(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年5月1日13時03分
長崎県平漁港
(北緯33度15.3分 東経129度08.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
旅客船フェリーなるしお |
総トン数 |
645トン |
全長 |
59.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
出力 |
2,794キロワット |
(2)設備及び性能等
フェリーなるしお(以下「なるしお」という。)は,昭和62年3月に進水して平成14年12月に現所有者が購入した,限定沿海区域を航行区域とする全通船楼型の旅客船兼自動車渡船で,2機2軸2枚舵及びバウスラスタを備え,最大搭載人員及び車両等が乗客400人と乗組員13人及び車両約20台とコンテナ16個で,バウスラスタ室,乗組員室,機関室などを配置した最下層甲板から上方に,車両,船楼,船橋,航海船橋及び羅針儀各甲板が順に設けられ,車両甲板の船首部両舷がそれぞれ左右に開く構造(以下「バウドア」という。)となっていた。
船橋甲板には,中央部に収容人数340人の二等客室,その前部に乗組員食堂,賄室及び浴室などがあって船首尾に係船装置が備え付けられ,また,航海船橋甲板前部には,船首端から約12ないし16メートルの船幅の範囲に船橋が設けられ,その後方船体中央部に収容人数60人の一等客室があって,同客室両舷及び後方が暴露甲板となっていた。
船橋は,ワイパーを設けた前部中央ガラス窓の上方に時計,舵角指示器,風向及び風速計が備え付けられて同窓下にジャイロコンパスレピーターがあり,同室中央部から右舷側に操船コンソールを備えて同コンソール上に両舷の主機遠隔操縦装置が,後壁に舵輪がそれぞれ設けられ,同コンソールの左舷側には順に2号及び1号各レーダーが設置され,2号レーダー表示画面の上部には,GPSプロッターが備え付けられていた。
速力は,両舷主機全速力前進が15.3ノットで,同半速力,微速力及び極微速力前進がそれぞれ12.5,10.0及び約6ノットとなっていた。
なお,海上公試運転成績書によれば,両舷主機最大出力,舵角35度における左旋回及び右旋回の各横距,縦距がそれぞれ184メートル,170メートル及び208メートル,184メートルであった。
3 事実の経過
(1)D社
ア 運航船舶における海難の発生状況と原因調査
D社は,運行船舶において,平成6年に2件,同8年に1件,その後同11年から16年まで毎年1件の海難が,いずれも入出港時及び狭視界時に発生していたが,運行管理規定に基づいて事故調査委員会を設置するなど,組織的な調査を行なうことなく,その原因を把握していなかったので,入出港時及び狭視界時における運航上の危険を十分に認識していなかった。
イ 海難発生後の乗組員教育
D社は,海難処理の一環として,乗組員再教育計画の作成と講師の選定を造船所に依頼し,乗組員に対し,修繕のために入渠した際に主として造船所職員による講義を行っていたが,運航上の危険を十分に認識していなかったことから,入航計画を策定して避険線を設定し,船橋資源を活用することなど,同危険に対処するための計画的な運航技術教育・訓練を行っていなかった。
ウ 運航管理体制と海難発生時の対応
D社は,従来,各副運航管理者の担当区域を定め,社内各部から独立した運航管理体制としていたが,海難などが発生した際には,各部が個別に船舶と連絡をとって事態を処理したのち,状況を役員,運航管理者及び行政機関などに連絡,報告するようにしていた。
D社は,平成15年にC運航管理者を選任したのち,海難が発生した際の意思決定と処理を迅速に行うことを目的として従来の運航管理体制を変更し,各副運航管理者の地域担当制を廃してそれぞれが全区域を業務別に担当するとともに,船長からの報告を運航管理室に集約するようにした。そして,運航管理者代行として総務及び経理各担当常務取締役2名を,副運航管理者として営業,総務及び海務各部の副部長をそれぞれ当たらせて各港に配置した事業所,代理店などの要員を運航管理補助者(以下「代理店」という。)に選任し,海難などが発生した際には,船長からの報告を,平日には運航管理室を経由して,休日には直接,それぞれ運航管理者が受けて対処方針を決定し,その決定を各副運航管理者に通知して発生した事態の処理に当たらせたのち,状況を取りまとめて社長に報告するようにしたことから,運航管理体制が海難の発生を想定した事故処理体制に変質し,本来の輸送の安全を確保するための体制として適切に機能しない状況となっていた。
