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DV被害をのりこえる?支援現場からの発信?

 事業名 ドメスティック・バイオレンス(DV)被害者サポーター養成講座
 団体名 ウィメンズネット「らいず」


講義3 スウェーデンにおけるDV対策〜刑事法の視点から
講師:矢野恵美さん 東北大学ジェンダー法・政策研究センター研究員
1. なぜスウェーデンのDV対策なのか〜ジェンダーとDVの関係
 DVの本質を、「ジェンダーに基づく暴力である」ととらえる認識は、現在、国連を初め世界中に広がりつつありますが、残念ながら一般の常識とはなっていません。「女のくせに生意気だ。おとなしくしていろ」と言って暴力を振るう男性を容認する社会はあっても、逆に妻が夫を殴った場合、「夫なのだからおとなしくしていろ」と言う人はいません。同じ暴力であっても、男性から女性に対して振るわれる暴力の裏には、男性優位の社会構造や、「支配する者」と「支配される者」という関係があります。
 スウェーデンは、男女平等(Gender Equality)の先進国と言われています。国会議員に女性が占める割合はほぼ5割。女性の労働参加率も日本に比べて大変高く、いわゆる「専業主婦のいない国」です。
 男女の賃金差について見ると、日本では男性の賃金に対して女性の賃金が7割弱であるのに対して、スウェーデンは8割強になっています。男女平等が進んでいる国において、DV問題がどう扱われて、どのような対策が講じられているのか。そして、DVの裏に潜むジェンダーの問題を克服していけば、DV問題は同時に解決するのか。そうした視点からDVを見ていくことは、日本のDV施策を考えていくうえで意義のあることです。
 
日本とスウェーデンにおける男女の主な参画状況と制度の充実度
<内閣府 男女共同参画白書・平成15年度版より抜粋>
日本 スウェーデン
GEM順位(2002年) 32位 3位
国民負担率(1999年)(%) (2002年)38.3 75.4
女性国会議員数の割合(2002年)(%) 7.3 45.3
女性労働力率(2001年)(%) 49.2 76.2
管理職職業従事者に締める女性割合(2001年)(%) 8.9 30.5
育児期にある夫婦の
 仕事時間(時間)
 家事労働時間(時間)

