1992年5月=== 医薬品副作用情報 No. 114(厚生省薬務局) ===
3. [解説]ベンゾジアゼピン健忘について
ベンゾジアゼピン系薬物によって記憶の障害が生じることは古くから知られ、当初はジアゼパムの静注が麻酔の前投薬として用いられて、手術中のできごとなどが記憶に残らないことはかえって有利に作用するなどの報告があった。その後、静注のみならず、筋注、経口投与でも健忘が生じてくることが判明し、特にベンゾジアゼピン系睡眠導入剤が多く用いられ、力価が強く、半減期の短いものが好んで用いられはじめてから臨床報告が増加してきている。
1. 臨床上の特徴
ベンゾジアゼピン系薬物服用前に獲得された記憶はよく再生されるのに対して、服用後の記憶が障害されるという前向性健忘の形をとるのが特徴で、脳器質障害に基づく健忘と同じ形をとる。したがって、具象的なものより抽象的なもの、意味のあるものより無意味なもの、概念化しうるものよりしえないものなどのほうが障害されやすく、また、短期記憶よりも長期記憶のほうが障害されやすいことになる。しかし、スタンバーグのメモリースキャン法を用いた研究で秒単位の短期記憶も障害されることが明らかにされている。
単回投与時、反復投与時とも記憶障害が生じるので、日中、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や抗てんかん薬を服用している間にも、なんらかの型で記憶の障害が生じている可能性が考えられている。
日常の臨床場面では、ベンゾジアゼピン系唾眠薬服用の際に最も顕著にあらわれ、
1)服薬してから入眠するまでの間のできごとを忘れてしまう場合
2)入眠後なんらかの用があって起こされたときの言動を忘れてしまう場合
3)翌朝、目が醒めたあと数時間の記憶がない場合
の三つの形が知られている。
アルコールがベンゾジアゼピン健忘を助長することはよく知られているが、これはアルコールとベンゾジアゼピンが脳内の作用機構で共通部分を有している可能性を示しており、互いに作用を強めあうものと考えられている。
2. ベンゾジアゼピン健忘の成因
解剖学的に記憶回路の中枢に位置している海馬の活動性が障害されると、新しい記憶が入ってこなくなり、前向性健忘が生じることは器質性健忘として知られている。ベンゾジアゼピンの作用機構は、ベンゾジアゼピンが海馬を中心に分布している受容体に結合して、ガンマ−アミノ酪酸(GABA)系の活性を高めることで、情動性興奮を鎮めることにある。海馬は、記憶回路の中心であると同時に、情動中枢の中心でもあるわけで、本来、ベンゾジアゼピンは情動中枢としての海馬に作用して抗不安作用や鎮静・催眠作用を発揮するのであるが、海馬の活動性を抑える際に、記憶機能をも抑制することになる。
脳内の神経伝達系からいえば、情動系はセロトニンが関与し、記憶系はアセチルコリンが関与しているとされているが、ベンゾジアゼピンはセロトニン系にもアセチルコリン系にも作用してそれを抑制することから、片方では情動性興奮を鎮めて抗不安作用、鎮静・催眠作用を発揮し、片方では記憶機能を障害すると考えられる。
3. 健忘をきたしやすいベンゾジアゼピン系薬物
現在、我が国ではベンゾジアゼピン受容体に作用して効果を発揮するものとして、ベンゾジアゼピン誘導体26品目(受容体に作用しないトフィソパムを除く)、チエノジアゼピン誘導体3品目、シクロピロロン誘導体1品目が承認されて、それぞれ広く用いられているが、作用機序から考えれば、これらベンゾジアゼピン系薬物のすべてに健忘作用があることになる。多くの臨床薬理学的研究や臨床経験から、受容体への親和性が強く、臨床力価の強いもので、消失半減期が短いものに健忘作用が強いとするものが多い。その代表にトリアゾラムがあり、最も優れた睡眠薬として繁用されていることもあって、その報告例も多い。
しかし、すべてのベンゾジアゼピン系薬物は健忘作用を有しており、等価的使用では同程度の健忘作用を示すとの報告も多い。最も重要なことは、用量依存性を示すことで、どのベンゾジアゼピン系薬物も高用量になるほど健忘作用が強くなることが明らかである。トリアゾラムに報告例が多いのも、繁用されていることのほかに、0.5mgを超える高用量の場合、あるいは乱用された場合、アルコールを併用した場合など不適正使用のものが多いことがこれを示している。こうした場合、単に健忘のみならず、もうろう状態、徘徊、精神病様症状を呈することがあるとの報告もある。
4. 健忘をきたさないための注意
日中、抗不安や抗痙攣のために臨床用量の範囲内で使用する場合、健忘作用が強く発現することはないと思われるが、高用量の服用を要する場合には、重要なできごとや事項についてはメモをとる習慣を身につけることが大切である。
睡眠薬として用いる場合には、
1)最少必要量を最短期間に限って使用することがなによりも大切である
2)服用後には速やかに就床すること
