フォーラム本編
■主催者ご挨拶 【日下公人】
日下: 東京財団は日本財団から競艇のお金をいただいて、日本のため世界のために役に立つことに使っています。その一つがこのマンガとアニメを一生懸命応援することです。本日はマンガに対して造形の深い早稲田大学の、かくも立派な国際会議場で、更に立派な皆様のご参加を得まして本フォーラムの最終回ができますことを、嬉しく思っています。
さて早稲田大学といえば思うことがございます。100年程も昔のことですが、イギリスとノルウェーが南極一番乗りを目指していました。どちらも政府がお金を出しています。日本だけは誰も何もしない。まだ貧乏国でありましたが、そのとき白瀬隊が行くからお金をくれというのに、大隈重信さんがイギリス政府の100分の1ぐらいのお金を出したんですね。こういうことは大国のすることだと。日本もこれから大国になるのだから、と言ってお出しになったそうです。
そのときのエピソードがおもしろくて、「では白瀬くん、南極探検に行きたまえ。体に気をつけろよ、向こうは暑いからな」と言ったそうです。「いや、寒いんです」と言ったら、「そんなばかなことがあるか。南へ行くんだぞ」「いやいや、寒いんです」「お前はまだ行ったこともないのに、なぜわかるんだ」「行かなくてもわかります」「わしにはわからん」と言いながら、ともかくお金を出したという話があります。実におもしろい話で、マンガチックです。大隈さんはマンガチックな人ですね。そんなことを今日、銅像を見ながら思い出しておりました。
日本経済には国際競争力があるのないのと言っておりますが、一番競争力があるのはマンガとアニメです。総理大臣とお話しする機会がありまして、「国際競争力がないから不景気だというのは間違いだ。国際競争力がありすぎるから、黒字がこんなにたまっている。ないのはむしろ国内競争力だ。日本の会社には、日本のマーケットに売りつける力がない。日本人が喜んで買うものは、ルイ・ヴィトンとマンガ・アニメしかない。皆これを見習うべきであって、輸出に成功している大企業を見習えというのは話が全然逆ではないか」と申し上げても、結局何にもなっていないのであります。
日本人が買いたいものをつくれる会社は、世界中にルイ・ヴィトンぐらいしかないんじゃないか、日本人が買いたいものは日本人がつくらなきゃいけない。それができたらこの不景気は終わるんだと、そのぐらいに思っております。
今日のシンポジウムが成功することを念願しております。お集まりくださいまして、どうもありがとうございました。
森川: 昨日、衆議院議員会館にまいりまして、50名ぐらいの国会議員の先生方の前で「地球公共財としての水」というテーマで環境の問題を話しました。先生方も新聞報道で今日のことをご存じで、「森川くん、いったい政治とアニメとどちらが好きなんだ」と言われまして、「アニメでございます」と申し上げました。
2002年度の秋学期におきまして、早稲田大学国際部でわが国初の英語によるマンガ・アニメ講座を開設いたしました。英語のタイトルは「Manga and Anime Expressions of Japanese Culture and Society」でした。東京財団よりご支援を賜り、昨年の夏より準備を始めまして、去年の10月より15コマのシリーズとして、わが国のマンガ・アニメ事情について講義を行うことができました。本日はその結果報告ということで発言させていただきます。私は政治学者ですけれども、声優の辻谷耕史と共に声優の研究をしている関係で、この大役を仰せつかった次第でございます。
受講者は、留学生と、英語の聴講生試験を受けた学生の51名で、ほぼ全員が最後まで受講して単位を取得いたしました。これは早稲田大学では、2つの意味で非常に画期的なことでございました。1点目は、国際部では1クラス約20名の少人数教育を行っておりますが、約2.5倍の学生が参加したということで、非常に有意義でした。2つ目は、ほぼ全員が単位を取得したということで、これは早稲田大学では非常に画期的なことです。
51名の国別の内訳は、アメリカ17名、留学生を含む日本国籍の方8名、韓国4名、フランス3名、エストニア、イギリス、フィリピン、台湾が2名ずつ、オーストラリア、ノルウェー、スウェーデン、アイルランド、中国、カナダ、スイス、デンマーク、フィンランド、イタリアおよびトルコが1人ずつでした。総計で19か国の留学生あるいは早大生が、日本の文化であるマンガ・アニメ講座を受講したわけです。
プログラムは、2002年10月2日から始まり、ゲストスピーカーをお招きして、通訳をつけて講義という形でしました。初日は、東京財団の日下会長より、ご自身のご経験を交えてマンガ・アニメについて講演をしていただきました。
