(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月15日04時05分
熊野灘
(北緯33度46.0分 東経136度19.5分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船旭洋丸 |
ケミカルタンカー日光丸 |
総トン数 |
697トン |
499トン |
全長 |
76.519メートル |
65.20メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
1,029キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 旭洋丸
旭洋丸は,昭和62年8月に進水した限定沿海区域を航行区域とする鋼製油タンカー兼液体化学薬品ばら積船で,主に千葉,宮城県仙台塩釜,三重県四日市,大阪,香川県坂出及び愛媛県松山の各港を揚積地として石油製品の輸送に従事していた。
旭洋丸は,船橋楼の前端が船首端から後方約60メートルのところにある船尾船橋型で,同楼前方の上甲板下に左右両舷各5個の貨物油槽が配置されていた。
船橋楼は,1階に厨房,食堂,浴室及び右舷側の一等航海士室を含め乗組員室4部屋が並び,2階に右舷側から順に船長室,空室,一等機関士室及び機関長室があり,3階が船橋となっていて,満載喫水線からの高さが6.6メートルで,両舷に出入口が設けられてウイング暴露部に接続していた。
船橋には,操舵スタンド,レーダー2台及び機関制御装置などが備え付けられていた。なお,両レーダーに自動衝突予防援助装置(以下「ARPA」という。)は組み込まれていなかった。
海上公試成績書によれば,ほぼ満載状態で対水速力12.41ノットの全速力前進中に,舵角35度で左旋回したとき,30度旋回及び90度旋回に要する時間が,27秒及び1分1秒,同右旋回したとき,26秒及び59秒で,11.494ノットの前進中に,後進発令から船体停止までの所要時間が2分34秒であった。
イ 日光丸
日光丸は,平成4年6月に進水した限定沿海区域を航行区域とする鋼製液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで,主に広島県福山,岡山県笠岡,同県水島,千葉及び京浜の各港を揚積地としてクレオソートの輸送に従事していた。
日光丸は,船橋楼の前端が船首端から後方約50メートルのところにある船尾船橋型で,同楼前方の上甲板下に左右両舷各4個の貨物油槽が配置されていた。
船橋楼は,1階に厨房,食堂,浴室及び右舷側の一等航海士室を含め乗組員室3部屋が並び,2階に右舷側の船長室と左舷側の機関長室との間に乗組員室1部屋があり,3階が船橋となっていて,満載喫水線からの高さが6.6メートルで,両舷に出入口が設けられてウイング暴露部に接続していた。
船橋には,前方中央に操舵スタンドがあり,同スタンドから左舷側にレーダー2台,同右舷側に汽笛スイッチ,船内電話及び機関制御装置が備え付けられ,船橋後部に海図台やGPSが設備されていた。なお,両レーダーにARPAは組み込まれていなかった。
海上試運転成績表によれば,ほぼ満載状態で対水速力12.273ノットの全速力前進中に,舵角35度で左旋回したとき,最大縦距,最大横距及び30度旋回,90度旋回に要する時間が,203メートル,226メートル及び21秒,44秒,同右旋回したとき,213メートル,225メートル及び22秒,45秒で,後進発令から船体停止までの航走距離が465メートルで,その所要時間が2分26秒であった。
3 関係人の経歴等
(1)A受審人
A受審人は,平成17年5月30日から船長職を執るようになった。
(2)B受審人
B受審人は,平成17年5月30日から一等航海士の職を務めていた。
(3)指定海難関係人C社
指定海難関係人C社は,海洋運輸業,沿海貨物運輸業,貨物運送取扱事業及び船舶貸渡業などの事業を営むことを目的とし,その後,船舶所有,管理形態の国際的変化に対応して船舶管理業務も営むようになり,社船5隻,傭船9隻,委託船14隻を運航し,CC代表者がこれらを統括していた。
(4)指定海難関係人D社
指定海難関係人D社は,内航海運業,港湾運送事業,海上運送事業,外航不定期航路事業及び貨物運送取扱業などの事業を営むことを目的とし,本社を東京都に置いて鉄鋼本部,流通本部,海運本部及びプラント・環境事業部を設け,全国に3事業所及び6物流センターを置き,主に定期傭船した鉄鋼本部の約60隻,海運本部の約20隻を運航し,DD代表者がこれらを統括していた。
(5)指定海難関係人E社
指定海難関係人E社は,海上運送事業,船舶の売買に関する事業及び内航船舶貸渡業などの事業を営むことを目的とし,その後,船舶所有,管理形態の国際的変化に対応して,船舶管理業務も営むようになり,本社を大阪市に置いて総務及び船舶管理の各部を設け,営業所を東京都と福岡市に置き,社船6隻,準社船1隻,傭船15隻を運航し,EE代表者がこれらを統括していた。
4 事実の経過
(1)旭洋丸に対する運航管理体制
C社は,平成11年1月旭洋丸の船舶所有者であるF社と運航委託契約を結び,内航海運業法に基づき,同17年4月1日運航管理規程及び運航基準等を定めるとともに,同社専務取締役を運航管理者に選任し,その代行1人のほか,各部及び支店に計6人の運航管理補助者を置き,旭洋丸を含む船舶の運航にあたっていた。
また,C社は,旭洋丸に国際航海に従事しない船舶又は総トン数500トン未満の船舶の安全管理システム規則(以下「任意ISMコード」という。)に定める安全管理システムの導入を進め,安全管理マニュアルに沿って訪船活動を重ねながら任意ISMコードに基づく財団法人日本海事協会(以下「日本海事協会」という。)の審査を受け,平成16年6月16日自社に対するタンカー及び液体化学薬品ばら積船の船舶管理会社としての適合認定書,同年7月16日旭洋丸に対する船舶安全管理認定書の発給を受け,前示運航管理者を管理責任者に指名し,同コードに基づく運航を開始した。
