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 海難審判庁採決録 >  2006年度(平成18年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成17年第二審第3号
件名

旅客船フェリーくるしま乗組員死亡事件[原審・広島]

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成18年2月21日

審判庁区分
高等海難審判庁(安藤周二,大須賀英郎,山田豊三郎,竹内伸二,長谷川峯清)

理事官
井上 卓

受審人
A 職名:フェリーくるしま船長 海技免許:二級海技士(航海)
B 職名:フェリーくるしま一等航海士 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
C 職名:フェリーくるしま甲板手
D 職名:E社運航管理者
補佐人
a(A,B受審人,C,D指定海難関係人各選任)
第二審請求者
受審人A,B

損害
甲板員が脳挫傷により死亡

原因
フェリーくるしま・・・車両積込み作業の安全措置不十分
運航管理者・・・船内荷役作業の安全管理不十分

主文

 本件乗組員死亡は,車両積込み作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,船内荷役作業についての安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Bの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月26日20時30分
 愛媛県松山港
 (北緯33度53.4分 東経132度42.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船フェリーくるしま
総トン数 4,277トン
全長 119.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 8,237キロワット
(2)設備及び性能等
 フェリーくるしま(以下「くるしま」という。)は,昭和62年1月に進水した航海速力17.3ノットの多層甲板型旅客フェリーで,旅客756人,8トントラック73台及び乗用車41台の搭載が可能であった。
 船体は,船橋楼前面が船首端から19メートル後方に位置しており,上から順に羅針儀甲板,航海船橋甲板,A甲板,B甲板,C甲板及びD甲板の6層の甲板が配置され,A甲板が旅客室区画,船橋楼前面から15メートル後方までのB甲板がドライバー区画,C甲板及びD甲板が車両積載区画で,D甲板の下方に機関室が設けられていた。そして,D甲板の船首及び船尾に水密扉を兼ねた車両積込み用ランプウェイ・ドアが,C甲板の前後2箇所に長さ34.5メートル幅4メートルの可動式船内ランプウェイがそれぞれ装備され,これらC甲板及びD甲板(以下「車両甲板」という。)の左右両舷側に多数の換気ファンが設置されていた。
 積載車両は,通常,船首ランプウェイ・ドアから船内に入り,C甲板に積み込まれるものは前部船内ランプウェイを昇って進入し,下船時には後部船内ランプウェイを下りて船尾ランプウェイ・ドアから船外に出るようになっていた。

