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平成17年神審第122号
件名

モーターボート(船名なし)沈没事件

事件区分
沈没事件
言渡年月日
平成18年3月30日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(村松雅史,佐和 明,甲斐賢一郎)

理事官
平野浩三

受審人
A 職名:モーターボート(船名なし)船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
全損 
同乗者が溺水により死亡

原因
頭部過重の状態で大舵角をとったこと

主文

 本件沈没は,船体重心が高くなった不安定な状態のもと,右舵から大舵角で左舵をとったことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用させていなかったことによるものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年7月28日07時00分
 奈良県奈良市月ヶ瀬
 (北緯34度42.7分 東経136度00.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボート(船名なし)
全長 2.54メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 5キロワット
(2)設備及び性能等
 モーターボート(船名なし)(以下「A号」という。)は,B社製で,昭和50年代後半に製造された8E2型と称する,定員2人,最大積載量170キログラム(以下「キロ」という。),重量21キロの和船型単甲板のFRP製モーターボートで,製造当初は,船体中央部にT字型の浮力体が装備されていたが,平成12年にA受審人が知人から譲り受けたときには,T字型浮力体が撤去された状態であった。
 その後,A受審人が5キロワットの船外機を装備したので船舶検査を受ける義務があったが受検していなかった。

3 名張川八幡橋下流の状況
 奈良県と京都府との境の名張川八幡橋たもとの左岸付近には,多数のボートが係留され,同橋から下流1,000メートルまでの川幅は140ないし200メートルで,S字状に湾曲しており,下流3キロメートルに高山ダムがあるため,水流はなく水面も両岸が切り立っているため,風の影響が少なく穏やかであった。
 また,八幡橋の下流約450メートルのところには,浮遊物せき止め用のオイルフェンスが右岸寄りにたぐり寄せられていたが,浮遊物がある場合に同フェンスを展張するために使用する係止用の黄色ブイが反対側の左岸に設置してあった。
 A受審人は,何度も付近を航行しており,同ブイの存在を承知していた。

4 救命胴衣の着用
 A受審人は,八幡橋付近では水面が穏やかで,これまでA号を航行させても大きく傾斜することがなかったことから,沈没の危険性などを特に考慮せず,救命胴衣を着用することはなかった。

