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平成17年長審第31号
件名

油送船第八光新丸乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年3月2日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(藤江哲三,山本哲也,稲木秀邦)

理事官
平良玄栄

受審人
A 職名:第八光新丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
指定海難関係人
B社 代表者:代表取締役C 業種名:船舶管理業

損害
船首部水線下に破口及び船首部から船体中央部の広範囲にわたる船底に亀裂を伴う凹損

原因
第八光新丸・・・居眠り運航防止措置不十分
船舶管理会社・・・乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理していなかったこと

主文

 本件乗揚は,居眠り運航の防止措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 船舶管理会社が,乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理していなかったことは本件発生の原因となる。
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
 指定海難関係人B社に対して勧告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月9日23時15分
 佐賀県加部島東岸
 (北緯33度33.5分 東経129度53.4分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 油送船第八光新丸
総トン数 693.68トン
全長 61.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,176キロワット
(2)設備及び性能等
ア 設備
 第八光新丸(以下「光新丸」という。)は,昭和55年7月に進水し,限定沿海区域を航行区域とする可変ピッチプロペラを備えた一層甲板型のLPG運搬船で,船橋楼前端が船首端から約46メートルのところにあり,合計容量約1,160立方メートルのLPGタンク2槽を船首楼の後方に備えていた。
 船尾楼甲板上の船橋楼は,1階に厨房,食堂,乗組員室5部屋及び浴室,2階に船長室,機関長室及び乗組員室1部屋があって,3階が船橋となっていた。
 船橋には,中央前面窓ガラス手前にジャイロコンパスリピーター,同窓上方に風向計,風速計及び舵角指示器を備え,同窓の後方にあるコンソールスタンドには,中央にジャイロコンパスと操舵装置が一体となった操舵スタンドを設け,左舷側に1号及び2号レーダーが,右舷側にエンジンテレグラフ及び機関制御装置がそれぞれ備え付けられ,船橋後部左舷側に海図台があって,後部囲壁中央に荷役監視装置,同囲壁右舷側に居眠り警告装置が取り付けられていた。
イ 性能
 光新丸は,試運転成績書によれば,主機回転数毎分350翼角15度の最大速力が13.3ノットで,舵角35度における左旋回の横距及び縦距が225及び175メートル,右旋回の横距及び縦距が228及び178メートルであった。
ウ 居眠り警告装置
 居眠り警告装置は,平成10年ごろ設置され,船長室に主操作パネル,船橋に従操作パネルが設けられ,主操作パネルの電源を投入すると,設定した一定時間を経過したときに船橋で確認ボタンが押されなければ従操作パネルの警告ランプが点滅し,そのまま一定時間が経過すると船橋のブザーが鳴ると同時に主操作パネルの警告ランプが点滅し,さらに,一定時間経過後に船長室のブザーが鳴るようになっていたが,設置されて間もないころ,主電源が切られたまま,その後,使用されていなかった。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
ア 経歴
 A受審人は,平成6年3月に四級海技士(航海)免許を取得したのち,同11年ごろから船長として光新丸で乗船勤務を続けていた。
イ 船内における地位
 A受審人は,光新丸に長年乗船していたうえ,本件発生当時,同人のみが船舶所有者の雇用船員で,操船技術に優れて荷役にも精通していたことから,用船者及び船舶所有者に信頼された存在で,自身もそのことを自覚していた。
ウ 飲酒による健康状態の変化
 A受審人は,平成12年ごろ日常的に飲酒するようになり,乗船中には休日の度に食事をとらないまま多量に飲酒するようになった。そして,肝障害の指標となるγ-GTP値が平成12年12月には基準値の範囲内であったものが,毎年急激に上昇して同16年1月には同12年の約40倍となり,健康検査に当たった各医師からそれぞれ,肝疾患治療,節酒,禁酒を条件として船内労働に適する者として合格とする判定が下され,その旨が船員手帳の健康証明書(以下「健康証明書」という。)に記載されていたが,依然として,アルコール濃度25度の焼酎を毎日停泊中には約3合,航海中には当直の合間に一部の乗組員を相手に常時1ないし2合飲酒しながら乗船を続けていた。
(2)指定海難関係人B社
 指定海難関係人B社は,内航海運業,海上運送事業,貨物運送取扱事業及び海事コンサルタント業などの事業を営むことを目的として平成10年に設立され,その後,主として外航及び内航貨物船の船舶管理業務を営むようになり,本件発生当時,C代表者のほか,6人の陸上従業員によって外航貨物船7ないし8隻と光新丸及び内航貨物船2隻の船舶管理業務を行う傍ら,日本人船員約50人及びフィリピン人船員約70人を雇用して各船に配乗していた。

