(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年9月26日09時00分
香川県喜兵衛島沖合 サザエ岩南方
(北緯34度29.9分 東経133度58.7分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船八幡丸 |
モーターボート三喜号 |
総トン数 |
1.7トン |
|
全長 |
8.70メートル |
6.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
93キロワット |
36キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 八幡丸
八幡丸は,平成3年6月に進水したFRP製漁船で,船体後部に操舵室を有し,同室中央やや右舷寄りに操舵輪を,その右側に機関操縦レバーをそれぞれ備えており,レーダーなどの航海計器は装備していなかった。操船者は操舵室中央に立って操船に当たり,操船位置からの見通し状況は,前方がプラスチック製の風防で,前部甲板右舷側に揚網用ローラー及び操舵室前方右舷側に作業灯の傘などが設置されていたが,船首方の見張りの妨げとなる構造物はなく,18ノット未満の速力では船首浮上による死角も生じなかった。
最大速力は,機関回転数毎分3,000のとき約20ノットで,旋回径は全長の約2倍であった。
イ 三喜号
三喜号は,平成元年12月に進水した,最大とう載人員6人の船外機付きFRP製モーターボートで,船体中央部右舷側にキャビン及びその船尾側に操縦区画をそれぞれ有し,同区画に操舵輪と機関操縦レバーを備えており,魚群探知器は備えていたが,レーダーなどの航海計器及び汽笛は装備していなかった。また,球形形象物及びキャビン内に定員分の笛付き救命胴衣を所持していた。
3 サザエ岩
サザエ岩は,香川県喜兵衛島島頂(45メートル,以下「喜兵衛島頂」という。)から170度(真方位,以下同じ。)360メートル付近に位置する,平均水面上の高さが1.6メートルの水上岩で,その周囲は良好な釣り場となっており,錨泊や漂泊をして釣りを行うプレジャーボートなどの多い海域となっていた。
4 事実の経過
八幡丸は,A受審人が甲板員の妻と2人で乗り組み,船首0.25メートル船尾1.00メートルの喫水をもって,刺し網漁の目的で,平成17年9月26日08時00分香川県香川郡直島町の屏風港を発し,同港東方沖合の漁場に向かった。
A受審人は,08時05分漁場に到着し,当日早朝に入れていた刺し網を揚げ,ワタリガニ10匹ばかりを漁獲し,再び同地点に刺し網を入れたのち,帰途に就くこととし,08時56分半喜兵衛島頂から105度1,500メートルの地点を発進し,針路をサザエ岩の南側に向首する270度に定め,機関を回転数毎分2,000にかけて13.0ノットの対地速力として手動操舵により進行した。
08時58分半A受審人は,喜兵衛島頂から121度750メートルの地点に達したとき,正船首方600メートルのところに,北北東に向いた三喜号を視認することができ,同船が,球形形象物を表示していなかったものの,船首が潮流に立っていることや停止していることから錨泊中と容易に分かり,その後三喜号に衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,サザエ岩の周辺を一瞥しただけで,前路に他船はいないものと思い,サザエ岩との航過距離を確認することに気をとられ,前路の見張りを十分に行わなかったので,三喜号を見落とし,このことに気付かないまま続航した。
A受審人は,三喜号に向首したまま,同船を避けずに進行し,09時00分わずか前三喜号乗船者の叫び声を聞いて船首方を見たところ,船首至近に同船を認め,機関を中立としたものの,効なく,09時00分喜兵衛島頂から172度390メートルの地点において,八幡丸は,原針路原速力のまま,その船首部が,三喜号の右舷船首部に前方から67度の角度で衝突し,これを乗り切った。
当時,天候は晴で風はなく,潮候は下げ潮の末期にあたり,付近には弱い南南西流があり,視界は良好であった。
また,三喜号は,B受審人が1人で乗り組み,妻及び友人夫婦を同乗させ,船首0.30メートル船尾0.60メートルの喫水をもって,ママカリ釣りの目的で,同日08時40分岡山県宇野港の田井地区を発し,香川県杵島北方の釣り場に到着したが,同釣り場の潮が悪く,潮が良くなるまで,サザエ岩南方で他の魚を釣ることとし,同地点に向かった。
08時50分B受審人は,前示衝突地点付近に至り,水深約10メートルの海底に,重量3キログラムの四爪錨を投入し,同錨に連結した直径10ミリメートルの合成繊維製錨索を13メートルほど繰り出し,錨泊中であることを示す球形形象物を表示することなく,機関を停止して錨泊し,自らは後部甲板の右舷側に,妻は同甲板左舷側にそれぞれ船首方を向いて,友人は前部甲板の左舷側に船尾方を向いて,その妻は同甲板右舷側に船首方を向いてそれぞれ腰を掛け,全員が救命胴衣を着用しないで,手釣りを開始した。
08時58分半B受審人は,船首が折からの潮流に立って023度に向いていたとき,右舷船首67度600メートルのところに,八幡丸を視認することができ,その後同船が,自船に向け衝突のおそれがある態勢で接近する状況であったが,航行中の他船が錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,釣りをすることに熱中して周囲の見張りを十分に行わなかったので,このことに気付かなかった。
