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4. ハリケーンによる海洋構造物の被害状況について
 通常のハリケーンシーズンの平均値では10のStormのうち、6つがハリケーンとなり、その中の2つがメジャーハリケーンになるが、2005年は27のStormがあり、そのうち15がハリケーン、7つがメジャーハリケーンになった記録的なシーズンであった。1995年以降、過去15〜25年に比べて気候学的に緩かく、大西洋も温度が上昇していることと、メキシコ湾特有のLoop Currentの影響が原因として考えられるようだ。Loop Currentはユカタン海峡からメキシコ湾に流れ込む時計まわりの暖かい流れで、その位置は季節によって変化する。ちょうどハリケーン・カトリーナの時には、メキシコ湾中心部まで流れが発達していたそうである。流速5[knot]に及ぶこの流れは、メキシコ湾の海洋生産施設にVIVを引き起こすとともに、ハリケーンの力を短時間で強くする作用もある。
 ハリケーン・カトリーナとリタ以前についても、2004年9月にハリケーン・アイバンがメキシコ湾の中心から北岸にかけて通過し、南ルイジアナ沖のプラットフォームが損傷している。その時の最大風速は67[m/s]、最大波高は27[m]であった。2005年6月にハリケーン・デニス(最大風速68.9[m/s])、エミリー(最大風速71.1[m/s])の2つのハリケーンがメキシコ湾に入り、引き続き8月にハリケーン・カトリーナ(最大風速77.7[m/s])、その4週間後にリタがメキシコ湾を通過し、メキシコ湾北西部に大きな影響を与えた。ハリケーン・カトリーナとリタにより、メキシコ湾内にある95%の海洋構造物が何らかの影響を受けたそうである。
 ハリケーン・カトリーナとリタによって114基の固定式プラットフォームが破壊され、その他52基がダメージを被った。ただし、比較的浅いところに設置されていた古い施設が多く、メキシコ湾全体の生産量に占める割合が小さいいことと修復費が高いことから、殆どのものが修復されない可能性が高いとのことである。浮体式プラットフォームではハリケーン・カトリーナにより特に大きな被害を被ったのがTLP"Mars"(Shell所有)であり、上部リグが倒壊した。また、ハリケーン・リタにより大きな被害を被ったのがMini TLP"Typehoon"(Chevron Corp.所有)であり、TLP自体が転覆した。
 もう一つの問題がMODUの漂流である。ハリケーン・カトリーナとリタにより、19隻のMODUの係留が破壊され、アンカーを引きづったまま漂流してしまったため、海底のパイプラインが甚大な被害を被った。アメリカではMODUの係留設計にAPIの基準(API RP2SK)を適用しているが、MODUは基本的に移動可能とみなされ、再現期間が10年の設計基準が適用されている。今後、MODUの係留設計に関する基準に100年再現期間が適用されるかどうか、今回の改訂動向調査で興味のあるところであった。
 また、パイプラインについては海底の土砂による被害と前述したMODUのアンカーによる被害がある。10インチ以上のパイプラインで見ると、ハリケーン・カトリーナにより36のパイプラインが被害を被り、ハリケーン・リタにより28のパイプラインが被害を被っている。10インチ以下のパイプラインまで含めると更に100以上のパイプラインが被害を被ったそうだ。ハリケーン・リタの時は、海底の土砂によりパイプラインが被害を受けたケースが多かったようで、その後のパイプラインの復旧状況については、調査時には正式な発表はなされていない。
 
5. APIの活動と海洋構造物設計基準の改訂動向について
 APIはアメリカ石油産業における最大の事業者団体であり、400近くの企業を会員とし、石油・天然ガス産業の各分野を取り扱った約500件の規格を維持している。ISO規格の開発作業への積極的な関与を通じてAPI規格もグローバルなものになりつつある。
 
上部リグが倒壊したTLP"Mars"2)
 
