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 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  乗揚事件一覧 >  事件





平成17年門審第22号
件名

貨物船マウントアカボシ乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成18年3月30日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(千手末年,西林 眞,片山哲三)

理事官
中谷啓二

受審人
A 職名:マウントアカボシ船長 海技免許:一級海技士(航海)
指定海難関係人
B社 代表者:代表取締役C 業種名:造船業

損害
右舷船首部及び同中央部船底外板に亀裂,右舷側船底外板全般に凹損

原因
マウントアカボシ・・・避泊地の選定不適切
造船業者 ・・・荒天対策の検討が不十分

主文

 本件乗揚は,造船業者が,建造中のマウントアカボシを艤装岸壁に係留中,台風の接近が予測された際,荒天対策の検討が十分でなかったことと,避泊運航を依頼された船長が,沖出しして避難中,避泊地の選定が適切でなかったこととによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月20日11時50分
 佐伯湾南部白埼
 (北緯32度57.2分 東経132度00.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船マウントアカボシ
総トン数 9,585トン
全長 120.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 3,900キロワット
(2)設備及び性能等
 マウントアカボシ(以下「マ号」という。)は,平成16年7月にB社で進水し,同社で建造中の二層甲板船尾船橋型貨物船で,船橋前面が船首端から約100メートル(m)後方に位置しており,上から順に羅針儀甲板,航海船橋甲板,船橋甲板,ボート甲板,上甲板及び第2甲板の6層の甲板が配置されていた。そして,貨物倉は,第2甲板で上下に仕切られ,同甲板より上方が,船首側から順に第1上部貨物倉及び第2上部貨物倉,その下方が,同じく第1下部貨物倉及び第2下部貨物倉として4区画されていた。
 ウォーターバラストタンク(以下「バラストタンク」という。)は,貨物倉下の二重底に,船首側から順に2番,3番,4番及び5番と配置されており,1番バラストタンクが貨物倉前部隔壁前方の第2甲板と二重底間に,船首深水槽に隣接して設けられていた。
 なお,錨鎖は船首部の両舷側に,それぞれ9節備えていた。
ア 荷役装置
 荷役装置は,船体中央やや前部の上甲板上に高さ約8mのツインデッキクレーンの基部が据え付けられ,同基部上に旋回式で最大吊上能力30トンの,高さ約11mの塔型デリックポスト及び長さ約32mのデリックブーム各1組が2個並べて設置されていた。そして,同ブームを格納するときは,両方の同ポストを船縦方向に配し,ブームの一方を第1貨物倉前部の,もう一方を第2貨物倉後部の同甲板上の高さがそれぞれ約6mのブームレストに固定するようになっていた。
イ 操縦性能
 海上公試運転成績表によれば,最大速力が主機回転数毎分210において15.145ノット,同速力における最短停止距離及び時間が1,476m及び6分11秒で,舵角35度における左旋回の横距及び縦距が390m及び484mであり,右旋回の横距及び縦距が407m及び486mであった。
ウ 喫水及び受風面積
 本件発生前,船首1.35m船尾4.50mの喫水で,B社の艤装岸壁に係留中であり,船体及び上甲板上構造物の,側面の総受風面積が約1,876平方メートル(m2)であった。そして,航海船橋を含む居住区前面の受風面積が約435m2であった。