B受審人は,救命胴衣の笛を吹くなど,八幡丸に対し避航を促す音響信号を行わずに錨泊を続け,09時00分わずか前同船に気付いた妻の大声を聞いて,右舷至近に迫った八幡丸を認めたものの,どうすることもできず,三喜号は,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,八幡丸は,船首部外板に擦過傷及びプロペラに曲損を生じ,三喜号は,船首部を大破した。また,三喜号の同乗者Cが外傷性ショックにより,同Dが心臓損傷により,いずれも死亡した。
(航法の適用)
本件は,香川県喜兵衛島沖合のサザエ岩南方において,西行中の八幡丸と錨泊中の三喜号とが衝突したもので,同海域は,海上交通安全法が適用される海域であるが,同法には,本件に対し適用される規定がないので,一般法である,海上衝突予防法で律することとなる。
海上衝突予防法には航行中の船舶と錨泊中の船舶との関係について規定した条文がないから,同法第38条及び第39条の規定による船員の常務を適用するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 八幡丸
(1)前路に他船はいないものと思い,サザエ岩との航過距離を確認することに気をとられ,前路の見張りを十分に行わなかったこと
(2)三喜号を避けなかったこと
2 三喜号
(1)救命胴衣の笛を所持していたが,汽笛を装備していなかったこと
(2)球形形象物を表示していなかったこと
(3)救命胴衣を着用していなかったこと
(4)航行中の他船が,錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,魚釣りに熱中して周囲の見張りを十分に行わなかったこと
(5)避航を促す音響信号を行わなかったこと
(原因の考察)
八幡丸が,前路の見張りを十分に行っていれば,三喜号を視認することができ,船首が潮流に立っていることや停止していることから錨泊中と分かり,十分余裕のある時期に同船を避けることができたものと認められる。
したがって,A受審人が,前路に他船はいないものと思い,サザエ岩との航過距離を確認することに気をとられて前路の見張りを十分に行わず,三喜号を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
三喜号が,周囲の見張りを十分に行っていれば,八幡丸を視認することができ,同船が衝突のおそれがある態勢で接近することが分かり,避航を促す音響信号を行い,本件発生を防止できたものと認められる。
したがって,B受審人が,航行中の他船が,錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,魚釣りに熱中して周囲の見張りを十分に行わず,避航を促す音響信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B受審人が,球形形象物を表示していなかったこと,乗船者に救命胴衣を着用させていなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から,錨泊中には球形形象物を表示し,乗船者に救命胴衣を着用させるように是正されるべきである。
汽笛を装備していなかったことは,救命胴衣の笛を所持していたので,本件発生の原因とならないが,救命胴衣の笛よりも効果のあるプレジャーボート用の携帯式エアーホーンを備えるなどして,海難防止に努めることが望ましい。
(海難の原因)
本件衝突は,香川県喜兵衛島沖合のサザエ岩南方において,西行中の八幡丸が,見張り不十分で,錨泊中の三喜号を避けなかったことによって発生したが,三喜号が,見張り不十分で,避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,香川県喜兵衛島沖合においてサザエ岩南方に向け西行する場合,他船を見落とさないよう,前路の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,同岩の周辺を一瞥しただけで,他船はいないものと思い,サザエ岩との航過距離を確認することに気をとられ,前路の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,錨泊中の三喜号を見落として同船の存在に気付かず,三喜号を避けないまま進行して衝突を招き,八幡丸の船首部外板に擦過傷及びプロペラに曲損を生じ,三喜号の船首部を大破し,三喜号の同乗者2人が死亡するに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
B受審人は,香川県喜兵衛島沖合のサザエ岩南方において,釣りのため錨泊する場合,接近する他船を見落とさないよう,周囲の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,航行中の他船が錨泊中の自船を避けてくれるものと思い,釣りをすることに熱中して周囲の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,八幡丸が衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,避航を促す音響信号を行わないまま,錨泊を続けて衝突を招き,前示の損傷等を生じるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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