3 民事執行法における担保不動産収益執行と固定資産税等
平成16年4月1日に施行された改正民事執行法において創設された担保不動産収益執行と租税債権との関係を考えてみる。担保不動産収益執行制度とは、不動産都から生ずる収益を被担保債権の弁済に充てる方法による不動産担保権の実行手続(民事執行法第180条第1項2号)であり、抵当権の効力は、担保債権について不履行があったときにその後に生じた抵当不動産の果実に及ぶという民法第371条の規定を根拠としている。
そして、具体的手続については、民事執行法第188条によって準用される同法第93条以降の強制管理の手続が準用されている。
強制管理とは、「不動産の収益を個々的に有体動産あるいは債権として差し押さえて換価し、これを各債権者に個別に配当等を実施する代わりに、その収益を全体として執行の目的とし、管理人による不動産の管理ならびに収益の収取・換価及び配当等の実施により金銭債権の満足に充てる執行方法」(「条解民事執行法」浦野雄幸著426頁)である。
強制管理手続においては、裁判所により選任された管理人が、対象となった不動産の収益を収取・金銭化し、民事執行法第98条の規定により債務者に収益を分与すべき場合は分与を行ったうえで、対象不動産に対して課される租税その他の公課及び管理人の報酬その他の必要な費用を控除したうえで、裁判所の許可を得て債権者等に配当を行う(民事執行法第106条第1項)。
民事執行法第106条第1項に規定される租税とは、「開始決定がされた不動産の所有に着目して課されるものに限定され、固定資産税、都市計画税、水利地役税等がこれに当たる」とされている。(「執行官実務の手引」執行官実務研究会編)。したがって、民事執行手続のうち、強制管理及び担保不動産収益執行については、これら手続の開始決定を受けた不動産から生ずる固定資産税等については、債権者への配当に先立って、当該不動産の管理費用と同様に収益から相当額を控除して優先的に支払われている。
このような固定資産税等に関して優先権を付与するように何故規定されたかについては、担保不動産収益執行を創設した平成16年4月1日施行の民事執行法改正過程ではあらためて議論はされていない。強制管理については、民事執行法制定前の民事訴訟法第6編第714条において租税、管理費用の弁済規定があり、民事執行法制定時においてもこの規定について大きな改正はなく基本的に旧法の考え方を踏襲していると考えられる。基本的には、執行手続が継続している間に当該不動産に関して課税される固定資産税等を管理費用と同列において配当手続前に控除することから、一種の必要管理費用と見ていると理解できる。
また、前述の破産法における取扱と比較すると、手続期間中の固定資産税等については、執行対象の不動産に設定された抵当権の有無やその設定年月日にかかわらず、管理費用として認められる点が大きく異なる。
なお、執行実務においては、強制管理及び担保不動産収益執行のいずれの手続においても、開始決定を受けた不動産に関する固定資産税等の控除額については、開始決定に伴う差押登記後、強制管理又は担保不動産収益執行手続の終了日前までの期間に相当する金額とされているようであるが、具体的な計算方法については、執行裁判所の判断により差異が見受けられる。固定資産税等の年税額を賦課期日である1月1日から12月31日までの期間の額とみなして、執行手続が継続している期間の日割りで計算した相当額が支払われる場合が多いが、執行手続が継続している期間中に到来する納期限に係る期の税額が支払われる場合も見受けられる。また、固定資産税等が同一市区町村に存在する複数の不動産について、個別に評価を行ったうえ、合算して課税標準額・年税額を計算して賦課しているが、実際の支払額は、開始決定を受けた不動産に相当する金額を便宜計算して支払がされている。このような取扱については、地方税法では想定しておらず、実務上は、租税庁で相当額の計算をしたうえ、便宜、分割納付として受領しているのが実態であるが、端数計算処理や充当の仕方など、具体的な事例に則して整理されることが望ましい。
4 信託法と固定資産税等
信託とは、信託法第1条により、「財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定の目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシムルヲ謂ウ」と規定されており、不動産についても、従来から行われてきた、不動産の管理を目的とした管理型信託やファイナンスを目的とした処分型信託などが活用されてきたが、近年においては、土地の有効利用や不動産の流動化を目的とした信託が活用されている。
不動産信託においては、信託法第3条により、委託者である所有者から受託者に信託を原因とする所有権の移転登記を行うため、信託に付された不動産に関する固定資産税等は、信託の受託者を納税義務者として課税される。
信託に付された財産は、受託者の固有財産とは分別して管理することとされており、信託法第16条第1項により、信託財産に対しては信託財産について信託前の原因によって生じた権利又は信託事務の処理につき生じた権利に基づく場合を除き、受託者の債務による強制執行等を禁止しており、登記実務においても受託者に対する滞納処分のための差押の登記嘱託は受理されない取扱となっている(昭和30.12.23民事甲第2725号法務省民事局長回答)。しかしながら、固定資産税等の滞納については、信託法第16条第1項の「信託事務の処理につき生じた権利」に基づくものとして、滞納処分による差押を許容しており、登記実務においても、信託に付された不動産に係る固定資産税等の滞納を原因とする差押の嘱託登記は受け付ける取扱とされている(昭和31.12.18民事甲第2836号民事局長通達)。このような取扱からも、固定資産税等については不動産の所有に着目して継続的に賦課される租税であることから、当該不動産に関しては、他の租税債権と区別して特別の取扱を認められていると言えよう。