ところで,C社の安全管理マニュアルは,その冒頭にCC代表者が経営責任者として安全管理システムの実施に対して全責任を負うとともに,海陸従業員が一体となって,関係法令を遵守し,同マニュアルに沿って業務を遂行することを約束する旨の安全管理方針を掲げ,安全管理システム組織規程,文書管理規程,安全運航管理規程,教育・訓練管理規程,内部監査規程などの規程が定められ,各規程に沿った具体的な業務の遂行にあたっては,航海当直手順書,特殊運航手順書などの安全管理手順書にそれぞれの手順が記載されていた。そして,安全管理システムの運営状況を継続的に監視し,同システムが有効に実行及び維持されていることを,記録を活用するなどして立証することが求められていた。
(2)旭洋丸に対する安全運航管理状況
C社は,運航管理規程において,運航管理者は気象・海象に関する情報を把握し,必要に応じ船舶に連絡すること,一方,船長は同情報の把握に努め,必要に応じ運航管理者に連絡すること,また,運航基準には,狭視界時における運航の中止基準を視程1,000メートル以下とし,当直体制を強化すること,レーダーを有効活用すること,安全な速力とすること,状況に応じて機関停止の措置をとることを定めていた。
ところが,C社は,気象・海象に関する情報の把握については旭洋丸に任せたまま船長がその情報の収集に努めるものとしていたことから,同船の視界制限状態における安全運航管理にあたり,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行い,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させて旭洋丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行っていなかった。
また,C社は,安全管理手順書において,航海当直が安全かつ適正に実施されるよう随時,指示,命令を船長命令簿に記載することを定め,視程2海里以下になれば狭視界航行と認識し,特殊運航業務を実施して,船長に報告し昇橋を求めること,レーダー2台を作動させ1台にレーダー監視専従者を配置すること,霧中信号を吹鳴すること,見張りの増員と見張り場所を指示すること,機関用意とし減速して安全な速力とすること,状況に応じて機関停止の措置をとることとし,同業務にあたってはその発令,解除の日時など必要事項を航海日誌や機関日誌に記録することを定めていた。
ところが,C社は,訪船したときや船舶所有者との会合において,また,安全運航宣言ポスターの配布や安全勉強会資料を作成するなどして指導を行っていたものの,訪船活動時の船長との対話や船内安全衛生委員会の議事録の内容により,狭視界時の特殊運航業務が安全管理手順書どおりに実施されているものと判断していたことから,旭洋丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行って同船の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる同手順書の遵守を徹底していなかった。
(3)日光丸に対する運航管理体制
ア D社
D社は,平成11年9月日光丸の船舶所有者であるE社と定期傭船契約を結び,内航海運業法に基づき,同17年4月1日運航管理規程及び運航基準等を定めるとともに,同社海運本部ケミカル営業部長のほか鉄鋼本部にも1人を運航管理者に選任し,その代行1人のほか,海運本部及び鉄鋼本部に計6人の運航管理補助者を置き,海運本部に所属する日光丸を含む船舶の運航にあたっていた。
イ E社
E社は,日光丸に任意ISMコードに定める安全管理システムの導入を進め,安全管理マニュアルに沿って訪船活動を重ねながら同コードに基づく日本海事協会の審査を受け,平成14年4月24日自社に対するタンカー,液体化学薬品ばら積船及び液化ガスばら積船の船舶管理会社としての適合認定書,同年5月31日日光丸に対する船舶安全管理認定書の発給を受け,同社安全管理室長を管理責任者に指名し,前示C社の安全管理マニュアルとほぼ同じ内容の構成で,EE代表者が同マニュアルに沿って業務を遂行することを約束する旨の安全管理方針を掲げ,任意ISMコードに基づく運航を開始した。
(4)日光丸に対する安全運航管理状況
ア D社
D社は,運航管理規程において,運航管理者は気象・海象に関する情報を把握し,必要に応じ船舶に連絡すること,一方,船長は同情報の把握に努め,必要に応じ運航管理者に連絡すること,また,運航基準には,狭視界時における運航の中止基準を視程1,000メートル以下とし,当直体制を強化すること,レーダーを有効活用すること,安全な速力とすること,視程300メートル以下になれば状況に応じて機関停止の措置をとることを定めていた。
ところが,D社は,気象・海象に関する情報の把握については日光丸に任せたまま船長がその情報の収集に努めるものとしていたことから,同船の視界制限状態における安全運航管理にあたり,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行い,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させて日光丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行っていなかった。
イ E社
E社は,安全管理手順書において,航海当直が安全かつ適正に実施されるよう随時,指示,命令を船長命令簿に記載することを定め,視程2海里以下になれば狭視界航行と認識し,特殊運航業務を実施して,機関用意とし減速すること,レーダーを作動させてレーダー監視員を配置すること,船長へ報告すること,見張り員を増員すること,霧中信号を吹鳴すること,状況に応じて機関停止の措置をとることとし,同業務にあたってはその発令,解除の日時など必要事項を航海日誌や機関日誌に記録することを定めていた。
