(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月12日12時15分
周防灘北西部
(北緯33度54.3分 東経131度09.4分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船熊豊 |
貨物船第十八住宝丸 |
総トン数 |
603.16トン |
199トン |
全長 |
63.18メートル |
55.85メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
698ワット |
735ワット |
(2)設備及び性能等
ア 熊豊
熊豊は,昭和56年10月に進水した船首楼及び船尾楼を有する船尾船橋型の鋼製貨物船で,航行区域を限定沿海区域とし,主として石炭灰を不定期に輸送し,船首楼甲板上に高さ8.9メートル(m)船横幅5.1mのバケットエレベーターを,船橋前部の上甲板下に貨物倉4個を,同甲板中央部にエアスライド用ポンプ等の積み荷役装置をそれぞれ配置し,船橋前面から船首端までが47mあり,船橋楼最上層の操舵室内に,ジャイロコンパスを組み込んだ操舵スタンド,自動操舵装置,主機計器盤及び同遠隔操縦装置,レーダー2台及びGPS等をそれぞれ装備していた。
操舵室からの周囲の見通し状況については,バケットエレベーターにより,正船首方の左右にそれぞれ約15度の範囲で死角を生じていたが,それ以外の見通しは良好であった。
また,海上公試運転成績書によれば,11.585ノットの速力で進行中,機関を停止してから2.0ノットの速力まで減じるのに要する時間及び航走距離が,それぞれ7分12.5秒及び960mであった。
イ 第十八住宝丸
第十八住宝丸(以下「住宝丸」という。)は,平成8年10月に進水した全通2層甲板を有する船尾船橋型の鋼製貨物船で,航行区域を限定沿海区域とし,東京湾から九州までの諸港間で鋼材,プラント及び製材等の輸送に従事し,船橋前部の上甲板下に貨物倉1個を配置し,船橋前面から船首端までが44.6mあり,船橋楼最上層の操舵室内に,ジャイロコンパスを組み込んだ操舵スタンド,自動操舵装置,主機計器盤及び同遠隔操縦装置,レーダー2台及びGPS等をそれぞれ装備しており,レーダーにはエコートレイル機能と簡易なARPA機能が付いていた。
操舵室からの前方の見通し状況については,同室中央の操舵スタンドの船尾側に立った姿勢で,同室前面の両舷側角の枠により,両舷正横前17度付近に約5度の範囲にそれぞれ死角を生じていたが,身体を移動させることでそれらの死角を補うことができる状況であった。
3 事実の経過
熊豊は,A受審人ほか4人が乗り組み,石炭灰490トンを積載し,船首2.08m船尾3.92mの喫水をもって,平成16年11月12日11時40分山口県小野田港を発し,姫島水道を経由する予定で,高知県須崎港に向かった。
A受審人は,出航操船に引き続いて1人で船橋当直に就き,12時05分小野田港防波堤灯台(以下「防波堤灯台」という。)から205度(真方位,以下同じ。)3.5海里の地点で,下関南東水道の推薦航路(以下「推薦航路」という。)沿いを航行中の他船がいたことから,頃合いを見て同航路を横断しようと考え,針路を130度に定め,機関を毎分260回転の全速力前進にかけ,9.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により推薦航路の北側寄りを進行した。
定針したとき,A受審人は,小野田港第5号灯浮標(以下,灯浮標については「小野田港」の冠称を省略する。)から第1号及び第2号灯浮標に至る水路(以下「小野田南西水路」という。)内を南下中に初認していた住宝丸が,右舷船尾40度850mのところに存在し,推薦航路北側寄りを南東進しながら自船に後続する態勢にあることを知った。
12時12分少し前A受審人は,右舷前方に推薦航路の北側寄りを北西進する一群の船舶を,右舷後方に同じく北側寄りを南東進する住宝丸を含む一群の船舶をそれぞれ認めたことから,しばらく機関を停止してそれらの通過を待って推薦航路を横断することとした。
12時12分A受審人は,防波堤灯台から189度3.9海里の地点に至ったとき,住宝丸が右舷船尾30度430mのところに接近し,自船に追い付く態勢にあることを認めたものの,右舷船尾方から風を受けているときに機関を停止すれば,船首が右回頭して同船の前路に向かうおそれがあったが,それほどの右転はないだろうと考え,機関を停止し,同じ針路のまま惰力前進を開始した。
A受審人は,機関を停止したことにより,自船が西風の影響を受けて右回頭を始め,住宝丸の前路に近付く態勢で進行し,同船に対して新たな衝突のおそれを生じさせたが,このことに気付かず,惰力前進を続けた。
12時14分A受審人は,船首がほぼ150度を向き,行きあしが約5ノットに落ちたとき,住宝丸を右舷船尾56度170mばかりのところに認め,自船が同船の進路を塞ぐ態勢となることに気付いたが,行きあしのある同船に替わしてもらおうと思い,直ちに機関を全速力後進にかけるなどの衝突を避けるための措置をとることなく,VHF無線電話で連絡するも応答が得られず,危険を感じて機関を全速力後進にかけたものの間に合わず,12時15分防波堤灯台から186度4.1海里の地点において,熊豊は,船首が150度を向き,約4ノットの前進行きあしで,その右舷船首が住宝丸の左舷後部に後方から60度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力4の西風が吹き,視界は良好で,潮候は下げ潮の中央期であった。
また,住宝丸は,B受審人ほか2人が乗り組み,空倉のまま,船首1.5m船尾2.2mの喫水をもって,同月12日11時15分関門港長府区を発し,広島港に向かった。
B受審人は,出航操船に引き続いて1人で船橋当直に就き,11時35分部埼灯台から056度0.9海里の地点で,針路を推薦航路に沿う123度に定め,機関を毎分320回転の全速力前進にかけ,10.3ノットの速力で,VHF無線電話の電源を入れないまま,自動操舵により推薦航路の北側寄りを進行した。
12時05分B受審人は,防波堤灯台から211度3.7海里の地点に達したとき,小野田南西水路の西方沖を航行中に左舷前方の同水路内に初認していた熊豊が,左舷船首32度850mのところで,南東進を開始したことを認めたが,自船の速力が遅いので同船に追い付くことはあるまいと思い,その後,レーダーを活用するなどして動静監視を十分に行わなかったので,自船が熊豊に追い付く態勢で接近することに気付かないまま,同じ針路及び速力で続航した。