3 本件発生海域の地勢等
(1)佐伯湾
 佐伯湾は,豊後水道に面して東北東方に開いた湾で,北側面には大分県浅海井漁港(浅海井地区)付近を付け根とし,標高200mないし300mの山々や丘陵地が東方に伸びて先端を蒲戸埼とする半島(以下「湾北部半島」という。)があり,南側面には鶴見半島及びその先端北部に隣接する大島があり,これらの半島等と内陸側の陸岸とによりC字形状の湾となっていた。そして,湾奥南西部には佐伯港が北方に面してあり,同港の前面には南北に伸びた大入島があって,同島と陸岸の間及び港湾施設との間が北航路及び東航路と称する水路となっていた。
 そして,同湾の北部湾奥は,浅礁である大瀬が所在するものの,同瀬とその南方にある大入島北端部の村碆との距離が約1.3海里あってほぼ開かれた水域を形成し,湾北部半島によって北方ないし北東方からの風を遮る状況となっていた。
 なお,北航路南部付近は,可航幅が約700メートルで,同航路北部においては更に狭まっており,大型船舶の操船水域としてはやや手狭な水路事情であった。
(2)B社の専用岸壁周辺の状況
 B社の専用岸壁は,佐伯港南西部にあたる坂ノ浦地区の,北東方に開いた入江の南東面陸岸の先端部にある妙見鼻の付け根から入江奥に向かってあり,岸壁の法線が途中の2箇所でクランク形に陸側へ屈曲するかたちで南西方に伸びていた。
 マ号は,進水後,入江奥側にある同法線屈曲部の外角にあたる,佐伯港本港北防波堤灯台から275.5度(真方位,以下同じ。)680mの地点(以下「基点」という。)から,陸側に約22m入り込んだのち南西方に伸びた艤装岸壁に,船尾端を基点から南西に約18m離した状態で,船首を南西方に向けて係留されていた。
 そして,同岸壁沖には,係留用ブイが基点の北方約90mのところに,同じく西方約110mで同岸壁からの距離約50mのところに,及び同じく西方約180mで同岸壁からの距離約100mのところにそれぞれ1個設置されていた。なお,同岸壁から沖に約20mまでの水域は,水深が5m未満であった。
 同岸壁は,北北東方向が北航路にあたって開かれた水域となっていて,湾北部半島からの距離が約4海里あり,近くには同方向から吹く風を遮る陸岸等がなかったものの,大入島によって東ないし北東の風及び外洋からのうねりはそれぞれ遮られる状況であった。

