(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月18日12時10分
長崎県平戸港
(北緯33度22.4分 東経129度33.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
交通船ふくみ丸 |
漁船梅丸 |
総トン数 |
6.6トン |
0.4トン |
全長 |
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5.79メートル |
登録長 |
12.78メートル |
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機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
389キロワット |
25キロワット |
(2)設備及び性能等
ア ふくみ丸
(ア) 船体構造等
ふくみ丸は,平成2年10月に進水し,主として同島と平戸港間の旅客輸送に従事する最大とう載人員14人のFRP製交通船で,船体中央より少し後方に操舵室を備えてその天井には天窓があり,同室前後に乗客用の船室を設けていた。
操舵室には,やや左舷側に舵輪と機関計器盤があってその後方にいすが備え付けられ,レーダーのほかモーターホーン及び魚群探知機を装備していた。
(イ) 操縦性能等
全速力は,機関回転数毎分2,300の約30ノットで,通常は同回転数毎分2,000の約27ノットで運航され,全速力前進中に全速力後進をかけたときの停止距離は約30メートルであった。
(ウ) 操舵室からの前方見通し状況
操舵室前面は,窓枠によって左右に2分割されたガラス窓となっており,その両方に旋回窓が備えられ,いすに腰を掛けた状態での眼高は喫水線上2.0メートルで,航行中機関回転数毎分1,800の速力約24ノットを超えると船首が浮上して船首構造物により前方に死角を生じ,いすに腰を掛けた位置から前方を見ると正船首方の各舷15度の範囲を見通すことができない状況であった。
イ 梅丸
梅丸は,昭和62年4月に進水し,船尾に船外機2機を備え,有効な音響による信号を行うことができる設備を有さないFRP製漁船で,甲板中央部から船尾端まで甲板上高さ約1.6メートルのところに金属製の支柱で支えられたキャンバス製のテントが船幅一杯に張られているほか,船首甲板上には高さ約2.5メートルのマストが設置され,甲板中央部に2個のいけすが,船尾両舷に各1個の物入れがそれぞれさぶた付で設けられていた。
3 事実の経過
ふくみ丸は,A受審人が1人で乗り組み,旅客12名を乗せ,船首0.3メートル船尾0.7メートルの喫水をもって,平成16年9月18日11時58分度島飯盛漁港を発し,平戸港平戸文化センター(以下「文化センター」という。)の前の岸壁に向かった。
発航後,A受審人は,小雨の降る中,操舵室のいすに腰を掛けて操舵操船に当たり,白岳瀬戸から平戸島北東岸沿いを南下して12時09分わずか前平戸港北部付近の坊司瀬の東方に張り出している岩礁を右舷正横100メートル付近に航過し,間もなく入航時の船首目標としている文化センター近くにある造船所のクレーンに向けることとした。
このとき,A受審人は,長崎県黒子島の西側海域を一見したものの,小雨が降り,旋回窓以外からの前方の見通しが悪かったこともあって,右舷船首38度780メートルのところに存在する投縄中の梅丸を見落としたまま,右転を開始し,12時09分わずか過ぎ平戸港灯台から036度(真方位,以下同じ。)1,010メートルの地点に達したとき,針路を223度に定め,機関を全速力前進よりやや落とした機関回転数毎分1,800にかけ,24.0ノットの速力で進行した。
定針したとき,A受審人は,ほぼ正船首700メートルのところに,低速で北東方向へ後進中の梅丸が存在し,その後,ほぼ自船に船尾を向けた同船の方位がほとんど変らず,衝突のおそれがある態勢で互いに接近していたが,依然として前路の黒子島西側海域には航行の支障となる他船はないものと思い,天窓から顔を出したり,船首を左右に振るなど,船首死角を補う見張りを十分に行うことなく,このことに気付かなかった。
こうして,A受審人は,右転するなど,梅丸との衝突を避けるための措置をとることなく続航中,突然衝撃を感じ,12時10分平戸港灯台から022度360メートルの地点において,ふくみ丸は,原針路,原速力のまま,その船首が梅丸の右舷船首部に後方から60度の角度で衝突し,乗り切った。
当時,天候は小雨で風力2の南南西風が吹き,潮候はほぼ下げ潮の中央期で,衝突地点付近には北東方に向かう弱い潮流があった。
また,梅丸は,B受審人が1人で乗り組み,アラカブ延縄漁の目的で,船首尾とも0.2メートルの等喫水をもって,同日06時00分平戸港白浜の係留地を発し,同時10分ごろ坊司瀬付近に到着して操業を開始した。
ところで,梅丸のアラカブ延縄漁は,直径約5ミリメートル長さ約50メートルの化学繊維製幹縄とこれに約50センチメートル間隔で取り付けた直径1ミリメートル長さ30センチメートルの枝縄及び枝縄先端の釣針からなる一連の漁具を延縄と称してこれら5組を使用するもので,機関を後進にかけながら,船尾左舷側から握りこぶし大の石の錘を付けた幹縄を海中に投入し,木箱に納めた1組を約2分間かけて繰り出し,最後の延縄の幹縄末端に錘と浮子を付けて投入し,距離250メートルにわたって海底にはわせ,一定時間の経過後に揚縄をする漁法であったが,投縄時及び揚縄時も船舶の操縦性能を制限するものではなかった。
