(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
平成17年1月30日19時55分
鳥島北東方沖合
(北緯31度10.0分 東経140度43.0分)
2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 |
漁船第五十三曙丸 |
漁船第1芳竜丸 |
総トン数 |
19トン |
19トン |
全長 |
23.06メートル |
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登録長 |
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16.50メートル |
機関の種類 |
ディーゼル機関 |
ディーゼル機関 |
出力 |
736キロワット |
477キロワット |
(2)設備及び性能等
ア 第五十三曙丸
第五十三曙丸(以下「曙丸」という。)は,平成16年6月に進水した,まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部の操舵室には,回転窓,操舵用磁気コンパス,舵輪,遠隔操舵装置,主機遠隔操縦装置,レーダー,自動衝突予防援助装置,GPSプロッターや魚群探知機等が備えられていた。
イ 第1芳竜丸 第1芳竜丸(以下「芳竜丸」という。)は,昭和62年6月に進水した,まぐろはえなわ漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央部の操舵室には,操舵用ジャイロコンパス,舵輪,遠隔操舵装置,主機遠隔操縦装置,レーダー,GPSプロッターや魚群探知機等が備えられていた。
同船の船首部は,船体中央部から前方に行くに従ってやや高くなっており,操舵室内からは船首両舷にわたり約15度の範囲で水平線が死角となっていたが,同室内で立ち上がって天井に設けられた出窓から見張りをすると,その死角を補うことができた。
3 事実の経過
曙丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか7人が乗り組み,まぐろはえなわ漁の目的で,船首1.1メートル船尾3.0メートルの喫水をもって,平成17年1月18日07時00分千葉県銚子漁港を発し,翌々20日04時00分小笠原群島北西方沖合の漁場に至って操業を開始し,10日間の操業ののち,同月30日03時00分水揚げのため同漁場を発進して,同漁港に向け帰途に就いた。
A受審人は,船橋当直体制を,司厨長を兼務していたB指定海難関係人については,19時00分から21時00分までの単独当直に固定し,自らを含む他の乗組員の当直については,2時間交替の6直輪番制としていた。
前示漁場を発進後,A受審人は,通常の船橋当直体制として北上し,17時00分北緯30度40.9分東経140度42.1分の地点で,自ら船橋当直に就き,針路を犬吠埼灯台に向かう001度(真方位,以下同じ。)に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,10.0ノットの対地速力(以下「速力」という。)で,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
19時00分A受審人は,北緯31度00.9分東経140度42.7分の地点で,船橋当直をB指定海難関係人に引き継ぐことにしたが,同人が甲種甲板部航海当直部員の認定を受け,長い乗船経歴を有して同当直の経験も豊富なので,改めて見張りについて指示することもないと思い,前路の見張りを十分に行うよう指示することなく降橋した。
単独の船橋当直に就いたB指定海難関係人は,レーダー1台を作動させ,操舵室右舷前部の椅子に腰を掛けて見張りに当たっていたところ,19時30分右舷後方近距離のところに,第三船の左舷灯を認めて,同船に注目し,同船の速力模様から,そのうち自船の右舷方2海里ばかりを航過して行くと判断したものの,引き続き同船に留意しながら続航した。
19時50分B指定海難関係人は,北緯31度09.2分東経140度43.0分の地点に達したとき,右舷船首4度1.5海里に芳竜丸の白,紅2灯を認めることができ,その後同船が前路を左方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する状況であったが,第三船に気を取られ,依然,前路の見張りを十分に行っていなかったので,そのことに気付かず,同じ針路,速力のままで,芳竜丸の進路を避けることなく進行した。
19時55分少し前B指定海難関係人は,第三船が右舷前方に替わるのを見ていたところ,19時55分北緯31度10.0分東経140度43.0分の地点において,突然衝撃を受け,曙丸は,原針路,原速力のまま,その船首が芳竜丸の船首部に前方から9度の角度で衝突した。
当時,天候は曇で風力2の西風が吹き,視界は良好であった。
A受審人は,自室で休息中,衝撃を感じ,急ぎ昇橋して事後の措置に当たった。
また,芳竜丸は,C受審人ほか4人が乗り組み,まぐろはえなわ漁の目的で,船首尾1.5メートルの等喫水をもって,同月29日07時00分千葉県銚子漁港を発し,同漁港南方の漁場に向かった。
C受審人は,船橋当直を単独の3直体制とし,自らの当直時間を04時から08時及び16時から20時に固定し,他の当直については,4時間交替の輪番制としていた。
出航操船後,C受審人は,通常の船橋当直体制として南下し,翌30日16時00分北緯31度40.9分東経140度49.5分の地点で,単独の同当直に就き,針路を190度に定めて自動操舵とし,機関を全速力前進にかけ,8.0ノットの速力で,航行中の動力船の灯火を表示して進行した。
C受審人は,レーダー2台を作動させ,操舵室左舷前部の椅子に腰を掛けて見張りに当たっていたところ,19時35分左舷前方遠距離に第三船のマスト灯を認め,やがて左舷灯も認めるようになり,同船とは左舷を対して替わると判断したものの,引き続き同船に留意し,レーダーの見張りも,立ち上がって天井に設けられた出窓から船首方の他船の有無を確かめるなどの死角を補う見張りも十分に行わないまま続航した。
C受審人は,19時50分北緯31度10.7分東経140度43.2分の地点に達したとき,左舷船首5度1.5海里に曙丸の白,緑2灯を認めることができ,その後同船が前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する状況となったが,左舷前方の第三船に気をとられ,依然,死角を補う見張りを十分に行わなかったので,そのことに気付かず,警告信号を行うことも,更に間近に接近したとき,衝突を避けるための協力動作もとることなく進行した。