エ 安全運航に関する基本方針
D社は,運航基準において,入航を中止する視程の条件を500メートルと定めていたが,同条件に該当する状況となっても,スケジュールの維持を優先させたまま,狭視界時など,運航上の危険が存在する状況下においては安全運航を優先させる旨の基本方針を明確にせず,運航基準の遵守について社内に徹底していなかった。
オ 狭視界時の入航予定船舶に対する運航管理者の指示
C運航管理者は,平素から,乗組員に対して運航基準を遵守するよう具体的に指示せず,現地の視程の状況を代理店から入航予定船舶に連絡させて入航中止の判断を船長に委ね,船長が入航を中止する判断をしたときは,その旨を都度自身に報告させて承認,決定したのち,その決定を各副運航管理者に通知して事態の迅速な処理に当たらせるようにし,自ら現地の視程の状況を把握して事前に船長と協議するなど,運航管理者としての業務を適切に行っていなかった。
カ 本件発生時の安全運航体制
D社は,平成16年6月E代表者が代表取締役社長に就任したが,運航管理体制の運営をC運航管理者に任せたまま,安全運航を優先させる旨の基本方針を明確にして運航基準を遵守するよう社内に徹底し,運航管理体制を適切に機能させるとともに,乗組員に対し,運航上の危険に対処するための運航技術教育・訓練を行うなど,安全運航を確保するための体制を構築していなかった。
(2)なるしお
ア 当直体制
なるしおは,長崎県平漁港を基地として07時00分に同漁港を出航し,その後,同県小値賀漁港から佐世保港を経由して平漁港に戻り,再び小値賀漁港から佐世保港及び小値賀漁港を経由して20時15分に平漁港に帰航する佐世保上五島航路に就航していた。
当直体制は,平漁港を出航してから小値賀漁港を経て佐世保港までを船長が,佐世保港から平漁港までを一航士が,平漁港から小値賀漁港を経て佐世保港までを甲板長が,佐世保港から小値賀漁港を経て平漁港に帰航するまでを再び船長が,それぞれ甲板部員1人を操舵に就けて2人で船橋当直に当たり,機関長,一等機関士(以下「一機士」という。)及び操機長のうち1人が輪番で機関当直に当たる体制としていた。
イ 入出港配置
入出港配置は,船橋で船長が操舵操船に,操機長または一機士が機関操作に当たり,船首には一航士と甲板部員1人,船尾には甲板長と甲板部員2人,機関室には機関長と一機士または操機長,舷門には事務長と司厨長がそれぞれ配置に就くようにし,平漁港に入航する際には,黒母瀬灯台に並航したときから平漁港沖防波堤(以下「沖防波堤」という。)入り口を通過するまでの間,一航士及び甲板長が船長の操船補佐に,甲板部員1人が操舵にそれぞれ当たっていた。
ウ 入航操船等
(ア)平漁港の状況
平漁港は,長崎県宇久島南東岸の湾内に設けられた第4種漁港で,ほぼ中央に港奥の陸岸から南東方沖合約100メートルに延びるフェリー岸壁が設けられ,同岸壁南東端沖合約100メートルのところから東方及び南方に延びる平漁港南防波堤(以下「内防波堤」という。)があってその南端に平港南防波堤灯台(以下「内防波堤灯台」という。)が設置されていた。
内防波堤沖合には,内防波堤灯台から089度(真方位,以下同じ。)610メートルのところから247度方向に310メートル及び同灯台から114度320メートルのところから211度方向に160メートルまで沖防波堤が延びてそのほぼ中央部が切り通しとなっており,同防波堤の南西端には平港沖防波堤南灯台(以下「沖防波堤灯台」という。)が設置され,同灯台の西方対岸から東北東方に延びる防波堤東端との間の約130メートルの海域が沖防波堤入り口となっていた。そして,沖防波堤入り口の南東方約700メートル沖合には,幅約130メートル南西端から北東端の長さが約300メートルの前小島が存在していた。
(イ)入航操船と船橋配置者の役割分担
A受審人は,平素,平漁港に入航する際,昼間には,前小島の南岸を右舷側に約200メートル離して航過したのち沖防波堤入り口に向けて進行し,肉眼により港奥の陸上にある物標を船首目標として,同目標と内防波堤及び沖防波堤両灯台との相対位置関係により,また,夜間には,両灯台の灯火と陸岸までのレーダー距離によって,それぞれ同入り口のほぼ中央を航行するようにしていたが,運航技術教育・訓練を受けていなかったこともあって,船橋資源を活用した操船を行っていなかった。