3)アルコールと併用しないこと
4)途中で起こされて重要な仕事をする場合には服用しないこと。やむをえず仕事をしたり、意志決定をした場合にはこれを記録するとともに、15分ほど起きていて、しっかり記銘してから再就眠すること
などがあげられる。
実際には、長期服用を余儀なくされる場合が多いが、適正目的、適正使用を心掛けていれば、ベンゾジアゼピン健忘が生じてくることはまずないものと考えられる。
(北里大学医学部精神科教授・村崎光邦)
情報:
トリアゾラム(トリアゾラム)のアメリカでの患者向け解説書
はじめに
トリアゾラムは寝つきを助ける薬剤(睡眠剤)です。ベンゾジアゼピンという系統の睡眠剤の一つですが、この系統の睡眠剤はほぼ同じような作用を持っています。この系統の薬剤をこれから飲む人には、服用を続けると効きが悪くなったり、数日〜1週間を超えて使用すると、依存(嗜癖)が生じたり情緒の以上が現れるなど、重要な危険性や限界についてもいくつか認識しておく必要があります。
この説明書は、あなたがこの薬を安全に使用するのに必要な情報、つまりこの系統の薬に共通する情報と、トリアゾラム独特の情報をあなたに提供するために作成されています。
・ただし、説明書は、この薬の危険性や有効性についての主治医との話し合いに代わり得るものではありません。
この説明書では、ベンゾジアゼピン系の薬剤すべてに共通する利点と害作用について説明するとともに、トリアゾラムに関して特別の情報も扱います。同系統の薬剤といっても薬剤によって多少の違いがあります。それぞれの薬剤に特徴的な効果と害作用について、主治医はあなたとご相談の上で処方されるでしょう。
ベンゾジアゼピンの睡眠剤としての有効性
ベンゾジアゼピンは、これを、短期間の唾眠障害(不眠)に使用する限りは、有効で、しかも重大な害作用はあまり現れることはありません。不眠はすべて同じというわけではありません。不眠には、いくつか型があります。入眠が不良とか、夜中に途中でよく目を覚ます、あるいは朝早く目覚めるなどです。不眠は多くの場合、一時的なものであり、ふつう睡眠剤を短期間使用すれば解決するものです。もしも短期で済まない場合には、長期間使用の危険性と利益について医師と相談することが必要になってきます。
副作用
よく見られる副作用
もっとも多い副作用は、眠気を誘うという効力に関係したものです。ねむ気、ふらつき、頭がふわふわする、動きがぎこちなくなるなどの症状がでます。睡眠剤を使用している人は、機会や車の運転など集中力を必要とする危険な作業には充分注意が必要です。トリアゾラムを服用中は、決してアルコールを飲まないようにして下さい。医師に相談することなく、ベンゾジアゼピン系睡眠剤を、他のねむ気を誘うような薬剤と一緒には使用しないように。
睡眠剤を使った翌日にもねむ気が残ることがありますが、どの程度残るかは個人差がありますし、その人の体の中からどの程度薬が出て行くかによります。また、飲む量が多いほど、翌日にねむ気を持ち越す効果も多くなりなす。したがって、なるべく少量を服用するように心がけることが大切です。トリアゾラムのように早く体から消失するベンゾジアゼピンは、翌日に眠気を残す傾向が少ないのですが、逆に、何日か使用した後の禁断症状を起こしやすくします(下記参照)。
特記事項
記憶障害
すべてのベンゾジアゼピンは、服用後一定の間(たいていは数時間程度)に起きたできごとを思い出せなくなるような特別なタイプの健忘症(記憶消失)を起こすことがあります。睡眠剤を使用した後は、ふつう、起こりやすい時間帯は睡眠をとるつもりなわけですから、あまり問題になりません。しかし、飛行機の中など旅行中では、薬の効果がなくなって仕まわないうちに目覚めるために問題になることがあります。これは「旅行者健忘」と呼ばれています。トリアゾラムは他のベンゾジアゼピンよりも、この副作用が起こりやすいのです。
耐性(効力の低下)・離脱症状(禁断症状)
入眠効果の低下は、2〜3時間、毎夜続けて服用した後に起こりやすく、すでにその時にはある程度の依存(習慣性)が生じています。体外に早く排泄されるベンゾジアゼピン系睡眠剤は、夜と夜との間のどこかの時点で、薬剤が相対的に不足した状態となることがあります。このために、(1)夜を3等分した場合、最後の3分の1の時間によけいに目覚めてしまう。(2)日中に不安が高じたり、よけいに神経質になります。この2つのことは、トリアゾラムでとくによく報告されています。
ベンゾジアゼピン系唾眠剤を中止した時には、もっと強い禁断症状が起こり得ます。このような症状は、ほんの1〜2週間使用した後でも生じますが、さらに長期に使用した場合にはもっと強い症状が生じやすくなります。禁断症状の一つに、“反動性不眠”といわれる現象が生じることがあります。これは、ベンゾジアゼピン系睡眠剤を急に中止した最初の数日間、唾眠剤を使用する以前の不眠の程度よりも明らかに不眠の程度が悪化した場合を言います。その他のベンゾジアゼピン系睡眠剤の使用を急に中止した際に生じる禁断症状としては、軽い不快感から、重大な禁断症状までいろいろあります。重大な禁断症状としては、胃けいれんや筋肉のけいれん、おう吐、発汗、ふるえ、あるいは全身の痙攣などがありますが、重大な禁断症状が生じることはあまりありません。