4 事実の経過
(1)光新丸の運航状況等
ア 所有,管理及び運航形態
 光新丸は,荷主及び用船者の積荷保証により建造されたのち,船主業務を船舶所有者が自ら行い,用船者の指示によって大分港,佐賀県伊万里港及び同県唐津港から福岡県博多港,長崎港,鹿児島港の各港に向け,LPGの輸送に従事していた。
イ 乗組員構成
 光新丸は,就航時には乗組員全員が船舶所有者の雇用船員であったが,平成12年ごろから雇用船員が徐々に退社し,B社の雇用船員が融通されて同船に乗船するようになった。そして,本件発生当時,A受審人を除く,一航士,二航士,機関長,一等機関士(以下「一機士」という。)及び司厨長の5人の乗組員が,B社から融通されて乗船していた。
ウ 当直及び就労体制
 航海中の当直体制は,00時から04時まで及び12時から16時までを二航士,04時から08時まで及び16時から20時までを一航士,08時から12時まで及び20時から24時までをA受審人がそれぞれ単独で船橋当直に入直していた。
 機関当直は,00時から06時まで及び12時から18時までを一機士,06時から12時まで及び18時から24時までを機関長がそれぞれ単独で入直し,夜間には,機関当直業務の傍ら,適宜昇橋して2人で船橋当直に当たるようにしていた。
 着岸荷役中は,甲板部とA受審人のうち2人と機関部1人がそれぞれ輪番で荷役当直に当たり,1週間のうち1ないし2日は,荷主と用船者の配慮によって着岸したまま乗組員が休息できるようになっていた。
(2)任意ISM規則に基づく安全管理システム導入の経緯
ア 任意ISM規則
 任意ISM規則は,船舶の安全運航の確保と海洋環境の保護のためには陸上の管理組織と船舶を統合した全社的,かつ,組織的な業務活動が不可欠であるとの国際的な認識により,平成6年にいわゆるSOLAS条約に新たに規定されて同10年7月から国際的に適用されたISMコード(国際安全管理規則)の有効性を認識したわが国の荷主の要望により,同12年8月財団法人日本海事協会(以下「日本海事協会」という。)によって,同コードに準拠した「国際航海に従事しない船舶または総トン数500トン未満の船舶の安全管理システム(任意ISM規則)」として制定され,適用を希望する船舶管理会社等を対象とした認証制度として施行された。
 日本海事協会は,同協会の船級を有する日本国籍船舶及びこれを管理する船舶管理会社に対して認証のための審査を行い,同管理会社に対して適合認定書を,同船舶に対して船舶安全管理認定書(以下「安全管理認定書」という。)をそれぞれ発給することとし,その際,同管理会社には,船舶運航管理,船員管理(以下「乗組員管理」という。)及び保守管理(以下「保船管理」という。)の各業務機能を有することを求め,同機能のうち,乗組員管理業務及び保船管理業務については,外部に委託することが可能としたものの,委託した業務に対する責任と権限は,同管理会社が持たなければならないと定めた。
イ 船舶所有者
 船舶所有者であるD社は,海上運送事業,塗料及び船用機器の販売などを目的として昭和35年に設立され,陸上従業員が役員2人を含む6人,海上従業員がA受審人を含む2人の海運事業者で,外国籍船2隻と光新丸を所有し,社内に総務,企画,海運及び商事の各部が設けられ,海運部には,監督1人と社員1人が配置されて光新丸の船主業務を担当していた。
 平成13年D社は,光新丸の用船者から任意ISM規則に基づく安全管理システム(以下「安全管理システム」という。)を導入して認証を取得するよう促されたものの,同システムの知識を有する社員がいないことから自社自らが船舶管理会社として認証を取得することを断念し,そのころ,同船に乗組員の融通を受けていた経緯から,B社に同システムの導入を委託することとした。
 D社は,安全管理システムの導入を委託する際には,乗組員管理業務及び保船管理業務の責任と権限をB社に持たせなければならないことなど,任意ISM規則の内容を十分に理解しないまま,従来から自社で行ってきた船主業務に同システムの手順などを付け加えればよいものと判断し,用船者に対する船舶所有者としての立場を維持する意図もあって,同システムを導入した光新丸の船主業務を従来どおり自社が行う形態を維持することとし,B社に対し,乗組員の融通に加え,同システムの導入及び認証取得と有効性の維持のための業務のみを引き受けるよう要請した。
ウ B社
 B社は,船舶所有者からの要請を受け,そのころすでに外航貨物船を対象としたISMコードに基づく適合証書を取得しており,光新丸に安全管理認定書の発給を受けるためには,まず,同船の船種に対応した適合認定書の発給を受けることが必要で,その際に,乗組員管理業務及び保船管理業務の責任と権限を自社が持たなければならないことを十分に承知していたが,取引を維持することを優先的に考慮してその要請を受け入れることにした。そして,平成13年から,認証を取得するため,既存の外航貨物船の安全管理マニュアルの記載事項に沿って,乗組員管理業務及び保船管理業務を自社が統括管理する内容の安全管理手引書及び同手順書(以下「手引書」及び「手順書」という。)の作成や,乗組員に対する事前説明などの準備作業を開始した。