ところが,E社は,訪船したとき,また,当直時の注意事項を記載した会社指示書を船内に掲示させるなどして指導を行っていたものの,訪船活動時の船長との対話や船内安全衛生委員会の議事録の内容により,狭視界時の特殊運航業務が安全管理手順書どおりに実施されているものと判断していたことから,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行って同船の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる同手順書の遵守を徹底していなかった。
(5)気象・海象状況
名古屋地方気象台は,平成17年7月14日11時40分志摩半島から潮岬沖合にかけての熊野灘を含む東海海域西部に,また,神戸海洋気象台は,同日11時45分潮岬沖合から四国沖合にかけての四国沖北部に,それぞれ海上濃霧警報を発表し,翌15日も同警報を継続していた。
ところで,海上濃霧警報は,海上の視程がおおむね500メートル以下の状態,または24時間以内にその状態になると予想される場合に発表されるものであった。
(6)本件発生に至る経緯
旭洋丸は,船長Gほか6人が乗り組み,DMリフォーメイト2,000キロリットルを積載し,平成17年7月14日18時40分四日市港を発し,松山港に向かった。
ところで,旭洋丸の船橋及び機関各当直体制は,08時から12時まで及び20時から24時までをG船長と機関長,00時から04時まで及び12時から16時までを二等航海士と二等機関士,04時から08時まで及び16時から20時までを一等航海士と一等機関士をそれぞれあて,単独4時間交替の3直制としていた。
旭洋丸は,伊勢湾を南下し,正規の灯火を表示し大王埼沖合を経て熊野灘に向かったところ,その海域には既に海上濃霧警報が発表されていたが,その情報を収集してC社に連絡しなかった。
一方,C社は,熊野灘に海上濃霧警報が発表されていることを知らず,G船長に対し視界制限状態になれば状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかった。
翌15日03時45分旭洋丸は,二木島灯台から133度(真方位,以下同じ。)10.7海里の地点で,針路を230度に定め,機関を全速力前進にかけ,10.5ノットの対地速力(以下「速力」という。)で進行した。
03時53分旭洋丸は,二木島灯台から141度10.6海里の地点に達したとき,針路を206度に転じ,そのころ霧により視程が著しく狭められ視界制限状態となっていたが,安全な速力とすることなく,同じ速力のまま続航した。
03時58分旭洋丸は,二木島灯台から145度11.0海里の地点に至ったとき,レーダーにより右舷船首30度2.15海里のところに日光丸を探知できる状況で,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを停止することもなく,同じ針路,速力で進行した。
旭洋丸は,04時05分わずか前機関を停止したものの及ばず,04時05分二木島灯台から150度11.6海里の地点において,原針路,ほぼ原速力のまま,その右舷後部に日光丸の右舷船首部が前方から55度の角度で衝突した。
当時,天候は霧で風はほとんどなく,視程は約250メートルであった。
また,日光丸は,A及びB両受審人ほか3人が乗り組み,脱酸ナフタリン203トン及びクレオソート油805トンを積載し,船首3.4メートル船尾4.6メートルの喫水をもって,同月14日13時20分水島港を発し,千葉港に向かった。
ところで,A受審人は,船橋当直体制を単独4時間交替の3直制とし,08時から12時まで及び20時から24時までを自ら,00時から04時まで及び12時から16時までを二等航海士,04時から08時まで及び16時から20時までをB受審人とし,安全管理手順書の規定に従って当直交替時刻の15分前に次直が昇橋するようにしており,また,機関当直体制を単独6時間交替の2直制とし,00時から06時まで及び12時から18時までを機関長,06時から12時まで及び18時から24時までを一等機関士としていた。
A受審人は,平素から船長命令簿を発航前に記載することとし,その内容も「見張り厳重,他船動向,早めの避航,安全航海,漁船多数」と簡略で,その都度必要に応じ同命令簿で明確な指示や命令をしていなかったばかりか,今航海の発航にあたっては何も記載していなかった。
発航後A受審人は,18時ごろ鳴門海峡付近で,B受審人との食事交替に昇橋した際,VHFにより四国沖北部に海上濃霧警報が発表されていることを知り,20時から自らの当直中にも同警報が継続されていることを承知していたものの,その情報をD社に連絡しなかったばかりか,次直の当直中に航行予定海域となる熊野灘にも既に海上濃霧警報が発表され継続中であったが,その情報を収集していなかった。
一方,D社は,四国沖合や熊野灘に海上濃霧警報が発表されていることを知らず,A受審人に対し視界制限状態になれば状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかった。
A受審人は,正規の灯火を表示し23時45分潮岬手前に差し掛かったとき,次直の二等航海士に当直を引き継ぐこととしたが,四国沖北部に海上濃霧警報が発表されて自らの当直中にも時折霧がかかり,間もなく航行予定海域となる熊野灘においても視界の悪化が予測される状況であったのに,視界が制限されて不安になれば報告があるものと思い,視界制限状態となったときには報告することを口頭や船長命令簿により明確に指示をすることなく,濃い霧がかかることがあるので気をつけること,危ないと思えば大きく避航すること,不安を感じれば起こすように告げただけで降橋し,自室で就寝した。
