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平成17年神審第69号
件名

旅客船フェリーくまの貨物船第十八蛭子丸衝突事件
第二審請求者〔補佐人b〕

事件区分
衝突事件
言渡年月日
平成18年1月31日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(横須賀勇一,佐和 明,橋本 學)

理事官
黒田敏幸

受審人
A 職名:フェリーくまの船長 海技免許:二級海技士(航海)
補佐人
a
受審人
B 職名:第十八蛭子丸船長 海技免許:四級海技士(航海)(履歴限定)
補佐人
b

損害
フェリーくまの・・・左舷船尾防舷材に亀裂及び凹損
第十八蛭子丸・・・左舷中央部外板に破口

原因
第十八蛭子丸・・・船員の常務(相手船の進行方向へ向け進出,衝突回避措置)不遵守(主因)
フェリーくまの・・・警告信号不履行,船員の常務(衝突回避措置)(一因)

主文

 本件衝突は,停留していた第十八蛭子丸が,無難に航過する態勢で後進中のフェリーくまのの進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,フェリーくまのが,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 受審人Bの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年4月11日08時14分
 徳島県徳島小松島港
 (北緯34度03.2分 東経134度35.2分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船フェリーくまの 貨物船第十八蛭子丸
総トン数 2,137トン 199トン
全長 92.95メートル 47.90メートル
機関の種類 ディーゼル機関 ディーゼル機関
出力 6,619キロワット 478キロワット
(2)設備及び性能等
ア フェリーくまの
 フェリーくまのは,昭和63年12月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする,2機2軸の鋼製旅客船兼自動車渡船で,その最大とう載人員は,船員23人及び旅客450人の計473人で,僚船2隻とともに一括公認された乗組員が交代で職務に当たり,徳島県徳島小松島港と和歌山県和歌山下津港間を片道航海2時間及び車両等の乗下船に1時間の計3時間をかけて1日4往復する定期運航に従事していた。
 船橋は,張り出しウイングを含めて18メートルの幅があり,その前面には右舷側から順に統括操縦装置,右舷側汽笛ボタン,バラスト制御盤,航海灯表示盤,エンジンテレグラフ,操舵スタンド,中央汽笛ボタン,ジャイロコンパスレピーター,ドップラーログ表示盤,ARPA機能付レーダー,船内指令装置,GPS,統括操縦装置及び左舷側汽笛ボタンなどが配置されていた。
 統括操縦装置は,C社が開発したKICS-1110型と称される,可変ピッチプロペラ2基,舵2基及びバウスラスタ1基の制御を一元化したもので,同装置上面には,レピーターコンパスに付随した回頭ダイヤル,ジョイスティック,操船モード(離接岸・航行)切り換えスイッチ及びバウスラスタ操縦ダイヤルなどが配置されており,ジョイスティックと回頭ダイヤルを併用すれば,旋回運動及び横移動などの船体制御が可能であった。
 航海速力は,主機回転数毎分242において,翼角20.5度で16.8ノット,離接岸モードにおける全速力前進が翼角12度で12.0ノット,半速力前進が翼角10度で10.0ノット,微速力前進が翼角8度で8.0ノット,極微速力前進が翼角4.5度で6.5ノット,全速力後進が後進翼角12度で10.0ノット,微速力後進が後進翼角5度で5.0ノットであり,後進速力10.4ノットに整定してから,全速力前進を発令したときは,船体が停止するまで2分09秒で,その航走距離は457メートルであった。
 また,船橋右舷に配置された統括操縦装置の後方で操船する場合,船橋後方等の船体構造により,正船尾方向から時計回りに左舷側正横前20度までが死角となっていた。
イ 第十八蛭子丸
 第十八蛭子丸(以下「蛭子丸」という。)は,昭和60年8月に進水した,沿海区域を航行区域とする船尾船橋型の鋼製液体化学薬品ばら積船で,徳島県今切港から大阪港及び香川県坂出港へ水酸化ナトリウムを運搬する航海に従事していた。
 操舵室内のコンソールスタンドには,GPSプロッタ,エンジンテレグラフ,マグネットコンパス,操舵装置及びレーダーなどが配置されていた。
 海上試運転成績表によれば,航海速力は,主機回転数毎分400において全速力前進が10.1ノットであり,停止から前進全速力整定まで2分04秒,右旋回は,舵角35度で発令から回頭角30度まで15秒,90度まで33秒,180度まで1分02秒,360度まで2分13秒かかり,定常旋回直径は70メートルで,舵中央から右35度までの舵角追従時間は7.2秒であった。
 また,同船は470キログラムのストックレスアンカー2基及び錨鎖1節25メートルを各舷6節,計12節を装備していた。