2回目は、私が、イントロダクションとして、「マンガ・アニメの歴史と現状」ということで、日本で最も人気のあるマンガ雑誌およびアニメの現状について話しました。学生が一番驚いていたのは、アニメの視聴率で、日本では『サザエさん』が一番高いということです。留学生にとっては『サザエさん』のいいところがわかりづらいようで、一つのカルチャーショックがあったようです。
その次に、東映アニメーションの大泉スタジオを訪問させていただきまして、アニメの作画工程を学びました。私を含め、ほとんどの学生は実際にスタジオでアニメの作画工程を見る経験がなかったものですから、非常に有意義な経験でした。
10月23日には、最初のゲストスピーカーとして、テレビアニメ『ワンピース』の担当プロデューサー、清水慎治さんにおいでいただきまして、ワンピースにかかわる裏話、あるいはなぜ『ワンピース』が受けているのか等々について、非常に貴重な意見をいただきました。
11月6日には、セルシス社長の川上陽介さんから、セルシス社が開発したソフトウェア、それを使ったマンガ・アニメのデジタル制作過程のデモンストレーションと、実際のアニメのつくり方に関してご講義いただきました。学生は、そもそもアニメやマンガがデジタルを使って制作されていることをまったく知りませんでしたので、非常に驚いていたのが印象的でした。
11月13日は、大学全体に開放した公開講座ということで、マンガ家の松本零士先生に「マンガ原作とアニメーション」という題で講演をしていただきました。おそらく海外において最も著名なマンガ家である松本先生ですから、学生からはとどまるところのない質問が出されまして、松本先生にはすべてに答えていただきました。また、私が、サインのおねだりはやめるよう言ったんですけれども、授業が終わった後学生が先生を囲んでしまいまして、2時間以上にわたってサインをしていただきました。非常に先生のお人柄がしのばれる光景でございました。
11月20日は、アニメ監督の西尾大介さんから監督の仕事の重要性について講演をしていただき、翌週には、声優の野沢雅子さんから声優業についてお話をいただきました。海外において、『ドラゴンボール』は非常に視聴率の高い番組でございまして、野沢さんに例の「カメハメ波」を実演していただき、学生は大変喜んでおりました。
12月に入りますと、『コミックバンチ』編集長の堀江信彦さんと、『Tokyo Pop』という米国向けマンガの出版社のスチュアート・レヴィさんに来ていただきまして、マンガ・アニメの米国展開についてお話をしていただきました。ご存知のとおり、アニメは米国に非常に浸透しておりますけれども、マンガはまだこれからということで、新たな展開についてお話をいただきました。
そして12月11日は、最後のゲストとして、マーベラスエンターテイメントの片岡義朗社長に来ていただきまして、広告代理店の業務の重要性についてお話をいただきました。
本年、1月11日には、宮崎駿特集として、江戸東京たてもの園で開催されている「千と千尋の神隠し展」、およびジブリミュージアムを訪問いたしました。「千と千尋展」では、スタジオジブリの高橋事業本部長、プロデューサーの田中さん、広報担当課長の西岡さんがいらっしゃってくださいまして、『千と千尋の神隠し』を制作するにあたってのご苦労についてお話していただきました。
東京たてもの園は、宮崎駿先生の散歩道でして、『千と千尋』のモデルとなったものがたくさんある場所です。劇場アニメと実際の建物とを見ることによって、意外に身近なところにアニメのヒントがあるものだと、学生は感じておりました。
最後に期末試験をしたわけですが、ファイナルプロジェクトということで、マンガを描く作業を課しました。51名のうち半数以上は、もうどこに出してもはずかしくないような作品だったものですから、私どもとしては非常に喜んでおります。
一連のゲストスピーカーからおわかりになると思いますが、この講義の主要目的はマンガ・アニメをただ単なるアウトプットとしてとらえるのではなく、原作者の頭のなかにあったものから、作画工程、インプットからアウトプットへの一連の作業におけるご苦労について直接話を伺えたということで、非常に貴重な講義であったと思っております。
私は、留学生がマンガ・アニメに対して強い関心を持っていることに興味を持ちましたので、授業とは別にアンケート調査をしました。早稲田大学に来る前に、どの程度マンガ・アニメに触れていたかということですけれども、いくつかおもしろい事実がわかりました。