7.7
0.4

3.7
3.8

6.4
2.5

3.9
3.9
クウォーター制 導入していない 導入している
育児休業制度 やや充実している 充実している
男女の平等意識 不平等感が非常に強い 不平等感が強い
役割分担意識 強い ほとんどない
(備考)
1. GEM(ジェンダー・エンパワーメント指数:女性が積極的に経済界や政治生活に参加し、意思決定に参加できるかどうかを測る指標)は国連開発計画「人間開発報告書」(2002年度版)より作成
2. 国民負担率は財務省資料より作成
3. 国会議員数はIPU(列国議員同盟)資料より作成
4. 労働力率と企業の管理的職業従事者に占める割合はILO「Yearbook of Labour Statistics」(2002年)より作成
5. 育児期にある夫婦の仕事時間、家事時間はOECD「Employment Outlook」(2001年)、総務省「社会生活基本調査」より作成
6. その他は、内閣府「男女共同参画諸外国制度等調査研究報告書(平成13、14年度)、「男女共同参画社会に関する国際比較調査(平成14年度)及び「男女共同参画社会に関する世論調査」(平成14年7月)より作成
2. 「女性に対する暴力」〜「強姦規定」に見るジェンダー問題
 「女性に対する暴力」という全体的な流れの中で、スウェーデンでは、DVがどのようにとらえられてきたのでしょうか。
 その国の「女性に対する暴力」やDVに対する考え方を知るために、その国の刑法における「強姦規定」を見るという方法があります。
 日本の現行刑法は、1908年(明治41年)に施行されたもので、刑法第177条に強姦罪の規定があります。この条文をみると、「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする」と書かれています。
 この規定には「夫婦間を除く」とは書かれていません。これは、夫婦間でも強姦であるから書いていないのではなく、「妻は夫の持ち物なので強姦には当たらない」「妻は夫の性的欲求に当然応えるべきだ」といった考えがあったからです。刑法の条文におけるジェンダー問題は、100年来、ほとんど議論されないまま現在に至っているのです。
 一方、スウェーデンにおける強姦規定は、1965年に施行された刑法を基本としています。日本と異なる点は、それまで処罰していなかった夫婦間強姦を、軽くではあっても処罰する場合もある、と条文に入れたことです。さらに20年後の1984年には、性別にかかわらず、暴行・脅迫を用いた性交または性的関係は強姦であるとされ、「ジェンダー・ニュートラル化」が行われました。そして、2005年には、性犯罪に関する条文がすべて改正され、性別を問わず意に反する性的関係はすべて強姦であるとされました。
 性犯罪の規定やジェンダーの問題をほとんど議論せず今に至っている日本と、女性に対する暴力やDVに対する関心や認知が違うのは当然だといえます。
3. DVに対する立法の動き
 DVに対するスウェーデンの法律として、主に2つのものを挙げることができます。その1つ、訪問禁止法は、現在または以前のパートナーによる暴行や脅迫から、女性を保護することを目的として1988年に作られた法律です。ジェンダー・ニュートラル化の影響により、条文上は性別による限定もなく、パートナーでなければいけない、という表現もありません。また、つきまといの理由にも制限がなく、つきまとう人に対して接近禁止命令が出せる、とだけ書かれています。日本の保護命令と異なるのは、訪問禁止命令の範囲が、被害者の住所地はもちろん、それ以外の人の住所や職場周辺、また、被害者が立ち寄る場所まで拡大されている点です。期間は最長1年、1回につき1年の延長が可能です。退去命令だけは30日間と短くなっています。
 スウェーデンと日本のDVに関する法律で決定的な違いとなるのは、1999年、刑法に「DV罪」が盛り込まれたことです。刑法第4章第4条a第1項には、「親密な関係にある、またはあった者が、その相手に対して、繰り返し侵害を行った場合(暴行・脅迫・強要・住居の安全の侵害・強制猥褻・虐待等)、6か月以上6年以下の拘禁」と定め、第2項には、「女性の安全に対する侵害の加重犯」としてDV罪を設け、「婚姻している、または婚姻していた、婚姻し同居している、または婚姻し同居していた、男性が女性に対して、繰り返し侵害を行った場合、6か月以上6年以下の拘禁」と記されています。
 ジェンダー・ニュートラル化を行ったにもかかわらず、あえて条文に「男性から女性へ」と性別を入れた背景には、1995年の北京女性会議の影響があります。1999年に「女性の安全法」という総合的な法律が成立し、これに伴い刑法が改正になりました。
 スウェーデンにおいて、「女性に対する暴力」という形で問題が浮上してきたのはここ10年ぐらいであり、年数的にみると日本とほとんど変わりません。しかし、男女平等やジェンダーの問題に長い歳月をかけて取り組んできたスウェーデンと比べると、日本は、同じ10年でも、随分と質の違う10年を過ごしてきたといえます。
