パートナーシップ
長い歴史を持つハンセン病には、昔から大小多くの組織・団体が関わっており、それぞれ独自のやり方で活動をしていました。世界保健総会で決議された共通の制圧目標の下、全ての患者を発見してMDTで治療するためのWHOのハンセン病制圧プログラム(WHO Global Leprosy Elimination Programme)が1991年にスタートすると、これらの団体はその資源と努力を共通の目標達成に向け、蔓延国政府のプログラム推進に協力しました。こうした組織・団体間の協力関係は、ハンセン病の制圧を可能とした大きな要因の一つです。
■世界保健機関(WHO)
WHOの主な役割には次のようなものがあります。
専門的・技術的サポート
世界的なハンセン病医療専門家、研究者の力を結集して、ハンセン病治療薬MDTの開発をリードしました。公衆衛生上の問題としてのハンセン病の制圧の目安として、人口1万人当りの患者数が1人以下と定義したのも、WHOにある専門家グループです。この数値基準は世界共通の明確な目標として、その後の制圧活動の推進にあたり、関係者の意欲の強化と維持に大きく貢献しました。また、各国の事情に合わせた効果的で効率的なハンセン病プログラムの立案・実施のため、各国保健省ハンセン病担当官に技術指導を行っています。
支援団体間の調整
ハンセン病制圧活動を支える支援団体が共通の目標の下に効果的で効率的な活動が出来るように、世界レベルで各団体間の活動を調整・サポートしています。
インド・デリーのWHO南東アジア地域事務所におけるWHOハンセン病対策プログラム会議。WHO担当者、外部専門家により、これまでの成果と次年度の計画について討議 |
政策提言
全国ハンセン病対策プログラムの円滑かつ効果的な実施のため、各国政府の理解と政策公約を取り付けます。1991年5月の第44回世界保健総会に於けるハンセン病の制圧に関する決議はその一例です。この決議により、蔓延国のハンセン病対策は全国ハンセン病制圧プログラムとしで保健政策の中で主流を保ち、その後の患者の減少に大きく貢献しました。
2005年末に6カ国を残し他の全ての国で制圧が達成されたことを確認すると、2006年初め、WHOは「ハンセン病対策新指針2006〜2010」を発表しました。ここで、制圧未達成国における制圧活動の推進ならびに患者数のさらなる減少に対する取り組みが決められました。
■日本財団
日本財団は1975年以来30年以上にわたり、中断することなくWHOのハンセン病プログラムを支援しています。この協力により、前述のWHOの活動の多くが支えられています。
これに加えて、1995年から1999年の5年間、世界中の全ての患者に無償でMDTを提供するための資金をWHOに供与しました。ハンセン病蔓延国のほとんどが多くの保健・医療問題を抱えながら十分な予算を確保できない開発途上の国であるため、MDTの無償供与はこうした国々のハンセン病制圧プログラム推進に大きく貢献し、その後の劇的な患者減少と、続く2000年末の世界レベルでの制圧目標達成を可能とする引き金となりました。2000年以降、MDTの無償供与は同治療薬を製造している製薬会社の公益部門ノヴァルティス財団が引き継ぎ、今日に至っています。
一方、2002年5月の世界保健総会において、当時日本財団理事長・現会長笹川陽平氏はWHOハンセン病制圧特別大使に任命され、以来現在までその任務を継続しています。
特別大使の主な任務
●各国の政府指導者との接触を通して、ハンセン病対策が国の保健政策の中で主要政策であるよう政府の理解を取り付ける。
●記者懇談会、メディアインタビューなどを通じてハンセン病の新しいイメージやメッセージ(ハンセン病は治る、治療は無償、偏見・差別は不当)を社会に示していく。
●公共放送、インターネット、ビデオ媒体などを通じて、WHOの立場からハンセン病問題の重要性を社会に訴えていく。
●蔓延国訪問を通じて、草の根の制圧活動を促進・強化していく。
●蔓延国で開催される会議・セミナー出席を通じて、ハンセン病患者・回復者・家族に対する偏見・差別の不当性を訴えていく。
特別大使の蔓延国訪問を通じて得られた情報は、2カ月に1回発行されるWHOハンセン病特別大使ニュースレターとして世界160カ国、4,140の団体・個人(2007年1月末現在)に届けられています。世界中で展開されているハンセン病に関する最新の情報、新たな動きや革新的な取り組みが報告され、通信手般の限られている草の根レベルで活動する人々にとっては、貴重な情報源ともなっています。
■笹川記念保健協力財団
笹川記念保健協力財団は、1974年に世界のハンセン病制圧を掲げ、日本のハンセン病化学療法の父、石館守三博士を理事長として設立されました。翌1975年からは、世界救らい団体連合(ILEP)のメンバーとして、世界各地で、各国保健省、WHO、ILEPのメンバー団体などのパートナーと共に、早期診断、早期治療、後遺障害予防、傷口ケアなどの医療支援、回復者団体とのパートナーシップのもとに経済自立や教育問題などの社会面からの支援の双方から、ハンセン病問題に取り組んでいます。
特に近年は、医療問題として取り上げられてきたハンセン病問題は、社会問題に取り組まずしては解決はないという観点から、患者・回復者の社会復帰や人間としての尊厳の確立、人としての権利の問題に力を入れています。また、患者や回復者が自らの医療問題や社会問題に中心的な役割を占めることによって、より現実に即した支援を可能とするために、回復者組織の強化も推し進めています。
■世界救らい団体連合(ILEP)
ハンセン病蔓延国で救らい団体の支援活動を効果的に進め、より多くの患者にサービス提供ができるようにするため、1966年にILEPが設立されました。活動の重複を防ぎ限られた資源を有効に使うため、ILEP加入団体が支援する国にはコーディネーターが置かれ、その国の保健省やWHOなどと協力しながら活動を進めています。
