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5. 被害女性への影響
 DVは、児童虐待と同じく、一過性の暴力ではなく、これまで見てきたようなさまざまな暴力行為が、長期間にわたって繰り返されるという特徴があります。そのため、被害者は、直接的な身体的被害を受けるだけでなく、精神的にも追い詰められ、次のような心理状態に陥ることもまれではありません。
 
 自尊心の喪失、対処能力の封鎖、安心・安全への認識の崩壊、存在の不安、恐怖心、激こう、孤立感、混とん、自責の念、自己非難、自己否定、など
 
 2005年に発表された厚生労働省厚生班の調査結果は、まさにそうした被害者の深刻な状況を浮き彫りにしています。2001年4月から2005年5月までの間に、医師や警察など公的機関がDV被害と判断し、神奈川県の民間シェルターや公的保護施設に入所した女性148人を対象に調査した結果、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されたのは65人(44%)。診断基準の一部は満たさないが、当時の体験がよみがえる「再体験」など主要な症状が続く「部分PTSD」を含めると、111人(75%)にのぼりました。また、被害者の2割が、自殺を試みたり計画したりしていたことも明らかになりました。
 あまりの激しい暴力を受けた場合には、被害者の記憶が途切れていることもあります。相談の際に、暴力の内容を細かく聴き取ることは大切ですが、相談者が、受けた暴力の内容を具体的に言葉にすることに抵抗を感じているように察した場合に、無理やり聞き出すことは禁物です。自らの被害体験を語ることは、被害者が回復の道をたどるうえで大きな役割を果たしますが、相談を受ける側、支援をする側は、あせらずに、相談者の歩調に合わせることが不可欠です。
 
被害当事者の手記〜M・Oさんのケース
 私は、現在38歳。小学生の息子がおります。結婚8年目に息子を連れて別居を開始。別居生活も1年以上が経過しましたが、離婚調停も不調に終わり、裁判中です。
 結婚当初から、私の家族の悪口、友人の悪口などを言って私を責める言葉の暴力がありました。その後、ささいなことで身体的暴力や性関係の強要などが始まりました。
 暴力のきっかけは、「朝の起こし方が悪い」「俺をかまってくれない」「メシがまずい」「お前は気が利かない」などで、平手で殴る、壁に押し付ける、足蹴り、物を投げる、髪の毛を引っ張る、床にタバコを押し付ける、かみつくなどがあげられます。
 ときには、息子が野菜を食べられないことに腹をたて、「お前が野菜を食べられないから、お母さんが殴られるんだ」と言い、息子の前で私を殴りつける行為に及んだこともありました。
 別居前の息子は、帰宅する夫の機嫌を気にするようになり、夫の暴力が始まると押入れに隠れるようになりました。
 現在は離婚裁判中ですが、DV離婚の難しさを痛感しております。私は夫と直接話すことは怖くてできませんでしたから、調停から弁護士に依頼してきました。
 しかしながら、夫は自分の非を認めないばかりか、私に過失があるように主張してきます。離婚調停も不調に終わり、これからを模索中だったころ、偶然、ウィメンズネット「らいず」を知り、DVに理解のある弁護士を紹介していただくことができました。
 夫と生活していたときは、「お前は、役立たずだ」「頭が悪い」「お前は何もできない」と言われ続けていたので、すっかり自分に自信が持てなくなっていましたが、これからの人生は、夫の言葉に傷つかなくてもよいのです。
 私と同様に傷ついてしまった息子の成長と私自身の自立を目指して、前向きに心穏やかな人生を歩んでいきたいと願っています。
 
6. 子どもへの影響
 夫からの暴力の被害者となった母親が、深刻な影響を受けている実態を前項でみてきましたが、そうした母親を目の当たりにする子どもにとって、DVは、決して大人の世界の出来事では済まされません。先に紹介した『家庭等における暴力』実態調査で、子どもがいる658人に対して、子どもの前で暴力行為があったか、あるいは子どもに直接暴力を振るったことがあるかどうか尋ねたところ、次のグラフのような結果となりました。
 
ウィメンズネット「らいず」『家庭等における暴力』実態調査(2004年)より
 
 配偶者から、子どもの前で「何度も」殴ったり足蹴りされた、と答えたのは3.6%。また、子どもに直接暴力が「何度も」及んだのは、回答者本人からが3.3%、配偶者からが3.5%。すなわち、約30人に1人の親が、子どもの目の前で何度も身体的な暴力を振るわれ、また、約30人に1人の子どもが、母親ないし父親から「何度も」暴力を振るわれているという実態が見えてきました。
 暴力が存在する家庭では、DVの被害者である母親が、子どもに暴力を振るっていたり、ネグレクト(育児放棄)の状態に陥ってしまうことも発生します。また、父親が子どもを利用して、母親を監視させたりすることもまれではありません。子どもの年齢が進めば、加害者である父親の行動を模倣して、子どもが母親に対して暴力を振るうケースさえ見られます。先の実態調査では、幼少期の虐待体験、DVの目撃体験が、将来、その人のパートナーに対する暴力的な行動に影響を及ぼしている、という結果が出ています。
 被害を受けた子どもの誰もが、決して皆DV加害者になるわけではありません。しかし、その深刻な影響を理解し、支援の現場にいる私たちは、被害女性と子どもの親子関係が、どのような状態にあるのか、子どもはどのような思いを抱いているのか、きめ細やかに状況を把握し、必要があれは、通学している学校や児童相談所などと連携をとりながら、適切にフォローしていくことが求められます。
 
被害当事者の手記〜N・Oさんのケース
 自分がDVの被害者であると認識したのは、16年間の結婚生活の最後の5年ぐらいでした。
 それまでは、異常な拘束、束縛・・・も、ジェラシーのかたまりのような人、そのために仕方のないことと考え、私は本来の人間としての自由を自ら放棄していたのです。
 着る服、出かける場所、美容室にいたってもいちいち夫にうかがいをたてなければなりませんでした。1年に2、3回の実家への宿泊も事前に許可が必要でした。実家に限らず、友人への電話も夫の留守を見計らって、というありさまでした。
 夫が本性をあらわして暴力を振るうようになったのは、5年ほど前だったと思います。
 優待券で子どもと一緒に映画を見てきたことが発端でした。座敷ぼうきの柄で背中や腰をたたかれました。ほうきの柄が折れるほどでした。その後も機嫌しだいで、髪をつかんで引っ張り回す、メガネの上から顔面をこぶしで殴る、蹴り上げる、といった暴力が繰り返されました。いまでも左の股関節が痛み、いすから立ち上がったときにまともに歩き出せないことがあるほどです。
 子どもにシェルターの存在を話し、最終的に背中を後押ししてくれたのは、震えて泣いていた娘たちでした。娘たちは夫を「裸の王様」と言い、軽蔑していました。
 仕事を見つけ、部屋を借りて私が自立するまで、娘たちは夫のもとでずっとが我慢してくれていました。
 夫が養育を放棄し、母娘3人が一緒に暮らせるまで3か月もかかりませんでした。
 夫が夢枕に、仁王立ちになったり、追い掛け回される悪夢も、娘たちと暮らすようになってからはいっさいありません。
 8年もの間、通院した心療内科や睡眠導入剤の服用もまったくなくなりました。夫のじゅ縛の中に生き続けていたら、私は本来の私ではなく、カビの生えたお人形と化していたでしょう。


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