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Chapter3 「DV被害をのりこえる」
国際的な視点で学ぶ サポーター養成専門講座から
講義1 DV被害者を取り巻く現状と課題 〜公的機関と民間の役割
講師:近藤恵子さん
NPO法人全国女性シェルターネット共同代表
NPO法人女のスペース・おん代表理事
 
1. DVの実態と構造
 内閣府の男女共同参画局が実施したドメスティック・バイオレンスに関する3回目の実熊調査の報告では、3人に1人がDV被害を受けたと答えています。2004年度の調査では5人に1人が暴力被害を受けていると答えていました。
 各都道府県もこれまで実態調査に取り組んできましたが、それらの調査の結果で共通に浮かび上がってくるのが、2人に1人が精神的な暴力を受け、3人に1人が殴られたり蹴られたりしている。5人に1人が性的な暴力を受けている。そして20人に1人が殺されるような目に遭っているというものです。
 01年にDV防止法ができて04年には改正法が施行され、ドメスティック・バイオレンスに対する認識が社会に届き始めたといえますが、内閣府の調査によると5人に1人だった物理的、身体的暴力の被害を含めてDV被害者が3人に1人になったというのはとても恐ろしい数字といえます。
 結婚生活や、親密なパートナーを持っている女性たちでDV被害を経験したことがない、という人はいないのではないかというのが現場での実感なのです。
 ドメスティック・バイオレンスに対する女性たちの認識が深まったことによって、5人に1人が、3人に1人の数字になったことがあるかも知れません。しかしDV被害の実態は決して減っていない。むしろ深刻化、苛酷化を深めていることはこの数字からも明白です。
 問題なのは、被害を受けた人たちの中に3人に1人がいまも日常的、継続的に暴力を受けていると答え、20人に1人が殺されるかも知れないという被害に遭ったと答えていること。日本の人口は1億2000万人ぐらいといわれています。半分以上の6000万人が女性だとすると、20代以上で配偶者を持つかも知れない女性たちを6割とした3600万人がこの調査の分母(母体)として考えると、3分の1にあたる1200万件の暴行とか、暴行傷害、脅迫とか、殺人未遂、殺人とかいう事件が起こっている。つまりDV犯罪が起こっているという計算になります。
 お風呂の水に顔を押しつけられて溺死しそうになったとか、首を絞められて気を失った、すさまじい打撲を受けて放置されたという人が、20人に1人いるわけですから、3600万の20人に1人、180万人が死ぬ目にあっている。180万件の殺人未遂事件が起こっていたことになります。180万人の加害者が逮捕されたかというとほとんど捕まっていない。
 警察庁が、それまであった犯罪件数、立件されて事件として扱った件数のうちから、夫婦間暴力、恋人間で起こった暴力を抜き出して報告するようになったのは平成12年からです。
 
〈配偶者による殺人、傷害、暴行事件の検挙件数〉
殺人 障害 暴行
平成12年 134/197件(68.0%) 838/888件(94.4%) 124/127件(97.6%)
平成13年 116/191件(60.7%) 1,065/1,097件(97.1%) 152/156件(97.4%)
平成14年 120/197件(60.9%) 1,197/1,250件(95.8%) 219/211件(96.3%)
平成15年 133/215件(61.9%) 1,211/1,269件(95.4%) 230/234件(98.3%)
平成16年 127/206件(61.7%) 1,143/1,198件(95.4%) 284/290件(97.9%)
※警察庁調べ。分母は総検挙件数、分子はそのうち夫の件数。(%はその率)
 