たとえば、北米から来ている学生は、マンガはほとんど読まないんですが、それはマンガは高価だということと、流通システムがまだ完成されていないからです。そのためアニメが非常に人気だというのですが、日本のアニメに触れるのは16歳以上、高校生になってからということで、これは非常におもしろいパターンです。ヨーロッパあるいはアジアではもっと若年層から日本のアニメを見るのです。米国においては、アメリカで制作された『スクービードゥ』や『トム&ジェリー』などにはまだ勝てないような感じがあります。ただし、私どもの留学生は『ポケモン』以前の世代ですので、聞くところによりますと、『ポケモン』以降の世代は若年層から日本のアニメに親しんでいると聞いております。
そのアンケートのなかで、「日本のアニメのすばらしいところと短所は?」と問いかけました。すばらしいところは、マンガは「白と黒の平面から人を感動させる作品ができあがっていて、非常にオリジナリティがあって世界に通用するものだ」というコメントがありました。
もちろん、欠点がないわけではありません。留学生が指摘した3つの大きな欠点というのは、暴力シーン、性描写、喫煙シーンです。これには地域格差がありまして、北米の学生にとっては暴力シーンは比較的受け入れられるけれども、性描写と喫煙シーンは受け入れられない。一方、アジアから来た学生にとっては、暴力シーンが一番の問題で、残りの2つは比較的受け入れられるという傾向がございました。したがって、今後、日本のアニメがグローバル化の波に乗って世界に伝達される過程で、この3つの問題について原作者にぜひ考えていただきたいと思っています。
先ほども申し上げたように、期末試験において非常に優秀な作品ができました。わが国の国技である相撲で、外国人が横綱になる時代です。きっと近いうちに、マンガ・アニメ業界のトップが外国人になるのではないかと、期待しております。
【谷川彰英 里中満智子 広兼憲史 ピエール・ジネル 大塚英志 阿部 進 日下公人】
谷川: みなさん、こんにちは。今日は、マンガフォーラムの最終回です。昨年6月から始まりまして、毎月いろんなことをやってきたんですけれども、こういう立派な会場に半分近く入ったのは初めてですので、大変うれしく思っています。
今までどちらかというと国内的な問題を中心に、マンガと教育がどうかかわるかということを話し合ってきましたが、今日は世界に向けて、日本のマンガ・アニメーションがどういう役割を果たせるかという、大きなテーマで話をしていきたいと思っています。
パネリストの方々を紹介させていただきます。まず、里中満智子先生。ご紹介するまでもなく、日本の女流作家のトップとして、実に多くのジャンルの作品を手がけられてこられました。また最近は、マンガだけではなく、実に多様な活躍されております。
そのお隣りが、弘兼憲史先生です。弘兼先生にお願いした理由は簡単です。早稲田大学の卒業生のトップを走っているマンガ家だからです。「島耕作シリーズ」も、今は中国とかで、国際的なところで取材されマンガを描いているということですから、今回のテーマにもふさわしいというので、無理を押してお願いいたしました。
そのお隣りは、ピエール・ジネルさんです。日本に長くいらして、もとはダイナミック企画という、永井豪さんのアニメーションやおもちゃに関係したところでお仕事をされてきました。フランスと日本との比較を含めて、マンガ・アニメーション関係のお話を楽しみにしております。
そのお隣りが、大塚英志先生です。大塚先生は、マンガ原作者であり、作家であり、もともとは日本民俗学をやられた先生でして、マンガの編集も経験されているということで、実に多様な活躍をされています。社会的に幅広くサブカルチャーを論じられるということで、ぜひともお願いしたいと思っておりました。
それから、阿部進先生です。40年前に起きた「現代っ子論争」の張本人でありました。最近、そのときの本が復刻されて売れているようです。もともと小学校の教員をされておられまして、その後テレビ界でいろいろ仕事をされたり、教育評論をされたり、あるいは青少年を集めた学校をつくるなど、多様な活躍をされてこられました。
最後に日下公人会長です。先ほどご挨拶いただきましたけれども、マンガフォーラムのスポンサーです。
それでは早速、マンガ家のお2人の先生に、長いマンガ作家としての経験、あるいは国際的なさまざまな活動の中から、「マンガは世界に何をプレゼントできるのか?」というテーマについて、10分程度ずつお話をいただこうと思います。では、里中先生、お願いします。
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