当直に就いた二等航海士は,間もなく潮岬沖を航過し,熊野灘に向かって北上を始め,梶取埼沖合に至ったころから霧により視程が1海里ほどに狭められるようになったが,船長への報告や霧中信号の吹鳴などを行わないまま北上を続け,その後レーダーで船位を予定針路線から陸岸寄りに測定したので少し沖出しすることとし,翌15日03時44分半二木島灯台から168度11.0海里の地点で,針路を070度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,10.7ノットの速力で進行した。
B受審人は,03時45分当直交替のため昇橋したところ,霧により視程が著しく狭められた状況下,海図に記載されていた船位から三重県鵜殿港東方沖合であることを知ったものの,自らレーダーで船位を確認することなく,船長命令簿の指示事項を確かめることもしないまま,二等航海士から霧が濃いこと,針路070度であること,右舷前方近距離に反航船がいることの3点を引き継ぎ,その反航船と右舷正横1.5海里の同航船を3海里レンジで中心を2海里後方にオフセンターとしたレーダーで確認したのち,反航船に対するレーダー監視を続け,同船が右舷方を無難に航過することが分かったところで二等航海士に降橋するよう促した。
B受審人は,反航船の航過模様から視程が0.5海里以下で視界制限状態であることを認めたが,他船と危険な状況になれば知らせるつもりで,直ちにこのことを船長に報告することなく,霧中信号を吹鳴せず,安全な速力としないまま,休止中のレーダーを起動して6海里レンジとしたものの,レーダー監視員を配置せず,引き継いだ針路,速力で続航した。
03時50分半B受審人は,二木島灯台から163度10.9海里の地点に達したとき,レーダーにより左舷船首13度4.5海里のところに旭洋丸の映像を初めて探知し,同船の方位がわずかに左方に替わるのを認め,航過距離を広げるつもりで右転することとし,03時53分二木島灯台から160.5度10.9海里の地点に至り,同船を左舷船首14度3.7海里に見るようになったとき,針路を085度に転じ,引き続き10.7ノットの速力で自動操舵により進行した。
転針時,B受審人は,自船が右転したので旭洋丸とは左舷を対して無難に航過できるものと思い,そのころ同船が左転したことに気付かず,その後旭洋丸に対し,レーダープロッティングその他の系統的な観察により,レーダーによる動静監視を十分に行うことなく,6海里レンジのレーダーで右舷前方遠距離に探知した他船の映像を注視して続航した。
03時58分B受審人は,二木島灯台から156度11.2海里の地点に達したとき,左舷船首29度2.15海里のところに旭洋丸の映像を再び認めたものの,自船が右転したので旭洋丸とは無難に航過できるものと思い込んだまま,その後同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,依然として動静監視不十分で,そのことに気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じることも,必要に応じて行きあしを停止することもなく,同じ針路,速力のまま進行した。
04時05分少し前B受審人は,自主的に昇橋してきた機関長から左舷船首至近の白灯との距離を聞かれたのとほぼ同時に,自らも旭洋丸の白灯1灯を視認し,引き続き緑灯を認めて驚き,04時05分わずか前機関長に機関停止を指示するとともに,自ら手動操舵に切り替えて左舵一杯としたが及ばず,日光丸は,船首が081度を向いたとき,ほぼ原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,旭洋丸は,右舷後部外板に破口を生じ,貨物に引火して炎上し,巡視船等の消火活動により7月17日鎮火したが,引船により曳航中のところ破口などから浸水して浮力を喪失し,同月23日潮岬南東方沖合で沈没して全損となった。また,G船長,一等航海士H,二等航海士I,機関長J及び一等機関士Kは,船内で遺体となって発見され,海上に逃れて救助された二等機関士Lは,搬送先の病院で死亡が確認され,甲板手Mは重度の火傷により入院することとなった。一方,日光丸は,右舷船首部外板に破口を生じるとともに,旭洋丸の火炎を浴びて船体右舷側を延焼したが,自船乗組員の消火活動により鎮火し,その後,三重県尾鷲港に引きつけられて,のち修理され,乗組員は,消火活動を終えたところで海上に逃れて全員無事救助された。
(7)事後の措置
ア C社
C社は,事故後,直ちに臨時安全管理委員会を開催し,当面の措置をとるとともに,国土交通省関東運輸局長が内航海運業法第25条第1項の規定に基づき,同年7月21日付で発した「輸送の安全に関する命令」を踏まえ,事故再発防止策として次の諸対策を講じ,安全運航管理の徹底を図った。
(ア)毎朝の動静報告に加えて毎夕の動静を報告させること,海上警報が発表されている海域を航行中,または航行する予定の全管理船舶を対象に,ファックスなどにより「海上警報通報」を送付する支援体制を開始したことなど,気象・海象に関する情報の連絡体制を徹底した。
(イ)送受信設備を備えて土,日及び祝日の当直体制を確立するとともに,航行中に遭遇する気象・海象が中止基準に達するおそれがあるとき,運航管理者は感覚に頼らずに気象・海象データに基づき,船長と協議して適切な措置を行うこととした。
(ウ)緊急一斉訪船指導及び臨時浪速会の開催により,全管理船舶の船長と船舶所有者に対する運航管理規程,運航基準,安全管理マニュアル及び安全管理手順書の遵守の徹底を図った。
(エ)全管理船舶に「事故トラブル速報」を配布し,特殊運航手順書に視程の具体的数値基準と船長昇橋要請を口頭及び船長命令簿に記載する旨の事項,安全管理部の業務分掌に気象・海象に関する情報の入手及び船舶に対する同情報の提供並びに注意喚起に関する事項などを加えて改定し,また,訪船担当者制度の導入に合わせ,月次安全会議を開催して是正措置などを協議することとした。
