(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年3月16日07時35分
山口県下関市小瀬戸沖
(北緯33度57.4分 東経130度53.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船辨天丸 |
漁船増栄丸 |
総トン数 |
7.3トン |
2.28トン |
全長 |
14.90メートル |
|
登録長 |
|
80メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
354キロワット |
漁船法馬力数 |
|
70 |
(2)設備及び性能等
ア 辨天丸
辨天丸は,平成4年9月に進水した敷網漁業及び一本つり漁業に従事するFRP製漁船で,船体後方に配置された操舵室には,前面中央に舵輪があり,機関操縦装置,レーダー,GPSプロッタ及び魚群探知機などの計器が備えられ,右舷側には高さが床面から80センチメートル(以下「センチ」という。)のいすが設置されていた。
同船は,12ノットを超えると船首が浮上するようになり,17ノットばかりで航走すると,操船者がいすに腰を掛けた姿勢では,同位置における船首尾線に対して右舷側に約10度,左舷側に約15度の範囲で水平線が見えなくなる死角を生じる状況であった。
イ 増栄丸
増栄丸は,昭和54年9月に進水したあなごかご漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部に設けられた操舵室には,舵輪,機関操縦用クラッチレバー及び同スロットルレバーが,船首部右舷側に揚縄作業に使用するラインホーラーが設けられており,船首部で操業に当たりながら,同室から導いたリモートコントロール装置により舵の操作が,また,同室から導いた竹竿を介してクラッチのみの操作が可能であった。
(3)増栄丸のあなごかご漁
増栄丸のあなごかご漁は,両端に重量が6キログラムの四爪錨を繋いだ直径7ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約400メートルの合成繊維製の幹縄に,長さ1メートルの枝縄の先に,直径7ミリの鉄棒2本を底部におもしとして付けた直径20センチ長さ60センチのプラスチック製のかごを取り付け,同かご30個を幹縄に等間隔に取り付けて1本のはえ縄とし,これを3本使用して,夕刻に直線状に投入して海底に延ばしたのち,翌朝揚縄にかかることとしており,揚縄時には機関を極微速力にかけ,機関のクラッチを適宜操作し,延出した幹縄に沿ってゆっくり前進しながらラインホーラーを介して幹縄を巻き揚げ,かごに入っているあなごを漁獲するものであった。
3 事実の経過
辨天丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,福岡県地ノ島北東方沖合でいかなごを漁獲対象としたすくい網漁の操業を行ったのち,山口県下関漁港に入港して水揚げを行い,帰港の目的で,船首0.60メートル船尾1.30メートルの喫水をもって,平成17年3月16日07時25分同港を発し,芦屋漁港に向かった。
A受審人は,レーダーのレンジを0.75海里として作動させ,出港操船に続いて単独で操船に当たり,小瀬戸を西行して彦島大橋を通過したのち,07時33分少し過ぎ太郎ケ瀬鼻灯台から027度(真方位,以下同じ。)150メートルの地点で,針路を山口県竹ノ子島の北東方約600メートルに向く289度に定め,機関を全速力前進にかけ,17.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,いすに腰を掛け,船首が浮上して死角を生じた状況のもと,手動操舵により進行した。
ところで,A受審人は,平素,船首方に死角を生じる状況となった際,船首を左右に振ったり,周辺に船舶が多いときには12ノットばかりに減速するなどして前路の見張りを行っていた。
定針したとき,A受審人は,正船首1,020メートルのところに来航する増栄丸を視認でき,その後同船が漁ろうに従事していることを示す形象物(以下「鼓形形象物」という。)を掲げていなかったものの,航走波などを見せずにゆっくり移動していることから,同船が何らかの作業をしながら航行していることが分かり,同船の方位が変わらず衝突のおそれがある態勢で互いに接近したが,これまで早朝の時間帯に小瀬戸沖で操業中の漁船などを見かけたことがなかったので,前路に小型漁船などはいないと思い,船首を左右に振るなどして死角を補う見張りを十分に行わなかったので,同船の存在も,同船と衝突のおそれがある態勢で互いに接近していることにも気付かなかった。
07時34分A受審人は,太郎ケ瀬鼻灯台から308度460メートルの地点に達したとき,増栄丸が正船首550メートルのところに接近し,同船の右舷船首部に人影があってかごを揚げている様子などから,同船が鼓形形象物を掲げずに漁ろう作業にあたっている可能性があると推認できる状況となったが,依然として船首死角を補う見張りを十分に行っていなかったので,同船に気付かず,速やかに衝突を避けるための措置をとらないまま続航中,07時35分太郎ケ瀬鼻灯台から298度970メートルの地点において,辨天丸は,原針路,原速力のまま,その船首が増栄丸の右舷中央部に直角に衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は上げ潮の初期であった。