B受審人は,平素,A受審人が船橋配置者に報告を求めないまま,あらかじめ設定した船首目標に向首するよう操船していたので,操船補佐のため昇橋した際には,主として肉眼とレーダーによる見張りに当たっていた。
(3)本件発生に至る経緯
なるしおは,A,B両受審人のほか,機関長,一機士,甲板長,甲板部員3人,操機長,事務長及び司厨長が乗り組み,平成17年5月1日07時00分平漁港を発し,小値賀漁港を経由して10時17分佐世保港に入港したのち,乗客71人及び車両7台を乗せ,船首2.70メートル船尾3.62メートルの喫水をもって,同時40分同港を発し,平漁港に向かった。
離岸したのち,A受審人は,昇橋してきた甲板長に操船を委ねて甲板部員を操舵に当たらせ,操船の指揮を執って港内を航行したのち,11時06分高後埼灯台を右舷側に通過して間もなく,甲板長に当直を委ねて降橋し,自室で休息した。
C運航管理者は,当日が日曜日で在宅していたところ,09時ごろ,長崎五島航路に就航中の船舶から霧のため出航を見合わせるとの報告を受け,やがて,同航路の海域全般にわたって霧模様の状況であることを知り,その後,各船から順次運航を見合わせる旨の報告を受け,営業担当の副運航管理者に状況を通知して事態の処理に当たらせた。そして,各船が順次運航を再開したので,12時半佐世保上五島航路の状況を確認するため,各船に電話をかけ始めた。
甲板長は,機関を全速力前進にかけて長崎県黒島南岸から同県平戸島南岸沿いを西行中,12時32分黒母瀬灯台から130.5度4.8海里の地点に達したとき,C運航管理者から電話を受け,霧模様で付近の視程が0.7ないし1海里であることを報告した。
C運航管理者は,宇久島付近の海域では霧のため急速に視界が狭められるおそれがあることを知っていたが,自ら平漁港の視程の状況を把握して船長と入航の可否について協議するなど,運航管理者の業務を適切に行わないで,船長の判断と報告を待つことにし,視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際には,同基準を遵守して入航を中止するよう具体的に指示することなく,甲板長に対し,十分に気を付けて航行するよう船長に伝える旨を指示したのみで,その後,自宅で待機した。
間もなく,甲板長は,代理店から,霧のためフェリーターミナル近くの事務所から沖合約200メートルのところにある内防波堤はうっすら見えるが,沖防波堤は見えない状況であるとの連絡を受け,その後,左舷前方に存在する漁船を替わすよう,平素より北寄りの針路で進行した。そして,12時48分少し過ぎ黒母瀬灯台から174.5度2,000メートルの地点に達したとき,船位が予定針路線より北側に偏していたので平素より南に向首して前小島の手前で同針路線に乗せることにし,針路を前小島の南岸を約700メートル離す295度に定め,機関を全速力前進にかけたまま,15.3ノットの速力で,自動操舵として続航し,やがて,同灯台を右舷側に並航したとき,チャイムを鳴らして乗組員に入港部署配置に就くよう知らせた。
A受審人は,12時53分少し過ぎ沖防波堤灯台から130度3,700メートルの地点で昇橋し,C運航管理者の伝言と平漁港内の視程の状況について,同じころ昇橋してきたB受審人とともに甲板長から報告を受け,そのとき,左舷前方約1.5海里のところに存在する長崎県六島を視認できたものの,霧のため平漁港の方向を見通すことができず,同漁港付近の視界が狭められて運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況であることを知った。
A受審人は,狭視界時に入航操船の指揮を執るのは初めてであったが,その際の運航上の危険を十分に認識していなかったので,港内が内防波堤まで見通せるのであれば,レーダーに頼って入航すれば何とか着岸できるものと思い,運航基準を遵守して入航を中止せず,スケジュールどおり入航,着岸することにし,その後,前小島が視認できない状況下,操船を甲板長に委ねたまま船位及び針路を確認しなかったので,同島を平素より右舷側に離す態勢で進行していることに気付かなかった。