 APIの海洋構造物に関する小委員会(SC2)は、近年の強いハリケーンがメキシコ湾における海洋プラットフォームに与えるインパクトの評価とAPIが推奨する基準の改訂のために、新たにHEAT (Hurricane Evaluation and Assessment Team) というチームを結成した。HEATの活動には、メキシコ湾の特性把握と情報更新以外に現行の設計基準の改訂が含まれる。また、HEATの下には5つのWGが設置され、それぞれ以下の活動を行っている。
・WG1: メキシコ湾の海象・気象データの収集並びにメキシコ湾の特性情報の更新を行う。
・WG2: ハリケーンによって破損した構造物の情報収集を行う。
・WG3: WG1、2の成果を元に評価・解析を行う。このWGにおける活動成果がAPIの基準(API RP2A, RP2T, RP2FPS, RP2SK)の改訂に反映される。このWG3で対象とするのは、基本的には固定式の構造物であり、それ以外にTLP、SEMISUB、SPARなども対象とする。また、MODUの係留設計に関する基準改訂(API RP2SK)もこのWGを中心に検討が行われる。
・WG4: 上部構造物に作用する風加重の評価を行う。このWGにおける検討内容はAPIの基準(API RP2A、RP2T、RP2FPS)に反映される。
・WG5: 基準改訂によって影響を受ける主な企業との調整を行う。企業からの大多数の賛成が得られて初めて基準改訂となる。
 TLPの設計基準(API RP2T)の改訂についてはHEATのWG3で検討が進められており、これまで再現期間が10年であった設計基準を再現期間100年に改訂予定だそうだ。API RP2Tの改訂については1点だけ重要な問題で意見が分かれて未解決になっている。それは、TLPが係留されていない場合でも安定しているべきかどうかという点である。U.S.Coast Guardは係留されていない場合でも安定で転覆すべきではないと主張し、MMS (Minerals Management Service) 等と意見が食い違っているとのことである。この点の意見が統一され、API及び関連企業で投票して採択されれば、2006年の9月か10月あたりに攻訂版(第3版)が発行される可能性が高いとのことである。また、環境外力に開する設計条件の変更内容については風、波、流れが同一方向(Colinear)を最も厳しい状態として扱うことが追加され、最大波高は23[m]から26[m]まで引き上げられる予定だそうだ。
 MODUの係留設計に関する基準(API RP2SK)の改訂についてはハリケーン・カトリーナとリタ後の2005年9月以降にWGの活動が活発化された。API RP2SKの検討WGはShellやBPなどのオペレーター、Transoceanなどのドリリング会社、ABSやDNV、MMSなどの基準策定者、その他エンジニアリング会社や製造会社のメンバーによって構成されている。API RP2SKの内容はTLPの設計基準と同様に大幅な改訂がなされるとの話があったが、現在の動向では大きな改訂はなされない可能性が高いとのことである。
 API RP2SKの大幅な改訂がなされない理由に、掘削用のドリリングユニットを独自に所有する石油会社が減り、リースで済ませる傾向にあることが挙げられる。石油会社はMODU構造物を所有する他のパートナー会社を探す傾向にあり、全体的に少なくなりつつあるMODUに有効な基準を強化することは望まれないというところに理由があるようだ。
 現在のところ、2010年の第4版発行までAPI RP2SKの改訂は予定されていないそうである。細かい見直しや変更については2006年末までに公表される予定であり、その際、全てのMODUオペレーターは政府にMODUのポジションコントロールンステムコードを与えなければならないという事項が変更点として盛り込まれる予定である。これによって、MODUが移動する場合にU.S.Coast GuardやMMSは事後ではなく、リアルタイムでその動きをモニターできるようになる。
 
