(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年6月14日07時15分
駿河湾北部
(北緯34度54.0分 東経138度43.6分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
貨物船菱鹿丸 |
漁船第五塩徳丸 |
総トン数 |
689トン |
19.46トン |
全長 |
73.315メートル |
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登録長 |
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16.341メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
1,323キロワット |
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漁船法馬力数 |
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150 |
(2)設備及び性能等
ア 菱鹿丸
菱鹿丸は,平成4年6月に進水した沿海区域を航行区域とする船尾船橋型鋼製貨物船で,茨城県鹿島港を唯一の積荷港として同港の専用岸壁で積荷し,主として太平洋側の国内諸港で揚げ荷する,専らエチレングリコールの輸送に従事していた。
また,操舵装置は最大舵角70度までとることが可能であり,海上公試運転成績書によれば,初速11.7ノットで舵角35度をとって左旋回を行ったとき,60度回頭するまでの旋回縦距及び旋回横距は,160メートル及び70メートル,90度回頭するまでの旋回縦距及び旋回横距は,175メートル及び123メートルであった。さらに,12.9ノットの前進速力で航走中,全速力後進発令から船体停止までに要する時間及び航走距離は,それぞれ2分06秒及び567メートルであった。
船橋には,前面中央部に操船用のジャイロコンパスレピーター,中央部に操舵スタンド,その右舷側にジャイロコンパスと機関制御盤,左舷側にレーダー2台がそれぞれ装備され,左舷側後部に海図台が設置されていた。
イ 第五塩徳丸
第五塩徳丸(以下「塩徳丸」という。)は,昭和48年11月に進水し,平成15年9月に中型まき網船団の運搬船として登録された汽笛を装備していないFRP製漁船で,本件当時,いけすの木枠や網などを積んで漁場に向かい,そこでいけす4個を組み立て,漁獲したいわしを入れて曳航(えいこう)し(以下「塩徳丸引船列」という。),静岡県田子漁港まで運搬する作業に従事していた。
操舵室は,船体中央の少し船尾方にあって,同室右舷側に舵輪と椅子(いす),同室前面の中央から左舷にかけて,GPSプロッター,魚群探知機及びソナーが装備され,同室後方に長いすが設置されていた。
また,塩徳丸は,いけすを組み立てる際の作業船として,船外機を装備した総トン数0.4トンのFRP製漁船第7塩徳丸を,右舷船尾約3メートルに曳航していた。
3 塩徳丸のいけすの構造等
いけすは,縦横30センチメートル(以下「センチ」という。)長さ4.55メートル(15尺)の角材8本を枠として正八角形を組み,枠の各辺に3箇所垂直方向の穴を加工し,そこに,木棒と称する端部をテーパーに加工した,直径10センチ長さ約5メートルの丸棒を挿し込む構造となっていて,枠の7辺には水面下から木棒の浮力を利用して,また,曳航時に後端となる1辺には水面上から木棒を挿し込んだ後,下端に錘(おもり)を付けた網で水面下の木棒の周囲を覆ったもので,向かい合う辺と辺との距離が約11メートルとなり,曳航時には,枠の角材が約15センチ,水面下から挿し込んだ木棒21本の上部が約50センチ,水面上から挿し込んだ木棒3本が約4メートル水面上に出ていた。
4 事実の経過
菱鹿丸は,A受審人ほか5人が乗り組み,エチレングリコール1,502.6トンを積み,船首4.2メートル船尾5.0メートルの喫水をもって,平成16年6月13日15時00分鹿島港を発し,静岡県沼津港に向かった。
A受審人は,船橋当直を単独4時間交替の3直制と定め,00時から04時まで及び12時から16時までを一等航海士が,04時から08時まで及び16時から20時までを二等航海士が,08時から12時まで及び20時から24時までを自らが入直することとし,同当直に従って房総半島沖合を南下し,伊豆大島北方及び神子元島北方沖合を西行した後,翌14日早朝,伊豆半島西岸の波勝岬沖合に至った。
A受審人は,08時ごろ沼津港入港の予定であったので,一等航海士に朝食を摂(と)らせ,その後入港準備を行わせることとし,06時45分波勝岬灯台から347度(真方位,以下同じ。)7.1海里の地点で,昇橋して一等航海士と船橋当直を交替し,針路を008度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,11.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
