7. 「ゲーム脳と脳科学教育」講演録
講師:森 昭雄
2006年 師範塾親学フォーラム・イン福岡 講演
「ゲーム脳と脳科学教育」
日本大学文学部教授 森 昭雄先生
三週間くらい前に鳥取県のある小学校で講演を頼まれ小学校一、二年生と三年生以上に分けて講義を行ないました。一、二年生に対しては五十分くらいの講義を行なったのですが大変静かに聞いてくれて質問もたくさん出ました。三年生以上に関しても同様に質問がたくさん出たのですが講演が終わった時に今まで経験した事のない現象が起こりました。子供達が私のところに寄って来て握手攻めや腕にぶら下がるなどしてきて全校生徒が異常なくらいに変わった、心が通じたのかなと感じました。会場には他の学校の校長先生、市や県の教育委員会の方が何名かお見えになっていたのですが「こんな光景は見た事がない」とおっしゃっていました。
今日はゲーム脳に関してのお話をしていきたいと思います。今年三月二日付の産経新聞に「どういう生徒になりたいか」という記事が載りました。米国、中国、韓国、日本の比較で「皆に好かれたい」という項目では日本は二番目でしたが、「リーダーシップ」に関しては非常に低く、「勉強に対する興味」も高くはありませんでした。それから「未知のものに対するチャレンジ精神」も非常に低い、そんな高校生が将来の日本を支えていく訳です。それ以外も「正義感」については二十五.七パーセントと低く、「決まりに従ってルールを守る」についても十五.四パーセントと低い、だからモラルが欠如していてニュースで中・高校生の万引きに対する意識調査もやっていたのですが「物を盗んでも悪いとは思わない」という子がたくさんいるようです。小学生だと九割くらいの子は「盗む事は悪い」という意識があるのに中・高校生になると途端に意識が低くなるのです。実際、東京都のあるコンビニでは毎日のように万引きが発生して経営が出来なくなってしまったという話もあります。このような事は二、三十年前にはあまりなかったと思うのですがそういう現象が出て来ているのです。
二〇〇二年七月に『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)という本を出しました。これには三人の子供が部屋にいる写真が掲載されているのですが三人は無言で、すなわち非言語制のコミュニケーションで数時間を過ごしていました。私は全国を講演して廻っているのですが子供達が元気よく外で遊んでいるという光景はあまり見かけません。遊びも外遊びから家の中にひきこもるものに変わっていると考えてよいと思います。昨年、大阪の十七歳の少年が学校に侵入して全く関係のない男性教諭を殺し、二名の女性教諭に重症を負わせるという事件がありましたがこの子は休みの日には朝から晩までずっとゲーム漬けという生活、中学生になってからはひきこもりをしていました。ゲーム漬けになった子は非常にキレやすく、暇さえあればゲームをやっているというような問題があります。この中学生は事件後、罪の意識もなく自分の部屋でタバコを吸っていたそうです。この後にも大阪の少年が事件を起こしましたが、彼は殺す相手を探していてたまたま公園に三歳くらいの男の子がいたのでハンマーで思いっきり叩いた、警察に出頭したその子が持っていた鞄を開けると殺すための道具が山ほど入っていたそうです。ゲームの延長上、ゲームと現実の世界の区別がつかなくなってしまった少年達、十七歳といえば善悪の判断が出来るはずですがそれすら出来ない、やはりどこかに問題があるのだろうと思います。
ゲーム脳を理解してもらうために少し脳の話をします。脊髄の上に頭が乗っていて頭の上の部分、脳幹(のうかん)は生命の中枢です。ここには呼吸のリズムを作る神経細胞が存在していて壊れると呼吸困難に陥り死に至るので非常に生命と直結した大切な場所なのです。これを取り囲む二重の皮質構造があり、皮質というのは神経細胞の集まったところを呼ぶのですが、そこには発生学的に古い皮質と進化の過程で新しい皮質が生まれてきたのです。古い脳は「動物脳」という言い方もしますがここは本能行動と関係する神経細胞が集約されているからです。例えば「喉が乾くと水を飲む」「敵が来ると攻撃をする」「お腹が空くと獲物を捕らえる」というような事です。新しい皮質は人間ならば人間らしさ、「将来の計画を立てる」「新しいものを作り出す」といった高次機能に関係する部分です。