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平成17年第二審第16号
件名

漁船第一太喜丸乗組員負傷事件[原審・長崎]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年3月24日

審判庁区分
高等海難審判庁(安藤周二,上中拓治,山田豊三郎,竹内伸二,坂爪 靖)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:第一太喜丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
補佐人
a
指定海難関係人
B 職名:第一太喜丸通信士

第二審請求者
受審人A

損害
乗組員が6箇月の入院治療を要する左下腿開放骨折等

原因
係留作業の安全措置不十分

主文

 本件乗組員負傷は,船長による港内操船の指揮が執られず,係留作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月21日15時55分
 長崎県三重式見港
 (北緯32度49.2分 東経129度46.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第一太喜丸
総トン数 119トン
全長 39.83メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット
(2)設備及び性能等
 第一太喜丸(以下「太喜丸」という。)は,平成元年4月に進水し,従業区域を乙区域とする船首楼及び船尾楼付一層甲板型鋼製漁船で,可変ピッチプロペラ,船首部及び船尾部にサイドスラスタを備えていた。
 船首楼甲板(以下「船首甲板」という。)は,長さ5.3メートル(m)後端の幅6.3mで,木製の床板が敷き詰められ,左右両舷が外側斜めに張り出したブルワーク,後ろ側が鋼製の仕切り板によって囲まれ,中央部に船首マスト,同マストを利用した見張り台のほか,それらの前方に揚錨機が設けられており,船首端から3m後方の中央部に高さ1.2m外径20センチメートルの係船索用ビット(以下「船首ビット」という。),船首ビットから1m前方の両舷ブルワークに係船索用フェアリーダがそれぞれ設置されていた。
 船首楼後端から船尾楼前端までの区画は,漁ろう甲板で,同甲板下方に燃料油タンク及び魚倉等が配置されていた。
 船尾楼は,前部が3層の船橋構造物で構成され,上層から順に上段操舵室,操舵室,無線室及び船員室等が配置されていた。
 操舵室は,前面が船首端から21m後方,床面が船首甲板から1.5m上方にあり,前面に7面,両舷の各側面に2面のガラス窓が設けられ,前面中央部に操舵スタンド,左舷側に拡声器用の延長コード付マイクや主機操縦盤等が設置され,操舵のほか主機,可変ピッチプロペラ及びサイドスラスタの遠隔操縦が行われるようになっていた。また,操舵室は,操舵スタンド付近からガラス窓越しに,前示仕切り板によって遮られる部分があるものの,船首ビットの係船索を見ることができた。係船索は,長さ70m外径40ミリメートルの合成繊維製ロープ2本で,船首甲板の右舷後部に格納されて備え付けられており,3本以上とるときには1本の両端をそれぞれ陸側に繰り出す方法が取られていた。

