(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年7月7日16時30分
宮崎港
(北緯31度55.0分 東経131度28.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船勇照丸 |
カッターNo. 2 |
総トン数 |
4.8トン |
1.6トン |
全長 |
13.10メートル |
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登録長 |
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9.00メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
電気点火機関 |
出力 |
253キロワット |
11キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 勇照丸
勇照丸は,平成7年12月に進水した一層甲板型FRP製漁船で,宮崎港を定係地として,1箇月の内,約13日間を一本釣り漁業に,約10日間を遊漁船業に使用されていた。
同船は,最高速力が約20ノットで,レーダー,GPS,自動操舵装置及び汽笛としてモーターホーン1個を装備していた。
イ カッターNo. 2
カッターNo. 2(以下「カッター」という。)は,平成16年3月に日本小型船舶検査機構の小型船舶登録原簿に新規登録された最大とう載人員20人のFRP製教習艇であるが,常時,船外機を取り外してC校で,所謂「9メートルカッター」として使用されていた。
3 カッター競技大会
平成17年7月8日,宮崎港の北防波堤及びその西方の防砂堤並びに陸岸に囲まれた水域で,D協会主催のカッター競技大会(以下「漕走競技大会」という。)が,C校が主管校として,E校ほか7校が出場して開催されることになり,その種目は主管校が準備する9メートルカッター(12人漕ぎ)による1,000メートル漕走タイムレースであった。
4 E校ボート部
E校ボート部は,前示の漕走競技大会に参加するため,B指定海難関係人,同部員の漕手12人,予備員,艇長及び艇指揮各1人の計16人が,平成17年7月7日午前同校をバスで出発し,同日14時ごろ同大会会場に到着して会場の下見を行ったのち,C校の艇庫に移動して,カッターに乗り込み漕走練習を開始したものであった。
なお,同ボート部は,普段,福岡県に所在するE校に隣接した玄界灘の沿岸水域を練習水域としており,一般航行船舶が少ない環境で漕走練習を行っていた。
5 事実の経過
勇照丸は,A受審人が1人で乗り組み,操業の目的で,船首0.6メートル船尾1.3メートルの喫水をもって,平成17年7月7日06時30分宮崎港の港奥となる,宮崎港北防波堤灯台(以下「北防波堤灯台」という。)の南南西方約1.6海里の定係地を発し,同定係地に近接して大淀川に通じる水門を航過して同港南東方5海里ばかりの漁場に至り,あじ約15キログラムを漁獲したのち,16時ごろ同漁場を発進し,帰途に就いた。
ところで,A受審人は,日頃,前示の水門を航過して港への出入航を行っていたが,当日偶々(たまたま),操業中に無線で水門が閉鎖されたことを傍受したので,同水門を航過せず宮崎港の一般船舶の出入航経路である同港北部の掘り込み水路(以下「水路」という。)を経由して定係地に向かうこととした。因みに,同人は,翌日の漕走競技大会の開催,及び当日の同大会開催水域での漕走練習の実施を知らなかった。
また,A受審人は,勇照丸が10ノットを超える速力で航走すると船首浮上により船首方に死角を生じ始め,速力12ノットでの航走時は正船首方の両舷に各約7度の範囲の水平線が見えなくなる死角を生じるため,操舵室内に設けられた操舵用椅子に腰を掛けた姿勢で操船するときには,減速して同死角を解消するなり,身体を左右に移動して同死角を補う見張りを行う必要があった。
A受審人は,発進時から操舵用椅子に腰を掛けた姿勢で操船にあたり,16時25分少し前北防波堤灯台から059度(真方位,以下同じ。)1,570メートルの地点で,針路を237度に定め,引き続き機関を全速力前進にかけ,19.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により進行し,同時27分少し過ぎ北防波堤先端付近の同灯台から099度70メートルの地点に達したとき,速力を12.0ノットに減速して続航し,同時28分少し過ぎ同灯台から229度320メートルの地点で,針路を262度に転じて進行した。