B受審人は,甲板長の報告と周囲の状況から,平漁港付近の視程が入航中止の条件に該当することを知ったが,A受審人から特に意見を求められなかったこともあって,船長が入航を決断したものと思い,運航基準を遵守して入航を中止するよう進言することなく,その後,2号レーダーによる見張りに当たった。
こうして,A受審人は,12時58分沖防波堤灯台から150度1,680メートルの地点に達したとき,急速に視界が悪化して視程が約70メートルに狭められた状況となったが,依然として,レーダーに頼れば入航できるものと思い,速やかに入航を中止して沖合で視程の回復を待つ措置をとることなく,平素より早めに自ら操船に当たることにし,甲板部員を手動操舵に,操機長を機関操作にそれぞれ就け,一航士及び甲板長をレーダーと肉眼による見張りに当たらせ,自ら1号レーダーの監視に当たって295度の針路のまま続航した。
B受審人は,著しく視界が狭められた状況となっても,依然として,入航を中止するようA受審人に進言することなく,その後,適宜,前小島や沖防波堤までのレーダー距離を報告しながら進行した。
間もなく,A受審人は,前小島南岸までのレーダー距離により,船位が平素より約500メートル南側に位置していることに気付き,この地点で沖防波堤入り口に向けると同入り口の南側に張り出した萱場埼に接近することとなるので,いったん,前小島の西岸沿いに北上することにし,12時59分沖防波堤灯台から163度1,320メートルの地点に達したとき,機関を半速力前進として速力を12.5ノットに減じ,右舵10度を令して右転を開始した。そして,13時00分少し過ぎ沖防波堤灯台から164.5度820メートルの地点で,舵中央を令して針路を354度とし,ほぼ沖防波堤の切り通しに向首する態勢として間もなく,機関を微速力前進として速力を10.0ノットに減じ,レーダーに表示された沖防波堤入り口を左舷前方に見る態勢で続航した。
A受審人は,13時02分沖防波堤灯台から145.5度280メートルの地点に達したとき,沖防波堤入り口に向け左転することにして左舵10度を令し,その後,B受審人から同防波堤までのレーダー距離の報告を受けながら自らもレーダー監視に当たったが,舵角10度のまま左転を続ければ,いずれ船首が同入り口に向くものと思い込んでいたので,自船が徐々に左転しながら同入り口の北側に当たる沖防波堤に向首する態勢で進行していることに気付かなかった。
こうして,なるしおは,13時03分少し前早めに船首配置に就いていた甲板部員から前方に防波堤が見える旨の報告を受けたA受審人が,船橋前部に寄って船首方を見張ったとき,間近に迫った沖防波堤を認めて急ぎ機関停止,続いて後進を令したが,機関が両舷極微速力後進にかかった直後,13時03分約10ノットの速力のまま,沖防波堤灯台から046.5度18.6メートルの地点に当たる沖防波堤に,301度を向いた船首がほぼ直角に衝突した。
当時,天候は霧で風力2の西南西風が吹き,潮候は上げ潮の末期で,長崎県上五島に波浪,濃霧注意報が発表され,付近の視程は約70メートルであった。
衝突の結果,なるしおは,バウドア,船首部外板及び球状船首に凹損,船首水槽に亀裂を生じ,沖防波堤の側壁部に高さ2.5メートル幅1.5メートルの損傷をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理され,衝突の衝撃により,下船に備えて早めに座席を離れていた乗客23人が打撲傷などを負い,積載車両2台に損傷を生じた。
(本件発生に至る事由)
1 D社
(1)運航船舶において発生した海難について,組織的な調査を十分に行わず,その原因を把握していなかったこと
(2)入出港時及び狭視界時における運航上の危険を十分に認識していなかったこと
(3)乗組員に対し,運航上の危険に対処するための運航技術教育・訓練を行っていなかったこと
(4)運航管理体制が事故処理体制に変質し,輸送の安全を確保するための体制として適切に機能していなかったこと
(5)安全運航を優先させる旨の基本方針を明確にせず,運航基準の遵守について社内に徹底していなかったこと
(6)安全運航を確保するための体制を構築していなかったこと
2 運航管理者
(1)平素,乗組員に対し,運航基準を遵守するよう具体的に指示していなかったこと
(2)狭視界時における入航中止の判断を船長のみに委ね,自ら現地の視程の状況を把握して事前に船長と協議するなど,運航管理者としての業務を適切に行っていなかったこと