6. 終わりに
 2005年の大型ハリケーンによって影響を受けたアメリカの石油生産量も徐々に回復しており、しかも2006年のハリケーンシーズン目前という時期に開催されたOTC'06で新たに設けられたハリケーン・カトリーナとリタに関する特別セッションは、立ち見が出る程盛況であり、人々の関心の高さとアメリカ国民にとって切実な問題であることを改めて感じた。大型ハリケーンによる海洋構造物の被害を踏まえて、APIではTLPの設計基準に関して改訂の動きがある。しかし、非常に意外なことに大きな被害をもたらしたMODUの係留設計こ関する基準については、マイナーな改訂に留まりそうである。今回の調査でお話を伺わせて頂いた方々は共通して、なぜマイナーな改訂を繰り返すのか?MODUの係留設計にも100年再現期間の適用をすべきだとおっしゃっていたが、MODU隻数の減少と基準改訂によって影響を受ける企業からの強い反発という背景を考えると難しい問題なのかもしれない。本稿執筆時には、既に2006年のハリケーン・シーズンに入っており、状況によっては再度MODUの問題が再燃する可能性もある。このままマイナーな改訂で終わるのか、今後の動向を見守りたい。
 最後にこのような貴重な機会を与えて頂いた日本財団と日本船舶海洋工学会の関係各位に対し厚く御礼を申し上げるとともに、訪問先選定やコンタクトパーソンを紹介して頂いた方々にも心から御礼を申し上げます。
 
参考
 
技術者海外派遣報告および評価
派遣者氏名 湯川和浩
派遣者所属 海上技術安全研究所 海洋部門
調査テーマ ハリケーン・カトリーナとリタによる海洋構造物の被害状況並びに海洋構造物設計基準の改訂動向調査
訪問国 米国
派遣期間 2006年4月30日〜5月13日 4月30日〜5月13日
紹介者
1. CHEUNG HUN KIM TEXAS A&M UNlVERSITY
2. MICHAEL D. LADIKA SOUTHWEST RESEARCH INSTITUTE
 3. CUNEYT CAPANOGLU AMERICAN PETROLEUM INSTITUTE
訪問先面談者 所属
a. CHEUNG HUN KIM TEXAS A&M UNIVERSITY
b. RICHARD S. MERCIER OFFSHORE TECHNOLOGY RESEARCH CENTER
c. JERRY A HENKENER SOUTHWEST RESEARCH INSTITUTEjhenkener@swri.org
d. JOSEPH E. CROUCH, P.E. SOUTHWEST RESEARCH INSTITUTE
e. MICHAEL D. LADIKA SOUTHWEST RESEARCH INSTITUTE
f. CUNEYT CAPANOGLU  AMERICAN PETROLEUM INSTITUTE
調査内容(1) ハリケーン・カトリーナとリタによる海洋構造物の被害状況調査
 OTC'06の特別セッションやMMS (Minerals Management Service)、ABS等の展示ブース、TEXAS A&M大学、OTRC、サウスウエスト研究所を訪問し、ハリケーンカトリーナとリタによる海洋構造物の被害状況について調査を行った。メキシコ湾における固定式のプラットフォーム114基が破壊されたが、比較的古い施設が多くメキシコ湾全体の生産量に占める割合が小さいことから、殆ど修復されないとのことであった。
 TLPの中には上部リグが倒壊したり、転覆してしまったものもある。最も大きな問題となっているのは、19隻ものMODU (Mobile Offshore drilling Unit) の係留が破壊され、アンカーを引きずったまま漂流したことによりパイプラインが甚大な被害を被ったことであり、MODUの係留設計に関するAIP基準(現在は10年再現期間を採用している)の見直しが開始されている。
調査内容(2) 海洋構造物設計基準の改訂動向調査
 ハリケーン・カトリーナとリタにより、メキシコ湾の海洋構造物が大きな被害を被ったことで開始された海洋構造物設計基準の改訂動向について調査を行った。AIPでは推奨する基準改訂のためにHEAT (Hurricane Evaluation and Assessment Team) という特別チームを結成し、活動を開始している。TLPに関する設計基準については、最大波高が23mから26mまで引き上げられる。更にハリケーンによるTLPの転覆を受けて、係留していない状態でも安定であるべきという点を含めるかどうかで調整を行っているようである。一方、MODUの設計基準については、独自にMODUを所有する石油会社が減少しており(リースで済ませる傾向にある)、全体的にMODUの隻数が減少しつつある中で基準を厳しくすることは望まれないようで、現在採用している10年再現期間を100年再現期間に変更するといった大幅な改訂はなされない可能性が高いようである。
 