3 事実の経過
(1)運航形態
 くるしまは,E社が運航管理を行い,専ら関門港小倉区と愛媛県松山港間の定期航路に就航し,計画速力を15.5ノットとして運航ダイヤが定められ,上り便は21時55分関門港小倉区を出航,翌朝05時00分松山港の松山観光港第一フェリー岸壁に着岸して旅客及び車両を下ろした後同港内に錨泊し,20時10分再び同岸壁に着岸して下り便の旅客と車両を乗せ,21時55分松山港を出航,翌朝05時00分関門港小倉区に入港して出航時刻までフェリー岸壁に係留される形態で,両港間を2日間で1往復する定期運航に従事していた。
(2)運航管理規程と作業基準
 E社が国土交通大臣に届け出た運航管理規程には,船内荷役作業体制について,船長が作業指揮者と作業員を指名し,通常,一等航海士が同指揮者となって旅客及び車両乗下船時の誘導と積付けを行うこととされていた。
 運航管理規程の作業基準では,作業員の配置,車両誘導員(以下「誘導員」という。)の人数や作業体制が定められており,車両積込み作業時に誘導員が船内に進入した車両を積付け位置まで誘導すること,車両運転者に対する注意事項,車止め及び固縛装置等の使用が示されていたものの,車両誘導など船内荷役作業の安全確保については具体的な作業基準が明示されておらず,旅客フェリー各船は,自主的に作成した船内荷役マニュアルに同基準を記載していたものの,各船でその内容が少しずつ異なっていて,車両積込み作業現場の作業指揮者や誘導員がそれぞれ安全と考える方法で同作業を行っていた。
 なお,E社では,平成13年12月くるしまの僚船で誘導作業中の乗組員が大型車両と車両甲板内の柱との間に挟まれ,同14年7月には別の僚船で誘導作業中の乗組員が大型車両と船体側壁との間に挟まれ,いずれも負傷する事故が発生しており,その都度,訪船指導及び安全講習会の開催等により車両積込み作業の安全確保について乗組員に注意を促したり,一部の旅客フェリーが自主的に作成した船内荷役マニュアル写等を送付するなどの事故防止対策を行った。
(3)船内荷役マニュアル
 平成12年5月D指定海難関係人は,車両積込み作業の安全確保のため,大阪・別府航路に就航していた旅客フェリーF号で作成された船内荷役マニュアルの写を,荷役前ミーティングで利用するようにという趣旨の文書を添えて旅客フェリー各船に送付したほか,同13年10月船舶部作成の「車両乗降・荷役マニュアル」に続き,同14年12月E社大阪支店のポートキャプテンが作成した「車両誘導の具体的方法」と題する各文書を各船に送付した。くるしまでは,これらの文書に基づき,船内荷役マニュアルが作成されて船橋に備え置かれるとともに乗組員の船室に配布された。
 くるしまの船内荷役マニュアルには,目的,荷役の原則,荷役の指揮,船内の指揮・配置及び車両誘導の原則等について記載され,同原則には次のような安全作業基準が定められていた。
(1)誘導員は,トラック運転者及び乗用車乗客の安全を確保すること
(2)車両誘導は,車両の前方に1人,後方に1人の2人誘導体制を原則とすること
(3)2人誘導体制が整うまで指揮者の判断により待機すること
 ただし,前方誘導及び乗用車の誘導は1名誘導体制を可とする
(4)誘導員は,動作を大きく明瞭にし,常に運転者に分かりやすい誘導を心がけること
(5)誘導の際には,車両が意に反した動きをした場合は必ず運転者に口頭で意思を伝えること
(6)誘導員は,誘導の際,言葉使いに注意し,威圧的な誘導を行ってはならない
(7)車両の真後ろでの誘導は絶対に行ってはならない
(8)誘導員は,車両が完全に停止するまで車両の後方に入ってはいけない
 また,セミトレーラ連結車(以下,トラクタを「ヘッド」,セミトレーラを「シャーシ」という。)に関しては,「シャーシ等の積込み厳守事項」として次の旨が記載されていた。
(1)シャーシ及び車両の後方誘導中は,真後ろで誘導せず,必ず横(できる限り運転者側)に出て誘導する
 その際,必ず自分の逃げ道を確保しておく
(2)前方誘導員は,他の誘導の笛と聞き違いがないようにし,運転者に対し確実に停止及び後進の指示を出す
(3)前方誘導員は,運転者に停止を指示した後,確実に停止したのを確認し,後方誘導員に停止した旨指示を送る
(4)ヘッドが抜けるまでシャーシの後方を通行しない
(5)車両が完全に停止したのを確認し,エンジンが止まるまで後方を通行しない
(6)車止めを行う場合,シャーシはヘッドが抜けてから,車両は完全に停止したのを確認した後で行う
(7)シャーシ前部のランディングギア(以下「脚」という。)を下げる作業はシャーシが完全に停止してから行う
 後方誘導時の笛の合図については,積付け位置に接近するまでは連続した長音又は短音で,積付け位置に近づくにつれ短音の間隔を短くし,停止の合図は長い長音を強く吹くように記載されていたが,車両甲板における笛の合図は,機関室のエンジン,換気ファン及び走行車両のため車両甲板の騒音が大きく,ヘッドの運転者に聞こえにくい環境であった。