イ D社
D社は,事故後,直ちに海運本部安全協議会緊急全体会議及びケミカル船輸送部会を開催し,当面の措置をとるとともに,国土交通省関東運輸局長が内航海運業法第25条第1項の規定に基づき,同年7月21日付で発した「輸送の安全に関する命令」を踏まえ,事故再発防止策として次の諸対策を講じ,安全運航管理の徹底を図った。
(ア)毎朝の動静報告に加えて毎夕の動静を報告させること,船長は周辺海域の気象・海象に関する情報を的確に把握し,気象・海象が急変して運航に支障が発生したときには速やかに必要な措置を行って運航管理者に連絡すること,同管理者は同情報を入手して必要情報を随時船長に提供することなど,気象・海象に関する情報の連絡体制を徹底した。
(イ)船長は航行中に視界制限状態となり運航の中止基準に達するおそれが発生したときには,当直体制の強化,霧中信号の吹鳴及びレーダーの有効活用を図るとともに安全な速力として運航管理者に連絡し,連絡を受けた同管理者は航海当直配置の確認または指導を行い,必要に応じて機関停止等適切な回避行動をとるよう船長の意見を尊重して最善の方法を選択することなど,航行中に遭遇する気象・海象が中止基準に達するおそれがあるとき,運航管理者は船長と協議して適切な措置を行うこととした。
(ウ)運航管理者の訪船による全管理船舶の船長及び乗組員に対する直接指導や船舶所有者に対する指導を行い,運航管理規程及び運航基準の遵守の徹底を図った。
(エ)今回の事故内容を船舶所有者に配布して事故事例の研究,運航管理者や乗組員に対する安全教育及びレーダー映像解析訓練を実施した。
ウ E社
E社は,事故後,直ちに緊急対策本部を設置し,当面の措置をとるとともに,事故再発防止策として次の諸対策を講じ,安全運航管理の徹底を図った。
(ア)全管理船舶に緊急訪船して安全指導を行い,教育機関において乗組員に対するブリッジリソースマネージメント(以下「BRM」という。)訓練を実施し,陸上職員及び船舶所有者に対する安全会議を開催したほか,安全管理マニュアル及び安全管理手順書の遵守の徹底を図るとともに,日光丸にARPA付きレーダーを設備した。
(イ)事故後,日本海事協会による臨時審査を受け,安全管理システムに対する不適合,不遵守を指摘されたが,乗組員の再教育,内部監査,経営者による同システムの評価・見直し会議などを実施した結果,同年10月任意ISMコードの要件に適合すると認められた。
(航法の適用)
本件は,夜間,霧により視界制限状態の熊野灘において,四日市港から松山港に向けて南下中の旭洋丸と,水島港から千葉港に向けて北上中の日光丸とが衝突したものであり,両船は互いに他の船舶の視野の内になかったのであるから,海上衝突予防法第19条視界制限状態における船舶の航法が適用される。
(本件発生に至る事由)
1 旭洋丸
(1)両船間の距離が3.7海里のとき左転したこと
(2)安全な速力としなかったこと
(3)針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと
2 日光丸
(1)船橋当直の引き継ぎが十分でなかったこと
(2)A受審人が視界が制限されて不安になれば報告があるものと思ったこと
(3)A受審人が当直者に対して視界制限状態となったときの報告について口頭及び船長命令簿により明確に指示をしなかったこと
(4)B受審人が視界制限状態となったことを船長に報告しなかったこと
(5)霧中信号を吹鳴しなかったこと
(6)安全な速力としなかったこと
(7)レーダー監視員を配置しなかったこと
(8)両船間の距離が3.7海里のとき右転したこと
(9)B受審人が自船が右転したので旭洋丸と左舷を対して無難に航過できるものと思い,レーダープロッティングその他の系統的な観察により,レーダーによる動静監視を十分に行わなかったこと
(10)B受審人が針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこと
(11)衝突直前に左転したこと
3 C社
(1)自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行って旭洋丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握していなかったこと
(2)船長に対し気象・海象に関する情報を収集してその連絡を励行させて旭洋丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握していなかったこと
(3)航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったこと
(4)船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実施されているかの検証を行って旭洋丸の運航業務についての実態を把握していなかったこと
(5)乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していなかったこと
4 D社
(1)自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行って日光丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握していなかったこと
(2)船長に対し気象・海象に関する情報を収集してその連絡を励行させて日光丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握していなかったこと
(3)航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったこと
5 E社