4 事実の経過
(1)台風接近前にとられた措置
 マ号は,平成16年10月8日に海上公試運転を終え,船首深水槽に58トン,船尾深水槽に満槽の127トン,及び船尾清水槽に満槽の96トンの清水をそれぞれ積み,その総量を281トンとし,バラストタンクの1番に約150トン,同2番に約408トン及び同5番に約546トンの海水をそれぞれ積み,その総量を約1,104トンとし,船尾部の燃料タンクに約30キロリットルの燃料油を積んで,前示艤装岸壁に係留し,同月22日にD社へ引渡しの予定で手直し工事等が行われていた。
 ところで,B社は,マ号の艤装岸壁付近の水深が浅かったので,同船の海上公試運転を終えて同岸壁に着岸する際,船首深水槽を清水約280トン分のスペースがある状態とし,1番バラストタンクの海水を同タンク容量の63パーセントとして積み,3番及び4番バラストタンクについては,海水を排出して空槽としていた。
 10月18日B社は,最大風速毎秒約40mの勢力を持つ台風23号が沖縄南方海上を北上中である旨の気象情報を入手し,同日15時ごろ濱野営業本部長ほかマ号の艤装担当者4人によって,台風来襲時に備えた,同船の荒天対策にかかわる会議を開き,これまでの台風等で荒天が予想されるときの建造船の保船については,ほとんど艤装岸壁に係留したままで対応していたが,前月の29日に台風21号が来襲した際,同岸壁に係留中のマ号が岸壁に当たって外板が凹損し,その切替え工事等を余儀なくされた経験があったことから,岸壁係留では前回と同様に被害を受けると考え,同会議では同船を佐伯湾内で避泊させる案が決まりつつあった。
 ところで,B社には,ドックマスターほか船舶の運航要員が組織されていなかったことから,海上公試運転及び回航等で引渡し前の建造船を運航するときは,運航要員を揃えた業者に,その都度,同要員の派遣を依頼していたところ,今回は台風23号の接近により同要員が他の造船所に派遣されることとなり,同業者から運航要員の派遣ができない旨の返事を受けていた。
 こうして,B社は,引渡し前で同B社に滞在していたD社の社長に同会議に出席してもらい,マ号の台風避泊にかかわる運航を,同B社のドックハウスに全員が揃っていたE社所属のマ号に乗り組む予定の乗組員に依頼することとし,同日夕刻,A受審人に同船の避泊運航を依頼したい旨の打診をした。
 翌19日08時,B社は,台風23号が超大型で強い勢力を維持したまま沖縄付近海域を北上中で九州南方に向かいつつある旨の気象情報を得て,再びマ号の荒天対策会議を開き,台風の勢力と同船の受風面積を考慮すれば,佐伯湾における避泊は暴風となったとき,操船の自由を失いかねない状況となることが予測できたが,A受審人に出席を仰いで同船の避泊に関する意見を聞くなどの措置をとらず,同船の船首深水槽を満槽としたうえで同岸壁と船体間に大型フェンダーを複数投入し,係留索を増取りして同岸壁で係留するなど,荒天対策を十分に検討せずに,同日の午前中,同会議において,同受審人にマ号の運航を委ね,沖出しして佐伯湾内で避泊することに決定した。
 こうして,19日昼過ぎB社は,D社の社長立会いのもと,E社の船舶部長との間で,「マ号を避難区域に投錨すること,投錨地での同船の指揮はA受審人に委ねるが,B社側の責任者として乗船する甲板部,機関部の各担当者との連携で対応することとする。なお,全ての事項についてはB社が責任を持ち,A受審人はこれらのことに係わるいかなる責任も負わないこととする。」旨の協定書を取り交わした。
 一方,A受審人は,佐伯湾における船舶の運航は初めてであったものの,B社との間に協定書が交わされたことや,D社の社長に依頼されたこともあって,マ号の台風避泊にかかわる指揮及び運航を引き受けることとした。
 A受審人は,台風23号が超大型で強い勢力を持ち,暴風圏内の風速が毎秒約40mで九州を縦断するおそれがある旨の気象情報を入手していたものの,水先人に避泊に適した場所を聞いて投錨すれば何とか凌げると考え,また,マ号の船首深水槽の清水量がわずかであることを知っていたが,各タンクの張水や排水をB社が管理して行っていたことから,特に口出しするまでもないと思い,同B社に対し,離岸前に船首深水槽に張水するよう依頼しなかった。
(2)乗揚に至る経過
 マ号は,海図W1245(佐伯湾及び佐伯港)を備え,A受審人及び機関長Fほかフィリピン人船員14人が乗り組み,B社の各担当者5人ほか2人が同乗し,空倉で,船首1.35m船尾4.50mの喫水をもって,水先人のきょう導で,19日16時00分艤装岸壁を離岸し,東航路を東行し,大入島の南東方で同水先人が下船したのち,投錨予定水域に向かった。
 17時20分A受審人は,水先人の助言を得て決めた投錨予定地点である,大入島の南東方0.9海里の,竹ケ島灯台から264度1.4海里の地点で,左舷錨鎖を8節,右舷錨鎖を3節延出し,東寄りの風が吹くなか錨泊を開始し,このころ,船内のテレビや気象FAXで,台風23号が依然として勢力を保持したまま,進路を四国寄りにとって北東進中である旨の気象情報を得て,マ号の位置が台風の左半円にあたる状況となると予測し,航海士と甲板手による2人1組の当直体制で守錨当直を行わせ,翌20日00時ごろ降橋して自室で休息した。
 この間,マ号は,B社の担当者によって,1番バラストタンクに約90トンの海水を積んで満槽の約240トンとし,同タンク3番に満槽となる約648トン及び同4番に同じく約520トンの,合わせて約1,258トンの海水が新たに張水されたことにより,船首約2.5m船尾約4.6mの喫水となったものの,船体側面の受風面積が約1,811m2であり,同面積が大きく減少するには至らなかった。