(3)船長に対し,視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際には,同基準を遵守して入航を中止するよう具体的に指示しなかったこと
3 なるしお
(1)船長
ア 平素,運航基準の遵守について,具体的な指示を受けていなかったこと
イ 運航管理者から,運航基準を遵守して入航を中止するよう具体的な指示がなかったこと
ウ 昇橋したとき,船位及び針路を確認しなかったこと
エ 狭視界時に入航する際の運航上の危険に対する認識が十分でなかったこと
オ 視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際,レーダーに頼れば入航できると思って,同基準を遵守せず,入航を中止しなかったこと
(2)一航士
ア 平素,運航基準の遵守について,具体的な指示を受けていなかったこと
イ 視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際,船長が入航を決断したものと思って,同基準を遵守して入航を中止するよう船長に進言しなかったこと
4 その他
(1)当時,上五島に波浪,濃霧注意報が発表され,運航船舶が就航している海域全般にわたって霧模様の状況であったこと
(2)霧のため,平漁港付近の視界が著しく狭められた状況下,港内の視程が約200メートルであったこと
(原因の考察)
本件は,運航基準を遵守して入航を中止し,沖合で視程の回復を待っていれば,回避することができたものと認められる。
A受審人が,視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際,狭視界時に入航する際の運航上の危険に対する認識が不十分で,レーダーに頼れば入航できると思って,同基準を遵守せず,入航を中止しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
操船補佐に当たったB受審人が,視程が入航中止の条件に該当する状況となった際,船長が入航を決断したものと思って,運航基準を遵守して入航を中止するよう船長に進言しなかったことは,本件発生の原因となる。
C運航管理者が,平素,乗組員に対し,運航基準を遵守するよう具体的に指示せず,狭視界時における入航中止の判断を船長のみに委ね,自ら現地の視程の状況を把握して事前に船長と協議するなど,運航管理者としての業務を適切に行わず,船長に対し,視程が入航中止の条件に該当する状況となった際には,同基準を遵守して入航を中止するよう具体的に指示しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
船舶所有者であるD社は,長崎港及び佐世保港と五島列島各港間において,長年,定期旅客事業を営んだ実績を有する海運事業者であるが,運航船舶において,過去に,入出港時及び狭視界時における海難が繰り返し発生し,その都度,それなりの再発防止対策を講じてきた。
このような状況下,本件は,狭視界時に入航する際に再び発生し,多数の乗客に負傷を生じた防波堤衝突事件であり,海上公共輸送機関が求められる安全運航に対する信頼性を低下させ,社会に与えた影響は大きく,当該船舶のみならず,過去に実施した再発防止対策の有効性,ひいては,安全運航を確保するための基本方針及び社内体制をも対象として,その原因を究明せざるを得ない。
なるしおの船長が,狭視界時に入航する際の運航上の危険を十分に認識できなかったのは,D社が,発生した海難について組織的な調査を十分に行わず,原因を把握していなかったことによって,同社自体が入出港時及び狭視界時における運航上の危険を認識せず,乗組員に対し,同危険に対処するための運航技術教育・訓練を実施していなかったことによるものであり,いずれも本件発生の原因となる。
なるしおの船長及び一航士並びに運航管理者が,いずれも入航を中止する措置をとらなかったのは,D社が,運航基準の遵守について社内に徹底していなかったこと,運航管理体制が事故処理体制に変質し,輸送の安全を確保するための体制として適切に機能していなかったことによるものであり,これらはいずれも本件発生の原因となる。
また,D社が,運航基準の遵守を社内に徹底させることができなかったのは,運航上の危険が存在する状況下においては安全運航を優先させる旨の基本方針を明確にしていなかったことによるものであり,本件発生の原因となる。
以上のことから,D社は,安全運航を確保するための体制を構築していなかったものと認められ,本件発生の原因となる。
