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マンガ界の現状−シビアな衰退模様− 【大塚英志】
 
 大塚 ちょっといいでしょうか。阿部先生のお話に関して一つ皆さんに認識してほしいことがあります。里中先生、弘兼先生も共通の認識だと思うけれども、日本が不況下にあるので、まんがやアニメーション、おたく産業が日本の国力を支えていってほしい的な言い方を、しばしばされてしまうわけです。ただ、まんが家にとって今一番危機的な状況なのは、実はまんが界は好景気ではないということです。まんがの発行部数は年々減ってきている。青年誌の発行部数も減ってきている。『少年ジャンプ』や『少年マガジン』が減ったのは、純粋に少子化の影響だけではなくて、阿部先生がおっしゃったように、子供たちというマーケットをまんがが取り入れられなくなっているからです。
 それから、ぼくは30代から40代を編集者として生きてきたんですが、近年のまんが家に感じるのは、ストーリー、ネーム、コマ割り、絵といった複合的な表現としてのまんがの表現力みたいなものが、ある年代から下のまんが家たちの中で明らかに崩壊していっている。こんなことを言うと学力崩壊を嘆くどこかの大学の先生みたいですけれども、まんがの表現力は明らかに廃退していっている。
 マーケットも縮小している。お世辞ではなくて、昨日、セブンイレブンに行ったら里中先生の『アリエスの乙女たち』があって、つい買っちゃったんですけれども、つまりコンビニエンスストアでは確かにまんがを売っているけれど、1970年代ぐらいのまんがの復刻版がズラッと並んでいるわけです。『「ジョー」&「飛馬」』が売れているけれど、そういう意味ではあれも70年代、80年代の遺産なわけです。
 まんがの発行点数自体は、そういった80年代以前の資産をやりくりしながら保っている状況であるわけです。『ブラックジャックによろしく』や『バガボンド』が一千万部と言ってますけれども、それは5巻、6巻と重ねての部数です。
 けれども、ほんの十数年前まで『ビーバップ・ハイスクール』が初刷500万部みたいなことが当たり前の時代がまんが界にもあったんです。ぼくの『サイコ』だって7巻で500万部と言っていますけれども、そんなものはかつてのまんが界だったら大した部数ではないわけです。500万という数字自体は、出版界の中では大きな数字ですけれども、まんがとしては非常に縮小している。
 それは、まんが界の表現力の低下、あるいは世代交代がうまくいかない。一方で、マニアたちは、コミックマーケットなどで、自分たちの消費する表現は自分たちで創るみたいな体制を作ってしまっている。理由は様々に見出せますが、表現としても産業としてもまんが業界は明らかに行き詰まっている。
 まんが自体が構造不況業種になりかけているという内側の問題があり、外側からは「ジャパニメーションの力で何とか国際競争力を」と言われてしまう。もちろん講談社や小学館に描いている方たちは、まだ経済的にやっていけますけれども、それ以外の版元の新人たちは、もはやまんが家で食べていけるような状況にはないわけです。角川書店など、初刷2万を切るまんが家の本はもう出さないという内部ルールができあがっているぐらいシビアです。講談社でさえ近年赤字を計上しています。これは、まんが部門が他部門の赤字を吸収できないくらい、まんがのマーケットが縮小していることの象徴なわけです。
 だから、我々まんがにかかわる人間が考えなければいけないのは、どうやってまんが表現、もしくはまんがというジャンルをこの先存続させていくか。そこが一番問題視されなければいけないわけであって、不況の日本に対してどうこう申し上げるような甘っちょろい状況にはない。そういう意味でまんがに期待されては困るし、まんがの内側が根本的な問題を抱えていることをわかっていただかないと、世間の視線とまんが界の内側の視線はすれ違ったままで、数年したら「まんがってやっぱり国際競争力なかったんだね」ということで終わりかねない。
 アニメーションの世界では、宮崎駿だけが突出しているのであって、若いアニメーターも何人かはいますけれども、明らかに富野さんや宮崎さん以降の世代が育ってきていないのが現状です。国策としてコミックやアニメを持ち上げる言説はぼくらの業界にとっては何のメリットもない。
 阿部先生のお話も、そういう風に受け止めていただきたいなと、ぼくは思います。
 
 谷川 今ご指摘いただいたことは、マンガフォーラムでもずっとやってきておりまして、ほとんどのマンガ関係者はそういう認識のもとに、何とか考えなくちゃいけないと思ってやってきているはずですね。
 もう時間もあんまりないですが、フロアから2、3ご意見をいただけますか。はい、どうぞ。
 
 参加者3 早稲田大学芸術学部空間映像科2年生の辺見といいます。映画や美術について勉強しているんですが、マーケティングの崩壊という状況はマンガだけではないと、いつも感じています。抽象絵画など、言葉ではどうしても読み取れない表現のものを理解することは、なかなか難しいわけです。全く美術に出会う機会のない人や、興味のない人たちとの差は、どんどん離れていくと思うんですが、そういった人たちが興味を持たないことには、やっぱり進んでいかないわけです。
 そこで僕は、マンガ作者や関係者が、講演会、座談会、また地域の人たちと一体になってマンガの面白さや楽しさを広げていくことが重要ではないかと考えたんです。例えば、抽象絵画の作者だったら、作品について自分がどういうことを試みたかを語ること、その考えが重要なのではないかと。内容は伝わらなくても、人柄や雰囲気というものが、その表現から伝わるのではないだろうかと考えています。
 
 谷川 ありがとうございました。では、後ろの方、簡潔にお願いします。
 
 参加者4 弘兼先生は「コロコロコミック」など子供向けのマンガがゲームと結びついて危機感を覚えているとおっしゃいましたが、弘兼先生自身は具体的にどのような危機感を感じているのでしょうか。
 