これらの場所は神経連絡があって一つのネットワークを形成しているのですが脳の分業地図はおでこのところは道徳心、理性、善悪の判断、行動をモニターして常にそれは正しいかどうかという事をやっています。人間は動物と比較するとその部分が非常によく発達しているという特徴があります。それから非常に短い「作業記憶」といったもの、また古い脳に対して抑制をかける場所と言われています。目から入った情報は視覚野(しかくや)というところに到達するのですがここから見たものが後頭連合野(こうとうれんごうや)で段階的に処理されて情報を過去のデータと照合して認識するのです。そしてそれを言語化するために側頭連合野(そくとうれんごうや)のウェルニッケの中枢(感覚性言語野)で言葉を作り出すブローカ野(ぶろーかや:運動性言語野)に出力細胞の情報を送るのです。私達の脳は情報を入力するだけではなくて出力をする事が大切なのですが今の子供達は視覚的情報が非常に多すぎて出力をあまりしなくなってきているという事が一つの大きな問題になってくるのです。大脳皮質は新しい皮質で表面に溝があり、狭い頭蓋骨の中に収まっていますが脳から取り出して伸ばしてみると新聞紙一ページくらいの広さになります。脳は言葉を聞く聴覚野(ちょうかくや:感覚性言語野)から言葉を作るブローカ野に情報が行き、運動野に出力して声を出すといったようにネットワークで働くという事が非常に大切になってきます。脳には小脳まで含めると約一千億の細胞があります。大脳皮質だけでは約百四十億ですが二十歳を過ぎると一日に最低でも十万個の神経細胞が死滅していきます。死滅は諦めるしかないのかと思うかも知れませんが脳細胞はたくさんありますので頭を使えば脳は働くのです。脳には生まれた時に既に運動野、感覚野など発達している場所もあります。後天的な部分は色々な体験や経験、知識が記憶として蓄えられる事によって作られます。見たものが何であるかという情報も蓄積され、それらの情報を前頭前野に送ってないものを作り出す(創造性)のです。だからこの部分が健全でなければ創造性豊かな子供というのは絶対に育ちません。勉強は出来ても人間的にはおかしいという事が起こってきますので育児、教育など環境によって大きく変化する場所なのです。人間と動物の前頭前野を比較すると人間は非常に大きくて「人間らしさ」というのはここにあるのだなと分かります。頭の良し悪しというのは後ろ半分の部分で記憶に関する場所です。単に本を見ているだけでは脳のネットワークは働かないので見たものが何であるか、そして口や手の筋肉を動かして出力をする事が大切です。脳は出力までやらないと折角あっても宝の持ち腐れになってしまうのです。ネコの前頭前野は正にネコの額ほどで、ネズミは点くらいしかありません。サルは他の動物に比べると大きいですが反省のポーズをとるのは心からの反省ではなくてやらなければ叱られるからやるのです。だから動物には夢も未来もない、そして計画するという事も一切出来ません。
二〇〇二年の秋に読売新聞社から基調講演を頼まれ、これからフリーターが異常なくらい増えるだろうと提言しましたが現在、ニートは六十四万人もいます。あるテレビ番組で父親が九十一歳、母親も九十歳近い年金で暮らしている家庭がリポートされていました。五十歳になる一人息子は年金からパチンコ代をもらって過ごしていてリポーターが息子に「仕事をしないのですか?」と尋ねると「会社に行って、もめると嫌でしょう?」と答えていました。親が亡くなったらこの人はどうするのか、ホームレスにでもなるのかなと思いました。これは本当にただ事ではなくて日本の将来は大変な事になってしまうのではないかと危惧します。やはり育児期、幼児期の教育というものを重要視しないと日本は滅びてしまうと思います。中国人の知人が奈良と京都を訪ねた際、「日本は素晴らしい」と感激していました。中国は改革を繰り返してきて全部破壊され書道をする人口も減ってしまった、それから漢字も簡略化されて本当の中国のよさというものが失われてきた、しかし日本は文化を大切にしてきて奈良や京都に行けば唐時代の文化が息づいていると言っていました。内股で歩く着物姿は正に唐の時代そのもの、そういう我々の気が付かないところで日本のよい文化に目覚めるところがあると思うのです。また、童謡というものも日本人の心を動かす、日本のふるさとを思い出すという事が出来ますのでもっと日本を愛するようになるのではないでしょうか。私も二年ほど海外で生活をしていましたのでよく分かるのですが日本のよい文化をまだまだ伝承していかなければならないと痛感します。
