(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年4月2日14時32分
鹿児島県和泊港
(北緯27度23.8分 東経128度39.8分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船クイーンコーラル |
総トン数 |
4,924トン |
全長 |
140.01メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
9,929キロワット |
(2)設備及び性能等
クイーンコーラル(以下「ク号」という。)は,平成5年7月に進水した限定近海区域を航行区域とする船首船橋型の鋼製旅客船兼自動車渡船で,B社が船舶管理人として運航に当たり,南西諸島の各港を経由して沖縄県那覇港と鹿児島県鹿児島港との間の定期航路に就航していた。
同船は,喫水線上に,それぞれ全通の下部車両甲板及び上部車両甲板を設け,高さ6.5メートルの両甲板間の船首部から船尾部までを車両区画とし,同区画の船尾両舷にランプドアを設け,上部車両甲板上には,乗組員居住区及び旅客用エントランスホールを配し,その上層に2層の旅客用区画を,さらにその上層の航海船橋甲板に船首端から38メートルのところに操舵室を設けていた。
そして,推進機関として2機2軸で固定ピッチの推進器と船首端から20メートルのところに推力13トンのバウスラスタを装備し,スタンスラスタは装備していなかった。
3 和泊港
和泊港は,鹿児島県沖永良部島南東岸のやや東寄りに,さんご礁を切り開いて造成された港で,和泊港導灯(前灯)(以下「和泊港前灯」という。)から097度(真方位,以下同じ。)550メートルの地点(以下「基点」という。)を南東端として,法線方向305度及び035度,長さがそれぞれ210メートル及び100メートルとして築造されたほぼ方形の埠頭と,基点から215度200メートルの地点から南西方向に広がるさんご礁(以下「入口さんご礁」という。)上に港奥まで延びる防波堤(内)及び陸岸によって囲まれていた。
そして,さらに防波堤(内)の南側に,基点から166度360メートルの地点から269度の法線方向に延びる長さ250メートルの防波堤(南)が築造されているものの,同埠頭と入口さんご礁によって形成される同港入口は東方に開いて,東寄りの風が吹くと,風波やうねりが港内に侵入しやすくなっていた。
また,係船施設として,基点から305度方向に,定期フェリー用として使用される長さ150メートルのマイナス7.5メートル岸壁(以下「フェリー岸壁」という。)及び基点から250度250メートルの地点を北東端として220度の方向に長さ73メートルのマイナス5.0メートル岸壁(以下「旧港岸壁」という。)が設けられ,前示埠頭基部から旧港岸壁にかけて干出さんご礁が延び,その外縁部には消波ブロックが配置され,旧港岸壁からさらに港奥部へは水深5メートル以下の浅所が続いていた。
4 和泊港入港方法
B社が定める運航基準によると,和泊港入港にあたっては,同港1海里沖合いでフェリー岸壁に向けて転針し,同岸壁前面50メートルのところに向けて同岸壁法線方向となる305度の針路で進行し,岸壁前面に接近するにつれて岸壁に平行の態勢を保ちながらフェリー岸壁に接近し,船首及び船尾係留索を順次とって入船右舷付けで係留するものであった。
また,同運航基準では,風速毎秒15メートル以上では入港を中止することとし,15メートル未満であっても,気象,海象の状況によっては入港を中止する旨定めていた。
5 事実の経過
ク号は,A受審人ほか28人が乗り組み,旅客95人及び車両26台を乗せ,船首5.22メートル船尾5.78メートルの喫水をもって,平成17年4月2日07時00分那覇港を出港し鹿児島港に向かった。
A受審人は,沖縄県本部港及び鹿児島県与論港(供利)を経て,13時30分和泊港前灯から212度10.2海里の地点で昇橋し,前直者と交代して自ら操船指揮をとり,針路を040度に定め,両舷機とも全速力前進にかけて18.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)として自動操舵で進行した。