依存(習慣性)・乱用現象
ベンゾジアゼピン系睡眠剤はすべて依存症(嗜癖/耽溺)を生じます。とくに、2〜3週間以上続けて飲んだり、通常以上にたくさん飲んだ場合には生じやすくなります。なかには、この系統の薬を同じ量、あるいは増量して飲み続けなければならなくなる人があります。しかもそれが、治療上の必要性からというよりは、禁断現象をさけるため、あるいは治療効果以外の効果を期待して飲み続ける場合があります。アルコールや他の薬に対して依存が生じたことがある人では特に、依存が生じやすいのですが、そのような人に限らず、だれでもある程度はその危険性があります。2〜3週間以上服用を続ける前に、このような副作用の生じ得る可能性について考慮しなければなりません。
情緒面・行動面の変化
ベンゾジアゼピン系睡眠剤の使用によって、様々なタイプの異常な思考や行動面の変化が生じることが報告されています。これらの症状は、飲酒時に抑制が取れた時とよく似ています。たとえば、性格がすっかり変わって攻撃的で外交的になったりします。この他、錯乱状態、異様な行動、興奮、幻覚、人格の崩壊、自殺したくなるなど抑うつ症状の悪化がみられることがあります。これらの症状が、薬によって生じたものか、もともとの病気によるものか、あるいは、たまたまそのような症状が現れただけなのか、明確にできることはまれです。
確かに、薬を服用するようになったもともともの病気が悪化したり、不眠症が前より強くなる例がなかにはあります。しかし、原因がいずれの場合でも、唾眠剤を使用している人がこのような情緒的、行動上の変化を生じた場合には、できるだけ早く医師に報告することが大切なことです。
妊婦に対する注意
ある種のベンゾジアゼピン系の薬は、妊娠初期に服用した場合に、奇形との関連が報告されています。また、妊娠後期では、胎児に鎮静効果を及ぼします。したがって、妊娠中はどの時期でもこの薬を飲むのは避けて下さい。
他の薬剤との相互作用
トリアゾラムはケトコナゾール、イトラコナゾール、ネファゾドンとは併用するべきではありません。薬剤によっては、トリアゾラムの血流中の濃度を高くして、過剰効果を発現することがあります。あなたが、使用している薬剤は医師にすべて報告してください。
ベンゾジアゼピン系睡眠剤の安全な使用方法
トリアゾラムを安全に有効に使うため、以下のことに注意しておいて下さい。
1. トリアゾラムは処方薬ですから、医師の指示によってのみ使用してください
いつ、どのように使用し、どれくらいの期間使用すべきかなどについては医師の指示にしたがって下さい。他の薬剤同様、トリアゾラムは処方された方だけが使用すべきものです。
2. 医師の指示がないかぎり、トリアゾラムは7〜10日以上続けて飲まないで下さい。
3. トリアゾラムを飲んでいるときに、変な考えや行い(思考や行動の異常)を起こして、困ったことが生じた場合には主治医に相談してください。現在のあなたの飲酒(アルコール)の程度や、他に飲んでいる薬(処方箋なしで買える薬も)について、主治医に言っておいて下さい。トリアゾラムとアルコールは一緒に飲まないようにして下さい。
4. 7〜8時間以内の飛行機旅行など、睡眠時間が短くて薬が体外に全部出ていかないうちに、活動を開始しなければならなくなるような際には、トリアゾラムは使用しないで下さい。このような状況では、記憶がなくなることが報告されていますので。
5. 医師が指示した以上の量を飲まないようにして下さい。
6. 車の運転や機械の操作など危険な作業をする場合には、必ず前もってこの薬があなたにはどの程度効くのかを確かめておいて下さい。
7. トリアゾラムを止めると、その翌日もしくは2日目の晩には、以前よりもっと不眠が強くなる(反動性の不眠)場合があるということをよく心得ておいて下さい。
8. 妊娠を望んでいる場合や、現在妊娠している場合、あるいはこの薬剤を使用中に妊娠してしまった人は、医師に言っておいて下さい。妊娠中はいずれの時期であっても、トリアゾラムの服用は避けるべきです。
9. 常に、服用している薬剤はすべて医師に告げておいてください。
ファンクマシア&アプジョン社
ミシガン州カラマズ―49001アメリカ合衆国1999年5月改訂版(PDRより)
辻脇 私見
トリアゾラム(ハルシオン)についての、日本とアメリカにおける医薬品副作用情報を取り上げた。内容のあまりに違うことを読み取っていただきたい。また患者が得る、情報の量と質の違いを読み取っていただきたい。
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