5 事実の経過
 A号は,A受審人が1人で乗り組み,同乗者1人を乗せ,へらぶな釣りの目的で,船首0.2メートル船尾0.4メートルの喫水をもって,平成17年7月28日06時57分名張川八幡橋たもとの左岸の係留地を発し,下流1,000メートルの釣り場に向かった。
 これより先,A受審人は,今年3回目の釣りに1泊2日の予定で出かけることとし,前27日昼ごろ同乗者とともに京都府の自宅を出発して14時半ごろ八幡橋に到着し,同橋の下流で15時から18時ごろまで釣りをしたあと,自分の車に2人で泊まり,翌28日05時30分ごろ起床し,朝食を終えて釣りに向かったものであった。
 A号は,船首舷縁上に船首から後方約0.8メートルまでを覆う木製のバウカバーを設け,同カバー上には右舷側にクーラーボックス,中央に釣竿入れ,左舷側に釣り道具入れのバッグ,同カバー下には船首に救命胴衣2着,中央にガソリンがほぼ満タンとなった容量10リットルの金属製タンク,その左舷側にガソリンが15リットル入った容量20リットルの金属製タンクをそれぞれ配置し,船尾舷縁上に両舷に渡した幅約40センチメートル(以下「センチ」という。)の木製板を設け,船尾トランサムに重量27.5キロの船外機を装備していた。
 発航したとき,A受審人は,身長180センチ体重約100キロの同乗者に救命胴衣を着用させることなく,船体中央やや左舷寄りに置いた甲板上高さ約20センチ容量20リットルのガソリンタンクの上に後ろ向きに腰掛けさせ,体重52キロの自身も救命胴衣を着用せず,甲板上高さ40センチの船尾舷縁上の渡し板の船体中央やや右舷寄りに前方を向き,左手で操縦ハンドルを持って腰掛け,A号は,乾舷が20センチで,船体重心が高くなり,不安定な状態となっていた。
 06時58分半A受審人は,奈良市月ヶ瀬の桃香野三角点(標高283メートル)から121度(真方位,以下同じ。)520メートルの地点において,針路を020度に定め,スロットルを半開の毎時10キロメートルの速力(対地速力,以下同じ。)で左岸に沿って進行した。
 07時00分わずか前A受審人は,船首至近にこれまで同乗者の背後となって見ることができなかった黄色ブイが急に現れたので,驚いて右転しようとし,操縦ハンドルを左舷側に押したところ船外機の推進流による内方傾斜で,今までになく右舷側に急傾斜した。
 A受審人は,自船の乾舷が小さく,船体重心が高くなった不安定な状態であったから,急激に大舵角をとると,船体が大きく傾斜して,浸水するおそれがあったが,大舵角を避けるなど適切な操舵を行わず,右傾斜を立て直そうと急激に操縦ハンドルを引いて左舵一杯をとったところ,左舷側に傾斜するとともに同乗者も左舷に傾き,急速に大傾斜し,左舷前部舷縁から大量の川水が浸入して船尾側に流入し,07時00分桃香野三角点から092度530メートルの地点において,A号は浮力を喪失して船尾から沈没した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,水面は穏やかであった。
 その結果,A受審人は浅瀬まで泳ぎ着いて救助されたものの,同乗者Cは,船体とともに水没し,その後引き揚げられたが,搬送された病院で溺水による死亡と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が同乗者に救命胴衣を着用させなかったこと
2 乾舷が小さく,船体重心が高くなった不安定な状態だったこと
3 右舵から急激に大舵角で左舵をとったこと
4 浸水して浮力を喪失したこと

(原因の考察)
 本件沈没は,船体重心が高くなった不安定な状態のもと,右舵から急激に大舵角で左舵をとり,左舷前部舷縁から大量の川水が浸入し,浮力を喪失したことによって発生したものである。
 A受審人が,乾舷が小さく,船体重心が高くなった不安定な状態のもと,右舵から急激に大舵角で左舵をとっていなければ,船外機の推進流による内方傾斜で左舷側に大きく傾斜することはなく,浸水して沈没しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,乾舷が小さく,船体重心が高くなった不安定な状態のもと,右舵から急激に大舵角で左舵をとり,左舷側に大きく傾斜して左舷前部舷縁から大量の川水が浸入し,浮力を喪失したことは,本件発生の原因となる。
 なお,沈没後,A受審人が無事に救助されている状況から,同乗者が救命胴衣を着用していれば,A号が沈没しても水面に浮遊して救助され,溺死する事態を回避できた可能性があると認められ,A受審人が同乗者に救命胴衣を着用させなかったことは,同乗者死亡の原因となる。

(海難の原因)
 本件沈没は,奈良県と京都府との境の名張川において,乾舷が小さく,船体重心の高くなった不安定な状態のもと,右舵から急激に大舵角で左舵をとり,左舷側に大傾斜して左舷前部舷縁から大量の川水が浸入し,浮力を喪失したことによって発生したものである。
 なお,同乗者が死亡したのは,救命胴衣を着用させていなかったことによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,奈良県と京都府との境の名張川において,釣り場に向けて航行する場合,乾舷が小さく,船体重心が高くなった不安定な状態であったから,船体を傾斜させないよう,大舵角を避けるなど適切な操舵を行うべき注意義務があった。ところが,同人は,ブイが船首至近に迫ったので驚き,適切な操舵を行わなかった職務上の過失により,右舵をとって船外機の推進流による内方傾斜で右舷側に急傾斜し,これを立て直そうとして,急激に大舵角で左舵をとったところ,左舷側に大傾斜して左舷前部舷縁から大量の川水が浸入し,浮力を喪失して沈没させる事態を招き,救命胴衣を着用させていなかった同乗者を溺水で死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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