また,増栄丸は,B受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.20メートル船尾1.30メートルの喫水をもって,同日06時10分ごろ下関市伊崎町第2船だまりの係留地を発し,小瀬戸沖の漁場に向かった。
06時20分ごろB受審人は,目的の漁場に至り,鼓形形象物を掲げないまま,ラインホーラーを使用して前日の夕刻に設置した1本目のはえ縄の揚収を開始した。
B受審人は,2本目のはえ縄を揚収して3本目の揚収作業にかかり,07時17分太郎ケ瀬鼻灯台から295度1,330メートルの地点を発進し,針路を幹縄の設置した方向に向く109度に定め,操舵室でスロットルレバーを操作して機関を極微速力前進にかけたのち,ラインホーラーの後方に赴き,手元の竹竿により機関のクラッチを前進と中立の操作を繰り返しながら,0.7ノットの速力で,手動操舵により進行した。
07時33分少し過ぎB受審人は,太郎ケ瀬鼻灯台から297度1,010メートルの地点に達したとき,正船首1,020メートルのところに来航する辨天丸を視認でき,その後同船の方位が変わらず,衝突のおそれがある態勢で互いに接近していることが分かる状況となったが,下関漁港でのせりがすでに終わっているので,同港を出入りする航行船はいないと思い,揚縄作業に熱中していて,周囲の見張りを十分に行わなかったので,同船の存在も,同船と衝突のおそれがある態勢で互いに接近していることにも気付かなかった。
07時34分B受審人は,太郎ケ瀬鼻灯台から298度990メートルの地点に達したとき,辨天丸が正船首550メートルのところに接近し,同船が避航の様子を見せないことから,自船が鼓形形象物を掲げていないことを考慮すれば,同船が自船を漁ろうに従事中の船舶と見ていない可能性があると推認できる状況となったが,依然,周囲の見張りを十分に行っていなかったので,同船に気付かず,幹縄を切り離し,機関と舵を操作して移動するなど衝突を避けるための措置をとらないまま,揚縄作業をしながら続航した。
07時34分半B受審人は,機関のクラッチを中立とし,残りわずかとなったかごを右舷側から取り込みながら同じ速力で前進していたとき,ふと顔を上げたところ,正船首270メートルのところに迫った辨天丸に気付き,衝突の危険を感じ,ラインホーラーを停止し,機関のクラッチを前進に入れたが,操舵室に駆け込んでスロットルレバーを操作する余裕がなかったので,機関が極微速力使用のままとなっていて,思ったほどの推力が得られず,増栄丸は,錨が効いて海中に延びる幹縄が緊張し,船首が左方に振れて019度を向いたとき,わずかな前進行きあしで,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,辨天丸は,船首部に軽度の凹損及び右舷船首部船底外板に擦過傷を生じたが,のち修理され,増栄丸は,右舷中央部ガンネルに折損及び船体後部の切損を生じ,のち廃船処分された。
(航法の適用)
本件衝突は,下関市小瀬戸沖の海域において,水揚げを終えて帰航中の辨天丸とあなごかご漁により揚縄中の増栄丸とが衝突したものであり,同海域は港則法などの特別法の適用がないから,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)によって律することとなる。
本件は,帰航中で西進する辨天丸と,あなごかごを揚げながらゆっくり東進する増栄丸とが,真向かいに行き会う態勢で衝突したものであり,形態的には予防法第14条の関係にあると考えられるが,増栄丸はラインホーラーを使用してはえ縄の揚収作業をしており,実態的には漁ろうに従事中であり,自船を予防法第18条の漁ろうに従事中の船舶とみる可能性がある。一方,増栄丸の船首方から接近する辨天丸から見ると,増栄丸が航走波を見せておらず,ゆっくり前進していることから何らかの作業を行いながら進行している船舶であることが分かるものの,同船が鼓形形象物を掲げていなかったことから,漁ろうに従事中の船舶とは認めない可能性がある。
こうして,本件は,両船間において客観的認識が一致しないので,定型的な航法の適用はできない。しかしながら,両船が550メートルに接近したとき,辨天丸から増栄丸を見ると,右舷船首部に人影があってかごを揚げている様子から,同船が形象物を掲げずに漁ろう作業にあたっている可能性があると推認できる状況に,一方,増栄丸から辨天丸を見ると,辨天丸が避航の様子を見せないことから,自船の形象物不表示を考慮すれば,同船が自船を漁ろうに従事中の船舶と見ていない可能性があると推認できる状況にあったとそれぞれ認められる。そして,この時点において,両船がそれぞれ避航動作をとるのに,距離的にも,時間的にも余裕が十分にあったと認められる。
したがって,予防法第38条及び同第39条の船員の常務によるのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 辨天丸
