(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成16年11月15日17時20分
京浜港東京区晴海ふ頭沖合
(北緯35度38.5分 東経139度46.1分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
油送船第八喜久丸 |
警戒船第3浩洋丸 |
総トン数 |
198トン |
9.10トン |
全長 |
49.00メートル |
|
登録 |
|
11.97メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
588キロワット |
183キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第八喜久丸
第八喜久丸(以下「喜久丸」という。)は,昭和60年2月に進水した平水区域を航行区域とする船尾船橋型鋼製油送船で,京浜港,千葉港等で積載した燃料油を東京湾内に停泊中の船舶へ供給する作業に従事していた。
イ 第3浩洋丸
第3浩洋丸(以下「浩洋丸」という。)は,平成14年10月に新規登録され,航行区域を限定沿海区域とするFRP製警戒船で,本件当時,東京都水道局の土質調査用海上足場の警戒業務に当たっていた。
浩洋丸は,警戒船に必要な設備として,法定灯火の他に水面上高さ約3.5メートルのところに青色閃光灯を備え,VHF,拡声器,信号灯,照明灯,モーターサイレン等を設置していた。
3 事実の経過
喜久丸は,京浜港東京区第2区晴海ふ頭客船ターミナルに着岸中の客船に燃料油を供給したのち,A受審人ほか2人が乗り組み,船首0.6メートル船尾2.7メートルの喫水をもって,平成16年11月15日17時15分同船を離船し,所定の灯火を表示して京浜港川崎区の係留地に向かった。
離船時,A受審人は,空船で船首が浮上し,正船首方約200メートルが死角となる状況下,操舵操船に従事し,入船左舷付け状態から係船索を外すと同時に投じていた右舷錨鎖を巻き込み,機関を極微速力前進,さらに微速力前進に増速しながら右回頭してレインボーブリッジ方に向けた。
ところで,当時,レインボーブリッジ北側水域では,東京都水道局による土質調査が実施されており,晴海信号所から225度(真方位,以下同じ。)670メートル及び173度525メートルの地点には,4隅に赤旗及び標識灯が取り付けられ,4面に「土質調査中」との文字が表示される電光掲示板のほか,レーダーリフレクター1基を備えた第5ステージ及び第11ステージと称する10メートル四方の海上足場がそれぞれ組まれ,その周辺には,昼間は黄色及び緑色を配した吹き流しを掲げ,夜間は法定灯火に加えて青色閃光灯を表示した警戒船が,昼間は2隻,夜間は1隻が配備されており,A受審人は,これらの存在を以前から知っていた。
A受審人は,船首部での作業が残っていたため,船橋両舷から船首方を照らす照明灯及び船首マスト付きの作業灯を点灯して航行し,晴海ふ頭南端に並んだころ,晴海桟橋南西岸に沿って南東進する水上バスを認めたことから,更に右回頭して一旦同船の船尾方に向け,同バスが左方に通過するに連れ徐々に左転し,17時18分晴海信号所から218度280メートルの地点に達し,速力が4.0ノット(対地速力,以下同じ。)となったとき,針路をレインボーブリッジ西端付近に向く235度に定め,テレグラフを半速力前進に上げ,さらに増速しながら手動操舵で進行した。
定針したころA受審人は,左舷船首5度390メートルに第5ステージの灯火を,正船首方360メートルに同ステージ北側で停留する浩洋丸の白灯及び青色閃光灯をそれぞれ認めることができ,このまま進行すると同ステージ北側至近を通過するとともに浩洋丸に向首して衝突のおそれがあったが,船首部での後片づけ作業に気をとられ,前路の見張りを十分に行なっていなかったので,このことに気付かず,右転するなどして浩洋丸を避けないまま続航した。
17時20分わずか前A受審人は,ふと左舷方をみたとき,間近に第5ステージの灯火を認め,直ちに右舵一杯をとったが及ばず,晴海信号所から227度650メートルの地点において,喜久丸は,ほぼ原針路のまま約7ノットとなった速力で,その船首が浩洋丸の右舷前部に後方から56度の角度で衝突した。
当時,天候は晴で風力1の北風が吹き,潮候はほぼ満潮時であった。
また,浩洋丸は,B受審人が船長と2人で乗り組み,警戒業務のため,船首0.4メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,同日07時30分京浜港東京区第2区芝浦物揚場を発し,レインボーブリッジ北側の土質調査が行われている警戒現場に向かった。
ところでB受審人は,警戒員として登録されていたが,少し前まではB受審人が船長,船長が警戒員として乗っており,船内では職務上の上下関係はなく,2人は食事のとき以外常時在橋し,同等の立場で業務を遂行していた。
間もなく現場に到着したB受審人は,17時まで2時間交替で操船を船長と交代しながら第11ステージ周辺で警戒業務に当たり,日没後は法定灯火に加え,青色閃光灯を表示し,17時に第5ステージの警戒船が帰港したので,17時少し過ぎB受審人が操船して同ステージに向かい,その周辺の警戒業務を開始することとした。
17時08分B受審人は,第5ステージ北側に到着し,そのまま南側に回り込んでしばらくの間警戒業務を行い,17時17分左回りで同ステージ北側に回り込み,前示衝突地点付近に北西方を向首して停留し,船長は夕食の用意のため降橋した。