 なお,くるしまの船内荷役マニュアルの基となった前示F号の船内荷役マニュアルでは,車両誘導の安全作業基準について,真後ろでの誘導は極力避けることとされるなど,くるしまの船内荷役マニュアルと異なる部分があった。
(4)船内荷役作業体制
 くるしまの船内荷役作業体制は,一等航海士が陸上作業指揮者と連絡をとりながら,D甲板ランプウェイ・ドア付近で船内荷役作業全般を指揮し,二等航海士がC甲板の作業指揮にあたり,同航海士を補佐する甲板長及び甲板部員5人と機関部員1人の合計8人が車両積込み作業に従事していた。また,一等航海士,二等航海士,甲板長及び甲板手2人の5人が連絡用のトランシーバーを携帯していただけで,トランシーバーを携帯していない作業員3人との意思疎通が確保できない状態であった。一方,A受審人(受審人に指定されていたが,死亡。以下「A船長」という。)は,船内荷役中,常時船長室でトランシーバーを聴取し,荷役の状況を把握するようにしていた。
 積載車両は,C甲板,D甲板とも船首尾方向に設定された6列のレーンに縦列に積み込まれることとなっていた。そして,これらのレーンは,幅2.45ないし2.85メートルで右舷側から左舷側に向かって順に1番線から6番線までの名称が付され,レーン境界には塗料で幅約10センチメートル(以下「センチ」という。)の白線が引かれていた。
 C甲板におけるシャーシ等大型車両の積込み順序は,最初に後部船内ランプウェイ左舷側の4番線後部に積み,以下1,6,2,5,3番線の順に各レーンの船尾側から1台ずつ積み込まれていた。
 車両の運転者は,岸壁では陸上作業指揮者の,船内では一等航海士の指示に従うこととなっていた。そして,運転者が乗っていない車両は,E社から陸上作業を委託された荷役業者の作業員が運転して車両甲板に積み込まれていた。
 C甲板に積載されるシャーシ等大型車両は,前部船内ランプウェイを上がったところで左に180度回った後,所定の積付け位置に向かって後退し,船首側に向首して同甲板後部から順に積み込まれ,ブレーキと木製の車止めによって移動防止措置がとられた。
 くるしまに積載される標準的シャーシは,長さ12.6メートル幅2.8メートル,低床高さ1.15メートルで,ヘッドを連結すると全長16.2メートルとなり,総重量が20トンを超えるものがあった。そして,シャーシ前部には,ヘッドを切り離したときに車体を支える脚があって,これを上下するときには前部左側の脚出し用ハンドルを回すようになっており,後輪は2軸が一般的であった。
 シャーシは,ヘッドにけん引されて所定の積付け位置に船首側を向いて停止し,脚が下ろされて後輪に車止めが施された後,連結装置が切り離され,その後ヘッドは岸壁に戻って別のシャーシをけん引した。
 運航管理規程の作業基準によれば,車両の積付けについては,負担重量を平均し,車列の両側に60センチ以上の通路を確保し,船首尾両端を除いて横方向に幅1メートル以上の通路を1条以上設けることと定められており,くるしまでは,隣り合うシャーシとの間隔を,前後50センチ,左右40センチを標準として積込み計画を立てていたが,実際には脚出しハンドルを操作しやすいよう左側の間隔を広くとり,右側が標準より少し狭くなっていた。
(5)車両誘導手順
 D甲板からC甲板に進入してUターンしたセミトレーラ連結車は,後方誘導員がシャーシ後方の右舷側で,前方誘導員がヘッド運転席の右舷側でそれぞれ誘導にあたって積み込まれた。
 後方誘導員は,積付け位置までの距離に応じ,定められた笛の合図と手信号により停止,後退,進行方向などを前方誘導員と運転者に伝え,後退する途中でシャーシの左舷側に移動した後,停止の笛の合図をしてからセミトレーラ連結車が少し後退することを考慮し,積付け位置の少し手前で同合図を行っていた。一方,前方誘導員は,後方誘導員の笛の合図を聞きながら,運転者に後退速度,進行方向及び停止の指示を行っていた。
 積付け位置には,目印の三角コーンや懐中電灯などを置くこともあったが,ヘッドを停止させるときには,必ず後方誘導員が笛で合図し,前方誘導員は運転者に口頭で停止を指示することとなっていた。
 前方誘導員は,運転者がサイド・ブレーキをかけてヘッドを停止したことを確認し,後方誘導員にその旨を連絡して後輪に車止めを施させると同時に,反対側に移動して脚を甲板上に下ろすこととなっていたが,トランシーバーを携帯していない後方誘導員との意思疎通が確保できなかったことから,これらの作業手順が必ずしも船内荷役作業マニュアルの安全作業基準どおりに行われていなかった。
 ところで,セミトレーラ連結車は,毎秒1メートル以下のゆっくりした速度で後退するものの,運転者の技量などによって停止の合図があっても直ちに停止せず,更に数十センチ後退することがあり,安全確保のため後方誘導員は絶対にシャーシ等の真後ろで誘導を行ってはならないことが定められていた。そして,右舷側レーンに積み込むシャーシが積付け位置に接近すると,右舷外板あるいは既に右舷側に積載されたシャーシとの間隔が次第に狭くなることから,シャーシの右舷側で誘導にあたる後方誘導員は,後方に安全な距離があるうちに左舷側に移動する必要があったが,その時機について特に定められていなかったので,適宜判断して移動していた。
