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競艇沿革史

 事業名 組織運営と事業開発に関する調査研究
 団体名 日本財団(The Nippon Foundation  


第二章 開催の諸準備
競艇選手の養成について
 当時、滋賀県自転車振興会理事長佐藤与吉氏(後に滋賀県モーターボート競走会会長)は、競走法が国会を通過し各府県が競走会の設立に着手するや、競輪事業の経験からして将来競艇事業が発展することを予期し、先ず、モーターボート選手の養成が必要であることを痛切に感じた。そこで、昭和二十六年八月二十五日、大津市湖南町の琵琶湖畔に国際モーターボート選手審判養成所を開所し、第一期選手募集を行なったところ十八名の応募者があった。練習艇については国際競艇興業からエンジン、ボートを購入し合わせて教官の派遣を請い、養成が開始された。
 その後、昭和三十年選手養成業務が連合会において実施せられるまでの間、約一、二〇〇名(第二十一期まで)にのぼる登録選手が巣立った。今日これらの選手諸君が競走の中核となり活躍をしているのである。
競走場の建設について
 競走場建設の経緯については、施行者(滋賀県)の沿革史に詳細に執筆されるので省略するが、候補地として数ヵ所の湖岸が物色されたが観光事業の開発は勿論であるが、交通面においても好条件の場所として現在の尾花川湖岸に決定をみた。
 昭和二十七年四月末から吉田建設株式会社、伊藤組、近畿電気株式会社等で建設に着工した。着工時期が大変に遅れていたので、突貫工事の末、漸く開催前日に完成をみた。その当時では、竣工したスタンドや審判施設等が大変に立派なものであったから今後競艇を開催しようとする各府県の関係者が大勢視察に来た。
エンジンの獲得について
 その頃、関係者が最も心配をしていた国産エンジンの生産能力と性能の問題については、戦時中上陸用舟艇エンジンとして盛んに陸軍で使用されていた「キヌタ」エンジンを競走法通過と同時に、競走用エンジンとして改良の上生産にとりかかったがスピードを要求される競艇に使用するには構造上諸種の欠陥が出て来た。そこで、メーカーは競走用としての研究改良を重ねた結果どうにか国産エンジンとして競走に使用できる性能を具備するように改良された。
 これと併行して、日本モーター株式会社の「ミクロ」エンジンは「キヌタ」の欠陥を改良し、合わせてアメリカ製エビンルートの長所を採り入れて優秀な製品が生産される見通しがつき、関係者が協議検討した結果琵琶湖競艇は「ミクロ」を使用することに決定をし、直ちに発注したが、なお生産能力や性能の点について一抹の不安が残った。そこで国際競艇興業を通じて米国製エビンルート二十基と、マーキュリー二十基を発注しエンジンの確保を行なった。
ボートの獲得について
 従来から小舟艇の造船については関西方面に優秀なメーカーが多数あった。なかでも県内で造船されるヨット、レース用ボート、小型モーターボート等は国内でその優秀さを認められているので、態々、他府県のメーカーに依存しなくても県内メーカーで生産されることにより県内の小型船舶造船事業の振興になるため、県内で発注することに決定した。
 そこで堅田町の杢兵衛造船所へB級、ランナバウト 十隻、ハイドロプレン 十隻を発注し、不足隻数については国際競艇興業から購入補充することになった。
オーナーの確保について
 エンジン及びボートについては前記の如く確保の出来る見透しがついた。次に重要なオーナーの獲得問題が残った。競艇発足の当初は今日のように単一オーナー制ではなく、多数オーナー制を原則として競走を実施する方針であったからオーナーを確保することが先決問題であった。
 そのために各役員が会員や県内有力者を歴訪し、オーナーとして競艇事業に参加するよう勧誘に努めた。しかし、当時は誰もが競艇に対する知識が皆無であるため勧誘をすれども、未知の競艇事業への成績如何と、疑心と不安と、又一方に期待とが交錯した状態となり積極的にオーナーになろうとする人は少なかった。
 しかし、甲斐あって次のオーナーを確保することが出来た。大津市観光連盟、彦根市観光連盟、長浜市観光連盟、京阪電気鉄道株式会社、琵琶湖汽船株式会社、京阪自動車株式会社、江若鉄道株式会社、近江鉄道株式会社、杢兵衛造船所、桑野造船所、近江絹糸株式会社、伊藤組、京津タイムス社、滋賀県等でこの外に個人オーナーが若干あった。
その他
 このようにして漸次、開催の準備体制が進捗した。
 昭和二十七年四月二十四日、第一回通常総会を開会し曾つて反対派であった森幸太郎代議士一派との間に和解が成立したので、満場一致の議決で本会の顧問に迎えることになり又、県会議員五名を相談役に委嘱し、今後本会事業運営に協力を願うことになった。
 なお、施行は滋賀県で実施する予定のところ後に、大津、彦根、長浜の三市が施行を希望し服部知事に陳情をした結果許可が下りたので直ちに地方財政委員長宛に施行者指定の申請を提出、昭和二十七年七月十日付で指定を受け三市も競艇を施行することになった。
 