 警察庁調査による平成16年の数字を見ると、360万件の事件が日々起きている社会で実際に検挙された件数は、暴行事件は全体で290件、うち284件が、妻が夫から殴られてお巡りさんが出動した件数。97.9%が、夫が加害者であった事件。実際に110番通報してお巡りさんが来るのだからかなりの暴行のはずですが、290件しか顕在化していません。
 配偶者間のDV殺人事件は260件。しかもほかの暴行や傷害は9分9厘男性が加害者になっているのに、殺人は4割が女性が殺害の実行犯で、妻が夫を刺し殺したり、絞め殺したりしたことになっています。
2. 「学習する」加害者
 暴行、傷害事件は90%以上男性が加害者なのに、殺人事件はなぜ40%、女性が加害者になっているのでしょうか。
 ドメスティック・バイオレンス防止法ができてから多くの加害者たちは、妻をいためつけてはならない、ということを学ぶようになりました。殺さない程度にいたぶり続けるという実態です。
 もうひとつの現実は、「もうこの人を殺すしかない」と追い詰められた女性たちが、ぎりぎりのところでDV被害者としての殺入犯になる。多くは長い間のDVに堪えかねて、泥酔して寝ていた夫の首を締めたり、夫の背中に包丁を突き立てたりして殺している女性たち、という構図が浮かびあがってきます。
 私たちは何件かのDVの殺人加害者の裁判支援をしています。その女性のすべてが長年にわたるすさまじい暴力支配、暴行の被害者だった。裁判官も、確かに殺害に及ぶまでに追い詰められた妻の状況には同情するが、寝込んで抵抗のできない夫を、殺意を持って殺した確信犯としては情状酌量はないとしてすべて実刑となっています。206件の検挙された事件を、私たちは氷山の一角と思っています。立件されない殺人事件をたくさん現場で知っているからです。
 病死や変死で処理される女性の遺体の中に、長年の暴力、ドメスティック・バイオレンスによる被害を受けたすえの病死や変死と疑われる遺体が多い、という報告をしている警察の解剖医もいます。全国にいる法医学解剖医が、そういう配慮や目で遺体を見ていたら「DV殺人死」の数字はもっと増えているのではないかと思います。
3. 「加害者不処罰」の問題点
 女性に対する暴力、家の中という私的な領域で起こるドメスティック・バイオレンスという犯罪がほとんど不処罰のままだということを知っていなければなりません。日本の刑法には犯罪の内容によって処罰される量刑規定があります。DVは重罪規定の必要な犯罪だと思います。法律の前文に「DVは犯罪だ」と書き込まれていますが、特に重大な犯罪と認識する必要があります。
 その理由の一つには、どういう場所で犯罪が起こるかということがあります。多くは家で起こります。家は私的領域・プライベート領域であって、外側からは閉ざされた領域で、外側からの介入はできません。
 民事不介入の原則があって、お巡りさんも、町内会長さんも、行政の職員も、みだりに個人のプライベートな領域に踏みこんで強制力を執行できないことになっています。何の理由もなく権力が入れないことで市民生活を守るという仕組みは重要なことですが、家の中が犯罪の現場になっているときは、この原則は意味をなさない。夫婦間の問題で恥ずかしい、当事者は何をされているかいいたくない、など中からも外に訴えにくい。そこで犯罪がエスカレートし、過酷化していくのです。
4. 暴力根絶への行動綱領
 1995年に北京で開かれた第4回世界女性会議は暴力根絶を目指す「行動綱領」を採択しました。この年は、女性に対する暴力根絶へ向けて世界が動いた歴史的な年です。
 北京後、ようやく日本の政府・自治体でもDVの根絶に向けた施策が動き出しました。DVという大変な犯罪がいまもあるという認識が浸透してきたのは、ここ数年のことなのです。
 ドメスティック・バイオレンスはなぜ起こるのか。女性と男性の間にある不対等な社会構造から起こる犯罪であることを再確認しなければなりません。北京の行動綱領は、「女性である」ことを理由にして振るわれる直接的、間接的暴力のすべてを「女性に対する暴力」と定義づけました。行動綱領ではいくつかの領域をわけて暴力の説明をしています。
 一つは国家間の問題。戦争や民族紛争などによって起こる女性への暴力。女性が性的に痛めつけられる暴力をなくさなければならない、としています。国家間で戦争が起こると、女性は性的存在として人生を奪われます。日本の帝国軍隊は第二次世界大戦のとき、東アジアの女性たちを従軍慰安婦としました。その人たちが起こした日本政府相手の裁判では全部敗訴しています。そういう問題に対して、日本はまだ決着をつけていません。180万件の殺人未遂事件に手をつけないのも、ここに根があるのかもしれません。
 社会的領域で起こる女性への暴力も話題になりました。職場でのセクシャルハラスメント、レイプ、国境を越える人身売買なども、大きな論議になりました。白熱した論議となったのが私的領域における女性への暴力根絶です。初めてドメスティック・バイオレンスが国連、世界共通の課題として女性たちの手に握られたのです。行動綱領の定義により、本当の意味での男女平等の確立が世界共通の課題になったのです。
 
情報を知っていたら −事例・1
 長い間夫の暴力被害を受け、あごの骨を打ち砕かれるような重傷を負って整形外科に入院した女性がいます。
 この女性は3か月かけてあごの整形をしたり、ようやく自力でものをかめるところまで回復しました。整形外科医はいつも被害を受けている女性とわかっていたのに、通院治療で様子を見ようと退院許可を出したのです。
 許可が出たので、遠くに離れている息子や娘を呼んで市内のレストランで食事をしたり、美容院に行ったり、スーツを買ったりして1日過ごして子どもたちを帰し、翌日退院の手続きを済ませて家に戻ったのです。
 その日はさすがに夫も、おすしを取って退院祝いをしました。ところがその次の日、女性は自宅の物置で首を吊って死んでしまったのです。
 あとから娘さんが「あの時病院の先生が警察やシェルターに通報して母さんを家に戻さないための情報を持っていたら、死ぬことはなかった」と訴えられました。
 地元の新聞に、DV夫から逃げられる場所があるという私たちの活動の紹介記事が掲載された直後だっただけに、「あの新聞を病院の先生が見ていたら、あるいはお母さんが見ていたら、もしかすると死なずにすんだのではないか」と、情報把握が遅れたこと、医師の対応が不適切だったことが悔やんでも悔やみきれない、と半日事務所で泣いて帰られたのです。


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