A受審人が,昇橋したとき,船位及び針路を確認しなかったことは,本件発生の原因とするまでもないが,昇橋した際に船位,針路及び速力並びに他船の存在などを確認することは,操船者としての基本的な手順であり,今後,改善を要する事項である。
当時,上五島に波浪,濃霧注意報が発表され,付近の海域全般にわたって霧模様の状況であったこと,平漁港付近の視界が著しく狭められた状況下,港内の視程が約200メートルであったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,原因とならない。
(海難の原因)
本件防波堤衝突は,長崎県佐世保港から同県平漁港に向けて航行中,霧のため視界が狭められて視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際,狭視界時に入航する際の運航上の危険に対する認識が不十分で,同基準が遵守されず,入航が中止されないまま沖防波堤に向首進行したことによって発生したものである。
運航が適切でなかったのは,平漁港付近の視程が入航中止の条件に該当する状況となった際,船長が運航基準を遵守せず,入航を中止しなかったことと,一航士が同基準を遵守して入航を中止するよう船長に進言しなかったこととによるものである。
運航管理者が,船長に対し,視程が入航中止の条件に該当する状況となった際には,運航基準を遵守して入航を中止するよう具体的に指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
船舶所有者が,安全運航を確保するための体制を構築していなかったことは,本件発生の原因となる。
なお,衝突により乗客に多数の負傷者を生じたことは,乗組員の乗客に対する安全確保のための指示が徹底せず,多数の乗客が下船に備えて座席を離れていたことによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,操船の指揮を執って長崎県平漁港に向けて航行中,同漁港付近の視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況であることを知った場合,同基準を遵守して入航を中止するべき注意義務があった。しかし,同人は,狭視界時に入航する際の運航上の危険に対する認識が不十分で,レーダーに頼れば入航できるものと思い,入航を中止して視程の回復を待たなかった職務上の過失により,沖防波堤に向首進行して防波堤衝突を招き,なるしおのバウドア,船首部外板及び球状船首に凹損,船首水槽に亀裂,沖防波堤の側壁部に高さ2.5メートル幅1.5メートルの損傷をそれぞれ生じさせ,衝突の衝撃により,乗客23人に打撲傷などを負わせ,積載車両2台に損傷を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月15日停止する。
B受審人は,船長の操船補佐に当たり,長崎県平漁港に向けて航行中,同漁港付近の視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況であることを知った場合,同基準を遵守して入航を中止するよう船長に進言するべき注意義務があった。しかし,同人は,船長が入航を決断したものと思い,入航を中止するよう進言しなかった職務上の過失により,防波堤衝突を招き,なるしお,沖防波堤及び積載車両に前示の損傷を生じさせ,多数の乗客を負傷させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C運航管理者が,船長に対し,視程が運航基準に定められた入航中止の条件に該当する状況となった際には,同基準を遵守して入航を中止するよう具体的に指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
C運航管理者に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。
D社が,安全運航を確保するための体制を構築していなかったことは,本件発生の原因となる。
D社に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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