3 徳島小松島港沖洲岸壁及び回頭水域
 徳島小松島港沖洲岸壁(以下「沖洲岸壁」という。)は,平成11年4月から供用が開始されたフェリー専用岸壁で,徳島市新町川の同港徳島関門から西北西に約1,000メートル遡った水路幅約200メートルの河川区域の左岸にあり,出港操船は,入船右舷付けの状態から後進をかけて回頭水域に向かうもので,回頭水域は,岸壁前面の2Lと称する水域又は同岸壁から南東方550メートルの3Lと称する水域が設定されており,通常は,3Lの水域を利用していた。

4 徳島小松島港津田岸壁
 徳島小松島港津田岸壁(以下「津田岸壁」という。)は,沖洲岸壁の南東方に位置する水路幅約300メートルの新町川右岸にある岸壁で,前述の3Lの回頭水域に隣接していた。

5 事実の経過
 フェリーくまのは,A受審人ほか11人が乗り組み,旅客66人及び車両16台を乗せ,船首3.9メートル船尾4.0メートルの喫水をもって,平成17年4月11日08時10分沖洲岸壁を発し,和歌山下津港に向かった。
 ところで,A受審人は,本件の前日07時30分徳島小松島港でフェリーくまのに乗船して同港で1日の運航を終え,本件当日07時10分沖洲岸壁に着岸し,和歌山下津港までの運航に従事した後,次の船長と交代する予定でいた。
 また,A受審人は,沖洲岸壁から離岸する際は,入出港船の通過及び回頭水域に隣接する停泊船の動向を確認しつつ,操船中の死角を補うために,船橋配置の甲板手及び船尾配置の三等航海士を見張りに就け,適宜適切に報告させていた。
 出港に当たり,A受審人は,船橋に甲板手,船首に二等航海士及び甲板手,船尾に三等航海士及び甲板手,制御室に機関長,一等機関士及び二等機関士をそれぞれ配置に就け,昇橋したとき,3Lの回頭水域の南方で西を向いて停留している蛭子丸を認めたが,同船の動向を監視したところ,移動する気配がなかったことから,定刻に離岸することにして出港を令した。
 A受審人は,発航後,死角を補うため甲板手を左舷ウイングの見張りに就け,右舷ウイングの統括操縦装置の後方に立って離接岸モードとして離岸後進に当たり,08時11分徳島沖洲旅客船ふ頭灯台(以下「ふ頭灯台」という。)から293度(真方位,以下同じ。)980メートルの地点まで後進したとき,三等航海士及び船橋の甲板手から左舷船尾500メートルの蛭子丸が上流である西方に向かって動き始めたという報告を受けたことから,汽笛による短音3声の操船信号を行い,後進進路を133度で,プロペラ回転数毎分230の半速力後進にかけ,ゆっくりと増速しながら3Lの回頭水域に向かった。
 そして,08時11分半少し過ぎA受審人は,三等航海士から蛭子丸との最接近距離が100メートルとなる旨の報告を受け,引き続き,全速力後進として後進を続け,08時12分ふ頭灯台から289度850メートルの地点に達し,後進行きあしが3.7ノットの対地速力(以下「速力」という。)で徐々に加速されていたとき,蛭子丸が左舷船尾20度300メートルのところで右回頭しながら前進を始め,港口に向かっているとの報告を三等航海士から受け,衝突のおそれのある状況となったが,短音3声を吹鳴していたことから,同船が離岸後進中の自船の進路に向けて進行してくることはないものと思い,速やかに,警告信号を行うことも,行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
 こうして,08時13分A受審人は,ふ頭灯台から285度720メートルの地点に達し,蛭子丸との距離が150メートルとなったとき,後進8.5ノットの速力となって船尾部が徳島第6号灯浮標を右舷正横に通過し,08時13分半ふ頭灯台から282度670メートルの地点に達したとき,三等航海士から左舷船尾35度110メートルにまで接近した蛭子丸が,自船の後進方向に向かって進行してくる旨の報告を受けて,衝突の危険を感じ,慌てて全速力前進にかけ,汽笛を吹鳴したものの,効なく,フェリーくまのは,08時14分ふ頭灯台から278度570メートルの地点において,船首が285度を向いたとき,後進3.0ノットの速力で同船の左舷船尾部が,蛭子丸の左舷中央部に後方から25度の角度で衝突した。