(1)船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実施されているかの検証を行って日光丸の運航業務についての実態を把握していなかったこと
(2)乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していなかったこと
6 その他
適切な措置をとるべき視程の基準が運航基準と安全管理手順書とでは異なっていたこと
(原因の考察等)
旭洋丸が,霧により視界制限状態の熊野灘を南下中,日光丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを停止することによって,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,旭洋丸が,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったことは,本件発生の原因となる。
旭洋丸が,安全な速力としなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
旭洋丸が,両船間の距離が3.7海里のとき左転したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
一方,日光丸が,霧により視界制限状態の熊野灘を北上中,レーダーによる動静監視を十分に行っていれば,旭洋丸と著しく接近することを避けることができない状況となったことを認識し,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを停止することによって,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,B受審人が,自船が右転したので旭洋丸と左舷を対して無難に航過できるものと思い,レーダープロッティングその他の系統的な観察により,レーダーによる動静監視を十分に行わなかったこと,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
また,こうした措置がとられなかったのは,A受審人が,当直者に対して視界制限状態となったときの報告について口頭及び船長命令簿により明確に指示をしなかったこと及びB受審人が同報告を行わなかったことによるものである。
したがって,A受審人が視界が制限されて不安になれば報告があるものと思い,当直者に対して視界制限状態となったときの報告について口頭及び船長命令簿により明確に指示をしなかったこと,B受審人が同報告を行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
日光丸が,船橋当直の引き継ぎが十分でなかったこと,霧中信号を吹鳴しなかったこと,安全な速力としなかったこと及びレーダー監視員を配置しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
B受審人が,両船間の距離が3.7海里のときに右転したこと及び衝突直前に左転したことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
内航海運業者は,輸送の安全を確保するために定めた運航管理規程及び運航基準に則って旭洋丸を運航する以上,海難防止に万全を期することが求められるところ,同船の視界制限状態における安全運航管理にあたり,旭洋丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握し,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行っていれば,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,C社が,旭洋丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
C社が,気象・海象の現状を把握できなかったのは,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行っていなかったこと,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させていなかったことによるものであり,これらは,いずれも本件発生の原因となる。
船舶管理会社は,適合認定書及び旭洋丸に対する船舶安全管理認定書が発給された以上,同船の安全運航の責務を有するものであり,海難防止に万全を期することが求められるところ,旭洋丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,同船の運航業務についての実態を把握し,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していれば,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,C社が,旭洋丸の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
C社が,運航業務についての実態を把握できなかったのは,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行っていなかったことによるものであり,このことは本件発生の原因となる。
内航海運業者は,輸送の安全を確保するために定めた運航管理規程及び運航基準に則って日光丸を運航する以上,海難防止に万全を期することが求められるところ,同船の視界制限状態における安全運航管理にあたり,日光丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握し,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行っていれば,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,D社が,日光丸が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