(6)松山港における車両積込み作業
 B受審人は,松山港に到着して旅客及び車両を下ろした後,錨泊中にE社松山支社から通知される積載車両明細に基づいて積付け計画を作成し,着岸前に車両積込み作業にあたる乗組員を集めて荷役前ミーティングを開き,当日の作業内容,作業配置及び注意事項などを指示し,着岸後D甲板のランプウェイ・ドア付近で船内荷役全般の指揮にあたっていた。また,同人は,二等航海士の職務を執るときには一等航海士の指示に従ってC甲板の作業指揮にあたっており,平素,同作業が船内荷役マニュアルどおりに行われていない実態を知っていた。
 A船長は,荷役前ミーティングに参加して気象・海象やE社からの通達事項を伝えるほか,必要に応じ,一等航海士の説明を補足し,船内荷役作業上の注意事項などを指示していた。
(7)乗組員の安全意識
 乗組員は,くるしま以外の旅客フェリー各船に乗船していたが,各船の船内荷役マニュアルに大差がないなどの理由でこれをよく読まないまま,記載された作業基準を厳格に守らない者が多くなり,くるしまの船内荷役マニュアルには車両誘導の原則が明記されていたにもかかわらず,セミトレーラ連結車の誘導を2人誘導体制で行わなかったり,シャーシの真後ろで誘導を行ったり,また,後方誘導員が運転席側から反対側に移動するとき,ヘッドを一時停止させずに移動するなどの行動をとるようになり,船内荷役作業における安全意識が低下していた。
 A船長は,E社から送付された船内荷役作業に関する文書及びくるしまの船内荷役マニュアルが船橋に備え置かれているのを知っていたものの,これらを注意深く読まず,また,車両積込み作業中,乗組員が同マニュアルの安全作業基準を守らないで車両誘導を行っているという実態があることに気付かないまま,逃げ道を確保するよう注意するだけで,安全作業基準の遵守について,一等航海士に対する指導監督を十分に行わなかった。
 D指定海難関係人は,旅客フェリー各船の船内荷役マニュアルの内容や,不安全な方法で車両誘導作業が行われている実態を十分に把握しないまま,車両積込み作業に関する資料を各船に送付しただけで,各船共通の安全作業基準を定めてこれが確実に遵守されるよう,船内荷役作業について,乗組員の安全意識の向上を図るなどの安全管理を十分に行わなかった。
(8)本件発生に至る経緯
 くるしまは,A船長,B受審人,C指定海難関係人及びG甲板員ほか14人が乗り組み,旅客及び車両を乗せ,平成15年8月25日21時55分関門港小倉区を発し,翌26日05時00分松山港に入港し,松山観光港第一フェリー岸壁で旅客及び車両を下ろした後,港内に錨泊した。
 同日17時ごろB受審人は,E社松山支社から小倉向け乗船予約状況についての連絡を受け,乗船者321人,トラック43台,シャーシ17台,バス1台,乗用車等43台の合計104台の予約で車両甲板がほぼ満船となることを知り,すぐに車両積込み計画の作成にかかり,シャーシ17台のほとんどをC甲板に積載することとし,その後積込み作業にあたる二等航海士,甲板長,C指定海難関係人,G甲板員ほか甲板手2人,操機手1人を集めて荷役前ミーティングを開き,積込み計画や作業配置などを説明し,満船となることを伝えるとともに,狭いところに入らないなど一般的注意事項を告げたのみで,現場では作業員自身が判断して行動するものと思い,2人誘導体制の確保,シャーシ真後ろでの誘導禁止,ヘッド運転者への停止の指示など車両積込み作業の安全措置を徹底しなかった。
 A船長は,同ミーティングに参加してB受審人の指示を聞いていたが,安全作業基準の遵守を徹底させるよう同人に対する指導監督を十分に行わなかった。
 19時52分くるしまは,揚錨してフェリー岸壁に向かい,20時10分松山港高浜5号防波堤灯台から真方位194度580メートルの松山港観光港第一フェリー岸壁に,船首4.2メートル船尾4.4メートルの喫水をもって,真方位188度に向首した状態で左舷係留し,間もなく車両の積込みが開始された。
 B受審人は,D甲板船首部ランプウェイ・ドア入口付近に立ち,トランシーバーを携帯して積込み作業を指揮し,C甲板船内ランプウェイ付近では二等航海士が,甲板長を補佐に就け,同甲板上の積込み作業の指揮にあたった。各作業員は,誘導用懐中電灯を持ち,保護帽及び反射光材付き安全ベストを着用していたが,トランシーバーを携帯しないG甲板員を含む3人は,笛と手信号以外に連絡手段がなかった。そして,荷役業者の運転者がヘッドを運転し,シャーシ7台がC甲板の4,1,6,2,5番線の順に各レーン後部から積み込まれ,その間に乗用車3台が同甲板右舷船首側に積載された。