A受審人は,07時00分ごろ船首方約3海里に塩徳丸の小さな船影を初認し,同船が単独の漁船で,かなり低速であるが船首が右を向いていたのでいずれ右舷方に替わるものと判断し,レーダーで自船の離岸距離を確認しただけで,その後,海図台で船尾方を向いて入出港書類の作成やレーダーログの記入等の書類整理作業を始め,07時10分一旦(いったん)同作業を中断して塩徳丸を見たところ,わずかながら同船の方位が右方に変化していたので,再び海図台に戻り,書類の後片づけを行った。
07時12分A受審人は,土肥港南防波堤灯台(以下「土肥港灯台」という。)から246度3.3海里の地点に達し,書類の後片づけを終えて船橋中央に戻ったとき,塩徳丸を右舷船首2度940メートルに,同船が曳航していた4個のいけすの先頭を左舷船首6度1,080メートルに視認したが,いけすをシイラ漬けと見誤り,同船の船尾といけすとの間を無難に航過できると思い,船橋に備えてあった双眼鏡を使用するなどして見張りを十分に行わなかったので,同船が表示していたひし形形象物や,海面から離れて緊張している曳航索も,最後部いけすの後端に表示されていた赤色旗も視認せず,同船がいけすを曳航して引船列を構成していることに気付かないまま続航した。
A受審人は,やがて塩徳丸の方位が右舷方へ明確に変化するようになったので安心し,依然,見張り不十分で,左転して最後部いけすの後方を替わすなど,塩徳丸引船列との衝突を避けるための措置をとらないまま進行中,07時14分少し過ぎ正船首約200メートルに,水面上で上下に揺れている曳航索を初めて認め,塩徳丸が引船列を構成していることに気付いて急ぎ手動操舵に切り替え,左舵一杯としたが及ばず,07時15分土肥港灯台から256度3.1海里の地点において,菱鹿丸は,323度に向首し,11.0ノットの速力になったとき,その右舷後部が先頭のいけすに衝突し,その後,後続するいけすにも順次衝突した。
当時,天候は晴で風はほとんどなく,視界は良好であった。
また,塩徳丸は,B受審人ほか3人が乗り組み,いけす5個分の材木等を載せ,いわしまき網漁の目的で,第7塩徳丸を右舷船尾に曳航し,船首1.0メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,船団の僚船とともに,6月13日13時10分静岡県仁科漁港を発し,駿河湾北部の漁場に向かった。
19時00分B受審人は,静岡県土肥港の北西方約5海里沖合の漁場に至り,操業を行う傍ら(かたわら)いけす4個を組み立て,操業を終えていわしの販売業者が所在する同県田子漁港へ向かうこととし,いわし20トンをいけすに入れ,僚船が帰航の途に就いた後,翌14日03時30分土肥港灯台から289度5.0海里の地点を発進し,針路を144度に定めて自動操舵とし,機関を極微速力前進にかけ0.8ノットの速力で進行した。
ところで,B受審人は,直径50ミリメートル長さ200メートルの化繊ロープを曳航索とし,その一端を塩徳丸操舵室後部のビットに係止し,同索先端に2メートル間隔でいけす4個を直列に繋ぎ,塩徳丸の船尾から最後部いけすの後端まで長さ約245メートルとして引船列を構成し,昼間の形象物として,同船操舵室後部に表示したひし形形象物に加え,最後部いけす後端の木棒1本に縦1.5メートル横2.0メートルの赤色旗を表示していた。
B受審人は,平素から,速力を上げるといけすが壊れやすいので1ノット前後の速力で曳航しており,針路を転じるのに時間がかかることと,停止する場合も,惰力で後方のいけすが前方のいけすに衝突するため徐々に減速する必要があったこととから,他の船舶の進路を避けるためには,単独での航行に比べ相当な時間を要する状況であったが,以前からの習慣で,操縦性能制限船の形象物を表示せず,また,ひし形形象物が操舵室の屋根より低いところに表示されていたため,同室の陰(かげ)になって船首方の両舷各23度の範囲からは同形象物を視認できない状況で続航した。
06時55分B受審人は,土肥港灯台から258度3.2海里の地点に達したとき,右舷船首42度4.0海里に北上してくる菱鹿丸を初めて視認し,操舵室右舷側から,時々菱鹿丸の動静や後方のいけすの状態を見ながら進行した。
B受審人は,07時12分土肥港灯台から253度3.1海里の地点に至ったとき,菱鹿丸が右舷船首46度940メートルとなり,その後,曳航索と衝突するおそれのある態勢で接近してくるのを認めたが,同船が左転して最後部いけすの後方を替わすものと思い,避航を促す音響信号を行わないまま続航中,同船が避航する様子のないまま至近に迫って衝突の危険を感じ,甲板上から乗組員が手を振り大声で叫んだが及ばず,塩徳丸引船列は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,菱鹿丸は,右舷船尾外板に擦過傷を生じ,塩徳丸引船列は,いけす3個が損壊し,1個が転覆したが,のち,いずれも修理された。
(航法の適用)
本件衝突は,菱鹿丸と塩徳丸引船列が互いに針路を横切る態勢で接近し,菱鹿丸の右舷船尾と同引船列のいけすとが衝突したものであるが,同引船列が極微速力でしか航行できなかったことと,同引船列が停止したり針路を変更したりして,他の船舶の進路を避けるには相当の時間を要する状況であったこととから,当該2船が基本的な操縦性能を有していることを前提として避航・保持義務を定めている海上衝突予防法(以下「予防法」という。)第15条の横切りの航法を適用することは適当でない。