 弘兼 ストーリーをつくる、ある種のパターンとか公式みたいなものがあるわけです。うちの子供なんかもそうですけれど、生まれてきてすぐに刺激の強い動くゲームがありましたから、あまりマンガとか本とか映画とか、テレビドラマすらあまり見なくなっている子供たちが多くなっているんですね。物語をつくるにおいても、どうしてもゲームから受けた影響があって、ゲームメーカーも入っているという背景もあるので、正統的な、僕らのような物語のつくり方をしないでマンガをつくってしまう人が多いということです。
 先ほど大塚さんが言われましたが、少年マンガなどで、売れ行きがすごく落ちているのは間違いないのです。いろんな原因が考えられますが、ゲームという動くものが出てきたことによって、紙に描いた媒体は刺激が弱いということも一つあると思います。
 
 谷川 ありがとうございました。では、こちらの上の方。
 
 参加者5 本学の商学研究科で中小企業や産業書籍の研究をしている三宅と申します。大塚先生が、マンガ産業の売り上げが落ちて、これは衰退かもしれないという意味のことをおっしゃいましたが、マンガ産業という括りではなくて、マンガや映画やゲームも含んだ日本の物語産業という括りでいくと、必ずしも衰退の方向ではないのではないか。むしろ、繁栄の一種ではないかという風に思います。
 それから、アマチュアが自分で読むマンガを自分で描いたりするというのも、生活の中にマンガのような物語が拡散していくのは、経営学をやっている人間が自己否定のようですけど、金額で計るばかりが指標じゃなく、世の中の創作意欲の喜びのグロスみたいなものが増えているんじゃないかと思うと、僕はちょっと楽観的なんですけれども、脳天気な見方でしょうか。
 
 谷川 どうもありがとうございました。では、簡潔にお願いします。
 
 参加者1 2つあります。まず、僕自身はマンガはもうピークを過ぎてしまったんじゃないか、今までが調子が良すぎたんじゃないかと思います。そういう状況で、海外に進出しようという思惑は、たぶん出版社のほうにあると思うんですね。ただ、非常に気にかかっているのは、海外の人間、もしくは出版社の中堅あたりの人たちは非常によく状況を知っているんですけれども、出版社の上のほうの人になると危機感が違って、とにかく海外に行けばどうにかなるんじゃないかみたいな話をなさっているようなんですね。そのへんのギャップが非常に怖い。80年代にいろんな会社が「これからは中国だ」と行って、だまされて帰ってきて倒産したりしましたけれど、そういうことがまた起こりうるんじゃないかと。
 もう1点は、マンガを描く人は海外ですごく増えているんです。もともと日本以外では絵を描くことは特殊技能なんです。その特殊技能であるマンガを描く人が、フランスを含めてすごく増えています。フランスでは同人誌即売会が盛んになってきていまして、そういうマーケットが開かれるようにもなっています。ちょうど僕らが学生だった、20年ぐらい前のころの雰囲気と同じではないか。マンガに熱中しているのは、今の日本の子供よりも、諸外国の子たちなんじゃないかと思います。
 
 谷川 わかりました。では、上の女性の人、30秒ぐらいでお願いします。
 
 参加者6 私は早稲田大学に所属している者で、かつマンガ家の端くれでもあります。マンガ界の停滞は確かに起きていると思うんですけれども、アジアをはじめ世界中にあるオリジナルのマンガを日本がどんどん輸入する姿勢が整えば、それが日本のマンガ界にとっても刺激になるんじゃないかという期待をいつも抱いているんです。それに関して、こちらにおいでの皆さんはどのようにお考えですか。
 
 谷川 ありがとうございました。時間がなくなりましたが、今まで出た問題や、それから今回のテーマも含めて、あるいは教育の話を含めて、2分ぐらいずつお話しいただけませんか。では、阿部先生から。
 
 阿部 私たちの作り上げたマンガ文化が、例えばアメリカへ行って、日本的な形の右から開いていくようなものが出た。アメリカで定着していくかどうかわかりませんけれども、ちょうど昭和30年代ごろ、12歳以下の子供たちが夢中になってマンガを読んでいたようなことが、アメリカで起きるかなあという感じがいたします。
 ところで、お台場にレトロな商店街ができましたが、いつをレトロと呼ぶのかということでいろいろ検討して、昭和35年から40年近くにかけてをレトロと呼ぼうということでつくられたという話を聞きました。土日には10万人ぐらいの方がお見えになるというんですが、関係者の言葉で印象に残ったのは、30代の若い親たちが子供連れでやって来て、「懐かしいなあ」と言っているということです。昭和30年代には影も形もなかったのに、なんで懐かしいのか。いったい何なんだろうか。
 それはおそらくDNAの問題です。私や日下先生と同じ世代にとって昭和とは、一番貧しくて、家だってまだ建たないし、何もなかったけれど、貧しさを越えて何かをやろうという気持ちがあった。子供も大人も、とにかく前へ、今よりはいい生活へ、という思いだった。そんなものが若い人たちの体の中に入っているのかな、心の中に入っているのかな。だから彼らが懐かしいと思うのかな、という感じがします。
 ですから、小学校の6年生以下の約1,500万人の子供に向けて、新たに発信する編集者が出てほしいし、新たにマンガ作家が生まれてほしい。今までのマンガを継承するとか何とかじゃなくて、新しいマーケットができ、新しい読者が増えるんじゃないかと。それがこれからのマンガの生きる役割というか、あり方なのかなと思います。


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