 20時28分8台目のシャーシを連結した全長16.2メートルのセミトレーラ連結車が,2番線の船尾から2台目の位置に積み込まれる予定で前部船内ランプウェイからC甲板に進入したとき,積込み時間の間隔がやや短かく,トランシーバーを携帯したC指定海難関係人が同甲板船首側に積み込む乗用車の誘導にあたっていたので,2人誘導体制を確保できなかったが,同連結車は,待機の措置がとられないまま,二等航海士から2番線に向かうよう指示を受けて左にUターンし,近くに居合わせたG甲板員がシャーシの右舷側後方で誘導しながら,後退して積付け位置に向かった。
 ヘッドの運転者は,運転席から上半身を右舷側に出し,笛を吹きながら誘導するG甲板員を見ながら,2番線に沿ってゆっくりとほぼまっすぐに後退した。
 間もなくG甲板員は,積込みを終えた右舷側シャーシとの間隔が次第に狭まり,シャーシの真後ろに移動したが,早目に左舷側に移動しないまま誘導を続けた。
 乗用車2台の積込みを終えたC指定海難関係人は,前方誘導員がいないまま後退するセミトレーラ連結車を見てヘッドの運転席右舷側に就き,G甲板員と2人で誘導を始め,そのとき後方から笛の合図が聞こえるものの後方誘導員の姿が見えず,トランシーバーを携帯しない同甲板員と連絡がとれないこともあって,誰がどこで合図をしているか分からなかったが,いったんヘッドを停止させて後方誘導員の位置を確認しないまま,笛の合図に従って運転者に口頭で指示しながらヘッドとともに移動した。
 運転者は,上半身を運転席の中に戻し,C指定海難関係人の指示に従ってゆっくりと後退した。
 そのころ,後部船内ランプウェイ左舷側で二等航海士を補佐していた甲板長は,セミトレーラ連結車が笛の合図に従って後退しているのを見て,同連結車の左舷側に赴き,一緒に移動しながらシャーシの脚出し用ハンドルを回して脚を下ろし始めた。
 C指定海難関係人と甲板長は,それぞれセミトレーラ連結車の右舷側と左舷側に立ち,いずれも後方誘導員の姿を見なかったが,誘導体制に疑問を感じないまま,それぞれの作業を続け,やがてシャーシが2番線の船尾側に積み込まれていたシャーシ前部に接近し,20時30分わずか前G甲板員が吹いた停止の笛の合図を聞いた。
 C指定海難関係人は,運転者にも笛の合図が聞こえたものと思い,直ちに停止するよう運転者に指示せず,ヘッドの停止を確認しないまま,シャーシの脚を下ろそうと思い,ヘッドの前方を回って反対側に移動したところ,甲板長がハンドルを回していたので,次の積込み場所の5番線に移動した。
 運転者は,既に積込みを終えた右舷側のシャーシを見て積付け位置に近づいたことが分かり,そのままゆっくり後退を続けたところ,20時30分松山観光港第一フェリー岸壁において,くるしまのC甲板右舷側後部で後退中のシャーシ後方を左舷側に移動しようとしていたG甲板員は,同シャーシ後部と2番線船尾側に積み込まれていたシャーシ前部との間に挟まれ,保護帽を着用したまま頭部を圧迫された。
 当時,天候は曇で風はなく,潮候は上げ潮の末期にあたり,海上は平穏であった。
 運転者は,停止の笛の合図が聞こえないので不審に思いながらブレーキを踏んでヘッドを停止した後,左舷側で乗組員が脚を下ろしているのを見て積付け位置に達したものと判断し,サイド・ブレーキとトレーラ・ブレーキをかけて運転席から下り,連結装置を外したのち,再びヘッドを運転して船外に出た。
 甲板長は,シャーシの脚を下ろした後,後方誘導員が車止めで後輪を固定する作業を確認しないまま,折から船首側で乗用車を誘導していた甲板手に積付けの指示をするため前部に移動した。その後2台のシャーシが5番線後部と6番線前部に積み込まれ,11台目のシャーシがC甲板に上がってきたのを見て,甲板手の1人にヘッドの横に就くよう指示し,自身は後方で笛を吹いて1番線の後ろから3台目の位置に誘導していたとき,近くにいた作業員の話でG甲板員の姿が見えないことを聞いたが,気に留めないまま誘導を続けた。
 間もなく甲板長は,誘導していたシャーシを積付け位置に停止させて後輪に車止めをしていたとき,脚出し用ハンドルを回していた前方誘導員が2番線に積み込んだ8台目のシャーシ下に光っているものが見えると告げたので,不審に思い,急いで同シャーシ後部に赴いたところ,左舷側を向いて少し膝を曲げた状態で前後のシャーシに挟まれているG甲板員と懐中電灯を発見し,直ちにトランシーバーで他の作業員にこの状況を知らせるとともに救急車の手配を要請した。
 20時43分ごろ船長室にいたA船長は,トランシーバーでこのことを聞き,直ちに救急車の手配を代理店に依頼するとともに,海上保安部に通報するなど事後の措置にあたった。
 その結果,G甲板員は,頭部を強く圧迫され,救急車で最寄りの病院に搬送されたが,脳挫傷による死亡と検案された。
 本件後D指定海難関係人は,旅客フェリー各船の船内荷役マニュアルの見直しを行い,平成15年12月15日付けで同マニュアルを改訂して船内荷役作業の安全作業基準を明確にするとともに,各船で安全講習会を開催し,同マニュアルに記載された安全作業基準の厳守を強く指導した。そして,作業員間の意思疎通が確実に行われるよう作業員全員にトランシーバーを携帯させることとし,船内では同基準に沿った安全作業の徹底を指導し,平成17年3月運航管理者をA船長と交代してE社を退職した。

