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平成17年横審第82号
件名

貨物船開神丸貨物船ウェイ ハン9衝突事件
第二審請求者〔理事官亀井龍雄,小須田 敏〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年2月27日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(岩渕三穂,黒岩 貢,小寺俊秋)

理事官
亀井龍雄,小須田 敏

受審人
A 職名:開神丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
B 職名:開神丸一等航海士 海技免許:五級海技士(航海)
補佐人
a,b(いずれもA及びB両受審人選任)
指定海難関係人
C社 業種名:海上運送業
補佐人
c,d
指定海難関係人
D 職名:ウェイ ハン9一等航海士
補佐人
e,f,g,h

損害
開神丸・・・船首外板に破口及び亀裂を伴う凹損,球状船首に擦過傷等
ウェイ ハン9・・・右舷中央部外板に破口,浸水,沈没,乗組員4名死亡,5名行方不明

原因
ウェイ ハン9・・・視界制限状態時の航法(レーダー,速力)不遵守(主因)
開神丸・・・視界制限状態時の航法(レーダー,速力)不遵守(一因)
C社・・・視界制限状態時の安全運航についての指導不十分

主文

 本件衝突は,ウェイ ハン9が,視界制限状態における運航が適切でなかったことによって発生したが,開神丸が,視界制限状態における運航が適切でなかったことも一因をなすものである。
 C社が,開神丸の運航管理に当たり,視界制限状態における安全運航についての指導が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Bの五級海技士(航海)の業務を2箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年7月22日05時05分
 犬吠埼南方沖合
 (北緯35度32.8分 東経140度49.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船開神丸 貨物船ウェイ ハン9
総トン数 499トン 3,947トン
全長 75.50メートル 105.83メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 735キロワット 3,000キロワット
(2)設備及び性能等
ア 開神丸
 開神丸は,平成4年9月に進水し,可変ピッチプロペラを装備した船尾船橋型鋼製貨物船で,航行区域を沿海区域とし,主として兵庫県高砂港で鋼材,プラント関連資材等を積み,日本海諸港で荷揚げする運航に従事していた。
 操舵室前面には,右舷から順に主機遠隔操縦装置,操舵スタンド,1号レーダー,2号レーダーが配置され,左舷側窓際にGPS,左舷側後部の海図台付近に気象用ファックス,VHF,船舶電話等の通信機器がそれぞれ設置され,右舷側後部に階段への出入口及び両舷ウイングへの出入口が設けられていた。
 また,音響信号設備としてピストンホーンが前部マストに,エアーホーンが後部マストにそれぞれ装備され,中央の操舵スタンド右側に同信号設備のスイッチがあった。
 レーダーは,E社製の船舶用レーダーFR-2010型で,最大10物標までを手動プロットでき,物標の針路と速力をベクトルで表示するほか,自船からの方位,距離,最接近距離,最接近時間などを表示する機能があり,また,見張り警報として,自船からの任意の方位,距離を設定することにより,その範囲内の物標の映像が点滅して警報を発する機能もあった。
 新造時の海上試運転成績書によれば,プロペラ回転数毎分273で翼角15.6のとき,速力は13.55ノット,30度右回頭するまでの所要時間は21秒,90度までは48秒かかり,前進翼角15.6で航走中に後進翼角11.8を発令したとき,船体停止までの所要時間は2分3秒であった。
イ ウェイ ハン9
 ウェイ ハン9(以下「ウ号」という。)は,旧船名F号として1983年愛媛県で建造された船尾船橋型鋼製貨物船で,船首部,船体中央部及び船橋前にそれぞれデリックポストが設備されていた。
 2ホールド2ハッチの貨物倉は二重底構造で,ボトムタンクの両舷1番から4番がバラストタンク,中央1番から3番が燃料油タンクになっていた。
 操舵室前面には,レーダー,主機遠隔操縦装置,操舵スタンドが配置され,AIS装置を装備し,左舷側後部に階段への出入口,右舷側後部に海図台及び両舷ウイングへの出入口がそれぞれ設けられていた。
 また,音響信号設備として自動吹鳴装置付きの汽笛が装備されていた。