D社が,気象・海象の現状を把握できなかったのは,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行っていなかったこと,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させていなかったことによるものであり,これらは,いずれも本件発生の原因となる。
船舶管理会社は,適合認定書及び日光丸に対する船舶安全管理認定書が発給された以上,同船の安全運航の責務を有するものであり,海難防止に万全を期することが求められるところ,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,同船の運航業務についての実態を把握し,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していれば,本件の発生を防止できたものと認められる。
したがって,E社が,日光丸の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる安全管理手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
E社が,運航業務についての実態を把握できなかったのは,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行っていなかったことによるものであり,このことは本件発生の原因となる。
適切な措置をとり始めるべき視程の基準が運航基準と安全管理手順書とでは異なっていたことについては,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,異なった基準が存在することで海陸従業員の判断や対応に混乱を与えるおそれがあり,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
旭洋丸のG船長が操船指揮を執っていたかどうかについては,「海難事故による死亡者の個人識別について」と題する文書写により,同船長の遺体が2階の船長室から発見されてはいるものの,本件当時,船橋当直の時間帯にあたる一等航海士の遺体が船橋ではなく2階の空室から,また,機関当直の時間帯にあたる一等機関士の遺体が機関室もしくは船橋ではなく2階の居住区通路からそれぞれ発見されており,この事実だけでは実際に船橋にいた者の特定ができず,また,G船長が操船指揮を執っていなかったとする客観的証拠もないことから,これを明らかにすることができない。
ところで,E社は,日光丸の修理にあたり,安全運航を確保するため設備についても検討を行い,ARPA付きレーダーを新たに装備したところである。
また,最近では船舶自動識別システム(以下「AIS」という。)の船舶への段階的装備が義務付けられ,内航の現存船にあっては総トン数500トン以上が平成20年7月までに搭載完了することになっているものの,新造船を含め500トン未満は搭載義務の対象外となっている。
しかしながら,AISは,船舶の識別符号,船名,種類,位置,針路,速力,航行状態及びその他の安全に関する情報を船舶間で自動的に送受信するもので,レーダーにもそれらAIS情報を重畳(ちょうじょう)表示することができ,同情報を活用して操船することで,より効果的に船舶相互の衝突回避などを図ることができるものであり,海上保安庁では日本全国の沿岸を航行するAIS搭載船舶全ての動静を把握し,情報提供など海上交通の安全に活用できるようAIS陸上送受信局網を鋭意整備しているところである。
もとより安全運航については,海陸従業員の安全意識の高揚や法令等の遵守の徹底が当然のことではあるが,現場における乗組員のヒューマンエラー低減を図る方策としての航海計器の充実は,少人数で運航する内航船にとっても大きな助けになるものと期待されるところであり,視界制限状態における多くの衝突事例を鑑(かんが)みると,搭載義務対象外の内航船にあってもAIS情報の有効性,必要性の検討を加えるなどして,更なる安全運航を目指すことを願うものである。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,霧により視界制限状態の熊野灘において,南下中の旭洋丸が,日光丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったことと,北上中の日光丸が,レーダーで前路に探知した旭洋丸に対し,レーダーによる動静監視が不十分で,旭洋丸と著しく接近することを避けることができない状況となった際,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しなかったこととによって発生したものである。
日光丸の運航が適切でなかったのは,船長が,当直者に対して視界制限状態となったときの報告について口頭及び船長命令簿により明確に指示をしなかったことと,当直者が,視界制限状態となったことを船長に報告しなかったばかりか,レーダープロッティングその他の系統的な観察により,レーダーによる動静監視を十分に行わなかったこととによるものである。
C社が,旭洋丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,同船が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,船長に対し運航中止の助言を行わなかったこと,また,旭洋丸の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し安全管理手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
