(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年9月20日17時45分
瀬戸内海 安芸灘南部
(北緯34度00.7分 東経132度45.2分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第一礼文丸 |
漁船一富士丸 |
総トン数 |
699トン |
4.72トン |
全長 |
75.02メートル |
|
登録長 |
|
10.17メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,471キロワット |
|
漁船法馬力数 |
|
15 |
(2)設備及び性能等
ア 第一礼文丸
第一礼文丸(以下「礼文丸」という。)は,平成5年9月に進水した限定沿海区域を航行区域とする船尾船橋型石油精製品タンカーで,両舷に各5個のカーゴタンクを有し,船橋前方の甲板上には前部マスト以外に見張りの妨げとなる構造物はなく,操舵室にはマグネットコンパス,ジャイロコンパス,レーダー2台,GPS及び汽笛などが装備され,左舷側後部にチャートテーブルが設置されていた。
船舶件名表抜粋写中の海上公試運転成績によれば,最大速力がプロペラ回転数毎分280のときに13.31ノットで,旋回径は左旋回が191メートル,右旋回が200メートルで,最短停止距離及び同時間がそれぞれ1,664メートル及び9分56秒であった。
イ 一富士丸
一富士丸は,昭和54年2月に進水し,船体中央部に操舵室を設けた小型機船底びき網漁業に従事する木製漁船で,同室屋根の左舷側に前方に向けてモーターホーンが設置され,後部甲板上にネットローラー及びA型マストが備えられていた。
一富士丸が当時行っていた底びき網漁は,ゴム環を取り付けたおどし縄と称する長さ23メートルのチェーン,直径30ミリメートル長さ70メートルの合成繊維索及び直径10ミリメートル長さ200メートルのワイヤーを順次繋いだ2本の曳索を船尾から延出し,錘を取付けた袋網を曳いて,1回の曳網時間に2ないし3時間を要し,曳網中,速力は約1ノットで,旋回は2本の曳索の長さを調整して行うのでゆっくりとしかできず,漁具により操縦性能が制限された状況であった。
3 事実の経過
礼文丸は,A受審人が一等航海士として船長Cほか5人と乗り組み,ジェット燃料及びガソリンなど石油精製品1,507トンを積載し,船首3.6メートル船尾4.9メートルの喫水をもって,平成16年9月20日12時10分岡山県水島港を発し,福岡県博多港に向かった。
C船長は,船橋当直体制を,00時から04時まで及び12時から16時までを甲板手が,04時から08時まで及び16時から20時までをA受審人が,08時から12時まで及び20時から24時までを自らがそれぞれ担当する,単独の4時間3直制とし,入出港時,視界制限時,狭水道通航時及び船舶輻輳時等には必要に応じて昇橋し,操船指揮を執っていた。
A受審人は,15時55分来島海峡航路中水道入口手前で前直の甲板手と船橋当直を交替し,既に昇橋していたC船長監督の下,同航路を西行し,16時50分同航路西口で同船長が降橋したのち,単独で当直にあたり,安芸灘を南下した。
17時03分A受審人は,安芸灘南航路第4号灯浮標を左舷側至近に見る来島梶取鼻灯台から273度(真方位,以下同じ。)1.3海里の地点で,針路を推薦航路線に沿う221度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,12.3ノットの対地速力で,前方に他船を見かけなかったことから,水島港で積み込まれた最新の海図図誌目録をチャートテーブルの上に出し,時折同図誌を見て,本船が就航する南鳥島付近の最新海図の有無を調べながら進行した。
17時27分A受審人は,安芸灘南航路第3号灯浮標を左舷正横150メートルに見る菊間港防波堤灯台から305度2.1海里の地点に差し掛かり,同灯浮標との距離が近かったことから,次の同第2号灯浮標との航過距離を離すため,針路を右方に2度転じて223度としたとき,右舷船首1度3.4海里のところに一富士丸を初認し,船型や速力模様から同船が底びき網を曳網している漁船で,自船が追い越す態勢であることを認めたが,接近するまでにはまだ時間があるものと思い,チャートテーブルに戻って海図の調べを再開し,その後,同船に対する動静監視を十分に行うことなく続航した。
17時40分A受審人は,波妻ノ鼻灯台から000度1.5海里の地点に達したとき,一富士丸の方位に変化がないまま1,740メートルとなり,その後,一富士丸を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近することを認めうる状況であったが,依然動静監視を十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同船を確実に追い越し,かつ,同船から十分に遠ざかるまでその進路を避けることなく,同じ針路及び速力で進行した。
A受審人は,17時45分わずか前,大声と金属を叩く音に気付き,海図台を離れて前方を見たところ,右舷船首至近に一富士丸を認めたが,どうすることもできず,17時45分波妻ノ鼻灯台から318度1.0海里の地点において,礼文丸は,原針路,原速力のまま,その右舷船首部が一富士丸の左舷前部に後方から3度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で,風力2の南西風が吹き,潮候は下げ潮の末期にあたり,視界は良好であった。
また,一富士丸は,専ら安芸灘東部において小型機船底びき網漁業に従事する木製漁船で,B受審人が妻の甲板員と乗り組み,操業の目的で,船首0.3メートル船尾0.5メートルの喫水をもって,同日14時00分愛媛県浅海漁港を発し,同港北西方沖合の漁場に向かった。