1966年の設立当初はヨーロッパ救らい団体連合(ELEP)としてスタートしましたが、その後ヨーロッパ以外の日本、アメリカのメンバーも加わり、1975年世界救らい団体連合と名称を改めました。2007年3月現在、ILEPにはヨーロッパ、アメリカ、日本の14団体が加入しています。
ILEP加入団体の活動はハンセン病問題のあるほぼ全ての国で実施されています。活動は各国保健省やその国で活動する他のNGOとの協力と調整の下に実施され、医療従事者に対する技術向上トレーニング患者の発見・治療とその後のリハビリテーション、更には新治療法の開発などの研究活動までと多岐に及びます。ILEP団体は草の根レベルの活動を支えており、患者・回復者と直接に接して活動する点に特徴があります。
世界救らい団体連合(ILEP)加入団体
AFRF(フランス)
Association Française Raoul Follereau
AIFO(イタリア)
Associazione Italiana Amici di Raoul Follereau
ALES(スイス)
Aide aux Lépreux Emmaüs-Suisse
ALM(アメリカ)
American Leprosy Mission
CIOMAL(スイス)
Comité International de l'Ordre de Malte
DAHW(ドイツ)
Deutsche Lepra-und Tuberkulosehilfe
DFB(ベルギー)
Damien Foundation Belgium
FL(ルクセンブルク)
Fondation Luxembourgeoise Raoul Follereau
LEPRA(イギリス)
British Leprosy Relief Association
NLR(オランダ)
Netherlands Leprosy Relief
SF(スペイン)
Fontilles Lucha contra la Lepra
SJ(日本)
Sasakawa Memorial Health Foundation
SLC(カナダ)
Secours aux Lépreux - Leprosy Relief
TLMI(イギリス)
The Leprosy Mission International
■ハンセン病回復者とその家族
現在ほとんどのハンセン病蔓延国では、ハンセン病の診断・治療を草の根レベルの全ての保健所で受けることが出来ます。しかし、かつて長い間、ハンセン病医療サービスは他の一般医療サービスとは区別された部門で提供され、どちらかというと閉鎖された医療従事者中心の環境で進められていました。しかし、患者数が減少する中、回復者の社会復帰と尊厳ある自立への関心が高まると、偏見・差別をなくし、回復者が人として持つ権利と能力を最大限に発揮できる環境作りに回復者の声を反映する動きが活発化していきました。こうした動きは、ブラジルでモーハン(MORHAN)という回復者組織が立ち上がった1981年ころから既に始まっていましたが、国際的な組織アイディア(IDEA: 共生・尊厳・経済向上のための国際ネットワーク)が1994年に立ち上がると、急速に展開するようになりました。これらの活動を通じて現在までに回復者の中から多くのリーダーが育ち、彼らの姿を通じてハンセン病の古いイメージが払拭され、社会に貢献する前向きな新しいイメージが作られつつあります。
こうした社会活動への回復者の積極的関わりに呼応するように、自らが受ける医療サービスのプログラムに回復者も関わろうとしています。2005年末に6カ国を除く116カ国でハンセン病の制圧が達成されると、WHOはハンセン病対策新指針を発表しました。その主な目的の一つにハンセン病に伴う障害の予防と治療がありますが、このプログラム立案に回復者の意見を取り入れようとしています。障害の予防や治療プログラムを効果的に実施するためには、それを持つ人の意見が大きく貢献するという認識に基づいています。こうした認識は、2006年12月13日の国連定例総会で承認された、障害を持つ人々の権利に関する国連規約のなかでも、次のように明確に述べられています。「障害をもつ人々は、彼らに直接関係する、しないに拘らず、政策やプログラムの意思決定に積極的に関わる機会を与えられるべきである」。ハンセン病プログラムにおいても、回復者自らが積極的に問題解決に取り組むことにより、この国連規約の精神と新たな「パートナーシップ」の姿を社会に示していくことが期待されています。
回復者が地域保健局のハンセン病担当官として(左)、ハンセン病診断、フォローアップ、障害予防などに取り組む(ナイジェリア)
写真提供:パメラ・パーラピアノ |
■啓発活動
ハンセン病患者の多い開発途上国では、患者のほとんどが貧しく、社会の偏見・差別を恐れて辺鄙なところに住んでいます。このため、治療費や交通費が払えないなどの理由から治療を受けないことが多くありました。また、ハンセン病と診断される恐れや、周囲の目に対する恐れが、患者がハンセン病治療を受けることを妨げてきました。このような障害を取り除き、患者が安心してハンセン病の診断と治療を受けることができる環境を作るのが啓発活動です。その中心となるのは、次の3つのメッセージを社会の隅々まで届けることにあります。
●ハンセン病は完全に治る。
●治療は最寄りのどこの保健所でも無料で受けられる。
●偏見・差別をしてはならない。
メッセージの伝達には、伝達する対象の状況、識字率や生活環境によってさまぎまな方法がありますが、次のような形で実施されています。
●路上劇、スライドショーによる伝達。
●ラジオ、テレビによる伝達。
●小冊子、パンフレット、ポスターによる伝達。
●「世界ハンセン病の日」や「国際尊厳と敬意の日」など、記念集会を通じた伝達。
●ジャーナリスト集会、彼らの特集記事、新聞広告などによる伝達。
ネパール北部、ニルファマリ県の路上劇。身近な題材を使った劇を通じて、地域住民にハンセン病の正しい情報を分かりやすく伝える |
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