12時12分B受審人は,防波堤灯台から193度3.9海里の地点に至ったとき,熊豊を左舷船首23度430mのところに見るまで接近し,その後同船が速力を徐々に落としながら,わずかに右回頭して自船の前路に近付き,同船との間に新たな衝突のおそれを生じたことが分かる状況となったが,左舷前方には先航する熊豊だけしか認めていなかったことから,専ら右舷側の同航船及び反航船に対する見張りに気を取られ,依然として熊豊に対する動静監視を十分に行わなかったので,この状況に気付かず,行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとることなく進行中,同時15分少し前左舷側に黒い影を認めて衝突の危険を感じ,キックで避けようとして左舵一杯をとったものの効なく,住宝丸は,船首が090度を向き,速力が約7ノットに減じたとき,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,熊豊は,右舷船首部ハンドレールを曲損し,住宝丸は,船橋左舷壁を凹損し,のちいずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,周防灘北西部において,南東進中の住宝丸が先航する熊豊に追い付く態勢で接近する状況下,熊豊が機関を停止して惰力前進中,右に回頭しながら後続する住宝丸の前路に近付き,衝突するに至ったものであり,同海域には海上交通安全法の適用があるものの,推薦航路及びその付近における航法規定がないので,一般法である海上衝突予防法が適用され,両船間に衝突のおそれが生じたのが衝突の3分前で,その後熊豊の針路,速力が徐々に変化するに伴い,両船の方位が刻々と変化する状況にあったものであり,同法にこの関係を規定した条文がないので,同法第38条及び第39条をもって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 熊豊
(1)機関を停止する際,風の影響を考慮しなかったこと
(2)右回頭しながら住宝丸の前路に近付き,同船に対して新たな衝突のおそれを生じさせたこと
(3)自船が住宝丸の針路を塞ぐ態勢となることを知った際,衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 住宝丸
(1)VHF無線電話の電源を切っていたこと
(2)事実認定の根拠9より,動静監視を十分に行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
熊豊が,機関停止としたのち,右回頭しながら住宝丸の前路に近付かなければ,両船間に衝突のおそれは生じず,また,自船が住宝丸の針路を塞ぐ態勢となることを知った際,衝突を避けるための措置をとっていたなら,同船との衝突を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,右回頭しながら住宝丸の前路に近付き,同船に対して新たな衝突のおそれを生じさせたこと及び自船が住宝丸の針路を塞ぐ態勢となることを知った際,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
機関を停止する際,風の影響を考慮しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
一方,住宝丸が,動静監視を十分に行っていたなら,自船が熊豊に追い付く態勢にあることが分かって同船に注意を払いながら進行し,同船が右回頭して自船の前路に向かって近付くのが分かり,衝突を避けるための措置をとることができ,同船との衝突を回避できたと認められる。
したがって,B受審人が,動静監視を十分に行わなかったこと及び衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
VHF無線電話の電源を切っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,他船との交信や周知情報の聴取は海難防止に有効なので,航海中にはVHF無線電話の電源を常時入れておくことが望まれるところである。
(海難の原因)
本件衝突は,周防灘北西部において,熊豊が,自船に追い付く態勢で接近する住宝丸に対し,新たな衝突のおそれを生じさせたばかりか,同船の進路を塞ぐ態勢となることを知った際,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,住宝丸が,動静監視不十分で,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,周防灘北西部において,機関を停止したのち右回頭しながら惰力前進中,自船が住宝丸の進路を塞ぐ態勢となることを知った場合,機関を全速力後進にかけて行きあしを止めるなどの衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。ところが,同人は,行きあしのある住宝丸に替わしてもらおうと思い,衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,VHF無線電話で連絡するために時間を費やして衝突を招き,熊豊の右舷船首部ハンドレールに曲損を生じさせ,住宝丸の船橋左舷壁に凹損を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,周防灘北西部を南東進中,小野田港から出航した熊豊が自船に先航する態勢となったことを認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,動静監視を十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,自船の速力が遅いので熊豊に追い付くことはあるまいと思い,動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,自船が熊豊に追い付く態勢で接近していることも,同船が右回頭して自船の前路に近付くことにも気付かず,衝突を避けるための措置をとらないまま進行して衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図1
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参考図2
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