B受審人は,前示漁場に到着して操業を開始し,14時40分波妻ノ鼻灯台から022.5度3.4海里の地点で,針路を220度に定め,機関を回転数毎分1,500にかけて1.0ノットの対地速力とし,黒色鼓形の形象物を掲げ,左舷船尾のガンネルに腰を掛けて手動操舵で,推薦航路線の右側を,ほぼこれに沿って進行した。
17時27分B受審人は,波妻ノ鼻灯台から335度1.15海里の地点に達したとき,左舷船尾3度3.4海里のところに,南下中の礼文丸を認め,その動静監視を行いながら続航した。
17時40分B受審人は,波妻ノ鼻灯台から323度1.05海里の地点に差し掛かったとき,礼文丸の方位に変化がないまま1,740メートルとなり,その後,同船が自船を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近することを認め,17時44分装備していたモーターホーンを吹鳴して警告信号を行い,ネットローラーのつばを鉄パイプで叩いたが,効なく,礼文丸が更に間近に接近しても,曳網中で衝突を避けるための協力動作をとることができないまま,一富士丸は,原針路,原速力で進行中,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,礼文丸は右舷船首部に擦過傷を,一富士丸は左舷側ブルワークの圧壊及び左舷側ガンネルに擦過傷などをそれぞれ生じ,B受審人が外傷による突発性難聴及び甲板員が右膝半月板損傷などを負った。
(航法の適用)
本件は,安芸灘南部の推薦航路線付近において,いずれも西行中の礼文丸と一富士丸とが衝突したものであり,適用される航法について検討する。
安芸灘は,海上交通安全法が適用される海域であるが,同法には,本件に対し適用する航法がないので,一般法である海上衝突予防法を適用する。
両船の運航模様から,礼文丸が一富士丸の左舷船尾3度から追い越す態勢で接近して衝突したもので,海上衝突予防法第13条の追越し船の航法で律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 礼文丸
(1)チャートテーブルに向かって海図を調べていたこと
(2)一富士丸に対する動静監視を十分に行わなかったこと
(3)一富士丸を確実に追い越し,かつ,同船から十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったこと
2 一富士丸
(1)推薦航路線の右側をこれに沿って曳網していたこと
(2)モーターホーンが前方に向けて設置されていたこと
(3)衝突を避けるための協力動作がとれなかったこと
(原因の考察)
本件は,一富士丸を追い越す礼文丸が,動静監視を十分に行っていれば,同船を追い越し,衝突のおそれのある態勢で接近するのがわかり,十分余裕のある時期に適切な避航動作をとることにより,衝突を回避できたものと認められる。
したがって,A受審人が,一富士丸を初認した後,その動静監視を十分に行わなかったこと,及び同船を確実に追い越し,かつ,同船から十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことは本件発生の原因となる。
A受審人が,チャートテーブルに向かって海図を調べていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,一富士丸は,礼文丸を認めたのち,その動静監視を行い,同船が避航の気配がないまま接近することに気付き,衝突の1分前にはモーターホーンを吹鳴し,その後もネットローラーのつばを鉄パイプで叩くなどしており,警告信号を行ったものと認められ,また,一富士丸が曳網中で操縦性能が制限されていたことから,左舷船尾3度の方向から間近に接近する礼文丸に対して,左右いずれかの方向に回頭するなどの衝突を避けるための協力動作を求めることはできず,協力動作の不履行を原因とすることはできない。
モーターホーンが前方を向いて設置されていたこと及び推薦航路線の右側をこれに沿って曳網していたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,いずれも本件発生の原因とならない。
(海難の原因)
本件衝突は,安芸灘南部において,両船がともに西行中,一富士丸を追い越す礼文丸が,動静監視不十分で,一富士丸を確実に追い越し,かつ,同船から十分に遠ざかるまでその進路を避けなかったことによって発生したものである。
(受審人の所為)
A受審人は,安芸灘南部において推薦航路線に沿って西行中,前路に同航する一富士丸を認めた場合,衝突のおそれの有無を判断できるよう,同船に対する動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,接近するまでにはまだ時間があるものと思い,チャートテーブルに向かって海図の調べを再開し,一富士丸に対する動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船を追い越し衝突のおそれのある態勢で接近していることに気付かず,一富士丸を確実に追い越し,かつ,同船から十分に遠ざかるまでその進路を避けないで進行して衝突を招き,礼文丸の右舷船首部に擦過傷を,一富士丸の左舷側ブルワークの圧壊及び左舷側ガンネルに擦過傷などをそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
B受審人の所為は,本件発生の原因とならない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
(拡大画面:32KB) |
|
|