(3)船舶管理契約
 平成14年4月1日船舶所有者とB社は,光新丸の船舶管理会社,管理期間,同管理会社の義務と責任,業務範囲及び管理費の支払などを記載した船舶管理契約を締結した。
 船舶管理契約書において,船舶管理会社としてのB社の業務範囲は,認証の取得と有効性の維持,船長を含む乗組員の配乗,指導及び教育並びに保船管理に関する指導と定められ,同契約書の付属書として,認証取得までの乗組員教育のための訪船費用及び消耗品実費を船舶所有者が負担する旨の取決めのほか,B社が受け取る管理手数料及び船員配乗料の月額が記載された。
 こうして,B社は,船舶所有者からの要請を受け入れて,実質的に乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理できない体制のまま,船舶管理契約書,手引書及び手順書においては船舶管理会社としての要件を満たす内容で,日本海事協会の審査を受け,平成15年2月14日同社に対し液化ガスばら積船の船舶管理会社としての適合認定書,同年3月22日光新丸に対し安全管理認定書の発給を受け,任意ISM規則に基づく運航を開始した。
(4)陸上における安全管理システムの運営
ア 船舶管理体制
 B社は,C代表者のもとに船舶部長を置いて船舶管理業務を統括させ,同部長の管掌下に工務監督1人,船員担当2人,経理担当1人及び見習社員1人を配置して各業務を行わせる体制とし,船舶運航管理業務については,手引書及び手順書に沿って同業務を行っていたが,乗組員管理業務及び保船管理業務については,A受審人を自社の管理下に置いて保船管理業務を自ら行うことができるよう船舶所有者に申し入れるなど,依然として,両業務を統括管理する体制とせず,船舶所有者の海運部監督を自社の船舶管理組織に工務監督として組み込み,同監督が用船者への対応と保船管理の実務を行う体制として光新丸の管理業務に当たっていた。
イ 乗組員管理
(ア)乗組員評価
 B社は,自社が融通した乗組員については,雇用する際及び乗船後の船長による各評価などで,それぞれの資質や勤務状況等を把握していたが,A受審人については,同人を自社の管理下に置く体制としていなかったことから実質的な評価を行わず,訪船時に同人と打合せを行った際の対応や,同人が作成,提出した報告書の内容によってのみ評価し,口数が少なく,報告書の提出が遅れ気味である以外には特に欠点のない信頼できる船長であると判断していた。
(イ)乗組員の健康状態の把握
 B社は,船内で保管されている乗組員の個人データを会社に備え置き,船舶部長が維持管理することを手順書に定め,健康証明書の内容が更新された際には,衛生担当者が船長を経由して船舶部長に報告するよう記載していたが,同証明書を提出させる具体的な手順を定めていなかったうえ,船長に衛生担当者を兼任させていたこともあって,報告が得られず,A受審人の飲酒による健康状態の変化を把握していなかった。
(ウ)飲酒の制限と実態の把握状況
 B社は,入直する4時間前から飲酒を制限することや,乗組員の飲酒の状況を把握するための報告などについて手順書に定めていたものの,乗組員全員に対して飲酒の実態を聞き取り調査するなど,乗組員管理を十分に行っていなかったので,船内におけるA受審人及び乗組員の飲酒の実態を把握していなかった。
ウ 保船管理
 B社は,光新丸に居眠り警告装置が備え付けられていることを知っていたが,保船管理業務を統括管理する体制としていなかったので,C代表者が訪船した際にも,航海中は正常に作動しているものと思ってその作動状況を確認せず,同装置の主電源が切られたまま使用されていない状況を把握していなかった。
(5)船上における安全管理システムの運営
ア 船上安全管理体制
 A受審人は,日本海事協会の審査に立ち会い,手引書及び手順書を参照しながら審査員の質問に答えて審査に合格したものの,安全管理システムの詳細な内容について理解するよう努力しないまま,自らが船内規律に関する事項を担当して一航士及び機関長を甲板業務及び機関業務に関する乗組員教育に当たらせることにし,船内の見やすい場所に手引書及び手順書を置いて乗組員に各自で読むよう指示したまま運航を続けていた。
イ 乗組員管理
(ア)個人データの管理
 A受審人は,自身を含む乗組員の健康証明書を保管していたが,個人データをB社に報告するための具体的な手順が定められていなかったうえ,衛生担当者を兼任していたこともあって,B社に乗組員の健康証明書の写を提出せず,自身の飲酒による健康状態の変化も報告していなかった。
(イ)飲酒の制限
 A受審人は,医師から禁酒するよう指示されていたうえ,B社や船舶所有者から飲酒を制限するよう指示を受け,その旨が手順書などにも記載されていたが,自身に対する用船者や船舶所有者の評価を踏まえた自負心と船内における地位から,自身は別格であると考え,航海中,当直の合間に一部の乗組員と常時飲酒していたものの,訪船した陸上関係者と会食などする際には,飲酒を控えるようにしていた。
(ウ)乗組員の対応