(1)船首方に死角を生じる状況にあったこと
(2)早朝の時間帯に小瀬戸沖で操業中の漁船を見かけたことがなかったので,前路に小型漁船などはいないと思い,船首死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 増栄丸
(1)鼓形形象物を掲げていなかったこと
(2)下関漁港でのせりがすでに終わっているので,同港を出入する航行船はいないと思い,周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(3)揚縄作業に熱中していたこと
(4)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
本件は,辨天丸が,船首死角を補う見張りを十分に行っていれば,増栄丸を視認でき,何らかの作業を行いながら進行する同船と衝突のおそれがある態勢で互いに接近していることが分かり,更に接近したとき,同船が漁ろう作業にあたっている可能性があると推認でき,衝突を避けるための措置をとることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,早朝の時間帯に小瀬戸沖で操業中の漁船を見かけたことがなかったので,前路に小型漁船などはいないと思い,死角を補う見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
辨天丸の船首方に死角を生じる状況にあったことは,通常の操舵位置からの船首方の見張りを妨げることとなるものの,船首を左右に振るなどの手段をとることにより,その死角を解消することができたのであるから,本件発生の原因とはならない。
一方,増栄丸が,周囲の見張りを十分に行っていれば,辨天丸を視認でき,同船と衝突のおそれがある態勢で互いに接近していることが分かり,更に接近したとき,自船の形象物不表示を考慮すれば,同船が自船を漁ろうに従事中の船舶と見ていない可能性があると推認でき,衝突を避けるための措置をとることができたものと認められる。
したがって,B受審人が,下関漁港でのせりがすでに終わっているので,同港を出入りする航行船はいないと思い,揚縄作業に熱中していて,周囲の見張りを十分に行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
また,鼓形形象物を掲げていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,辨天丸が増栄丸の存在に気付かないまま発生に至ったことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは法令遵守及び海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,山口県下関漁港の出入口にあたる小瀬戸の沖において,水揚げを終えて帰航中の辨天丸と鼓形形象物を掲げずにかごはえ縄を揚収しながらゆっくり進行中の増栄丸とが,衝突のおそれがある態勢で互いに接近した際,辨天丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことと,増栄丸が,見張り不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったこととによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,山口県下関漁港の出入口にあたる小瀬戸の沖において,水揚げを終えて帰航する場合,船首浮上により前方に死角を生じていたから,前路の他船を見落とさないよう,船首を左右に振るなどして,死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,早朝の時間帯に小瀬戸沖で操業中の漁船を見かけたことがなかったので,前路に小型漁船などはいないと思い,死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近する増栄丸に気付かず,衝突を避けるための措置をとらずに進行して衝突を招き,辨天丸の船首部に軽度の凹損及び右舷船首部船底外板に擦過傷を,増栄丸の右舷中央部ガンネルに折損及び船体後部の切損をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。
B受審人は,山口県下関漁港の出入口にあたる小瀬戸の沖において,鼓形形象物を掲げずにあなごかご漁のかごはえ縄を揚収する場合,接近する他船を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,下関漁港でのせりがすでに終わっているので,同港を出入する航行船はいないと思い,揚縄作業に熱中していて,周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,衝突のおそれがある態勢で接近する辨天丸に気付かず,衝突を避けるための措置をとらずに進行して同船との衝突を招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
(拡大画面:22KB) |
|
|