脳は鍛えようと思えばいくらでも鍛えられるのです。円周率記憶世界一の原口さんという方は十万桁を越えて覚えているそうですが、それだけ人間は記憶する能力があるのです。彼が円周率の記憶を始めたのは四十歳からだそうですので脳は使えば使うほどよくなる、それから文章化して覚えていらっしゃるので途中の桁からでもすぐに答えられるそうです。小学校二年生の女の子はフラッシュメモリーといって三桁の数字が〇.三秒間、画面に表示されたものを十個足し算して瞬時に答えるという事も出来ました。そういう能力はやはり鍛えれば出来て彼女は脳の中に算盤が出て来てそれを弾いて計算するのだそうです。脳を地球という風に考えると地震計が地震を捉えるようなものなのです。脳の脳波という電気現象を瞬時に捉えその中で特出しているものをコンピュータで検出して千分の一秒刻みで脳活性を調べています。精神活動をしたり計算をしたりするとベーター波が出てきてアルファー波は覚醒している、つまりリラックスした時に出ます。読書をすると同じベーター波でも場所によっては電位が五倍くらいに高くなりますがそれはネットワークによって同期化されると考えられる訳です。
ゲームの依存性がなくて月に一、二回のゲームをやっている大学生(小学校一年生から中学生くらいまでは月に一、二回友達の家でやっていた子)に読書をさせると左右の脳が働きます。しかし小学校一年生から毎日三、四時間ゲームをやってきた大学生は安静状態でも左右の脳の働きが低下しています。前頭前野とは常に色々な情報が入っている場所ですからここの働きが低下すると無表情になります。読書に関しては視覚野、感覚野、ウェルニッケ、ブローカ野など全てが働いているのですが、ゲーム脳の場合はほとんど働きません。読書中の状態を五百分の一秒刻みで調べると非常によく働いています。視覚野は感情、ウェルニッケ、ブローカ野と文法に関する場所も働きます。非常に短い時間でもネットワークによって情報が処理されているという事が考えられます。同じ子に携帯メールをさせるとほとんど脳は働いていませんでした。指の動きが早ければ早いほど前頭野は働いていないのです。パソコンでの作業は時間が経つにつれて前頭前野の活動は低下します。私も三十分に一回は休みを入れ、長くても五十分くらいで十五分くらいの別作業を入れるようにしています。パソコンと共存する場合には長時間連続して使わない事が大切でしょう。
三歳の子供が生まれて初めて蛍を見た時、右脳左脳とも非常に活性化しています。幼児期に自然と触れ合うという事は脳の活性化を考えた時に非常に効果的であるのです。次に同じ子にアニメを見せると脳はほとんど働きませんでした。子供は繰り返し見る傾向にありますので余計に脳は働かなくなる訳ですから気をつけなければなりません。読書を始めると非常に速いスピードで脳の活性化が起こります。黙読ですがブローカ野は働きます。現実に分析している時間は〇.三秒間なのですがそれでもかなり働いている事が分かっています。ぼけが始まってから読書をしてもネットワークは働かないのでぼけないためにも読書はかかせないのです。モーツアルトを聴くと側頭連合野が働くのですが特に夢を見るような部分が動きやすくイメージ化しやすいのです。ベートーベンも同様の事が見られますのでちょっと疲れた時にはクラシックを聴く事をお勧めします。文字を書くという事は非常に大事です。最近はパソコンを使うので文字を書かない事が多いのですが特に漢字を書くと非常によく働きます。一日一回は日記を書く、それも罫線のない日記帳に縦書きで書いた方がよいのです。縦書きは曲がらないようにしようという美的感覚が養われ、筆圧も変化に富むのですが、横書きでは曲がりにくいですし筆圧もあまり変化がないのです。ゲーム脳になっている人の安静状態時の脳は非常に働きが悪くなっています。ゲームをやっていてもほとんど働いていないに等しいです。この人にベートーベンを聴かせるとゲームをやっている時よりは働いています。ゲームの習慣性がない子は右、左と考えるので前頭前野が非常に働いています。しかしずっとゲームをやると段々と脳は働かなくなってきます。
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