 乗組員は,入直する4時間前から飲酒が制限されていることを知っていたものの,A受審人が食堂で飲酒を重ねるうち,やがて,一部の乗組員が飲酒をともにするようになっていたこともあって,その実態をB社に報告していなかった。
ウ 居眠り警告装置
 A受審人は,長年,居眠り警告装置を使用しないまま無難に運航していたうえ,手引書や手順書に同装置を作動させることや,定期的に点検してその状況を報告することなどの定めがなかったこともあって,自室にある同装置の主電源を切った状態のまま運航を続けていた。
(6)本件発生に至る経緯
 光新丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,LPG430トンを積載し,船首2.80メートル船尾4.40メートルの喫水をもって,平成16年9月9日11時40分大分港九州石油株式会社九石3号岸壁を発し,長崎港に向かった。
 12時A受審人は,発航時の操船を終えて船橋当直を二航士に委ね,降橋して昼食をとるために食堂に赴いたが,そのとき,食堂にいた乗組員2人から勧められるままに350ミリリットル入りの缶ビールを飲んだのち,さらに焼酎約2合を飲酒し,14時半風邪薬を飲んで自室で仮眠をとった。
 17時A受審人は,当直中の一航士から関門海峡に入航する旨の報告を受けて昇橋し,自ら操船の指揮を執って同海峡を西行したのち,18時30分同海峡西口付近の海域に達したとき,当直を一航士に委ねて降橋した。そして,19時に食堂に赴いて乗組員1人とともに焼酎を飲みながら夕食をとったのち,自室で風邪薬を服用してテレビを見ながら当直時刻が来るのを待った。
 A受審人は,酒気を帯びた状態で19時50分に昇橋し,20時00分倉良瀬灯台から067度(真方位,以下同じ。)0.5海里の地点で一航士から当直を引き継ぎ,単独で船橋当直に当たって倉良瀬戸に入航した。そして,20時10分倉良瀬灯台から205度1.5海里の地点に達したとき,針路を唐津湾口の北東方沖合約7海里のところに存在する灯台瀬を右舷側に約1海里離すよう228度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,11.5ノットの速力で,玄界灘を福岡県西岸沿いに南下した。
 A受審人は,反航して来る貨物船や操業中の漁船などを認めながら進行していたところ,21時30分玄界島灯台から003度2.1海里の地点に達したとき,機関長が昇橋してきたので,その後,同人と会話を交わしながら当直に当たり,22時05分灯台瀬灯標から118度0.8海里の地点に達したとき,自動操舵のまま,針路を佐賀県加部島に向首する246度に転じて続航した。
 転針したのち,A受審人は,呼子平瀬灯台(以下「平瀬灯台」という。)を右舷側に並航して加部島東岸までの距離が約1.5海里となったときに針路を右に転じて,同島とその沖合にある佐賀県小川島との間の海域を航行するつもりで当直を続けていたところ,22時40分平瀬灯台から075度5.3海里の地点に達したとき,機関長が機関当直作業のため降橋したので,その後,単独で当直に当たって唐津湾口沖合を西行した。
 機関長が降橋したのち,A受審人は,居眠り警告装置の電源を切っている状況下,酒気帯び状態であったうえ風邪薬を服用して居眠りに陥るおそれがあったが,折から前路に他船が見当たらなかったことから気を緩め,立った姿勢のまま手動で操舵に当たるなど,居眠り運航の防止措置をとることなく,22時55分平瀬灯台から085.5度2.4海里の地点に達したとき,前方を向いた姿勢で舵輪を腹部に当て,操舵スタンドに身をもたせたところ,すぐに居眠りに陥った。
 こうして,A受審人は,23時07分少し過ぎ転針予定地点に達したものの,居眠りしていたのでこのことに気付かず,転針の措置をとらないで加部島東岸に向首したまま進行中,23時15分少し前ふと目覚めて前方を見たところ,左舷方近くに水銀灯で照らされた加部島漁港を認め,驚いて手動操舵に切り替えようとしたとき,光新丸は,23時15分平瀬灯台から218度1.7海里の地点に当たる加部島東岸の浅所に,原針路,原速力のまま乗り揚げた。
 当時,天候は雨で,風力2の北東風が吹き,潮候は下げ潮の末期であった。
 乗り揚げたのち,A受審人は,速やかにその事実を最寄りの海上保安部に報告しないで,バラストを排出して機関を後進にかけるなど,自力離礁を試みたが効なく,やがてこれを断念し,ようやく海上保安部とB社に報告した。
 乗揚の結果,光新丸は,船首部水線下に破口及び船首部から船体中央部の広範囲にわたる船底に亀裂を伴う凹損を生じたが,来援したサルベージ船によって引き降ろされ,のち修理された。
(7)本件後の措置
 B社は,A受審人の健康状態や船内における飲酒の実態及び居眠り警告装置の使用状況を初めて知り,乗組員の健康状態及び就労前の飲酒の各確認手順について,それぞれ具体的な改善措置をとるとともに,居眠り警告装置については,自動操舵装置の作動と連動して電源が入るようにし,乗組員が主電源を切ることができないようにした。
 さらに,海難発生時の措置については,緊急対応手順を改定して習熟訓練を行うこととした。

