(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年4月23日13時52分
沖縄県国頭郡本部町水納島西方沖
(北緯26度38.7分 東経127度48.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第三栄丸 |
総トン数 |
1.7トン |
登録長 |
8.70メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
漁船法馬力数 |
25 |
(2)設備及び性能等
第三栄丸(以下「栄丸」という。)は,昭和57年10月に進水した船内外機を装備する一層甲板型FRP製漁船で,船首から順に,物入れ,前部甲板,機関室及び後部甲板を配し,前部甲板後部右舷側に主機操縦ハンドルと舵輪を備えた操舵スタンドを,同スタンド左舷側に主機駆動の錨索巻き揚げ用ウインチを設け,同甲板下部には魚倉を設けず,浮力を保つための空気室としていた。
上甲板は,両舷に各3個の排水口を設けた高さ50センチメートルのブルワークで囲まれ,本件時の喫水で,ブルワーク上端の没水角度は30度であった。
また,物入れに9着の救命胴衣を備えていた。
3 事実の経過
栄丸は,A受審人が1人で乗り組み,友人1人を同乗させ,いずれも救命胴衣を着用せず,一本釣り漁の目的で,船首0.3メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,平成17年4月23日07時35分渡久地港を発し,08時15分同港西方沖合6海里ばかりのところにある水納曽根の漁場に到着したのち,錨を投じて操業を開始した。
ところで,A受審人は,発航前にテレビの天気予報で前線が接近していることを知り,地元で「カジマーイ」と呼ぶ,急激に風向,風速が変化する現象が発生することを予測し,天候が悪化する前に帰航するつもりで発航したものであった。
A受審人は,2度ばかり漁場を移動したのち,水納島灯台から288度(真方位,以下同じ。)2.3海里の地点で錨泊して操業していたところ,11時30分ごろ,発航時に風速毎秒7メートルほどだった東寄りの風が毎秒10メートルほどに強まり,自船の近くにいた2隻の漁船が帰航したのを認めたが,自船はブルワークが低いので波高が高まると波浪が打ち込みやすく,大傾斜して転覆するおそれがあったものの,風が少し強まっただけなので,まだしばらくは操業を続けても大丈夫と思い,速やかに帰航することなく,11時35分水納島西方沖の漁場に向けて同錨地を発進した。
A受審人は,11時45分水納島灯台から271度1,600メートルの地点で水深40メートルのところに錨を投じ,錨索を約60メートル延出してしばらく操業を続けていたところ,13時30分ごろ風向が急激に北に変わって風速毎秒15メートルに達し,波高も3メートル近くとなったことから,水納島の南側に移動して風がおさまるのを待つつもりで,13時48分自身は操舵スタンドに付き,同乗者を傍に座らせて揚錨を開始した。
A受審人は,13時50分錨が揚がったところで機関を微速力前進にかけて風上に向け発進し,13時52分わずか前反転しようと左舵一杯をとったところ,13時52分前示投錨地点において270度に向首したとき,右舷正横方向から高起した波浪を受け,船体が急激に右舷側に大傾斜してそのまま転覆した。
当時,天候は雨で風力7の北風が吹き,潮候は上げ潮の初期で,東シナ海南部に海上風警報及び沖縄本島地方北部沿岸海域に波浪注意報が発表されていた。
転覆の結果,A受審人及び同乗者は,救命胴衣を着用しないまま海中に投げ出され,栄丸の船底につかまって漂流していたところ,翌24日朝,捜索中の沖縄県警察の警備艇に発見,救助され,栄丸は機関及び魚群探知器を濡損したが,渡久地港に引きつけられたのち,いずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 前線が接近して天候が急変しやすい状況であったこと
2 ブルワークが低く波浪が打ち込みやすい状況であったこと
3 風が強まったのを認めた際,まだしばらくは操業を続けても大丈夫と思い,速やかに帰航しなかったこと
4 風が急激に強まり波高が3メートル近くとなったこと
5 発進したのち左舵一杯をとったこと
(原因の考察)
本件は,前線が接近して天候が急変しやすい状況下,水納島西方沖において,天候の急変によって風波が高まってから移動中,右舷正横方向から高起した波浪を受け,急激に大傾斜して転覆したもので,風が強まったのを認めた際,速やかに帰航していれば発生しなかったものと認められる。
したがって,風が強まったのを認めた際,まだしばらくは操業を続けても大丈夫と思い,速やかに帰航しなかったことは本件発生の原因となる。
発進したのち左舵一杯をとったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本船の船型で波高3メートルの波浪を正横方向から受けると,操船方法にかかわらず大傾斜して転覆のおそれを生じると考えられることから,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,波浪の高い海域で操船するにあたっては,波浪の状況を十分監視しながら注意深く操船するよう是正されるべき事項である。
前線が接近して天候が急変しやすい状況であったこと,ブルワークが低く波浪が打ち込みやすい状況であったこと及び風が急激に強まり波高が3メートル近くとなったことは,これらの状況を把握した上で操業の安全を図るものであり,波浪が高まる前にその兆候として風が強まったのを認めており,その時点で帰航することができたのだから,本件発生の原因とはならない。
なお,本件時同乗者に救命胴衣を着用させなかったことは船舶職員及び小型船舶操縦者法に違反する行為であり,自らも救命胴衣を着用していなかったこととあわせ,このことは本件発生に関与するものではないが,海中転落した際,人命の安全確保及び捜索活動への寄与の観点から,その積極的着用に努めるよう心掛けるべきである。
(海難の原因)
本件転覆は,前線が接近して天候が急変しやすい状況下,水納島西方沖において操業中,風が強まったのを認めた際,速やかに帰航しなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,前線が接近して天候が急変しやすい状況下,水納島西方沖において操業中,風が強まったのを認めた場合,速やかに帰航すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,風が少し強まっただけなので,まだしばらくは操業を続けても大丈夫と思い,速やかに帰航しなかった職務上の過失により,天候の急変によって風波が高まってから移動中,右舷正横方向から高起した波浪を受け,急激に大傾斜して転覆する事態を招き,機関及び魚群探知器を濡損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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