4. 先進的なDV対策
 スウェーデンの警察の中には、児童に対する性犯罪及びDVに関する専門ユニット(部署)があり、地域によって格差はあるものの、積極的に対応をしています。二次被害をもたらさないよう、事情聴取の方法などがルーチン化され、警察のホームページでも公開されています。さらに、警察官、検察官、社会福祉関係者が1つのチームになって、定期的なミーティングをしています。こうした取り組みも、「DV罪」があるから可能となっていると言えるでしょう。
 また、スウェーデンには被害者弁護人制度という制度があります。被害者に国選弁護士をつける制度で、捜査開始時に、裁判所が登録リストから弁護士を任命します。登録している弁護士の約9割が女性で、被害者の弁護を専門に行っている人もいます。この制度はもともと性犯罪の被害者のために作られたのですが、現在では訪問禁止違反の被害者にも適用されるようになりました。
 1994年には、犯罪被害者庁という被害者だけを扱う機関が設置されました。加害者による損害賠償や保険の適用が期待できない場合、「犯罪被害法」に基づき、国が被害者に対して犯罪被害補償金を支払う際の審査を担当しています。この制度は、DV被害者にも積極的に適用されています。
 さらに、同じ1994年にはウプサラのアカデミスカ病院内に、国立女性センターが設置されました。24時周体制で、電話相談、急患受け付け、他の科への紹介、カウンセリングなどを行っており、匿名で受診することができます。
5. 男女平等社会の推進とDV問題
 「女性に対する暴力」に社会が注目し始めた時期は、日本とほとんど同じであったにもかかわらず、男女平等が浸透した土壌、徹底した周知、卓越したプロパカンダ(主義主張の宣伝活動)により、スウェーデンの「女性に対する暴力」への対策は、ここ10年の間に飛躍的に発展しました。バックラッシュもありますが、日本とはレベルが違います。日本とスウェーデンの相違は、男女平等の考えの浸透の違いと言えるかも知れません。
 スウェーデン政府のやり方で特筆すべきものに、徹底したプロパガンダがあります。何か問題が浮上した時に、それまで無関心だった国民も興味をもたざるを得ないように、スウェーデン政府が大々的にプロパガンダをするのです。例えば、街中にポスターを貼り出したり、テレビ番組を通じて、女性の権利を擁護する者とそれに反対する者で討論をさせたり、人身売買に関するDVDやビデオを学校関係者に配ったり、趣向を凝らした取り組みを展開しています。
 ここ10年来、スウェーデンでは、「女性に対する暴力」、すなわち、DVや性犯罪は、ジェンダーの問題として考えられてきました。スウェーデンを見ていると、決して一足飛びに解決する問題ではないけれど、男女平等が進めばDV問題も少なくとも解決の方向に進むのだと思えます。
講義4 DVの特質と子どもへの影響〜暴力の連鎖を断ち切る
1. DVと児童虐待
 母親がDVに遭っている場合、子どもも暴力を振るわれる、また、暴力に耐え切れなくなった母親から暴力を振るわれるといったことがあります。現在ではDVを目撃することによる被害の大きさから、DVを見聞きするだけでも、暴力を受けている状況と変わらないと考えられています。
 DVを目撃することの悪影響は、以前から指摘されていましたが、最近、その影響がさらに注目されるようになってきています。しばしば「子どもは気付いていないのではないか」とか、「子どものために離婚はできない」と考える方もいますが、子どもは、どんなに幼くともDVに気付いており、DVを目撃することは確実に子どもの成長に影響を及ぼしています。しかしながら、家庭裁判所の調停といった現場ですら、DVを目撃することを過小評価する傾向はまだまだ存在しています。
2. スウェーデンにおけるDVと子どもに関する取り組み
 スウェーデンでは、「児童のための特別代理人法(児童弁護入制度)」が1999年に創設されました。18歳未満の者が犯罪の被害者で、保護権者が犯罪の加害者だと疑われる場合、または被疑者との関係で保護権者が子どもの権利を十分に守れないのではないかと考えられる場合、裁判所はこの子どものための弁護人を任命することができる、という制度です。DVに関してみると、母親には「被害者弁護人」が、直接の暴力や脅しなどがあれば、子どもには「児童弁護人」が任命されます。児童弁護人は、子どもの利益を最優先に考え、保護権を行使することができます。
 また、2005年秋から、スウェーデンでは、「子どもの家プロジェクト」が始まりました。これは、子どものケアに関する総合施設で、全国で6か所指定されています。子どもが犯罪の被害にあった場合に、子どもがさまざまな機関を回るのではなく、関係する機関−検察庁・警察庁・社会庁・法医学庁の担当者が子どものいる場所に集まり、総合的に子どものケアをしようとするもので、2008年3月までに報告書が出されることになっています。