第3 平成17年度「固定資産税等の徴収改善に向けた提案」
まず、平成17年度に指定都市税務主管者名で行った「固定資産税等の徴収改善に向けた提案」の内容を改めて整理する。
1 提案の考え方
租税徴収は、それが一般国民の私法上の法律関係に与える影響を最小限度にとどめることが望ましい。改正前の国税徴収法では、租税の抵当権者や質権者等の担保権者等がこれらの担保権の設定の際には予測し得なかった租税によって、抵当権者、質権者の地位を覆されることがあった。そこで当時の私法学者、法曹界から批判を受け、私法関係に与える影響を一定の限度にとどめるべく、現行の地方税法第14条の10のような担保権者と租税の調整規定が設けられた経緯がある。
しかし、租税は、国及び地方公共団体の一般的財政需要を賄うために法律に基づいて一律に成立するものであって、担保を提供する者に対して選択的に成立させることができる私債権とは根本的に異なるものであることや、その徴収は大量性反復性を有しあまりに煩瑣な手続きを要求することが著しく困難であることを鑑みれば、改めて、租税が一般債権に先立って徴収される必要があることをまず原則的に承認すべきである。
特に、固定資産税等のように、特定の税目が他税目に比べて特別な性質を持ち、前述のように現行法下では不合理な結果に帰結する諸事情がある場合には、その租税確保について、この租税優先の原則にもう一度立ち返ったうえで、時代に即応して租税徴収の法律関係と私法秩序の調整を再検討すべきであると考えた。
そこで、指定都市は、平成17年9月から11月にかけて指定都市税務主管者名により総務省、法務省、金融庁に「固定資産税等の徴収改善に向けた提案」と題した要望書を提出した。提案内容は以下のとおりである。
2 平成17年度「固定資産税等の徴収改善に向けた提案」の内容
(1)提案項目1
強制換価の場合の固定資産説等の優先
不動産の強制換価手続きの執行に際して、当該物件に課税されている固定資産税等は、その法定納期限等が抵当権等に劣後していても、優先的に確保できるように地方税法第14条の10(法定納期限等以前に設定された抵当権の優先)の規定を改正する。
(2)提案項目2
無剰余公売制度の創設
当該物件に課税される固定資産税等に対する配当が見込めない差押財産について、法定納期限等に優先する私債権者(抵当権者等)に対して競売実施を申し入れ、その上でも一定期間内に競売が実施されない場合には、公売できるようにする。
(3)提案項目3
賃料等強制執行中物件の管理費用請求権の創設
当該課税物件の賃料債権等を物上代位の差押えにより取立している私債権者(抵当権者等)に対して、相当期間分の固定資産税等の負担を求められるようにする。
3 提案実現時の効果推計
提案項目1「強制換価手続の場合の固定資産税等の優先」について仮に改正が実現すると、競落された物件については、制度導入後に課税された固定資産税等が徴収できることになる。そこで、その効果推計の方法としては、概算で、平成17年度中(原則として1年間)の競落物件を抽出しその物件に係る固定資産税等の年税額を集計することとして、本研究会委員の各都市において算出した。
なお、提案項目2「無剰余公売制度の創設」については、その性質上直接徴収につながるものではないため徴収効果は推計できないこと、また、提案項目3「賃料等強制執行中物件の管理費用請求権の創設」については、各都市管轄の地方裁判所への情報提供依頼によっても、必要な基礎データを収集できない場合が多かったため、項目2及び3の推計を見合わせることとした。
徴収効果試算について(本研究会委員都市のみ対象)
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平成17年度固定資産税(土地家屋分)・都市計画税の現年課税分収入未済額
(決算見込み) |
平成17年度中に競売によって落札した物件にかかる固定資産税(土地家屋分)・都市計画税の平成17年度課税額の総額 |
比率 |
横浜市 |
3,863,382,898円 |
131,797,000円
(平成17年4月分から1年:市域:611件) |
3.41% |
静岡市 |
1,332,516,966円 |
16,593,214円
(平成17年度:市域<旧蒲原町除く>:100件) |
1.25% |
名古屋市 |
1,558,407,217円 |
83,974,700円
(平成17年6月から1年:市域:274件) |
5.39% |
京都市 |
1,721,758,810円 |
83,879,000円
(平成17年8月から7ヶ月:京都地裁管内:646件) |
4.87% |
大阪市 |
4,845,777,379円 |
250,592,000円
(平成17年1月から1年:市域:1,081件) |
5.17% |
堺市 |
1,261,242,728円 |
51,604,500円
(平成17年度:市域:228件) |
4.09% |
神戸市 |
2,640,430,346円 |
109,640,076円
(平成17年1月1年:市域:集計中) |
4.15% |
北九州市 |
1,225,318,414円 |
27,497,500円
(平成17年4月27日から9月7日:福岡地裁小倉支部北九州市分:163件) |
2.24% |
総計 |
18,448,834,758円 |
755,577,990円 |
4.10% |
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以上のように、各都市の固定資産税・都市計画税の現年課税分収入未済額に対して競売によって落札された全物件に係る年税額総額を比較するとその比率は低いといえるが、制度導入後に課税された固定資産税等は継続して毎年度優先的に徴収できるようになることに着目すれば、経年的な徴収効果は大きなものといえる。
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