発達障害幼児の家庭養育
社会福祉法人 全国心身障害児福祉財団 編
はじめに
子どもは家庭で両親や兄弟の愛情に包まれ、慈しみ深く健やかに育まれていくのが最も自然な姿といえます。障害のあるお子さんの場合にも基本的には変わりはありません。専門家に「普通の子どもと同じように育てなさい」といわれたことがあるかと思いますが、全くその通りです。
とかく障害がありますと、健康面あるいは日常の生活面でとまどうことが多く、焦ったり不安にかりたてられ、子育ての自信まで喪失し、病院や施設めぐりをすることに多くの時間がさかれがちになります。一般的に乳幼児期は、家庭でゆったりとお母さんに抱っこされ、充分な睡眠と食事が与えられ、楽しく遊びながら快適で健康に留意された生活を日々送っています。このような生活が通常の生活であり、障害があろうとなかろうと、子どもにとって必要な生活なのです。
「普通に育てる」とは、このような生活をどの子にも保障してあげることをいいます。決して、同じ年齢の子どもがやっている遊びや運動を何でも同じようにさせてあげるとか、異常を治し、遅れをとり戻して「普通に近づける」という育て方を意味しているわけではありません。
あえて“無理強い”をすると、どんなにがんばってみても目標達成が困難な状況に親子共々いらだち、ゆとりがなくなり、子どもに普通に接し、育てることが難しくなってきます。ともすると、子どもは意欲が低下し、自傷行為などといった別の問題が派生し、むしろ育てにくくなるというような場合も少なくありません。「その子なりの成長発達を促す」ことが大切で、このことは家庭養育の基本理念でもあります。
第1章の健康管理では、健康を保持するためには、日々の生活の中でどのようなことに注意を払い、または何かあった時にあわてずに対処するにはどうしたらよいのか、具体的な対応方法、予防策と医療との関わり方を含めて紹介します。あわせて、養育者の健康管理についても紹介します。
第2章のあそびでは、あそびを“感覚”という観点から「みること」「聞くこと」「触ること」「動くこと」の四つの分野に分けてみました。それぞれの分野で大切にしてほしいことや、あそび方の具体例などを紹介してあります。
障害のある子どもの発達を進めていく上で、本書を少しでも参考にしていただければ幸いです。
●日常の健康管理
●医療との関わり方
●養育者の健康管理
「健康で文化的な生活」を営むことは権利として誰しもに認められています。このことは原点として忘れてはなりません。子どもの健康を保ち、安全に守ってあげられるのは最も身近に日々育てている御両親であり、特にお母さんの手に委ねられています。家庭における子どもの健康管理の主体者はお母さんですから、お母さん自身が自信をもって自立的、自主的に子育てできるようになっていただくことが一番大切なことです。
脳性マヒ、あるいはいろいろな先天障害、もしくは発達障害のあるお子さんの場合、おおむね3歳頃までは健康状態が落ち着かないのが一般的です。最近はどこの家庭も核家族化し、両親で子育てをしている家が増え、祖父母の知恵を借りることも難しくなっています。
初めてのお子さんの場合は特に子育てが大変になってきます。毎日のように高熱を出したり、ミルクを吐いたり、口のマヒがあるために食べることさえ難しいといったお子さんも多くいます。中には、ぐっすり眠ることや呼吸をするといった生命の維持に関わる機能にも障害を有しており、てんかん発作の頻発に悩まされ、困惑しているお母さんも多いことと思います。
それでも、学校に入学する時期になると落ち着いてくるお子さんが大半です。それは、身体的成熟の他に、お母さん自身が、わが子の子育て第一人者、ベテランになってくるからともいえます。しかし、長い道程ですから、毎日の子育てに上手に専門家を活用し、この養育技術書も育児書の一つとして参考としながら不安や焦りを解消し、日々の子どもの健康管理を、自信をもってやっていただきたいと思います。
子どもの健康は、機嫌良く、よく眠り、よく食べ、快便し、よく遊んでいるかどうかを観ることでおよその見当がつきます。
乳幼児の時期は、健常児の場合でも風邪や気管支炎に罹ったり、事故を起こしたり、ちょっとした油断で重篤になりやすく、何かと子育てが難しいものです。予防接種一つをとってみても、「副作用はないだろうか」「少し風邪気味だけど、受けても大丈夫だろうか」などと迷うものです。日常の睡眠、食事、排便といった簡単そうに見える生活すら、そう容易ではありません。そのために、たくさんの育児書や病気とケアに関するお母さん向けの本が書店に山積みされるようになるわけです。
しかし、どんなに若いお母さんでも、大半はわが子かわいさにこうした育児書を頼りに一生懸命子育てをするうち、なんとかその人なりの育児方法を見い出し、結構上手に子育てできるようになるものです。障害を有していても同じことがいえますから、そう心配はいりません。とはいっても、障害をもったお子さんをお育てのお母さん方は例外なく、ままならない日常の健康管理に悩まされ、振り回され、そのたびに心が揺れています。その時期のお母さん方にとって、養育技術書が少しでも参考となり活用されるよう、日常の健康管理、すなわち睡眠、食事、排便などの生活リズムのとり方、障害があるゆえに多発しやすい合併症や二次的障害、その予防的対応方法、予測される事故、一般的な病気の予防、予防接種の受け方などについて述べていくことにします。
