(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月26日20時00分
京浜港横浜区第3区
(北緯35度27.6分 東経139度43.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船第十八住宝丸 |
総トン数 |
199トン |
登録長 |
52.97メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
735キロワット |
(2)設備及び性能等
第十八住宝丸(以下「住宝丸」という。)は,全通2層甲板を有する船尾船橋型鋼製貨物船で,船首端から約8メートル船尾方に船底からの高さ約15メートルの船首マストが,船尾端から約6.5メートル船首方に同高さ約20メートルの船尾マストが設けられ,船尾マスト前面の,同高さ約14メートル及び同約17メートルに,レーダースキャナーが装備されており,船首両舷に,重さ850キログラムの大錨と,呼び径32ミリメートルの錨鎖200メートルが,それぞれ備えられていた。
3 B号
B号は,全長276メートル総トン数94,446トンのLNG専用船で,LNG135,525立方メートルを積載し,平成16年11月26日京浜港横浜区第3区の東京ガス扇島LNGバース(以下「扇島バース」という。)に係留した。
4 事実の経過
住宝丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,空倉のまま,船首1.5メートル船尾2.3メートルの喫水をもって,平成16年11月26日14時40分千葉県浦安市鉄鋼通りの岸壁を発し,京浜港横浜区へ向かい,16時20分底質が泥で水深18メートルの横浜大黒防波堤東灯台(以下「大黒防波堤東灯台」という。)から180度(真方位,以下同じ。)670メートルの地点で左舷錨を投錨し,錨鎖を水面下に約1節半伸ばし,同区第3区検疫錨地に錨泊した。
A受審人は,そのころ発達中の低気圧が,朝鮮半島北部から日本海へ向かって北東進し,寒冷前線の接近により夜間に南寄りの風が強まる旨の気象情報を得ていた。また,同人は,これまでの実績から,静穏な海面状態のときには錨鎖の伸出量を2節未満として錨泊し,平均風速10メートル(毎秒,以下同じ。)を錨鎖4節まで伸ばす目安としていた。
ところで,前示投錨地点から041度約1,600メートルのところに扇島バースがあり,同バースにLNGを積載した巨大船B号が北東方に向首して左舷付けで係留し,船尾係留ワイヤーを西南西方向に張って係船ドルフィンに繋(つな)ぎ,同日13時13分から揚げ荷役を行っていた。
A受審人は,投錨に際し,投錨地点付近に小型船や,同地点の北側にタグボートが錨泊しており,振れ回り半径を考慮すると十分な長さの錨鎖を伸ばすことができない状況であったが,翌27日着岸予定の大黒ふ頭公共岸壁から遠距離にならないよう,同地点南側の広い海域に向かわず,小型船やタグボートは所要の作業が終わればいずれ抜錨して立ち退くものと判断し,その後錨鎖を伸ばすこととして,十分に錨鎖を伸出しないまま錨泊したものであった。
A受審人は,投錨後,一旦降橋して夕食を摂り,17時45分ごろ昇橋してレーダーによって船位を確認したとき,南南西の風が平均風速約7メートルで,時折,瞬間風速10メートルを超える状況となっており,もう少し風が強まると投錨時の錨鎖伸出量では容易に走錨するおそれがあったが,依然としてタグボートが北側に錨泊していたうえ,風が強くなるまでまだ時間があると思い,同タグボートが立ち退いたら錨鎖を伸ばしたり,風が強くなって自船が走錨したら機関を使用したりするなど,走錨に対する臨機の措置をとれるよう,そのまま在橋して周囲の錨泊船の動静監視や自船の走錨監視に当たるなど,停泊当直を適切に行わず,再び降橋して船橋直下の自室に戻った。
A受審人は,しばらくしてから錨鎖を伸ばすつもりで,ベッドに横になってテレビを見ているうちにいつしか寝入ってしまい,やがて南西の風が強まって住宝丸が走錨し始めたが,このことに気付かず,走錨に対する臨機の措置をとらないまま北西方に圧流されて扇島バースに吹き寄せられ,20時00分大黒防波堤東灯台から065度1,060メートルの地点において,同船は,西南西方に向首し,船首及び船尾両マストがB号の船尾係留ワイヤーに接触した。
当時,天候は晴で風力7の南西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,横浜・川崎地域に強風及び波浪注意報が発表されていた。
A受審人は,住宝丸のマストとB号船尾係留ワイヤーとの擦過音で目が覚めて昇橋し,移動して再度投錨するなど,事後の措置に当たった。
その結果,住宝丸は,船首及び船尾両マストに擦過傷と上部レーダースキャナーに損傷とを,扇島バースは,係船ドルフィンにコンクリート剥離(はくり)などの軽微な損傷をそれぞれ生じた。
(本件発生に至る事由)
1 南寄りの風が強まる状況であったこと
2 広い海域に向かわなかったこと
3 十分に錨鎖を伸出しないまま錨泊したこと
4 風が強くなるまでまだ時間があると思ったこと
5 停泊当直を適切に行わなかったこと
6 走錨していることに気付かなかったこと
7 走錨に対する臨機の措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,停泊当直を適切に行っていれば,付近に錨泊中の他船が立ち退いたら錨鎖を伸ばしたり,風が強まって走錨すれば機関を使用するなど,走錨に対する臨機の措置をとることができ,発生を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,風が強くなるまでまだ時間があると思い,停泊当直を適切に行わなかったので走錨していることに気付かず,走錨に対する臨機の措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,広い海域に向かわず,十分に錨鎖を伸出しないまま錨泊したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
南寄りの風が強まる状況であったことは,本件発生に関与した事実であるが,A受審人の当廷における,「本件発生後,投錨地点付近に再び投錨して4節で錨泊したところ,風速20メートルとなったが走錨しなかった。」旨の供述により,走錨を避けることができない状況でなかったことから,原因とならない。
(海難の原因)
本件遭難は,夜間,京浜港横浜区第3区において,寒冷前線の接近による強風が予想される状況下,十分に錨鎖を伸出しないまま錨泊中,停泊当直を適切に行わず,走錨に対する臨機の措置をとらなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,京浜港横浜区第3区において,寒冷前線の接近による強風が予想される状況下,いずれ錨鎖を伸ばすつもりで,十分に錨鎖を伸出しないまま錨泊した場合,容易に走錨するおそれがあったから,周囲の錨泊船が立ち退いたら錨鎖を伸ばしたり,走錨したら機関を使用するなど,走錨に対する臨機の措置がとれるよう,停泊当直を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,風が強くなるまでまだ時間があると思い,停泊当直を適切に行わなかった職務上の過失により,走錨したことに気付かず,走錨に対する臨機の措置をとらないまま扇島バースに吹き寄せられ,船首及び船尾両マストが同バースに係留中の巨大船の船尾係留ワイヤーに接触し,住宝丸の同両マストに擦過傷と,レーダースキャナーに損傷とを,同バース係船ドルフィンにコンクリート剥離などの軽微な損傷とをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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