17時18分B受審人は,船首が291度を向首しているとき,右舷船尾56度360メートルに白,白,紅,緑4灯に加え,船首マストの作業灯,船橋両舷の各照明灯を点灯した喜久丸を認めることができ,その後同船が自船に向首し,衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,右舷船首方の日の出桟橋や隅田川からの出港船の有無に気をとられ,周囲の見張りを十分に行っていなかったため,このことに気付かず,警告信号を行うことも,更に接近しても機関をかけて移動するなど,衝突を避けるための措置をとることもなく停留中,浩洋丸は,291度を向首したまま前示のとおり衝突した。
衝突の結果,喜久丸は左舷船首外板に擦過傷を生じ,浩洋丸は船体前部が切断し,廃船とされた。
(航法の適用)
本件は,夜間,京浜港東京区において,停泊船への燃料油の供給を終えて南下中の喜久丸が,警戒業務のため停留中の浩洋丸と衝突したもので,港則法の適用が考えられるが,航法を規定する同法第12条から第17条には,本件に該当する航法はない。また,浩洋丸が雑種船と解されることから同法第18条第1項の雑種船の航法の適用が考えられるが,これは互いに相手船の船型等を視認するなりして雑種船であるか否かが識別できることが前提と考えられ,夜間において,互いの灯火だけからその判別は難しく,同法第18条第1項の適用は相当とはいえない。したがって,一般法である海上衝突予防法第38条及び同第39条の船員の常務により律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 喜久丸
(1)空船で船首が浮上し,正船首方約200メートルが死角になっていたこと
(2)停泊船から離船しても船首部での作業のため作業灯及び照明灯を点灯していたこと
(3)船首部での作業に気をとられ,前路の見張りを十分に行っていなかったこと
(4)浩洋丸を避けなかったこと
2 浩洋丸
(1)右舷船首方の隅田川や日の出桟橋からの出港船に気をとられ,右舷船尾方の見張りを十分に行っていなかったこと
(2)警告信号を行わなかったこと
(3)衝突を避けるための措置をとらなかったこと
(原因の考察)
1 喜久丸
喜久丸が,見張りを十分に行っていたら,前路で停留中の浩洋丸の灯火に気付き,同船を避けることが可能であり,本件を回避できたものと認められるから,A受審人が,船首部での作業に気をとられ,見張りを十分に行っていなかったこと,浩洋丸を避けなかったことはいずれも本件発生の原因となる。
喜久丸が空船で船首が浮上していたことは,同船の船橋から見ると正船首方約200メートルが死角に入るものの,浩洋丸の水面上高さ3.5メートルの青色閃光灯は,約130メートルに接近しても視認でき,また,浩洋丸から見て,喜久丸が接近すると同船の両舷灯,後部マスト灯は視認できなくなるおそれがあるものの,同船の定針時からしばらくの間は全ての法定灯火を視認可能と認められるので,本件発生の原因とならない。
喜久丸が,航行中,法定灯火の他に,船首部での作業のため,作業灯,照明灯を点灯していたことは,本件衝突に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら海難防止の観点から是正すべき事項である。
2 浩洋丸
浩洋丸が,見張りを十分に行っていたら,接近する喜久丸に気付き,警告信号の吹鳴及び衝突を避けるための措置をとることが可能であり,本件を回避できたものと認められるから,B受審人が,右舷船首方の隅田川や日の出桟橋からの出港船の有無に気をとられ,見張りを十分に行っていなかったこと,警告信号を行わなかったこと,衝突を避けるための措置をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,京浜港東京区において,喜久丸が,見張り不十分で,前路で停留中の浩洋丸を避けなかったことによって発生したが,浩洋丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人の所為)
A受審人は,夜間,京浜港東京区において,停泊船への燃料油の供給を終え,離船して南下する場合,前路で停留中の浩洋丸を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,照明灯を点灯して行っていた船首部での作業に気をとられ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,浩洋丸への接近に気付かず,右転するなどして同船を避けないまま進行して衝突を招き,自船の左舷船首外板に擦過傷を,浩洋丸の船体前部の切断をそれぞれ生じさせるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B受審人は,夜間,京浜港東京区において,土質調査用海上足場の警戒業務のため,同所周辺で停留する場合,自船に向首して接近する喜久丸を見落とさないよう,見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,隅田川や日の出桟橋からの出港船の有無に気をとられ,見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,喜久丸の接近に気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもなく停留を続けて同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
|