交代したときA受審人は,奄美地方南部に強風,波浪注意報が発表中で,本船上では北東の風,風速毎秒16メートルであること,1時間ばかり前にク号とほぼ同型でバウ及びスタンスラスタを装備するC船が和泊港を入出港したこと等の報告を受け,その後,代理店との入港前の定時連絡により,フェリー岸壁上では北東の風,風速毎秒12ないし13メートルである旨の報告を受け,13時45分入港部署を発令して続航した。
14時00分A受審人は,和泊港前灯から165度1.6海里の地点に達したとき,機関用意及び手動操舵とし,14時01分半両舷機半速力前進として減速を始め,北東風によって圧流されることを考慮して平素より風上側に占位することとして,14時02分同灯から143度1.3海里の地点で左舵15度をとって和泊港に向けて転針を開始し,14時06分フェリー岸壁法線延長線(以下「岸壁延長線」という。)上となる同灯から114度1,570メートルの地点に至り,針路を同岸壁先端(以下「岸壁先端」という。)に向首する305度とし,8.0ノットの速力で進行した。
A受審人は,岸壁先端に向首したのち右舷船尾方から時折風速毎秒15メートルを超す北東風と東南東からのうねりを受ける態勢となり,船体を風下側に落とされる状況となったことから,14時07分岸壁先端まで820メートルのところで,左舷機を停止とし,右舷機を半速力前進にかけて岸壁延長線上の進路を維持しながら続航した。
14時08分A受審人は,岸壁先端まで620メートル,防波堤(南)東端が左舷船首35度420メートルとなる和泊港前灯から111度1,150メートルの地点に達し,速力が6.5ノットとなったとき,そのまま入港を続けると,減速につれて圧流量が大きくなり,岸壁から離されて係留索をとれなくなるおそれがある状況であったが,バウスラスタと両舷機を使用すれば何とか態勢を維持して着岸できるものと思い,入港を中止することなく続航した。
14時09分A受審人は,岸壁先端まで430メートルとなったところで,両舷機停止として惰力で進行し,14時10分岸壁先端まで270メートルとなり,速力が5.0ノットとなったところで,岸壁延長線上の進路を維持するために右舷機を微速力前進にかけ,14時11分さらに左舷機を微速力後進とし,14時11分半左舷機を半速力後進にかけてフェリー岸壁に接近したところ,船尾が圧流されて同岸壁から離される状況となった。
14時12分A受審人は,岸壁先端に並航して4.0ノットの速力となったとき,船首からヒービングラインを送り係留索を岸壁に投じたところ,船尾がフェリー岸壁から離され続けることから,左舷機を全速力後進にかけ,バウスラスタを併用して船尾を岸壁に近づけようとしたものの,14時14分船首がフェリー岸壁奥の消波ブロックまで70メートルとなったところで船体が停止し,船首係留索2本を陸上ビットにとり終わったとき,船尾が岸壁から50メートル離れる状況となり,もやい銃を使用してヒービングラインを送ったものの届かず,船尾係留索をとることができなかった。
その後もA受審人は,船首係留索をビットにとったまま,バウスラスタ及び両舷機を種々操作して船尾をフェリー岸壁に接近させようと努めたものの,船首係留索が張った状態で圧流が続いて操船が困難となり,14時21分和泊港前灯から100度420メートルの地点に至り,フェリー岸壁にほぼ直角の態勢となったところで着岸を断念して船首係留索を放した。
そして,A受審人は,港奥に向け後退して態勢を立て直し,右転して港外に退避するつもりで,14時22分半右舷錨,続いて左舷錨を投じ,14時28分半両舷機を全速力後進とし,旧港岸壁と入口さんご礁への接近状況に注意を払いながら後退を開始したところ,船尾が入口さんご礁に接近したので乗揚の危険を感じ,14時30分半船体を停止させようと両舷機とも全速力前進にかけたものの後退が続き,14時32分和泊港前灯から130度360メートルの地点において,船尾部が入口さんご礁付近の浅所に乗り揚げた。
当時,天候は雨で風力7の北東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,付近には波高1.5メートルで東南東寄りのうねりがあり,喫水は船首5.52メートル船尾5.62メートルであった。
A受審人は,乗揚に気付かないまま,その後も操船を続けるうちに船首部が旧港岸壁北東端に接触したので,同岸壁に係留索をとったうえで,バウスラスタ及び両舷機を使用して態勢を維持していたところ,15時10分風が少し弱まったので,係留索を放して移動を開始し,15時24分フェリー岸壁に左舷付けで係留し,予定の旅客,車両及び貨物の積卸しを行い,負傷者及び船内への浸水がないことを確認したのち16時16分和泊港を出港した。