(本件発生に至る事由)
1 船舶所有者
(1)用船者から,安全管理システムを導入して認証を取得するよう促されたこと
(2)任意ISM規則の内容を十分に理解していなかったこと
(3)自社自らが船舶管理会社として認証を取得しなかったこと
(4)B社に対し,乗組員の融通,安全管理システムの導入及び認証取得と有効性の維持のための業務のみを引き受けるよう要請したこと

2 B社
(1)船舶所有者の要請を受け入れ,乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理できない体制であったこと
(2)船舶管理会社としての要件を満たす内容の船舶管理契約書,手引書及び手順書を作成して認証を取得したこと
(3)船長に対して実質的な評価を行っていなかったこと
(4)船長の飲酒による健康状態の変化を把握していなかったこと
(5)船内における船長及び乗組員の飲酒の実態を把握していなかったこと
(6)保船管理の実務を行っていなかったこと
(7)居眠り警告装置の電源が切られたまま使用されていない状況を把握していなかったこと

3 光新丸
(1)船舶所有者の雇用船長とB社から融通された乗組員が乗船していたこと
(2)船長が居眠り警告装置の電源を切っていたこと
(3)航海中,船長が当直の合間に一部の乗組員と常時飲酒していたこと
(4)船長が自身の飲酒による健康状態の変化をB社に報告しなかったこと
(5)船長が入直する前に飲酒したうえ,風邪薬を服用したこと
(6)船長が酒気帯び状態で当直中,居眠り運航の防止措置をとらず,居眠りに陥ったこと