 20日05時00分A受審人は,昇橋して毎秒約20mの北東風が吹いていることを確認し,その後,風勢が徐々に増していることを認め,機関の準備をして状況を見ていたところ,06時05分瞬間風速毎秒25mの北東風を観測するようになってマ号が走錨し始めたことを知り,右舷錨を8節まで延出したものの,さらに走錨するので機関を使用して走錨をくい止めようとしたがかなわず,同地点における錨泊をあきらめて北上することとした。
 06時15分A受審人は,抜錨を終え,操舵手を手動操舵に,二等航海士を船長補佐に就けて,佐伯湾北部水域で投錨するつもりで,機関を適宜使用して北上を開始し,07時50分湾北部半島の中央部陸岸から南方1海里ばかりにあたる,竹ケ島灯台から342度2.9海里の地点に至ったとき,前方約900mのところに漁業用のいけすらしき施設を認め,それ以上の北上をあきらめたものの,付近の水深が深かったこともあって,同地点における錨泊を断念した。
 このとき,A受審人は,自船が湾北部半島の陰になっており,風威が落ちて操船が容易な状況となっていたことから,錨泊せずに湾口近くの操船水域が広いところでちちゅうしていれば凌げるだろうと思い,北寄りの風が強吹する間は自船が暴風圏内に位置していることでもあり,湾口付近に向かうと暴風の風威を直接に受ける状況となり,自船の受風面積を考慮すれば,操船の自由を失うおそれがあったが,北方ないし北東方からの強風が遮られる同半島の付け根沖合に向かうなど,避泊地の選定を適切に行うことなく,湾口北部の,蒲戸埼南西方水域に向かうこととした。
 07時50分少し過ぎA受審人は,機関を適宜使用し,北北東の風に対して針路をほぼ050度にとって右方に23度ばかり圧流されながら進行し,09時00分蒲戸埼の南西方1.5海里ばかりの,竹ケ島灯台から016度3.4海里の地点に達したとき,瞬間風速毎秒25mを超える暴風を受けるようになり,このとき右舷側から波高約5メートルのうねりを受けて船体が大きく傾斜した。
 A受審人は,いったん船首を南方に向けたのち,先ほどの投錨を予定していた地点付近に戻ることとし,09時10分北西進するつもりで右舵一杯をとって船首を北西方に向けたが,同時15分竹ケ島灯台から016度3.0海里の地点で,瞬間風速毎秒33mの北北東風を観測するようになったとき,風圧に耐え切れず船首が風下に落とされる状況となったことから,いったん南西進したのち態勢を立て直すこととし,左転して針路をほぼ220度とし,機関の回転を下げて湾の中央部に向かった。
 09時30分A受審人は,竹ケ島灯台から351度1.7海里の地点に至り,ほぼ湾の中央部に達したので,右舵一杯,機関を全速力前進にかけて北北東方から吹く暴風に船首を立てようと試みたところ,今度は船首が同方向より右方に落とされ,船首が080度までしか切り上がらない状況となり,やむなくゆっくり南東進した。
 10時00分A受審人は,このままでは鶴見半島先端部の大島に接近することから,機関の回転を上げて右舵一杯をとって船首を風上に立てたとき,このころ,風威が少し落ちていたことから,船首が330度まで切り上がった状況のもとで北西進し始めたが,同時12分ごろ竹ケ島灯台から038度1.4海里の地点に至り,瞬間風速毎秒35mの北北東風を観測したとき,船首を支え切れなくなり,再び左転を余儀なくされた。
 A受審人は,操船の自由を失ったまま,鶴見半島中央部北方の東西幅約1.5海里の海域をジグザグに南東進と北西進を繰り返し,徐々に同半島に向けて圧流される状況のもと,適当な水域に至れば投錨して乗揚を防ごうと考え,懸命に操船指揮を続けた。
 11時11分A受審人は,同半島付け根にあたる野崎鼻と西ノ瀬間の水路を,ほぼ右舵一杯のままとして約290度の実効針路で,野崎鼻を辛うじて替わし,竹ケ島灯台から209度0.9海里の地点に至り,瞬間風速毎秒約40mの北風を観測するようになったとき,当初錨泊していた地点付近に戻ろうとし,右舵一杯のまま機関を全速力に掛けたところ,潮流の影響もあって,船首が急速に右転して風向より右方に落とされ,左舵一杯をとったものの,船首が東方を向いたまま南東進した。
 11時20分A受審人は,鶴見半島付け根にある白埼南西方の陸岸に向かって圧流されることから,水深約43メートルの,竹ケ島灯台から165度1.3海里の地点で,両舷錨を投入し,錨鎖をそれぞれ8節延出したが,船首が東方に向いたまま走錨し圧流され,同時30分ごろ陸岸岩場のわずか手前で辛うじて錨が効いて船首が風にほぼ立ったので,離脱を試みようとして両舷錨の抜錨を開始したが,左舷錨は揚錨できたものの,右舷錨鎖が2節を残して揚錨不能となり,再び船首を右方に振りながら圧流され始め,マ号は,11時50分竹ケ島灯台から155度1.9海里の地点において,北東方を向いた状態で,白埼南西方の陸岸に続く岩場至近の浅礁に乗り揚げた。
 当時,天候は雨で,風力12の北風が吹き,潮候は下げ潮の初期で,暴風及び波浪警報が発表されていた。
 マ号は,乗揚後,擱座状態で安定し,保安要員としてB社の担当者を含む数人が船内に残って事後の措置にあたり,A受審人及び乗組員は風勢が落ちて来援した巡視艇及び引船で離船した。
 乗揚の結果,右舷船首部及び同中央部船底外板に亀裂を生じたほか,右舷側船底外板全般に凹損を生じたが,引船によって引き下ろされ,広島県の造船所にえい航され,のち修理された。
 本件後,B社は,艤装岸壁のフェンダー及び係留ビットの増設,係留索具の装備増強並びに台風対策要員及び緊急連絡網の見直し等を行い,荒天対策を強化した。

