第二章 海象
我々の住む地球の全表面の71%は海水に覆われている。
この海水に対し、主として月の引力が働くことによって、ゆるやかな周期的な昇降現象が現れる。この現象を潮汐といい、通常は1日に2回の昇降がある。また、この現象によって起こる海水の周期的な流動現象を潮流といい、1日に4回その方向が変わる。
潮汐や潮流の現象が起きるのは主として月の引力によるもので、その強弱は月と地球の位置、つまり、月の満ち欠けに関係がある。
月は地球の衛星で、地球を焦点とする楕円軌道上を平均27.321日の周期で自転しながら、地球の自転周期と同じ周期で公転している。そのため月は地球に対していつも同一面を見せている。
月は太陽光線を反射して輝く天体なので、地球上から見る月は、太陽光線の当たる面の見え方によって、満ちたり欠けたりするように見える。
図2-1 月の満ち欠け
図2-1はその様子で、私達の目には一番外側の形で見え、月の影の部分のみを見るときが朔又は新月、月の右半分が見えるときが上弦(じょうげん)月が太陽と180度反対方向にきて全部見えるときを望(ぼう)又は満月、更に太陽と270度の方向にきて月の左半分が見えるときを下弦(かげん)といい、上弦、下弦の月を半月(はんげつ)とも呼ぶ。
太陽は1日に約1度東へ移動するが、月は1日に約13.2度東へ移動するので、次第に太陽から東の方へ離れていく。その結果、月の出は、毎日約50分ほど遅れることとなる。このことは昔から知られており、航海や漁業に従事していた人達も潮が毎日約50分遅れることとして認識していた。
海面の昇降(高低)のうちで,最も高くなった状態を高潮(または満潮)、最も低くなった状態を低潮(または干潮)といい1日に2回ある。
(3)落潮(らくちょう)、漲潮(ちょうちょう)及び停潮(ていちょう)
高潮(満潮)から低潮(干潮)になるまでの間、潮汐によって海面が下降しつつある状態を落潮(または下げ潮)、低潮から高潮になるまでの間の海面が上昇しつつある状態を漲潮(または上げ潮)といい、その流れを落潮流あるいは漲潮流と呼ぶ、。また低潮又は高潮の前後では海面の昇降が一時停止しているように見える。このような状態を停潮(または憩潮(けいちょう)または“たるみ”)という。
春秋の頃は満潮・干潮の差(潮差という)が最も大きく、これを大潮といい、上弦・下弦のときは干満の差が小さいので小潮という。
海流を起こす原因は、洋上の風の分布、海面を通しての熱と水の出入、地球自転による転向力、海・陸の分布など極めて複雑であるが、海流の主な原因は吹送流といわれる。これは風が一定方向に年中連吹すると、初めは表面の水が動き、それが次第に深い海水に及んで、厚い海水の層を風下に流し始めるからで、このように風の力で起こる海流を吹送流という。
海流は海の中の川のようなもので、ほぼ一定の幅があり、ある一定の方向に、同じような速力で流れるが、季節や風などの影響で流向や流速に多少の変化がある。
日本近海には黒潮(日本海流ともいう)と親潮(千島海流ともいう)の二大海流がある。
黒潮は図2-2に示すように、台湾南東部で北赤道海流から分かれ、流速を増して北流する暖流である。
本流は九州・四国の南岸沿いに流れ、紀伊半島沖からは蛇行コースをとって房総沖から東に向う。
図2-2 日本付近の海流
蛇行コースは図2-3に示すように、本州の沿岸に沿って進行する直進コースと、遠州難沖で大きく回り、御前崎の南300キロ前後まで下がる大蛇行コース、その中間の小規模・中規模の蛇行コースがある。そのなかで、大蛇行コースの出現は約4割もあり、しかも長続きしやすい。だから、黒潮にとってはもっとも安定的な流路と考えられ、おおざっぱにいえば10年に4年間は大蛇行コースを流れているといえる。なぜこれが起きるのかはまだ完全に解明されていない。
図2-3 黒潮流路の型
黒潮は流速が遅いと蛇行しやすく、ある速度以上になると直進に変わる。この流速の変化する原因については、太平洋全体の気象や海の状況が関係してくるので非常に複雑である。