転針したとき,A受審人は,左舷船首2度510メートルのところに西向きに進行するカッターが存在し,その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近することが分かる状況であったが,自船は水路ぎわを航行しているので,前路に他船はいないだろうと思い,右舷船首方に宮崎港北航路(2)灯浮標(以下「第2灯浮標」という。)を確認しながら,左舷船首遠方の第8岸壁に着岸中のフェリーの状況に見とれており,減速して死角を解消するなり,身体を左右に移動して船首死角を補う見張りを十分に行わなかったので,カッターに気付かないまま続航した。
こうして,A受審人は,カッターに対して警告信号を行わず,更に接近するに及んで転舵するなどしてカッターとの衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行中,16時30分わずか前ふと自船の船首方に目をやったとき,船首端左方の至近にカッターを初めて認め,衝突の危険を感じて,右舵一杯をとるとともに機関を中立としたが及ばず,16時30分北防波堤灯台から251度920メートルの地点において,勇照丸は,原速力のまま287度を向首したとき,その左舷船首部がカッターの右舷前部に後方から約70度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力3の西南西風が吹き,視界は良好で,潮候は上げ潮の中央期であった。
また,カッターは,船尾左舷側にB指定海難関係人,船尾中央部に艇長及び艇指揮,漕手座に1番から12番までの漕手,船首部に予備員1人の計16人が乗り組み,漕走練習のため,船首0.3メートル船尾0.5メートルの喫水をもって,同日15時30分北防波堤灯台の南西方約1.4海里のところに位置するC校の艇庫前岸壁を発し,水路を経由して漕走競技大会開催水域に向かい,練習を終えたのち,16時24分北防波堤灯台から283度540メートルの地点で,帰途に就いた。
発進時,B指定海難関係人は,乗組員全員を艇庫発航時と同じ配置に就け,針路を203度に定め,3.8ノットの速力で漕走を開始し,16時28分少し前北防波堤灯台から247度760メートルの地点に至り,針路を267度に転じて進行した。
ところで,B指定海難関係人は,普段,E校で練習するときには特に他船との衝突に注意しなければならない環境にはなかったこと,宮崎港内を航行するのは初めてであったこと,また,発進時通航船舶を認めなかったことから,カッターが港則法に規定する雑種船で,同法適用港である宮崎港での雑種船の航法に思い至らず,予備員等に後方などの見張りを行うよう指示をすることなく,船首方の見張りに専念していた。
16時28分少し過ぎB指定海難関係人は,北防波堤灯台から248.5度800メートルの地点に達したとき,右舷船尾7度510メートルのところに西行する勇照丸が存在し,その後同船と衝突のおそれがある態勢で接近することが分かる状況であったが,船尾方の見張りを行っていなかったので,同船に気付かなかった。
こうして,B指定海難関係人は,転舵するなどして勇照丸の進路を避けることなく続航し,16時29分北防波堤灯台から250.5度890メートルの地点で櫂揚げを行い,惰力で進行した。
16時29分少し過ぎ7番漕手は,右舷船尾7度250メートルばかりのところに勇照丸を認め,その後同船が自船に向首接近する状況にあることを認めていたが,このことを速やかにB指定海難関係人に報告しなかった。
16時30分少し前B指定海難関係人は,前進惰力がなくなるころ,もっと陸岸寄りを航行しようとして櫂を使用して右転し,船首が西北西方を向いたとき,衝突の危険を感じた7番漕手からの報告により,右舷船尾方を振り返って90メートルばかりに迫った勇照丸に気付き,衝突の危険を感じ,同船に自船を避けてもらおうとして他の乗船者とともに大声で叫び手を振って合図したが効なく,カッターは,船首が風に落とされてほぼ北を向いたとき前示のとおり衝突した。
衝突の結果,勇照丸は左舷船首部に擦過傷及び推進器翼に曲損を,カッターは右舷前部に擦過傷及び櫂2本に折損などをそれぞれ生じ,のちいずれも修理されたが,B指定海難関係人が全治約5日間の腰椎捻挫等,艇指揮のFが約10日間の安静加療を要する頚部神経根損傷,艇長のGが約3日間の安静加療を要する右殿部挫傷,3番漕手座のHが約3日間の安静加療を要する腰部挫傷等,7番漕手座のIが約5日間の加療を要する腰椎捻挫等,10番漕手座のJが約3日間の安静加療を要する腰椎挫傷,11番漕手座のKが全治3日間の腰部挫傷等を負った。
(航法の適用)
本件は,宮崎港において,定係地に向けて西行中の勇照丸とC校の艇庫に向けて西行中のカッターとが水路内で衝突したものであり,その適用航法について検討する。
宮崎港は港則法適用港で,同法第3条第1項により,勇照丸は雑種船以外の船舶であり,カッターは雑種船であることに疑義はない。
港則法第18条第1項において,雑種船は,港内においては,雑種船以外の船舶の進路を避けなければならないと規定されている。