B受審人は,坊司瀬から平戸島北東端の鍔埼付近まで北上して操業を行った後,12時05分平戸港灯台から011度240メートルの地点に達し,船尾の物入れに前方を向く姿勢で座って投縄を始め,船首を225度に向け,船尾左舷側に設置した9.9馬力の船外機を微速力後進にかけ,弱い北東流に乗じて,039度の方向に0.8ノットの低速力で後進しながら投縄を続けた。
12時09分わずか過ぎB受審人は,平戸港灯台から019度330メートルの地点に達したとき,右舷船尾2度700メートルのところに,自船にほぼ向首する態勢で南下中のふくみ丸が存在し,その後,その方位がほとんど変わらず衝突のおそれがある態勢で互いに接近していたが,投縄に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
こうして,B受審人は,機関を前進にかけるなど,ふくみ丸との衝突を避けるための措置をとることなく,同じ針路及び速力で後進しながら投縄中,12時10分わずか前B受審人が右舷船尾方に接近するふくみ丸を初認し,後進中の機関を後進一杯にかけ,船首を右に振ってわずかに後進したが及ばず,船首が283度を向いたとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,ふくみ丸は船底に擦過傷とプロペラに曲損を生じ,のち修理され,梅丸は船首部が分断され,全損となった。
(航法の適用)
本件は,港則法が適用される平戸港において,南下中のふくみ丸と後進中の梅丸とが互いに衝突のおそれがある態勢で接近して衝突したものであるが,同法には本件に適用される航法規定がないから,一般法である海上衝突予防法を適用することになる。しかしながら,同予防法には前進中の船舶と後進中の船舶との関係について規定した条文がないから,同予防法第38条及び第39条の規定による船員の常務で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 ふくみ丸
(1)船首方に死角を生じていたこと
(2)小雨が降り,旋回窓以外からの前方の見通しが悪かったこと
(3)前路に他船はないと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 梅丸
(1)投縄に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(2)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,南下中のふくみ丸が,見張りを十分に行っていたなら,梅丸の存在と同船との衝突のおそれが生じたことに気が付き,衝突を避けるための措置をとり,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,前路に他船はないと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
ふくみ丸の船首方に死角を生じていたこと及び小雨が降り,旋回窓以外からの前方の見通しが悪かったことは,いずれも通常の操舵位置からの船首方の見張りを妨げることとなるものの,天窓から顔を出したり,船首を左右に振るなどの手段をとることにより,その死角などを解消することができたのであるから,いずれも本件発生の原因とはならない。
一方,後進中の梅丸が,見張りを十分に行っていたなら,ふくみ丸の存在と同船との衝突のおそれが生じたことに気が付き,衝突を避けるための措置をとり,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,B受審人が,投縄に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,長崎県平戸港において,南下中のふくみ丸が,見張り不十分で,投縄をしながら低速力で後進中の梅丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことと,梅丸が,見張り不十分で,ふくみ丸との衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,長崎県平戸港を南下する場合,船首方に死角があったから,前路の他船を見落とさないよう,天窓から顔を出したり,船首を左右に振るなど,船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,前方を一見して他船を見かけなかったことから,前路に他船はないものと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,梅丸の存在と接近に気付かず,衝突を避けるための措置をとらないまま進行して同船との衝突を招き,ふくみ丸の船底に擦過傷とプロペラに曲損を生じさせ,梅丸の船首部を分断して全損させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,長崎県平戸港において,船首方を向いて座り,低速力で後進しながら投縄をする場合,接近する他船を見落とすことのないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,投縄に気をとられ,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,ふくみ丸の存在と接近に気付かず,衝突を避けるための措置をとらないまま投縄を続けて同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせ,梅丸を全損させるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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