流速は、沖縄の北西で2〜2.5ノット、宮崎・高知沖で3〜4ノット、三宅・御蔵島間では3ノット以上ある。黒潮が大蛇行コースを流れた場合の影響が最も大きいのは伊豆七島付近であることを忘れてはならない。
一方、黒潮の一部は九州南西部で分かれて北上し、その一部は対馬海峡を通って日本海に入る。これが対馬海流である。
親潮はオホーツク海や千島・カムチャッカ半島近海などの海氷がとけて生じた塩分の低い海水が、千島列島・北海道・三陸沿いに南下する寒流である。流速は三陸沖で1ノット程度で、茨城・千葉沖まで南下すると、黒潮の下に潜行して更に南下するが、時に冷水塊となって浮上し、黒潮の流向を乱すことがある。
海流、潮流の方向は流れて行く方向をいう。例えば北流といえば北の方向への流れであることを意味している。風向は、風が次いてくる方向を指し、海・潮流の方向とは逆となるので注意しよう。
海図には図2-4に示すような方法でその方向(矢符)と流速(kn、ノット)が表示されている。また、急流・渦流についても、それを生じる場所に示してある。
潮流は大洋に面した所では弱く、湾口・水道などでは強くなる。その流速は水面付近が深い所よりも大きく現われる。また、狭い水道の湾曲部では外側が内側よりも流れが早くなる。
すでに述べたように、海流は季節や風などの影響で流向や流速に変化があるので、海図上に表示されている流向の矢符や流速の数字を過信してはいけない。
図2-4 海・潮流等の表示(参考文献19)
台風が近くを通過するとき、気圧の低下による海面の吸い上げ作用や、強風による海岸への海水の吹き寄せ作用によって海面が異常に上昇することがあり、この現象を高潮という。特に地形、潮汐の影響を大きく受けるので注意しなければなならない。
日本で記録された最大の高潮は1959年の伊勢湾台風による伊勢湾内のもので、このときには湾奥では約4.1mの高潮となり死者4,700名、行方不明者401名という大災害となった。もちろん、大型船舶、小型船舶にも甚大な被害があった。
エル・ニーニョとは、スペイン語で男の子、男の幼児、別名幼児イエス・キリストの像ということであるが、南米ペルー沖で数年に1度くらい表面水温が平均値よりも2〜5℃上昇する異常海洋現象があり、これをエル・ニーニョと呼んでる。
ちょうど12月のクリスマスの頃に起こることが多いので、ペルーの漁師がキリストの子供の名にちなんで名付けたといわれている。
この異常現象はペルー沖の局地的なものではなく、地球規模の現象である。このエル・ニーニョがどうして起き、どのような影響をわれわれに与えるのであろうか。
赤道域には貿易風が卓越し、赤道より北側では北東、南側では南東の、何れも東寄りの貿易風が吹いている。この東寄りの恒風によって赤道域の表層の海水が西方に運ばれるため、通常は海洋表面層の厚さは東部で薄く、西部で厚くなっている。海洋表面層の薄いペルー沖は、南からのフンボルト海流(寒流)が湧昇する地形(アンデス山脈が海岸に迫っている)であるため世界一の好漁場となってる。
ところが、何らかの原因で東寄りの貿易風が弱まると、東部の表面層の厚さが逆に厚くなり、その厚さが湧昇流の及ぶ深さを越えると、冷水(フンボルト海流)の供給がなくなって異常高水温となる。
これがエル・ニーニョで、寒流の湧昇がなくなるため、プランクトンの発生が悪くなり、この地方の漁獲量は激減することとなる。
一方、エル・ニーニョによる東太平洋の赤道海域の表面水温が上昇することにより、それに接した大気は暖められて上昇する。この上昇した大気が中部太平洋の北緯30度付近に下降し、太平洋高気圧の勢力を例年になく強くし、日本に暖冬をもたらす原因になっているといわれている。
このように、エル・ニーニョは海洋と大気の両方を含めた大規模な現象で、その発生と日本の異常気象の発生との間には、高い相関のあることが知られている。
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