(本件発生に至る事由)
1 B社が対策会議にA受審人の出席を仰いでマ号の避泊に関する意見を聞くなどの措置をとらなかったこと
2 B社が岸壁係留では前回と同様に被害を受けると考え,船首深水槽を満槽としたうえで同岸壁と船体間に 大型フェンダーを複数投入し,係留索を増取りして岸壁係留とするなど,荒天対策を十分に検討しなかったこと
3 A受審人がB社に対し,船首深水槽に張水するよう依頼しなかったこと
4 A受審人が大入島の南東方0.9海里ばかりの地点で錨泊したこと
5 マ号が走錨したこと
6 A受審人が湾口近くの広いところでちちゅうしていれば凌げるだろうと思い,避泊地の選定を適切に行わなかったこと
7 暴風によって操船の自由が失われたこと
8 岩場の至近で錨が効いたとき,揚錨したこと

(原因の考察)
 本件は,台風の接近が予測される状況下,沖出し避難中のマ号が,暴風によって,佐伯湾南部の鶴見半島側に圧流されて発生したものであり,その原因について考察する。
(1)マ号の受ける風圧合力
 マ号は,建造中で,本件発生前,海上公試運転を終えて軽喫水状態で艤装岸壁に係留中であった。したがって,台風の接近時において,岸壁係留で暴風を凌ぐか,あるいは,沖出し避泊でこれを凌ぐかのどちらをとるべきかが考えられるので,同船のこのときの船体の受風面積と風圧合力を検討する。
 同岸壁係留時における受風面積は,当時の喫水により,一般配置図から,喫水線より上の外板及び甲板上の全ての構造物の側面受風投影面積を求めると,約1,876m2であり,また,船橋を含む居住区周りの正面受風投影面積を求めると,約435m2である。
 船首部の正面受風投影面積を除外した概略の風圧合力は,ヒュースの式によれば,次のとおりである。
R=1/2ρC(A・cos2φ+B・sin2φ)V2
R:風圧合力(kg)
ρ:空気密度=0.125kg.sec2/m4
C:風圧合力係数
A:正面受風投影面積=約435m2
φ:風の相対方位(度)
B:側面受風投影面積=約1,876m2
V:相対風速(m/sec)
 風圧合力係数Cについては,独立行政法人G報告の自動車運搬船の数値を使用し,風速が毎秒25m及び33mのときの風圧合力を求めると,次のようになる。

風の相対方位(度) 風圧合力(kg)
風速25m/sec 風速33m/sec
000 11,616 20,240
040 64,345 112,114
090 92,836 161,759
120 77,316 134,715
140 約54,969 約95,778
150 47,142 82,141