 当時,天候は晴で風力4の北西風が吹き,視界は良好で,潮候は高潮期であった。
 また,蛭子丸は,B受審人ほか2人が乗り組み,空倉で,船首0.8メートル船尾2.6メートルの喫水をもって,同月11日07時50分津田岸壁を離岸して揚錨作業に取りかかり,徳島県今切港に向かった。
 ところで,B受審人は,津田岸壁には週に2ないし3回係留していたので,沖洲岸壁の状況を知り,フェリーくまのの出港時刻や離岸操船方法について知っていた。
 また,B受審人は,本件の3日前から,船首を北に向けて各舷2節の錨鎖を延出して2錨泊とし船尾付けで係留していた。
 B受審人は,今切港では加賀須野橋(跳開橋)の毎正時の開橋時間に遅れると1時間待つことになるので,フェリーくまのの発航前に,港口に向けるつもりで,乗組員2人を船首に就けて錨鎖を巻いていたところ,08時00分自船の東側に船尾付けしていたD丸の錨鎖と右錨が絡んでいたことから,まず,左錨を巻き揚げ,風に落とされないよう船首を西に向けて機関を適宜使用しながら,その絡みを解くため右錨を水面まで巻き揚げ,直径30ミリメートルのロープでD丸の錨鎖を吊り,08時10分右錨を投錨した。
 08時11分B受審人は,ふ頭灯台から268度570メートルの地点で,絡み錨を解消して293度に向首したとき,右舷船首500メートルのところを定刻に離岸したフェリーくまのが汽笛による短音3声を吹鳴して後進中であることを認めたが,フェリーくまのの後に港口に向かうと今切港の入港が遅れ,積荷業者に迷惑がかかるので,何とか同船より早く港口に向かいたいと思い,フェリーくまのの航過を待つことなく,右舵一杯,極微速力前進とし,同船の進行方向へ向けて衝突のおそれのある関係を生じさせて進行を開始した。
 そして,08時12分B受審人は,ふ頭灯台から269度590メートルの地点に達し,1.1ノットの速力で船首方位が322度となったとき,増速して後進を続けるフェリーくまのがほぼ船首300メートルのところに接近し,衝突のおそれのある状況となったが,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとることなく,港口に向けるため全速力前進としてフェリーくまのの進行方向に向けて右回頭を続けた。
 08時13分半B受審人は,ふ頭灯台から275度590メートルの地点に達し,4.0ノットの速力で船首が030度を向いたとき,フェリーくまのが左舷船首68度110メートルに接近したので衝突の危険を感じ,慌てて機関停止,全速力後進として蛭子丸は停止状態となったものの,船首が080度を向いたとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,フェリーくまのは左舷船尾防舷材に亀裂及び凹損を,蛭子丸は左舷中央部外板に破口をそれぞれ生じたが,のちいずれも修理された。

(航法の適用)
 本件衝突は,徳島小松島港の河川水域において,互いに対岸から港口に向けて出港しようとする両船が衝突したものである。
 徳島小松島港は,特定港で港則法の適用がある港である。しかしながら,港則法において,本件に当てはまる航法規定がないので,海上衝突予防法を適用することとなるが,同法においても本件に当てはまる航法規定がないので,海上衝突予防法第38条(切迫した危険のある特殊な状況)及び第39条(注意を怠ることについての責任)を適用して律することとなる。