日常の健康管理は、家庭で養育されているどの子にとっても大切ですが、医療上の配慮が最優先されるレベルの子にとっては生活の最大の目標となっています。生活全般に高い医療的リスク(危険率)をかかえているような場合は、細部にわたって主治医から指導を受け、注意事項は厳守しなければなりません。
具体的には、経管栄養や胃チューブをつけている子ども、てんかんのコントロールが困難で発作を頻発している子、たびたびチアノーゼを起こす重度の呼吸障害のある子、食事のたびにむせたりひどい咳をするような子、肺炎や気管支炎をくり返している子、排痰が自分でできないために電動式吸引器を常時使用している子などが、メディカルケアが最優先される子どもといえます。これらの状態が常に医師のスーパービジョンを要しないほど比較的よくコントロールされていたとしても、家庭でのちょっとした扱い違いから一般状態が変りやすく、重篤な状態になりやすいリスクは抱えているわけですから、何かあった場合の応急処置の仕方と、緊急に入院を要する場合の見分け方については、特に適切な知識を持ち、具体的な対応方法を身につけておきましょう。
生活のリズムとは、毎日ほぼ一定の時間に眠り、ぐっすり眠った後は機嫌よく目覚め、着替や洗顔をすませて朝食を摂り、日中は楽しく遊び、運動をしたり散歩や買物に連れていってもらい、昼食の後はお昼寝をして夕方入浴し、帰ってきたお父さんやお姉さんたちに抱っこしてもらってテレビを一緒にみた後はまた決った時間に眠る、といった一連の習慣化された規則正しい生活のサイクルをいいます。
(1)生活リズムはなぜ大切か
人間の身体は、春夏秋冬の季節の移り変りや気候の変化、温度、湿度といった自然環境の変化に適応して暮していけるように、自律神経などの生理的な調整機能を備えています。寒さや暑さといった自然にうまく適応するためには生理的な調整機能が整っていることが大切です。また、人間が社会で生きていくためには、病院やさまざまなセンター、保育園、学校といった規則的な生活リズムをもった社会環境があり、ここにもうまく適応して生活していかなければなりません。
こうした自然環境や社会環境に適応してたくましく生きていくためには、生理状態や、成熟に応じた人間の身体がもつリズム、すなわち生体リズムを身につけ、つくり上げていくことがまず基本となります。生体リズムは、睡眠のリズム、食事のリズム、排泄のリズムといった規則正しい生活リズムを通して整い、成熟していきます。したがって、発達途上にある乳幼児期は特に、生体リズムに合った生活リズムを毎日の基本的生活習慣として身につけていくことが何よりも大切で、心と身体の健全な均整のとれた発達を促していく源となります。
障害がありますと、睡眠、食事、排泄といったごく普通の生活リズムを一定に身につけていくことがなかなか難しくなってきます。とかく、高熱を出したり風邪をひいては病院に行く回数が増え、その夜は興奮して眠りが浅くなり、日中はトロトロと眠りっぱなしになったりします。時にはてんかん発作が誘発されることもあります。
図1-1 脳性マヒ・緊張性不随意運動型
脳性マヒと診断されたお子さんの中には、眠りが浅かったり、興奮した後や体調が崩れた時などに、後ろに弓なりに反り返って全身の筋緊張が高まり(図1-1)、それとともに目が充血し、呼吸が困難となり、チアノーゼを起こして唇が紫色に変色し、身体の変形部分に痛みを訴えることも少なくありません。そうなるとなおのこと眠ることもままならず、食事も反射的に口を固く閉じて(咬反射)ますます食べさせにくくなります。せっかく食べた物も舌で反射的に押し出し(舌突進)、食べ物を飲み込むことも下手で(えん下反射)むせては咳こんで吐いてしまったり(嘔吐反射)します。
このような原始反射は普通4ヵ月で反射のターニングポイントを越えて5〜6ヵ月で消失していくものですが、年長になっても大人になっても残存しがちとなります。食べたり飲んだりすることが困難となり、時間をかけて食べさせても必要な食事量が摂れません。空腹状態が続くとグズついたり眠れなくなったりします。また便秘がちにもなります(図1-2)。
このように食事をうまく摂れないということが睡眠障害を起こし、排泄障害をまねき、またてんかん発作を誘発したり、栄養が十分とれないために虚弱となって風邪をひきやすく高熱を出したりと、悪循環のくり返しとなり、生活のリズムが相互に影響し合って乱れがちとなります。そうなると、子どもはいつも空腹感が満たされず、食しやすいお菓子をダラダラ与えられがちとなります。噛むことも下手ですから歯茎も軟弱で、むし歯や歯槽膿漏になりやすくなり、痛みが出たり全身状態も悪くなります。
図1-2 反射発達の推移の概略
常に機嫌が悪く、泣いたりグズったりするようになると母親の方も落ち着かずイライラやストレスが高まり、眠りも浅くなって疲労困憊するといった状態におかれがちになります。母子相互に影響しあい、ここにも悪循環をきたしてお互いの生活リズムが乱れてしまいます。このような状況の中で、父親や他の家族の生活リズムも各々違ったりしていますから、その兼ね合いも気配りしなければなりません。
家族みんなの健康的な生活リズムをつくっていくことはなかなか難しいことではありますが、大切さをわきまえて親子共々に無理のない、しかし規則的な生活リズムを設定し実行していただきたいと思います。
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