾いていたこと
8 過去に満載状態で停泊中,機関を後進にかけたとき,転覆しそうになったこと
9 燃料油タンクが切り替えられなかったこと
10 A受審人が燃料油タンクの切り替えを指示した際,切り替えたことを報告するように指示しなかったこと
11 ランス調整用の一方の燃料油タンクが空になったこと
(原因の考察)
本件は,漁場から船体中央部両舷に設置した燃料油タンクの左舷側の燃料油タンクを使用して帰港中,同タンクの燃料油を使い切ったため,機関が停止して右舷方に傾斜して放水口から海水が上甲板上に浸入し,更に傾斜を増して海水がブルワークを超えて船内に浸入する状況となり,復原力を喪失して転覆に至ったものであるが,以下,その原因について検討する。
1 漁場発進当時の燃料油等の積載状態は,船首部の燃料油タンクと仮設の燃料油タンクは空で,船尾部の燃料油タンクは満載であった。船体中央部の左舷側の燃料油タンクに約600キロリットル,同右舷側燃料油タンクに約900リットル入っていたところ,燃料油タンクの切り替えを行わず,船体中央部の左舷側の燃料油を使い切り,片積み状態としたことは,本件発生の原因となる。
2 本船は,昭和61年4月に進水した船で,建造以来問題なく操業してきており,本船クラスの空船時の横揺れ周期が,同型船によれば3.63秒であり,横メタセンター高さが約85センチはあったと推測される。また,本船クラスが標準とすべき横揺れ周期の値が4.3秒以下とされていることに鑑み,計算上,復原力に問題があったとは考えられない。
しかしながら,操業中,8割くらいさんまを積むと約200キログラムの重量移動で傾いていた点,本件時はほぼ満載状態であった点,満載状態で停泊中,海水が上甲板上に浸入していた点及び過去に満載状態で接岸作業中,機関を後進にかけた際,上甲板上に海水が浸入して転覆しそうになったことがあった点,上甲板上の仮設タンクに漁獲物を入れていた点及び満載状態での横揺れ周期はゆっくりで,船体の傾きがなかなか元に戻らなかった点を考慮すれば,復原力が著しく減少していたことが十分に考えられ,本件発生の原因となったものと推定される。
3 A受審人が甲板員に燃料油タンクの切り替えを指示したものの,その結果を報告するよう指示せず,同報告が得られないまま,燃料油タンクの切り替えが済んだものと思い込み,機関を全速力前進にかけて航行したことは本件発生の原因となる。
4 甲板長倉庫出入口の引き戸などが減トン工事で撤去されていたことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件発生の原因とするまでもない。
5 放水口の数が通常より少なかったことは,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件転覆は,北海道納沙布岬東方沖合において,燃料油タンクの使用方法が不適切で,燃料油が片積み状態となって船体が大傾斜し,大量の海水が船内に浸入して復原力を喪失したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,北海道納沙布岬東方沖合において,漁獲物のさんまを満載状態で,漁場から船体ほぼ中央部両舷に設置した燃料油タンクの左舷側の燃料油タンクを使用しながら帰港する場合,同タンクの残油量を知っていたのであるから,燃料油切れとならないよう,早期に右舷側燃料油タンクに切り替えるべき注意義務があった。しかるに,同人は,甲板員に燃料油タンクを切り替えるように指示したので,燃料油タンクは切り替えたものと思い込み,燃料油タンクを切り替えなかった職務上の過失により,燃料油が切り替えられないまま,機関を全速力前進にかけて進行して燃料油切れを生じ,燃料油が片積み状態となって船体を大傾斜させ,大量の海水が船内に浸入して復原力を喪失し,右舷側への転覆を招き,第二十八漁恵丸を沈没させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
よって主文のとおり裁決する。
|