(本件発生に至る事由)
1 船内荷役マニュアル記載の安全作業基準が各船で少しずつ異なっていたこと
2 エンジン等のため車両甲板の騒音が大きかったこと
3 トランシーバーを携帯しない作業員との意思疎通が確保できなかったこと
4 乗組員が,船内荷役マニュアルをよく読んでいなかったこと
5 A船長が,安全作業基準の遵守について,一等航海士に対する指導監督を十分に行わなかったこと
6 D指定海難関係人が,各船の船内荷役作業の実態を把握していなかったこと
7 D指定海難関係人が,船内荷役作業について,乗組員の安全意識の向上を図るなどの安全管理を十分に行わなかったこと
8 B受審人が,車両積込み作業の安全措置を徹底しなかったこと
9 2人誘導体制が確保されるまでセミトレーラ連結車の待機措置がとられなかったこと
10 シャーシ等の積込み時間の間隔がやや短かったこと
11 C指定海難関係人が,ヘッドをいったん停止させて後方誘導員の作業位置を確認しなかったこと
12 G甲板員が,シャーシの真後ろで誘導にあたったこと
13 C指定海難関係人が,停止の笛の合図を聞いたとき,直ちにヘッドの運転者に停止の指示を行わなかったこと
14 停止の笛の合図がヘッドの運転者に聞こえなかったこと