3 関係人の経歴等
(1)A受審人
 A受審人は,平成16年3月現有免許に更新し,同15年9月から1箇月間及び同16年10月から6箇月間,開神丸に船長として乗船後,同17年7月から再び船長として乗船した。
(2)B受審人
 B受審人は,平成17年2月現有免許に更新し,同年6月開神丸に一等航海士として乗
船した。
(3)指定海難関係人C社
ア 運航管理
 指定海難関係人C社は,平成17年4月1日改正された内航海運業法の規定に基づいて運航管理規定を定め,同年7月1日取締役兼運航部長ほか2人を運航管理者に選任し,その補佐として,定航部,第一営業部,第二営業部及び各支店に運航管理補助者10人をそれぞれ指名して自社船,傭船合計36隻の運航管理業務に当たらせていた。
イ 開神丸の運航
 開神丸は,平成14年12月20日船舶所有者と傭船者間に旧船名G号で内航裸傭船契約が交され,同日付で傭船者とC社H支店との間に,開神丸の船名で,航行区域を沿海区域とする内航定期傭船契約が締結され,同支店の運航支配の下,主として鋼材,プラント関連資材等の輸送に従事していた。
ウ 安全運航についての指導
 C社は,安全運航と海洋汚染防止を目指し,会社及び自社運航船の任意ISMコード適合証書を取得して安全管理システム及び安全管理マニュアルを制定しており,開神丸については船舶所有者による同コード適合証書取得がいまだ行われていなかったが,平成17年4月1日内航海運業法の改正以降,同船の安全運航管理については,H支店の運航管理補助者の指揮下に置き,同補助者が同船船長との電話による動静,乗組員の現状報告等を本社の運航管理者に連絡し,また,入港時に訪船のうえ,主として同船船長と面談後訪船報告書への記入を通して問題点の有無を確かめるなどしていた。
(4)D指定海難関係人
 D指定海難関係人は,2005年4月26日中華人民共和国営口市の港でウ号の一等航海士として乗船した。