D社が,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,同船が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,船長に対し運航中止の助言を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
E社が,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,同船の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し安全管理手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
(受審人等の所為)
B受審人は,夜間,霧により視界制限状態の熊野灘を北上中,レーダーにより前路に旭洋丸の映像を探知した場合,同船と著しく接近することを避けることができない状況となるかどうか判断できるよう,レーダープロッティングその他の系統的な観察により,レーダーによる動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,自船が右転したので旭洋丸と左舷を対して無難に航過できるものと思い,レーダーによる動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,必要に応じて行きあしを停止しないまま進行して旭洋丸との衝突を招き,同船の右舷後部外板に破口を生じさせ,貨物に引火して炎上したのち沈没し,日光丸の右舷船首部外板に破口を生じさせ,船体右舷側を焼損し,旭洋丸の乗組員6人が死亡して1人が重度の火傷を負う事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を3箇月停止する。
A受審人は,船橋当直を単独4時間交替の3直制とし,四国沖北部に海上濃霧警報が発表されて潮岬沖合に至る自らの当直中にも時折霧がかかり,間もなく航行予定海域となる熊野灘においても視界の悪化が予測される状況下,船橋当直を任せる場合,視界制限状態となったときに自ら操船指揮を執ることができるよう,当直者に対して視界制限状態となったときの報告について口頭及び船長命令簿により明確に指示をすべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,視界が制限されて不安になれば報告があるものと思い,同指示をしなかった職務上の過失により,視界制限状態となったときの報告を受けられず,夜間,霧により視界制限状態の熊野灘において,自ら操船指揮を執ることができないまま進行して旭洋丸との衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
C社が,旭洋丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行い,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させて同船が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったこと,また,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行って旭洋丸の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる同手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
C社に対しては,気象・海象に関する情報の連絡体制や運航管理者の支援体制を徹底し,訪船指導を含む安全教育に努めるとともに,安全管理システムの見直しを行うなど安全運航を確保するための諸対策を講じたことに徴し,勧告しない。
D社が,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,自ら気象・海象に関する情報を収集してその連絡を行い,船長に対し同情報を収集してその連絡を励行させて同船が航行する海域の気象・海象の現状を把握せず,航行中の船長に対し状況に応じて機関停止の措置をとることなど同人の運航中止の判断を助けるための必要かつ適切な助言を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
D社に対しては,気象・海象に関する情報の連絡体制や運航管理者の支援体制を徹底し,レーダー映像解析訓練など安全運航を確保するための諸対策を講じたことに徴し,勧告しない。
E社が,日光丸の視界制限状態における安全運航管理にあたり,船長命令簿及び航海日誌などの記録を活用し安全管理手順書どおり特殊運航業務が確実に実行されているかの検証を行って同船の運航業務についての実態を把握せず,乗組員に対し状況に応じて機関停止の措置などが求められる同手順書の遵守を徹底していなかったことは,本件発生の原因となる。
E社に対しては,BRM訓練を含む安全教育に努めるとともに,安全管理システムの見直しを行うなど安全運航を確保するための諸対策を講じたことに徴し,勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図1
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参考図2
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