調査の達成状況に対する自己評価
 ハリケーン・カトリーナとリタによって被害を受けたメキシコ湾の海洋構造物の被害状況とその後の復旧状況、それを受けた海洋構造物設計基準の改訂動向について調査を行い、ほぼ当初の目的は達成出来たと考える。被害状況調査については、OTC'06での報告にも数値に若干ばらつきがあり、次のハリケーン・シーズン到来までの復旧に追われる中での速報に近い部分もあったように思うが、固定式並びに浮体式の海洋構造物、パイプラインの被害状況が分かり、貴重な情報を収集することが出来たと思う。また、その被害の大きさも改めて実感することが出来た。海洋構造物設計基準の改訂動向調査については、APIだけではなく、ABSやオペレーションサイドなど、もう少し多くの方面の方と面談して情報を収集することができれば、さらに良かったと思う。
その他調査に関連した特記事項
 OTRCを訪問させて頂いた際に、深海ピット付の水槽を見学させて頂いた。風、波、流れを組み合わせた実験が実施可能で、メキシコ湾の深海プラットフォームの約半分に対してその水槽で模型試験を実施しているとのことである。複合環境条件下における総合模型試験以外にもVIM (Vortex Induced Motion) に関する実験等も実施しており、面談させて頂いたRICHARD S.MERCIER氏からは、日本側と共同で何かプロジェクトを実施できないかという話を頂いた。
後続の申請者・派遣者へのアドバイス
・今回の派遣で訪問させて頂いた場所がOTC以外に大学と研究所に偏っていたため、調査テーマの性質から考えると、もっと現場に近い位置で働かれている方、例えばMODU等のオペレーションサイドの方々にも面談して情報を収集すべきであった。自分の反省点からのアドバイスだが、幅広い視点で調査が行えるように訪問先のバリエーションにも工夫して、貴重な機会を活かして欲しい。
・基本的にはgive and takeなので、情報を得るためには、自分からも何らかの情報を提供する必要がある。
・4月末に出国ということもあり、採択通知を頂いて、直ぐに訪問先のコンタクトパーソンに連絡をとり始めたが、日程調整にあまり余裕がなかった。コンタクトパーソンがバケーションで不在となり、2週間くらい連絡が取れなかったこともあったので、計画を立て始める時期はなるべく早いほうが良い。
派遣事業に対する意見・要望等
 非常に貴重な経験をすることができた。引き続き本制度を続けることにより、若手の研究者・技術者の励みにもなると思う。もう少し採択の可否が早い段階で分かると計画を立てる上でも日程に余裕ができ助かる。
 
推薦委員会の評価
推薦委員会 無
国際学術協力部会の評価
 ハリケーン・カトリーナとリタは今までにない大きなハリケーンが連続して海洋構造物が多数設置されているメキシコ湾に襲来した稀有な例である。そのような巨大ハリケーンの襲来により多数の海洋構造物に生じた被害は各国の注目が集まっている。それらの被害が報告されたOTCの特別セッションに出席して行った被害状況の調査結果は、今後、我が国でも行われるであろう、海洋資源・エネルギー開発のための海洋構造物技術の発展に重要な役割をはたすであろう。また、派遣者はそれに関連して行われている海洋構造物設計基準の改定動向に関する調査も行っている。我が国では、大型の海洋構造物建造が近年はあまり行われていないため、この方面の情報収集は積極的には進められていないのが実状であり、今後、大型海洋構造物を建造する際に問題が生じることが懸念されている。このような観点からも、今回の情報収集は有意義なものと評価できる。ただ、自己評価にも書かれているように、ABSやオペレーションサイドの調査ができなかったことは残念である。
 一方、派遣者の所属する海上技術安全研究所では、この方面での研究にも力を入れており、産業界のつながりが余り期待できない現状では、研究者同士のネットワーク構築ができたことは大いに評価できる。今後、共同研究や国際ワークショップ開催などに発展していくことを期待したい。


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