4 事実の経過
 開神丸は,A,B両受審人ほか2人が乗り組み,鋼管約325トンを積載し,船首2.60メートル船尾3.85メートルの喫水をもって,平成17年7月21日17時30分千葉港千葉区を発し,北海道釧路港に向かった。
 ところで,洲崎から犬吠埼に至る海域は,5月から8月にかけては霧の発生することが多く,房総半島南部では比較的少ないものの,犬吠埼付近の7月は平均10.2日発生し,特に05時から07時の間が霧の発生が多い時間帯であった。
 A受審人は,21日05時40分関東海域,同日11時30分同海域北部に各海上濃霧警報が発表されていたが,同日夕方のテレビで霧の発生状況を知らせる放送を見なかったことから,VHFの聴取や電話による気象情報を積極的に入手するなどしなかったので,同警報が発表されていることを知らなかった。
 C社は,開神丸の運航管理に当たっていたが,船長に対し,発航前に気象情報を入手して予定航行海域に濃霧警報が発表されているかどうか確かめるよう適切な助言を行うなどせず,また,同警報の発表情報を収集して船長に知らせていないなど,視界制限状態における安全運航についての指導を十分に行っていなかった。
 A受審人は,千葉港出航前,乗組員に対して,1週間前に三重県尾鷲沖合で発生した霧中の衝突事故を例に挙げ,視界制限状態時の安全運航について話し,発航後の船橋当直を自らと,次席一等航海士及びB受審人の順に単独の3直4時間交替制と決め,出航操船に引き続き当直に就いたのち,23時30分野島埼灯台から081度(真方位,以下同じ。)4.5海里付近で次席一等航海士と交替したが,以前から操舵室の主機遠隔操縦装置盤上に視程が1海里を切ったら船長に報告するように指示書を貼ってあり,出航前に同霧中の衝突事故の話もしているから,視界制限状態となったときには自分に報告があるものと思い,折から視界が良かったこともあって,特に視界不良となったときの報告について当直者に申し送るよう指示することなく,針路や速力を引き継いで降橋した。
 次席一等航海士は,翌22日01時45分八幡埼を左舷正横3.0海里に航過し,03時00分ごろより次第に視界が悪化して視程が陸側1.5海里,海側3海里となる状況下,03時30分太東埼灯台から077度10.5海里の地点に達したとき,次直のB受審人に視界の悪化及び針路等を伝えて当直を引き継いだ。
 B受審人は,これまで開神丸と同型のレーダー及び手動プロット機能を使用した経験がなく,乗船以降も他の乗組員に尋ねることをしなかったので,同機能をいまだ習得していなかった。
 当直交替時B受審人は,正規の灯火を掲げ,針路を040度に定め,折からの潮流で2度左方に圧流され,機関を全速力前進にかけ,翼角13.3として,10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で自動操舵により進行し,その後おおよそ30分毎に霧が掛かったり,晴れたりして視程が100メートルほどから1海里ほどに変化する視界制限状態となったが,A受審人に報告することなく,霧中信号を行うことも,安全な速力に減じることもしないで続航した。
 B受審人は,1号レーダーを1.5海里レンジ及び2号レーダーを12海里レンジとして作動させ,04時48分犬吠埼灯台から200度12.2海里の地点に達したとき,2号レーダーで正船首6.3海里にウ号の映像を初認し,同レーダーを6海里レンジに切り換えて進行したのち,04時56分半犬吠埼灯台から198度10.8海里の地点に達し,ウ号が船首輝線上3.0海里となったとき,同船が針路を変えずに接近してくるように見えたので,著しく接近することとなる事態を避けるつもりで右転することとし,自動操舵のまま操作ダイヤルを10度ずつ2回右に回し,060度に転針して続航した。
 B受審人は,ウ号をプロットする方法が分からず,同船のプロッティングを行っていなかったばかりか,20度右転したので同船と左舷を対して航過するものと思い,レーダーから離れて前方の窓際に立ち,動静監視を十分に行わなかったので,その後同船が左転したことに気付かず,04時59分半少し前犬吠埼灯台から196度10.5海里の地点に達したとき,ウ号が左舷船首18度2.0海里となり,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,依然レーダーによる動静監視不十分で,このことに気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止める措置をとらずに続航した。
 B受審人は,間もなくウ号が見えてくるものと前方を注視して進行中,05時04分少し過ぎふとレーダーに近寄ってその画面を見たとき,左舷船首18度0.3海里に同船の映像を認め,衝突の危険を感じ,手動操舵に切り換えて右舵30度をとり,一旦090度の針路とし,次いで右舵一杯翼角0としたところ,05時05分わずか前左舷船首至近に同船の右舷側船体を認めたが,どうすることもできず,05時05分犬吠埼灯台から192度9.9海里の地点において,開神丸は,船首が右に回頭して112度を向き,6.0ノットの速力となったとき,その船首部がウ号の右舷中央部に直角に衝突した。
 当時,天候は霧で,風力2の北風が吹き,視程は約150メートルで,付近には弱い北西流があった。
 A受審人は,自室で休息中に衝撃を感じ,昇橋して衝突したことを知り,事後の措置に当たった。
 また,ウ号は,D指定海難関係人ほか中国人船員20人が乗り組み,スクラップ5,789トンを積載し,船首6.13メートル船尾6.72メートルの喫水をもって,同月21日14時30分宮城県仙台塩釜港を発し,中華人民共和国大連港に向かった。
 ところで,ウ号の船橋当直は3直4時間交替制をとっており,00時から04時までは二等航海士,04時から08時まではD指定海難関係人,08時から12時までは三等航海士がそれぞれ甲板手と2人で当直に当たり,船内時刻を世界時プラス8時間として使用していた。
 二等航海士は,翌22日01時00分(日本時間,以下同じ。)船橋当直に就き,正規の灯火を掲げ,茨城県磯埼灯台から094度20海里付近を184度の針路で南下し,所々霧の発生はあるものの視程は4海里ほどの状況であったが,02時00分ごろより次第に霧が濃くなり,03時15分視界制限状態となったことを船長に報告した。
 船長は,報告を受けて昇橋し,操船の指揮をとったものの,霧中信号を行わず,安全な速力としないで航行し,04時10分犬吠埼灯台から094度5.0海里の地点で,針路を216度に定め,機関を全速力前進にかけ,12.6ノットの速力で,折からの潮流で2度右方に圧流されながら手動操舵により進行した。
 D指定海難関係人は,入直のため04時50分ごろ昇橋し,二等航海士から針路,速力及び視程が1海里以下であることを引き継いで船長の補佐に当たり,レーダーを3マイルレンジの1.5マイルオフセンターで使用しながら続航中,04時52分半少し過ぎ右舷船首5度4.5海里に開神丸とその他数隻の映像を初認したが,その後連続したプロッティングによる十分な動静監視を行わずに続航した。
 船長は,04時57分犬吠埼灯台から190度8.3海里の地点に達し,開神丸が右舷船首5度2.9海里となったとき,同船と著しく接近することとなる事態を避けるために,転舵によって同船の前方を横切ることにならないように左転することとし,針路を202度に転じ,潮流により204度となって続航したが,30秒ほど前に同船が右転したことに気付かなかった。
 04時59分半少し前D指定海難関係人は,開神丸の映像が右舷船首20度2.0海里となり,同船と著しく接近することを避けることができない状況となったが,同映像の最接近距離が,転針前よりも少し大きくなったように見えたことから,互いに右舷を対して航過できるものと思い,依然連続したプロッティングによる十分な動静監視を行っていなかったので,このことに気付かず,右転した同船の進行方向を得たうえで船長に報告するなどの船長補佐を十分に行わずに続航した。
 船長は,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めないまま進行し,05時04分少し過ぎ開神丸のレーダー映像が右舷船首20度0.3海里で右に大きく変化したのを認め,その動きに注意しながら続航中,05時05分少し前右舷船首至近に同船を視認し,衝突の危険を感じて右舵一杯,機関停止としたが効なく,ウ号は,ほぼ同じ針路,速力で前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,開神丸は,船首外板に破口及び亀裂を伴う凹損並びに球状船首に擦過傷等を生じたが,のち修理され,ウ号は,右舷中央部に破口を生じて浸水後沈没し,乗組員は開神丸に救助されたが,船長を含む9人が行方不明となり,その後4人の死亡が確認された。