(原因の考察)
 本件は,車両誘導作業中,後方誘導員がシャーシの真後ろで誘導にあたらなければ発生せず,また,前方誘導員が,停止の笛の合図を聞いたとき,直ちにヘッドの運転者に停止するよう指示していれば発生しなかったものと認められる。
 したがって,G甲板員がシャーシの真後ろで誘導にあたったこと,及びC指定海難関係人が,停止の笛の合図を聞いたとき直ちにヘッドの運転者に停止するよう指示しなかったことなど,車両積込み作業の安全措置が十分でなかったことは本件発生の原因となる。
 くるしまでは,平素,2人誘導体制が励行されないなど,船内荷役マニュアルに明記された安全作業基準が確実に遵守されていなかったと認められる。船長,一等航海士及び運航管理者が,それぞれの立場で乗組員の安全意識を高め,安全作業基準を遵守させていたなら,本件発生を防止することができたものと考えられる。
 したがって,A船長が,安全作業基準の遵守について,一等航海士に対する指導監督を十分に行わなかったこと,B受審人が,車両積込み作業の安全措置を徹底しなかったこと,及びD指定海難関係人が,旅客フェリー各船の船内荷役作業の実態を把握し,乗組員の安全意識の向上を図るなどの安全管理を十分に行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 船内荷役マニュアル記載の安全作業基準が各船で少しずつ異なっていたこと,トランシーバーを携帯しない作業員との意思疎通が確保できなかったこと,乗組員が船内荷役マニュアルをよく読んでいなかったこと,2人誘導体制が確保されるまでセミトレーラの待機措置がとられなかったこと,シャーシ等の積込み時間の間隔がやや短かったこと及びC指定海難関係人がヘッドをいったん停止させて後方誘導員の作業位置を確認しなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 また,エンジン等のため車両甲板の騒音が大きかったこと及び停止の笛の合図が運転者に聞こえなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,旅客フェリー特有の作業環境によるものであり,相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,夜間,愛媛県松山港において,車両積込み作業の安全措置が不十分で,車両甲板で誘導にあたっていた乗組員が,後退して積付け位置で停止しようとしたシャーシと積込みを終えたシャーシとの間に挟まれたことによって発生したものである。
 車両積込み作業の安全措置が十分でなかったのは,船長が,安全作業基準の遵守について,一等航海士に対する指導監督を十分に行わなかったこと,一等航海士が車両積込み作業の安全措置を徹底しなかったこと,後方誘導員が後退するシャーシの真後ろで誘導を行ったこと及び前方誘導員が運転者に停止の指示を行わなかったことによるものである。
 運航管理者が,船内荷役作業について,旅客フェリー各船の荷役作業の実態を把握し,乗組員の安全意識向上を図るなどの安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
 B受審人は,夜間,愛媛県松山港に停泊中,荷役前ミーティングにおいて,作業員に対し,車両積込み作業についての指示を行う場合,2人誘導体制の実施,車両真後ろでの誘導の禁止,運転者に対する停止の指示など,車両積込み作業の安全措置を徹底すべき注意義務があった。しかるに,同人は,現場では作業員自身が判断して行動するものと思い,狭いところに入らないなど一般的注意を告げたのみで,車両積込み作業の安全措置を徹底しなかった職務上の過失により,後退するシャーシの真後ろで誘導にあたっていた甲板員が同シャーシと積込みを終えたシャーシとの間に挟まれる事態を招き,同甲板員が死亡するに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 C指定海難関係人が,後退するセミトレーラ連結車のヘッド横で誘導作業中,後方誘導員による停止の笛の合図を聞いたとき,直ちにヘッドの運転者に停止するよう指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては,勧告しないが,船内荷役マニュアル記載の安全作業基準を遵守して作業を行わなければならない。
 D指定海難関係人が,船内荷役作業について,旅客フェリー各船の実態を把握し,乗組員の安全意識向上を図るなどの安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 D指定海難関係人に対しては,安全作業基準を明確にした船内荷役マニュアルを作成するとともに乗組員の安全教育に努め,作業員全員にトランシーバーを携帯させるように改めるなど輸送の安全確保の措置を講じたことに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。

(参考)原審裁決主文 平成17年2月9日広審言渡
 本件乗組員死亡は,車両誘導中の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 運航管理者が,車両誘導中の安全措置について運航管理が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの二級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Bの三級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。


参考図1
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参考図2
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