(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月4日07時30分
和歌山県田辺港沖合
(北緯33度43.1分 東経135度19.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
モーターボート第五森丸 |
全長 |
8.30メートル |
機関の種類 |
電気点火機関 |
出力 |
29キロワット |
(2)設備及び性能等
第五森丸(以下「森丸」という。)は,最大搭載人員5人の和船型FRP製モーターボートで,船首から4.14メートルのところにコの字形の風防で前面及び両側面を囲った幅0.82メートル甲板上の高さ0.86メートルの操縦席があり,同席前方の甲板下にかぶせ蓋を設けた物入れ1個を備え,船尾部中央には船外機が取り付けられ,その両舷側に燃料油タンクと物入れが配置されていた。
森丸は,専ら魚釣りなどの海洋レジャーに使用されており,通常の航行速力は,毎時30キロメートルほどであった。
3 発生海域の地勢
田辺港西方の沖ノ島付近は,水上岩や干出岩が点在し,浅礁域が北東から南西方向に拡がっており,特に,田辺沖ノ島灯台(以下「沖ノ島灯台」という。)近辺海域は,複雑な海底地形を成し,沖ノ島灯台から北方約500メートル,南方約250メートル,東方約200メートル及び西方約500メートル以内が10メートル以下の水深で,釣場としては好ポイントとなっていたが,その外側は水深が急に深くなり,うねりが寄せると高波が発生しやすいところであった。
4 事実の経過
森丸は,B船長が1人で乗り組み,A指定海難関係人を同乗させ,カンパチ釣りの目的で,船首0.15メートル船尾0.20メートルの喫水をもって,平成16年9月4日05時45分和歌山県田辺港内にあるマリーナを発し,同港西方沖合の釣場に向かった。
ところで,当時の田辺港西方沖合海域は,高気圧が北海道に移動した後,太平洋沿岸にある前線が北上中で,深い気圧の谷となっていて,風は弱かったものの西寄りのうねりがあり,同海域を含む和歌山県南部には,和歌山地方気象台から波浪注意報が発表されていた。
その後,B船長は,目的地の四双島付近に到着し,A指定海難関係人に救命胴衣を着用させないまま,また,自らもこれを着用せずに魚釣りを行ったが,釣果が思わしくなかったことから,07時00分ごろ同場所から1.5海里北寄りにある沖ノ島付近に移動することとした。
07時10分B船長は,沖ノ島西方付近に至り,風はそんなに強くはなかったものの,折しも西方からの高さ約2メートルのうねりが押し寄せ,付近の浅礁域には高起して波頭がくずれた波が時折見られる状況であり,沖ノ島灯台近くに接近しすぎると高まった波を受けて転覆するおそれがあったが,高波発生状況の確認を十分に行うことなく,浅礁域への進入を回避しないまま,その近くで旋回しながらトローリングによる魚釣りを行うことにした。
一方,A指定海難関係人は,B船長がうねりがあるものの大丈夫と言うので,操縦席左舷後方の甲板上に座って釣りの準備に当たった。
07時27分ごろB船長は,沖ノ島灯台から260度(真方位,以下同じ。)200メートル付近で,疑似餌付きの曳縄が取り付けられた竿を両舷から出し,5.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,操縦席で操船に当たり,海中の様子を見ながら右旋回を開始した。
こうして,森丸は,沖ノ島灯台近くの浅礁域で,小刻みに小舵角をとって直径50メートルほどの時計回りの旋回を3回ほど繰り返してトローリングによる魚釣りを続行中,07時30分わずか前,沖ノ島灯台西方近距離のところで南に向首していたとき,右舷正横方から約5メートルに高まった波を受け,船体が左舷側に大傾斜して復原力を喪失し,07時30分沖ノ島灯台から260度150メートルの地点において,左舷側へ瞬時に転覆した。
当時,天候は曇で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の末期で,西方からの高さ約2メートルのうねりと時折高波があった。
転覆の結果,B船長(一級小型船舶操縦士免状受有)とA指定海難関係人は,海中に投げ出され,のち同指定海難関係人は駆けつけた他船に救助されたが,同船長は溺死した。また,森丸は,巡視船に曳航されて文里港に引き付けられたが,船外機などに濡損を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 森丸
(1)高波発生状況の確認が十分でなかったこと
(2)浅礁域への進入が回避されなかったこと
(3)右舷方から高まった波を受けたこと
(4)救命胴衣を着用していなかったこと
2 その他
沖ノ島付近海域は,浅礁域が拡がり,うねりが寄せると高起した波が発生しやすいところであったこと
(原因の考察)
沖ノ島付近海域は,釣場としては好ポイントであったが,水上岩や干出岩が点在し,浅礁域が拡延しており,うねりが寄せると波が高まりやすいところであった。当時,同海域でトローリングによる魚釣りを行っているとき,波浪注意報が発表中で,西寄りの高さ約2メートルのうねりが押し寄せる状況であり,高波が発生するおそれがあることを容易に予測できる状況で,高波発生状況の確認を十分に行い,浅礁域に進入することなく魚釣りを行っておれば,本件は発生していなかったものと認められる。
したがって,森丸において,トローリングによる魚釣りを行うにあたり,高波発生状況の確認が十分でなく,浅礁域への進入が回避されず,右舷方から高まった波を受けたことは,本件発生の原因となる。
一方,沖ノ島付近に浅礁域が拡がり,うねりが寄せると高起した波が発生しやすいところであったことについては,そのことを十分に認識し,状況を把握することで,即ち操船者の対応で十分に安全を確保することが可能であり,本件発生の原因とならない。
なお,転覆時に2人が海中に投げ出されたが,A指定海難関係人は転覆後まもなく無事に救助されている当時の状況から,船長も救命胴衣を着用していれば溺れずに発見され,駆けつけた釣船などによって救助されたものと認められ,救命胴衣を着用しなかったことは船長死亡につながったものである。
(海難の原因)
本件転覆は,和歌山県田辺港西方沖合の沖ノ島付近海域において,波浪注意報が発表され,西寄りのうねりのある状況でトローリングによる魚釣りを行う際,高波発生状況の確認が不十分で,波の高起しやすい浅礁域への進入が回避されず,高まった波を受け左舷側に大傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
なお,船長が死亡したのは,救命胴衣を着用していなかったことによるものである。
(指定海難関係人の所為)
A指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
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