 このように、現在スウェーデンでは、性犯罪、親のDV、虐待から子どもを保護することに力が注がれています。暴力から女性を保護することが、さらに子どもの保護に範囲を広げることにつながってきた結果、と言えるでしょう。
3. 日本の状況〜女子少年院から見えてくるもの
 最後に、日本の女子少年院にいる子どもたちとDVとのかかわりについて、私の知っている範囲で触れたいと思います(ここでは、恋人同士の関係でもDVと考えていきます)。女子少年院に入る、ということは、その子どもたちが加害者として入っているわけですが、彼女たちの場合、自身の被害性も高いとみられています。
 一般に、女子少年院入院者には薬物使用者が多いのですが、使用のきっかけは、男性によって勧められて、という子どもが多い。なかには男性に強制されて始めたケースもあるようです。また、同じグループ内での争いが傷害事件となって入院するケースも見られますが、その場合、グループ内の誰もが被害者にも加害者にもなり得た、という構図があります。近年では、粗暴な犯罪行為により、被害者が存在するケースも多くなってきていると言われています。しかし、全体に共通して言えるのは、彼女たち自身の被害者性が大きいという点です。
 日本の少年院においては、犯罪の被害者について考える被害者視点教育が97年ごろから始まっています。私は、いくつかの女子少年院で被害者視点教育をお手伝いするようになって4年ほどが経ちます。そこで、これまでの彼女たちの経験について話し合うことがあるのですが、いつも感じるのは、「暴力」が日常化している子どもがとても多いということです。特に、彼氏に殴られた、蹴られた、携帯を折られたなどの話が当たり前のように出てきます。保護者から暴力を受けている場合もあります。問題は、そこで「なぜ殴られたと思うか」と尋ねると、「自分が悪いから」「私のためを思って」「私を好きだから」と答えることです。つまり、彼女たちの意識の中には、被害意識が欠如しているのです。彼女たちの周りでは暴力は日常化しており、またそれを正当化しなければ、幼い彼女たちは生きていかれないのです。
 彼女たちにはまず、「あなたたちの受けたことは被害であり、誰もあなたたちを傷つける権利なんかない」と知ってもらう必要があります。「同じことを自分は我慢してきたのに、これを人にしたら、なぜ自分だけ少年院に入れられるの」という素朴な疑問を、まず、解消してからでなければ、自分がしてしまったことの反省にはつながらないのです。ここで気をつけていただきたいのは、彼女たちはかわいそうな目に遭ったから悪くないと言っているわけではない、ということです。彼女たちが誰かを傷つけたなら、それは当然悪いことなのですが、それを自覚させ、反省させるためには、まず、自身の受けたDVについても、それは間違ったことであるということを知ってもらわなければならないのです。生活の中で日常的に暴力が発生し、暴力を振るわれることに慣れてしまうと、そのような環境で生き延びていくために、子どもたちは「暴力を振るうのは、自分のことが好きだから」「自分のために暴力を振るっているのだ」と納得せざるを得ない状況に陥ります。
4. 求められるDVの「早期教育」
 一例として、女子少年院の子どもたちについて触れましたが、これは決して彼女たちに特有の問題ではありません。人は誰でもDVを目撃することによって、また実際に自分がDVを受けることによって、暴力に慣れてしまうと、自分の被害にも気がつかなくなりますし、暴力を「正当なもの」として学んでしまうと、加害者になっても、それを犯罪だと認識できません。スウェーデンには、子どもを対象に、「DVは犯罪である」と教育をしたり、子ども専用のヘルプラインの番号を学校に掲示したりする活動があります。日本においても、DVの早期教育は非常に重要であり、さし迫った課題なのです。
 
◆虐待体験と非行の関係◆
法務総合研究所「児童虐待に関する研究(第1報告)」(2001年)から抜粋
・虐待(身体的、性的、ネグレクト、心理的、間接的)を経験した割合
*いずれかの暴力を体験した男性:一般市民 約23%/少年院在院性 約42%
*いずれかの暴力を体験した女性:一般市民 約19%/少年院在院性 約57%
 
・虐待経験のある少年院在院者の、非行に走る前に家族から身体的暴力を受けていた割合
*男性:家族からの暴力先行:50.6%、同時期:36.4%→87.0%
*女性:家族からの暴力先行:55.6%、同時期:33.1%→88.7%


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更新日: 2020年12月4日

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