C受審人は,第三船が自船の左舷方を航過して間もなく衝撃を感じ,芳竜丸は,原針路,原速力のまま,前示のとおり衝突した。
衝突の結果,曙丸及び芳竜丸は,船首部外板及び球状船首をそれぞれ大破したが,その後,いずれも修理された。
(航法の適用)
本件は,夜間,鳥島北東方沖合において,北上中の曙丸と南下中の芳竜丸とが衝突したものであり,適用航法について検討する。
両船は,正規の灯火を点灯しており,曙丸から芳竜丸を右舷船首4度に見る態勢で,また,芳竜丸から曙丸を左舷船首5度に見る態勢のまま,接近したものであり,両船が互いに進路を横切る態勢であったと認められ,従って本件は,海上衝突予防法第15条横切り船の航法において律するのが相当である。
(本件発生に至る事由)
1 曙丸
(1)A受審人が,B指定海難関係人に対し,同指定海難関係人は甲種甲板部航海当直部員の認定を受け,長い乗船経歴を有して船橋当直の経験も豊富なので,改めて見張りについて指示することもないと思い,前路の見張りを十分に行うよう指示しなかったこと
(2)B指定海難関係人が,前路の見張りを十分に行わなかったこと
(3)芳竜丸の進路を避けなかったこと
2 芳竜丸
(1)操舵室内からは船首両舷にわたり約15度の範囲で水平線が死角となっていたこと
(2)左舷前方の第三船に気をとられ,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと
(3)警告信号を行わなかったこと
(4)衝突を避けるための協力動作をとらなかったこと
3 その他
第三船が存在したこと
(原因の考察)
曙丸が,前路の見張りを十分に行っていれば,船首少し右の芳竜丸を早期に視認することができ,前路の同船の進路を避けることができたものと認められるから,曙丸の船橋当直者が,前路の見張りを十分に行わなかったこと,芳竜丸の進路を避けなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
A受審人が,無資格の甲板員に単独の船橋当直を行わせる際,前路の見張りを十分に行うよう指示していれば,同当直者が,接近する芳竜丸に気付くことができたと認められるので,同受審人が,無資格の当直者に対し,同当直者は甲種甲板部航海当直部員の認定を受け,長い乗船経歴を有して船橋当直の経験も豊富なので,改めて見張りについて指示することもないと思い,前路の見張りを十分に行うよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
一方,芳竜丸が,死角を補う見張りを十分に行っていれば,前路少し左の曙丸を視認することができ,余裕のある時期に同船に対して警告信号を行い,更に間近に接近したとき,衝突を避けるための協力動作をとることができたものと認められる。
したがって,C受審人が,左舷前方の第三船に気をとられ,死角を補う見張りを十分に行わなかったこと,警告信号を行わなかったこと,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
操舵室内からは船首両舷にわたり約15度の範囲で水平線が死角となっていたことは,操舵室内で立ち上がって天井に設けられた出窓から見張りをすると,その死角を補うことができるのであるから,本件発生の原因とはならない。
また,第三船が存在したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,曙丸と芳竜丸との間に衝突のおそれが生じたときに,両船と第三船との間には衝突のおそれはなかったと認められることから,本件発生の原因とはならない。
(海難の原因)
本件衝突は,夜間,鳥島北東方沖合において,両船が互いに進路を横切り衝突のおそれがある態勢で接近中,北上中の曙丸が,見張り不十分で,前路を左方に横切る芳竜丸の進路を避けなかったことによって発生したが,南下中の芳竜丸が,見張り不十分で,警告信号を行わず,衝突を避けるための協力動作をとらなかったことも一因をなすものである。曙丸の運航が適切でなかったのは,船長が無資格の船橋当直者に対し,前路の見張りを十分に行うよう指示しなかったことと,同当直者が前路の見張りを十分に行わなかったこととによるものである。
(受審人等の所為)
A受審人は,夜間,鳥島北東方沖合において,千葉県銚子漁港に向け北上中,無資格の甲板員に単独の船橋当直を行わせる場合,前路の見張りを十分に行うよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,同甲板員は甲種甲板部航海当直部員の認定を受け,長い乗船経歴を有して船橋当直の経験も豊富なので,改めて見張りについて指示することもないと思い,前路の見張りを十分に行うよう指示しなかった職務上の過失により,無資格の甲板員が,前路の見張りを十分に行わず,前路を左方に横切り衝突のおそれがある態勢で接近する芳竜丸に気付かないまま,その進路を避けることなく進行して同船との衝突を招き,両船の船首部外板及び球状船首をそれぞれ大破させるに至った。
以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
C受審人は,夜間,鳥島北東方沖合において,漁場に向け南下する場合,船首方に死角を生じていたから,船首少し左から接近する他船を見落とすことのないよう,操舵室内で立ち上がって天井に設けられた出窓から見張りをするなどの死角を補う見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,左舷前方の第三船に気をとられ,死角を補う見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路を右方に横切り衝突のおそれのある態勢で接近する曙丸に気付かないまま,警告信号を行うことも,衝突を避けるための協力動作をとることもなく進行して同船との衝突を招き,両船に前示の損傷を生じさせるに至った。
以上のC受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
B指定海難関係人が,夜間,鳥島北東方沖合において,千葉県銚子漁港に向け北上中,単独で船橋当直に従事する際,前路の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
B指定海難関係人に対しては勧告しない。
よって主文のとおり裁決する。
参考図
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