3 事実の経過
 太喜丸は,毎年4月中旬から5月下旬まで,長崎県京泊漁港に停泊して漁具等の手入れのほか,同県の造船所に入渠して船体及び機関の整備を行ったのち,6月から8月中旬まで三陸沖でかじき等流し網漁業,同月下旬から11月まで北海道沖等の海域でさんま棒受け網漁業,12月からまぐろ延縄漁業,翌1月から4月上旬まで東シナ海でかじき等流し網漁業にそれぞれ従事しており,A受審人及びB指定海難関係人ほかインドネシア共和国籍研修生2人を含む8人が乗り組み,平成15年1月10日に同漁港を発し,東シナ海の漁場に至って操業を開始し,その後漁獲物の水揚げ等のため,4ないし7日ごとに同県三重式見港に入港する形態で操業を続けていた。
 A受審人は,同人だけが甲板部船舶職員の有資格者で,従前から操業時に休息のため,通信士等の無資格者に単独で操船させており,B指定海難関係人の乗り組み後,操舵室でその操船に馴れている様子を見て技量を信頼し,三重式見港の港内を移動して中央埠頭付け根東側の給氷所岸壁に係留するときなど,時々自ら不在として同指定海難関係人に操船させていた。
 また,A受審人は,平素,給氷所岸壁の係留作業時,船首配置に甲板長と甲板員1人を,船尾配置に甲板員2人を就かせていたものの,氷積み準備作業で人手を要するときには船首配置に甲板員1人だけを就かせることがあった。
 ところで,A受審人は,太喜丸の船内では乗組員の飲酒を禁じており,平成11年当時甲板長として乗船していた甲板員Cを飲酒のため甲板員に降格したのち下船させ,その後飲酒しないことを条件に再び乗り組ませていたが,同14年12月船内での同人の飲酒を知り,禁酒を厳守するように注意を与えていた。
 太喜丸は,同15年3月16日15時00分三重式見港に入港し,翌17日早朝水揚げを終えたのち,三重式見港三重南防波堤東灯台から007度(真方位,以下同じ。)1,100mの中央埠頭東側ほぼ中央の突堤に入船左舷付けで船首及び船尾からそれぞれ係船索3本をとって係留した。
 係留後,A受審人は,乗組員の在船者を停泊当直に就かせて帰宅し,漁場海域の天候不順で出港を見合わせているうち,知人の不幸を知り,越えて21日葬儀に参列することとし,同日16時給氷所岸壁に移動して氷を積んだのち出港することを乗組員に伝え,氷積み予定を氷業者に告げた。
 ところが,A受審人は,21日葬儀に参列して帰宅し,14時車で三重式見港の港内移動に間に合わせるよう出発したのち,交通渋滞の状況下,15時氷業者からの携帯電話による連絡で,他船から多量の氷注文を受けたために太喜丸の氷積みを早められないかと打診され,他船の後になるのを避けることとし,B指定海難関係人に操船させて無難に移動できるものと思い,自ら港内操船の指揮を執ることなく,在船していた同人に対し携帯電話で,給氷所岸壁に移動して係留するよう指示した。
 また,C甲板員は,同日昼食時に帰宅し,350ミリリットル入りの缶ビール2缶を,15時太喜丸に戻ったのち氷積み予定の早められたことを知らないまま,さらに同缶ビール1缶を飲酒した。
 太喜丸は,A受審人ほか甲板長及び研修生2人が不在のまま,15時25分機関長が機関の準備を整えたのち,C甲板員がゴム長靴を着用して船首配置に,甲板員2人が船尾配置にそれぞれ自発的に就き,中央埠頭を陸行することとした機関員1人が突堤で係船索を解き放ち,船首1.8m船尾3.6mの喫水をもって,15時30分離岸し,B指定海難関係人が操舵室で操船にあたり,300mばかり隔てた給氷所岸壁に向かった。
 離岸後,B指定海難関係人は,船首甲板上がC甲板員の手繰り上げた係船索で足の踏み場がない状況になっていたものの,同甲板員に係船索を整頓させないまま,主機回転数毎分300にかけ可変ピッチプロペラ翼角(以下「プロペラ翼角」という。)操作で速力を適宜調節して港内を航行した。
 太喜丸は,15時50分給氷所岸壁に至り,入船左舷付けの態勢で船首が同岸壁に近づいたとき,C甲板員が船首甲板のフェアリーダを通した係船索の一端を投げ渡し,これを待機していた機関員が受けて岸壁ビットにとり,同甲板員が同端から15m隔てた箇所を船首ビットに仮止めし,同索がフェアリーダを介して船体後方にとられた状況となった。
 B指定海難関係人は,給氷所岸壁と船体との間隔があったので,前進しながら同岸壁に寄せることとし,あらかじめ拡声器等で船首尾配置の甲板員に前進にかける旨の連絡を行わないで,プロペラ翼角を前進に操作したところ,船体の前進とともに船首ビットに仮止めされた係船索が緊張して勢いよく動き出したが,そのまま操船を続けた。
 C甲板員は,船首甲板の左舷側でこれを見て,前示係船索を船首ビットに止めようとして近づいたとき,15時55分三重式見港三重南防波堤東灯台から015度1,340mの地点において,整頓されないまま絡まって船首ビットに引き寄せられた同索を踏んで転倒し,左足が同索と船首ビットの間に挟まれて締め付けられた。
 当時,天候は曇で風力3の北北西風が吹き,潮候は下げ潮の末期であった。
 B指定海難関係人は,C甲板員の転倒を認め,給氷所岸壁にいた機関員にその状態を確かめさせ,負傷を知って同岸壁に着岸したのち,同甲板員を病院に搬送する措置をとった。
 一方,車中にいたA受審人は,携帯電話で機関長から負傷の報告を受けて病院に向かい,事後の処理にあたった。
 その結果,C甲板員は,6箇月の入院治療を要する左下腿開放骨折等を負った。