 艤装岸壁にマ号を係留していた場合,当時の最強時の北北東ないし北方から吹く風を,右舷船尾40度ないし同60度方向から受けることとなる。しかしながら,近くに陸岸等がないのは北航路にあたる北北東方面のみであり,4海里先には湾北部半島があって,これによって風威は弱められ,暴風の最強時においても100トン程度の風圧合力となるものと考えられる。
 一方,本件時のマ号は,沖出し後,バラストタンクに張水したことにより,側面受風投影面積が約1,811m2となって,同面積が約65m2減少したものの,岸壁係留時の約3.5パーセントの減少量であり,風圧合力は上記数値と大きくは変わらない状況であった。
 マ号は,09時15分ごろ,北北東方向から毎秒33mの暴風を受けており,右舷前方40度方向からこの風を受ければ約112トンの風圧合力を受けることとなり,操船の自由が失われると考えられる。
(2)原因の考察
 本件は,マ号の船首深水槽を満槽としたうえで艤装岸壁に大型フェンダーを複数投入し,係留索を増取りして岸壁係留とするなど,荒天対策を十分に検討していれば沖出し避泊とすることにはならず,発生しなかったものと認められる。
 したがって,B社が,マ号を艤装岸壁に係留中,台風の接近が予測され,荒天対策会議を開いて同船の沖出し避泊案が出た際,同会議に避泊運航を依頼するA受審人を出席させて意見を聞くなどの措置をとらず,岸壁係留では前回と同様に被害を受けると考え,船首深水槽を満槽としたうえで同岸壁と船体間に大型フェンダーを複数投入し,係留索を増取りして岸壁係留とするなど,荒天対策を十分に検討しなかったことは本件発生の原因となる。
 また,マ号の沖出し避泊を引き受け,当初の錨地での避泊ができなくなって北上したとき,北方ないし北東方からの強風が遮られる湾北部半島の付け根沖合を避泊地とするなど,避泊地の選定を適切に行っていれば,本件は発生しなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,同湾北部水域まで北上して風威が弱まった際,湾口近くの広いところでちちゅうしていれば凌げるだろうと思い,避泊地の選定を適切に行わず,暴風によって操船の自由が失われたことは本件発生の原因となる。
 A受審人が,B社に対し,船首深水槽に張水するよう依頼しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべきである。
 A受審人が,岩場の至近で錨が効いたときに揚錨したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,毎秒約40mの暴風が吹き,船体の振れ回りがある中,船尾部至近に岩場がある状況下であり,相当な因果関係があるとは認められない。
 A受審人が,大入島の南東方0.9海里ばかりの地点で錨泊したこと及びマ号が走錨したことは,いずれも,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,佐伯港の南西部において,造船業者が,海上公試運転を終えた建造中のマ号を軽喫水状態で艤装岸壁に係留中,台風の接近が予測された際,荒天対策の検討が不十分であったことと,同船の避泊運航を依頼された船長が,佐伯湾内に沖出しして避難中,避泊地の選定が不適切であったこととにより,暴風によって操船の自由が失われ,同湾南部の鶴見半島側に圧流されたことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,台風が接近する状況下,軽喫水状態で受風面積の大きなマ号を沖出して佐伯湾内で避泊中,暴風となり避泊地を変更する目的で同湾北部水域まで北上して風威が弱まった場合,湾北部半島の陰となって風威が弱まっていたのであるから,暴風の風威を直接受けることのないよう,北方ないし北東方からの強風が遮られる同半島の付け根沖合を避泊地とするなど,避泊地の選定を適切に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,操船が容易な状況となったことから,錨泊せずに湾口近くの操船水域が広いところでちちゅうしていれば凌げるだろうと思い,避泊地の選定を適切に行わなかった職務上の過失により,湾口北部の蒲戸埼南西方水域に向かううち,暴風の風威を直接受けて操船の自由が失われ,徐々に南方へ圧流されながらのジグザグ運航を余儀なくされ,鶴見半島付け根付近の白埼南西方陸岸に向かって圧流され,乗揚を招き,右舷船首部及び同中央部船底外板に亀裂を,右舷側船底外板全般に凹損を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B社が,佐伯港の南西部において,軽喫水状態で受風面積の大きなマ号を,岸壁付近の水深が浅い艤装岸壁に係留中,台風の接近が予測され,荒天対策会議を開いて同船の沖出し避泊案が出た際,同会議に避泊運航を依頼するA受審人を出席させて意見を聞くなどの措置をとらず,岸壁係留では前回と同様に被害を受けると考え,船首深水槽を満槽としたうえで同岸壁と船体間に大型フェンダーを複数投入し,係留索を増取りして岸壁係留とするなど,荒天対策の検討を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件発生後,艤装岸壁のフェンダー及び係留ビットの増設,係留索具の装備増強並びに台風対策要員及び緊急連絡網の見直し等を行い,荒天対策を強化した点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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