5 C社が採った事後の措置
 本件発生後C社は,視界制限状態における事故の再発を防止するために,全ての運航船の関係船主を同行のうえ,訪船して安全運航の周知徹底を行い,また,広島県の造船所において開神丸の乗組員全員にレーダー使用習熟訓練を実施し,運航管理者,同管理補助者及び船舶所有者を含めた安全会議をそれぞれ年2回に,安全管理委員会を年3回に増すなど,安全運航管理体制の改善と強化の目的で,各種安全管理活動について文書化の徹底及び訪船活動による安全運航の周知徹底などの措置を含めた諸対策を採った。

(航法の適用)
 本件は,夜間,霧のため視程が約150メートルの視界制限状態となった犬吠埼南方沖合において,千葉港から釧路港に向けて北上中の開神丸と,仙台塩釜港から中華人民共和国大連港に向けて南下中のウ号とが衝突したもので,両船は互いに他の船舶の視野の内に無かったのであるから海上衝突予防法第19条視界制限状態における航法が適用される。

(本件発生に至る事由)
1 開神丸
(1)A受審人が,海上濃霧警報が発表されていることを知らなかったこと
(2)A受審人が,船橋当直を交替する際,視界制限状態となったときの報告について当直者に申し送るよう指示しなかったこと
(3)B受審人が,レーダーのプロット機能の使い方を知らなかったこと
(4)霧中信号を行わなかったこと
(5)B受審人が,視界制限状態となったとき,A受審人に報告しなかったこと
(6)自船が20度右転したので,互いに左舷を対して航過できるものと思い,レーダーによる動静監視を行わなかったこと
(7)安全な速力としなかったこと
(8)レーダーで前方に認めたウ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと
(9)ウ号と接近したのちも,右転を続けたこと
(10)C社が,視界制限状態における安全運航についての指導が十分でなかったこと

2 ウ号
(1)針路を左に転じたこと
(2)安全な速力としなかったこと
(3)霧中信号を行わなかったこと
(4)当直者が,連続したプロッティングなどのレーダーによる動静監視を行わず,必要事項を報告するなどの船長補佐を十分に行わなかったこと
(5)レーダーで前方に認めた開神丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,互いに右舷を対して航過できるものと思い,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったこと

(原因の考察)
 開神丸が,ウ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じ,必要に応じて行きあしを止めていたなら,衝突は回避できたものと認められる。
 また,船長が,当直者に対して視界制限状態となったときの報告について,指示を徹底していたなら,当直者から報告を受けて自ら操船指揮を執ることができ,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,当直者に対して,視界制限状態となったときの報告について当直者に申し送るよう指示しなかったこと,及びB受審人が,視界制限状態となったとき,A受審人に報告しなかったこと,自船が20度右転したので,互いに左舷を対して航過できるものと思い,レーダーによる動静監視を十分に行わなかったこと,レーダーで前方に認めたウ号と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
 B受審人が,霧中信号を行わなかったこと,安全な速力としなかったこと及びレーダーのプロット機能の使い方を知らなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,両船がレーダーで互いにその存在と接近を捉えており,著しく接近することを避けることができない状況となったときに,最小限度の速力に減じ,また,行きあしを止めることによって衝突を回避できたことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,海上濃霧警報が発表されていることを知らなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 開神丸が,ウ号と接近したのちも,右転を続けたことは,緊急的な措置と考えられるから,本件発生の原因とするまでもない。
 一方,ウ号は,レーダーで前方に認めた開神丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,最小限度の速力に減じ,また,必要に応じて行きあしを止めていたなら,衝突は回避できたものと認められる。
 したがって,ウ号船長が,レーダーで前方に認めた開神丸と著しく接近することを避けることができない状況となったとき,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことは,本件発生の原因となる。
 また,当直者が,連続したプロッティングを行い,それにより得られた情報を逐一船長に報告していたなら,衝突の5分前には開神丸の右転に気付いて船長に伝えることができ,船長は速力を減じるなり,行きあしを止めていた蓋然性が高く,本件の発生は防止できたものと認められる。
 したがって,D指定海難関係人が,レーダーによる動静監視を十分に行わず,必要事項を報告するなどの船長補佐を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 ウ号が前方に探知した開神丸と著しく接近することとなる事態を避けるために,右転するなり,減速するなりしていたなら,短時間のうちに,既に右転を始めていた同船との最接近距離が拡大し,同船と左舷を対して航過することが分かり,衝突は回避できたものと認められる。
 したがって,間もなく著しく接近することとなる時点で,針路を左に転じたことは,本件発生の原因となる。
 ウ号が,霧中信号を行わなかったこと及び安全な速力としなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,両船がレーダーで互いにその存在と接近を捉えており,著しく接近することを避けることができない状況となったときに,最小限度の速力に減じ,また,行きあしを止めることによって衝突を回避できたことから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 C社の開神丸に対する支援体制が整えられ,安全運航方針の周知及び指導が,同船の乗組員に十分に行き渡っていたなら,見張り員の増員を始めとする,視界制限状態における安全運航上求められる諸措置は確実に行われ,本件発生を防止できたものと認められる。
 したがって,C社が,開神丸の運航管理に当たり,視界制限状態における安全運航についての指導が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件衝突は,両船が,霧で視界制限状態となった犬吠埼南方沖合を航行中,南下するウ号が,前方に探知した開神丸と著しく接近することとなる事態を避けるに当たり,針路を左に転じたばかりか,レーダーによる動静監視が不十分で,著しく接近することを避けることができない状況となった際,その速力を針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことによって発生したが,北上する開神丸が,レーダーによる動静監視が不十分で,前方に探知したウ号と著しく接近することを避けることができない状況となった際,その速力を針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めなかったことも一因をなすものである。
 開神丸の運航が適切でなかったのは,船長が当直航海士に対して視界制限状態となったときの報告について十分に指示しなかったことと,当直航海士が,視界制限状態となったことを船長に報告しなかったこと及び視界制限状態下の措置を適切にとらなかったこととによるものである。
 C社が,開神丸の運航管理に当たり,視界制限状態における安全運航についての指導が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 B受審人は,夜間,霧で視界制限状態となった犬吠埼南方沖合において,前方に南下するウ号のレーダー映像を認めた場合,同船と著しく接近することとなるかどうか判断できるよう,レーダーによる動静監視を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,自船が右転したので,互いに左舷を対して航過できるものと思い,レーダーによる動静監視を十分に行わなかった職務上の過失により,その後左転したウ号と著しく接近することを避けることができない状況となったことに気付かず,針路を保つことができる最小限度の速力に減じず,また,必要に応じて行きあしを止めないまま進行して衝突を招き,開神丸の船首外板に破口及び亀裂を伴う凹損並びに球状船首に擦過傷等を生じさせ,ウ号の右舷中央部に破口を生じさせて浸水,沈没させ,同船の船長を含む乗組員9人が行方不明となり,その後4人の死亡が確認されるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を2箇月停止する。
 A受審人は,夜間,船橋当直を交替する場合,犬吠埼沖合は季節的に霧の発生しやすいところであったから,視界制限状態となったときには自ら操船の指揮を執ることができるよう,同状態となったときの報告について当直者に申し送るよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,出航前に視界制限状態となったときの注意事項について話しているので,報告があるものと思い,同状態となったときの報告について当直者に申し送るよう指示しなかった職務上の過失により,同状態となった報告を受けられず,自ら操船の指揮を執ることができずに衝突を招き,両船に前示の損傷及び浸水,沈没を生じさせ,ウ号の乗組員を死亡,行方不明とさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 D指定海難関係人が,夜間,霧で視界制限状態となった犬吠埼南方沖合において,前方に北上する開神丸のレーダー映像を認めた際,レーダーによる動静監視を十分に行わず,必要事項を船長に報告するなどの船長補佐を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 D指定海難関係人に対しては,船長が操船の指揮を執っていた点に徴し,勧告しないが,以後視界制限状態において航行する際は,レーダーによる動静監視を十分に行い,船長を十分に補佐するよう務めなければならない。
 指定海難関係人C社が,開神丸の運航管理に当たり,視界制限状態における安全運航についての指導が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 同社に対しては,本件後,レーダー使用習熟訓練の実施及び濃霧時の安全運航を計るために各種の措置を講じている点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図1
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参考図2
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