(本件発生に至る事由)
1 港内操船
(1)A受審人が,B指定海難関係人に操船させて無難に移動できるものと思い,同人に対し,給氷所岸壁に移動して係留するよう指示し,自ら港内操船の指揮を執らなかったこと
(2)B指定海難関係人が,船長不在のまま操船したこと

2 係留作業
(1)C甲板員が,船首配置に就く前に飲酒したこと
(2)船首甲板上の係船索が整頓されていなかったこと
(3)B指定海難関係人が,あらかじめ拡声器等でプロペラ翼角操作の連絡を行わなかったこと

(原因の考察)
 本件は,三重式見港において,港内を移動して給氷所岸壁に係留する際,船長による港内操船の指揮が執られていたなら,船首甲板上の係船索の整頓や,あらかじめ拡声器等でプロペラ翼角操作の連絡が行われ,防止されたと認められる。
 したがって,A受審人が,B指定海難関係人に操船させて無難に移動できるものと思い,同人に対し,給氷所岸壁に移動して係留するよう指示し,自ら港内操船の指揮を執らなかったこと,及びB指定海難関係人が,船長不在のまま操船し,船首甲板上の係船索を整頓させることや,あらかじめ拡声器等でプロペラ翼角操作の連絡を行うなど,係留作業の安全措置を十分にとらなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 C甲板員が,船首配置に就く前に飲酒したことは,飲酒量の多寡にかかわらず,回避すべきであった。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,長崎県三重式見港において,港内を移動して給氷所岸壁に係留する際,船長による港内操船の指揮が執られず,係留作業の安全措置が不十分で,船首配置に就いた乗組員が,船体の前進とともに動き出した係船索を踏んで転倒し,同索と船首ビットの間に足を締め付けられたことによって発生したものである。
 係留作業の安全措置が十分でなかったのは,船長が,無資格の通信士に対し,給氷所岸壁に移動して係留するよう指示したことと,同通信士が,船長不在のまま操船したこととによるものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,三重式見港において,港内を移動して給氷所岸壁に係留する場合,自ら港内操船の指揮を執るべき注意義務があった。ところが,同人は,B指定海難関係人に操船させて無難に移動できるものと思い,自ら港内操船の指揮を執らなかった職務上の過失により,同指定海難関係人が船長不在のまま操船し,船首配置に就いた乗組員が船体の前進とともに動き出した係船索を踏んで転倒し,同索と船首ビットの間に足を締め付けられる事態を招き,同乗組員に6箇月の入院治療を要する左下腿開放骨折等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人が,三重式見港において,港内を移動して給氷所岸壁に係留する際,船長不在のまま操船し,係留作業の安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しないが,船長不在のまま港内を操船することは慎まなければならない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年5月31日長審言渡
 本件乗組員負傷は,港内でシフトのうえ着岸作業中,運航が不適切で,船首配置に就いた乗組員が走出する係船索に左足を巻き込まれたことによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。


参考図
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