したがって,本件は,カッターが勇照丸の進路を避けるべきものと認められる。
(本件発生に至る事由)
1 勇照丸
(1)当日発生地点を航行したこと
(2)漕走競技大会の開催及び漕走練習を知らなかったこと
(3)前路の見張りを十分に行っていなかったこと
(4)船首方に死角を生じていたこと
(5)警告信号を行わなかったこと
(6)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
2 カッター
(1)B指定海難関係人が,港則法に熟知していなかったこと
(2)B指定海難関係人が,周囲の見張りを十分に行っていなかったこと
(3)勇照丸の進路を避けなかったこと
(原因の考察)
本件は,宮崎港で,視界が良好な気象の下,定係地に向けて西行中の勇照丸が,前路の見張りを十分に行っていれば,接近するカッターを認めて警告信号を行い,更に衝突を避けるための協力動作をとり,発生を回避できたと認められる。
したがって,A受審人が,前路の見張りを十分に行わず,警告信号を行わず,更に接近するに及んで衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
勇照丸の船首方に死角が生じていたことは,椅子に腰を掛けた姿勢で操船しているとき同方向の見張りの妨げになるが,減速して同死角を解消することができ,また,身体を左右に移動することにより同死角を補う見張りを行うことができるのであるから,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
A受審人が,当日発生地点を航行したこと,漕走競技大会の開催及び漕走練習を知らなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
一方,艇庫に向けて西行中のカッターが,周囲の見張りを十分に行っていれば,接近する勇照丸を認め,同船の進路を避けて,発生を回避できたと認められる。
したがって,B指定海難関係人が,周囲の見張りを十分に行わず,勇照丸の進路を避けなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人が,港則法を熟知していなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
(主張に対する判断)
本件について,勇照丸が衝突間近に転針して衝突のおそれを生じさせた,そして,カッターも衝突を避けるための措置をとるべしとする「船員の常務」により律する旨の主張があるので,以下,このことについて検討する。
仮に,「船員の常務」により,カッターが衝突を避けるための措置をとることができると認められるのであれば,このことは,港則法適用港において,雑種船が雑種船以外の船舶の進路を避けなければならないとする同法第18条第1項の規定を適用するのに何らの不都合もない状況であるから,同規定を適用するのが相当であり,同主張をとることはできない。
(海難の原因)
本件衝突は,港則法が適用される宮崎港において,雑種船であるカッターが,見張り不十分で,雑種船以外の船舶である勇照丸の進路を避けなかったことによって発生したが,勇照丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,宮崎港において,定係地に向けて西行する場合,船首方に死角を生じていたから,前路に存在するカッターを見落とさないよう,減速するなり,身体を左右に移動するなどして船首死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,水路ぎわを航行しているから,前路に他船はいないと思い,左舷船首遠方の第8岸壁に着岸中のフェリーの状況に見とれるなどして,船首死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,カッターと衝突のおそれがある態勢で接近していることに気付かず,警告信号を行わず,更に接近するに及んで衝突を避けるための協力動作をとることなく進行して衝突を招き,勇照丸の左舷船首部に擦過傷及び推進器翼に曲損を,カッターの右舷前部に擦過傷及び櫂2本の折損などをそれぞれ生じさせ,B指定海難関係人ほかカッタークルー6人を負傷させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,宮崎港において,艇庫に向けて西行する際,周囲の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては,勧告するまでもない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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