その結果,船底全般にペイント擦過傷及び凹損並びに推進器翼及び舵に曲損を生じ,最終港鹿児島港で船主手配のダイバーにより前示損傷が発見され,のち入渠していずれも修理された。
(本件発生に至る事由)
1 港内が狭く十分な操船水域がなかったこと
2 スタンスラスタを装備していなかったこと
3 強風,波浪注意報が発表されていたこと
4 入港1時間ばかり前にC船が和泊港に入出港したとの情報を得ていたこと
5 フェリー岸壁上では,北東の風,風速毎秒12ないし13メートルであるとの情報を得ていたこと
6 波高1.5メートルで東南東寄りのうねりがあったこと
7 時折風速毎秒15メートルを超える北東風があったこと
8 フェリー岸壁延長線上の進路を維持して進行したこと
9 フェリー岸壁接近中に船体を圧流されるのを認めた際,入港を中止しなかったこと
10 圧流されて船尾が岸壁から離れ,船尾係留索をとれなかったこと
11 操船が困難となり港内の浅所に著しく接近したこと
(原因の考察)
本件は,港内に十分な操船水域がない和泊港において,右舷船尾方から強風を受けて船体が風下側に圧流される状況下,減速しながらフェリー岸壁に接近し,船首係留索をとったものの,船尾が大きく圧流されて同岸壁から離れ,船尾係留索をとることができず,同港内で態勢を立て直して港外に退避しようとして操船中,操船が困難となり浅所に著しく接近したことによって発生したもので,強風により風下側に圧流されるのを認めた際,入港を中止していれば発生しなかったと認められる。
強風により圧流されて船尾を岸壁から離され,船尾係留索をとれなかったことは,入港を中止せず,船体が圧流される状況下フェリー岸壁への接近を続けた結果であり,その後,十分な操船水域がない和泊港内で態勢を立て直そうと操船中,操船が困難となり浅所に著しく接近したものである。したがって,フェリー岸壁接近中に船体を圧流されるのを認めた際,入港を中止しなかったことは,本件発生の原因となる。
港内が狭く,十分な操船水域がなかったこと,スタンスラスタを装備していなかったこと,強風,波浪注意報が発表されていたこと,1時間ばかり前にC船が和泊港に入出港したこと,フェリー岸壁上では,北東の風,風速毎秒12ないし13メートルであるとの情報を得ていたこと,波高1.5メートルで東南東寄りのうねりがあったこと及び時折風速毎秒15メートルを超える北東風があったことは,これらの情報,環境及び操船性能を考慮した上で,入港の可否を判断するものであり,また,フェリー岸壁延長線上の進路を維持して進行したことは,どのような進路で進行したとしても,強風による圧流を認識することができたと認められるから,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件乗揚は,十分な操船水域がない和泊港において,右舷船尾方から時折風速毎秒15メートルを超える風とうねりを受けながら入港中,船体を大きく圧流されるのを認めた際,入港を中止することなく,減速しながらフェリー岸壁に接近し,船尾が岸壁から離されて係留索をとることができず,同港内で操船困難となり浅所に著しく接近したことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,十分な操船水域がない和泊港において,右舷船尾方から時折風速毎秒15メートルを超える風とうねりを受けながら入港中,船体を大きく圧流されるのを認めた場合,減速しながら入港を続けると,フェリー岸壁から離されて係留索をとることができなくなるおそれがあったから,入港を中止すべき注意義務があった。しかしながら,同人は,バウスラスタと両舷機を使用すれば何とか着岸できるものと思い,入港を中止しなかった職務上の過失により,減速しながらフェリー岸壁に接近し,船尾を大きく離されて船尾係留索をとることができず,態勢を立て直して港外に退避しようと操船するうちに操船困難となり浅所に著しく接近して乗揚を招き,船底全般にペイント擦過傷及び凹損並びに推進器翼及び舵に曲損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
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