(原因の考察)
 本件は,居眠り運航の防止措置を十分にとっていれば,回避できたものと認められる。
 A受審人が,入直する前に飲酒したうえ,風邪薬を服用したこと,居眠り警告装置の電源を切っていたこと,酒気帯び状態で当直中,居眠り運航の防止措置をとらず,居眠りに陥ったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 さらに,A受審人が,航海中,当直の合間に一部の乗組員と常時飲酒していたことは,本件発生当時,入直する前に飲酒したことにつながるものであり,また,自身の飲酒による健康状態の変化を船舶管理会社に報告しなかったことは,同社における乗組員の健康管理を阻害する行為であり,ひいては,飲酒の実態把握を妨げたことになり,いずれも本件発生の原因となる。
 また,船舶管理会社であるB社は,必要な要件を満たす内容の船舶管理契約書,手引書及び手順書を作成して認証を取得した以上,同船の安全運航の責務を有するものであり,海難防止に万全を期することが求められるところ,船内における船長及び乗組員の飲酒の実態及び居眠り警告装置の使用状況を把握していなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社が,こうした実態を把握できなかったのは,乗組員の融通,安全管理システムの導入及び認証取得と有効性の維持のための業務のみを引き受け,乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理できない体制であったうえ,保船管理の実務を行っていなかったことから,船舶所有者の雇用船長に対する実質的な評価を行うこと,同船長の飲酒による健康状態の変化を把握すること及び居眠り運航防止のために備え付けられた機器の使用状況を把握することができなかったことによるものであり,これらは,いずれも本件発生の原因となる。
 船舶所有者が,船舶管理会社に対し,乗組員の融通,安全管理システムの導入及び認証取得と有効性の維持のための業務のみを引き受けるよう要請したことは,任意ISM規則の内容を十分に理解していなかったことによるものであり,本件発生の原因とするまでもないが,今後,同システムの導入を他社に委託する場合には,乗組員管理業務及び保船管理業務の責任と権限を同管理会社に委ね,自社は,同管理会社の管理実績を評価する立場をとるなど,任意ISM規則に沿った対応をとることが求められる。
 船舶所有者が,用船者から安全管理システムを導入して認証を取得するよう促されたこと,及び,自社自らが船舶管理会社として認証を取得しなかったこと,光新丸に船舶所有者の雇用船長とB社から融通された乗組員が乗船していたことは,いずれも本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,夜間,唐津湾口沖合において,大分港から長崎港に向けて航行中,居眠り運航の防止措置が不十分で,佐賀県加部島東岸に向首進行したことによって発生したものである。
 任意ISM規則に基づく認証を取得して光新丸の船舶管理に当たった管理会社が,居眠り運航の防止にかかわる乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理していなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 A受審人は,夜間,単独で船橋当直に当たり,大分港から長崎港に向けて唐津湾口沖合を航行する場合,居眠り警告装置の電源を切った状況下,入直する前に飲酒したうえ,風邪薬を服用していたのだから,居眠り運航とならないよう,立った姿勢のまま手動で操舵に当たるなど,居眠り運航の防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,前路に他船が見当たらなかったことから気を緩め,舵輪を腹部に当てて操舵スタンドに身をもたせたまま当直に当たり,居眠り運航の防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,居眠り運航となり,佐賀県加部島東岸に向首進行して浅所に乗揚を招き,光新丸の船首部水線下に破口及び船首部から船体中央部の広範囲にわたる船底に亀裂を伴う凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
 B社が,任意ISM規則に基づく認証を取得して光新丸の船舶管理に当たる際,居眠り運航の防止にかかわる乗組員管理業務及び保船管理業務を統括管理していなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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