また,塩徳丸引船列が操縦性能制限船の形象物を表示していなかったので,菱鹿丸に対し,同引船列が操縦性能制限船であると判断することを求められず,予防法第18条の各種船舶間の航法を適用することはできないので,同法第38条及び第39条によって律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 菱鹿丸
(1)単独での船橋当直中,海図台で書類の整理を行っていたこと
(2)いけすをシイラ漬けと見誤ったこと
(3)塩徳丸といけすの間を無難に航過できると思ったこと
(4)見張りを十分に行わず,塩徳丸がいけすを曳航して引船列を構成していることに気付かなかったこと
(5)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
2 塩徳丸引船列
(1)塩徳丸が汽笛を装備していなかったこと
(2)他の船舶を避けるためには,単独での航行に比べ相当の時間を要する状況であったが操縦性能制限船の形象物を表示していなかったこと
(3)ひし形形象物が塩徳丸の船首方両舷各23度の範囲からは視認できなかったこと
(4)菱鹿丸が左転して最後部いけすの後方を替わすものと思ったこと
(5)避航を促す音響信号を行わなかったこと
(原因の考察)
本件は,菱鹿丸が見張りを十分に行っていれば,塩徳丸の所定の形象物や曳航索を視認することができ,同船がいけすを曳航して引船列を構成していることに気付き,塩徳丸引船列を避航することは容易であったと認められる。
したがって,A受審人が,いけすをシイラ漬けと見誤って塩徳丸といけすの間を無難に航過できると思い,見張りを十分に行わず,同船がいけすを曳航して引船列を構成していることに気付かないまま,塩徳丸引船列との衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,単独での船橋当直中,海図台で書類の整理を行っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
一方,塩徳丸引船列が,避航を促す音響信号を行っていれば,菱鹿丸が見張りを十分に行い,塩徳丸が引船列を構成していることに気付き,塩徳丸引船列を避航して衝突を避けることができたものと認められる。
したがって,B受審人が,菱鹿丸が左転して最後部いけすの後方を替わすとものと思い,避航を促す音響信号を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
塩徳丸が汽笛を装備していなかったこと,塩徳丸引船列が他の船舶を避けるためには,単独での航行に比べ相当の時間を要する状況であったが操縦性能制限船の形象物を表示していなかったこと及び表示していたひし形形象物が塩徳丸の船首方両舷各23度の範囲からは視認できなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(海難の原因)
本件衝突は,駿河湾北部において,沼津港に向けて北上する菱鹿丸が,見張り不十分で,極微速力で東行する塩徳丸引船列との衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,塩徳丸引船列が,避航を促す音響信号を行わなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,駿河湾北部において,沼津港に向けて北上中,右舷船首に極微速力で東行する塩徳丸を,その後方となる左舷船首にいけすを認めた場合,同船がいけすを曳航していることを確認できるよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,いけすをシイラ漬けと見誤って同船といけすの間を無難に航過できると思い,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,同船がいけすを曳航して引船列を構成していることに気付かず,左転して最後部いけすの後方を替わすなど,塩徳丸引船列との衝突を避けるための措置をとらないまま進行していけすとの衝突を招き,菱鹿丸の右舷後部外板に擦過傷を生じさせ,同引船列のいけす3個を損壊,1個を転覆させる事態を生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,駿河湾北部において,いけすを曳航して所定の形象物を表示した引船列を構成し,極微速力で東行中,曳航索に衝突のおそれのある態勢で接近する菱鹿丸を認めた場合,同船に対し避航を促す音響信号を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,菱鹿丸が,いけすを曳航していることに気付いて最後部いけすの後方を替わすものと思い,避航を促す音響信号を行わなかった職務上の過失により,菱鹿丸といけすとの衝突を招き,前示の事態を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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