(本件発生に至る事由)
1 フェリーくまの
(1)操縦位置から船体構造上の死角が存在したこと
(2)3Lの水域を回頭水域としたこと
(3)蛭子丸を認め,しばらく動かないと判断して離岸したこと
(4)右舷の統括操縦装置の後方で操船したこと
(5)警告信号を行わなかったこと
(6)行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと

2 蛭子丸
(1)D丸の錨鎖と蛭子丸の錨が絡んでいたこと
(2)加賀須野橋の開橋時間に間に合わせるためにフェリーくまのより早く港口に向けたいと思い,同船の航過を待たなかったこと
(3)フェリーくまのの進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせたと
(4)行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったこと

(原因の考察)
 本件は,徳島小松島港の河川水域において,停留中の蛭子丸が,無難に航過する態勢で後進中のフェリーくまのの航過を待たずに同船の進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせたものであり,蛭子丸がフェリーくまのの進行方向に向けて発進していなければ,発生していなかったものと認められる。
 したがって,停留中の蛭子丸が,加賀須野橋の開橋時間に間に合わせるために,フェリーくまのより早く港口に向けたいと思い,同船の航過を待つことなく進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせたことは,本件発生の原因となる。
 B受審人が,増速して後進を続けるフェリーくまのを認めたとき,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとっていれば,本件は発生しなかった。
 したがって,蛭子丸が,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 蛭子丸の錨が僚船の錨鎖と絡んだことは,フェリーくまのの発航の前に出港するつもりでいた蛭子丸の出港が遅れ,フェリーくまのの出港時刻と重なったものであり,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生の原因とするまでもない。
 一方,フェリーくまのは,左舷船尾20度300メートルのところで蛭子丸が回頭を始め,港口に向かっているとの報告を受け,無難に航過する態勢で後進中の自船の進行方向に向けて発進し,蛭子丸が衝突のおそれのある状況となった際,警告信号を行い,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとっていれば,本件が発生していなかったものと認められる。
 したがって,フェリーくまのが警告信号を行わず,行きあしを止めるなど衝突を避けるための措置をとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 フェリーくまのの操縦位置から船体構造上の死角が存在したこと,右舷の統括操縦装置の後方で操船したことは,死角を補うために見張り員を配置して蛭子丸の動向を逐次報告させ,同船の動向を把握できていたことから,本件発生の原因とならない。
 A受審人が3Lの水域を回頭水域としたこと,停留している蛭子丸を認め,しばらく動かないと判断して離岸したことは,3Lの水域で回頭できることを判断し,いつ動き出すか分からない蛭子丸に対して見張り員を配置し,短音3声の操船信号を行い,自船の動向を明示していたのであるから,いずれも本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件衝突は,徳島小松島港の河川水域において,停留中の蛭子丸が,無難に航過する態勢で後進中のフェリーくまのの航過を待たずに同船の進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせたばかりか,衝突を避けるための措置をとらなかったことによって発生したが,フェリーくまのが,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。

(受審人の所為)
 B受審人は,徳島小松島港の河川水域において,離岸中のフェリーくまのの短音3声の操船信号を聞き,無難に航過する態勢で後進する同船を認めた場合,フェリーくまのの航過を待つべき注意義務があった。しかるに,同人は,加賀須野橋の開橋時間に遅れると積荷業者に迷惑がかかるので,フェリーくまのより早く港口に向かいたいと思い,フェリーくまのの航過を待たなかった職務上の過失により,同船の進行方向に向けて発進し,衝突のおそれのある関係を生じさせ,同船との衝突を招き,フェリーくまのの左舷船尾防舷材に亀裂及び凹損を,蛭子丸の左舷中央部外板に破口をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 A受審人は,徳島小松島港の河川水域において,離岸して後進で回頭水域に向けて進行中,無難に航過する態勢の蛭子丸が回頭を始めて接近する旨の報告を受けた場合,衝突のおそれのある状況となったのだから,行きあしを止めるなどして衝突を避けるための措置をとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,離岸操船中の自船の進路に向けて進行してくることはないと思い,蛭子丸との衝突を避けるための措置をとらなかった職務上の過失により,同船との衝突を招き,前示のとおり両船に損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。


参考図
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