第三章 初開催から今日まで
 愈々予定の原稿枚数が近づいたのでこれより後は、年表様式によって簡単に今日までの経過を書くことにする。
一 昭和二十七年七月十八日
 滋賀県営第一回競艇が大村、津に次いで開催された。その前夜、近畿地方に激震が発生したが競艇場の施設は被害なく無事開催を迎えることが出来た。
一 昭和二十八年五月
 大津、彦根、長浜の三市施行者は売上成績が不振のため一時競艇を中止する申し出があり施行を休止した。
 八月、黒川会長は本業の琵琶湖汽船株式会社社長の任務を遂行するに競走会会長を兼務していることは大変に激務であることと、初期の予想に反し売上成績が不振であるため、この際競走会運営の刷新を計る理由で辞任した。なお相談役の更迭を行ない国際モーターボート選手養成所長、佐藤与吉氏を新たに相談役に委嘱した。
 九月、競走会創立に功績のあった西村常務理事(競技担当理事)が競技運営を後輩に託し辞任した。
一 昭和二十九年四月
 第三回通常総会の議決により前川専務理事が会長に、田中常務理事が専務にそれぞれ就任した。
 十二月、滋賀県知事選挙が実施されたが、その結果競艇の生みの親であった服部知事は落選し、代わって森幸太郎氏が当選し知事に就任した。
一 昭和三十年二月
 競走会創立以来の役員であった田中専務理事は一身上の都合により辞任した。
 四月、売上成績の不振で競艇の存続問題が議論され世間に強い批判を受けるようになった。本事業が従来のように不振を続ければ今後県政に悪影響を来たす状態であったが森知事の英断によって続行することに決定した。そのため競走会としても前川会長の補佐役として佐藤与吉氏を副会長に迎え、モーター及びボートに関して全面的に援助を受けることになった。
 八月、競走会創立以来その運営のため大変に努力をした前川会長は、知事の交代や売上成績の不振等の理由により辞任をし、競走会の運営を佐藤副会長に委ねた。これで創立当初からの常勤役員が全員辞任するに至ったが、今日競走会がかくも隆盛に成るに至った原因はこれ等の人々が創立当初の苦境時代をよく堪え忍び事業の確固たる基盤を築き後輩に残したお蔭であってこの功績は特筆すべきものである。
 九月、前川前会長の後任に佐藤副会長が就任し競走会の再建に乗りだした。当時約二百五十万円余の負債をかかえていたが、大津市白玉町の土地家屋を売却し、これの返済に当て事務所を競艇場内に移転した。
一 自昭和三十一年至昭和四十年
 苦節十年、その間法の恒久立法により業界の基礎が確立され、社会情勢も一応は落着を取りもどしつつあった。その折に、朝鮮戦争が勃発し神武景気を迎え経済情勢は漸く好転のきざしをみせるに至り、競艇の売上も漸次上昇をたどりだした。
一 昭和四十年十月
 かねてより、本会の多年の懸案であった滋賀ボート会館(事務所併設選手宿舎)が約六千万円の建設費をかけて笹川組で工事を進められていたがここに竣工成り、面目一新した会館において業務を開始することになった。
 十二月 数ヵ月前に脳内出血のため療養中であった佐藤会長は暮も押しせまった三十一日養生叶わず永眠した。故人の業界に対する偉大な功績は、その失なうところ大きく業界が挙って悲しみ、明けて昭和四十一年一月二十日競走会葬をもって葬儀を執行した。
一 昭和四十一年一月
 会長の後任人事問題について県当局並びに競走会臨時総会で慎重に検討した結果、滋賀県開発公社常務理事、諏訪三郎氏が最も適任であるとし総会の議決により会長に就任した。
 なお、会長の補佐役として石川常務理事が専務に推された。
一 昭和四十二年四月
 諏訪会長は滋賀県知事野崎欣一郎氏の要請により、副知事に就任することになり、就任一年余で会長を辞任した。その後任に前県出納長の要職にあった和田純一氏が会長に推され就任した。和田氏を会長に迎えると共に副会長制を執り石川専務が昇格し、常務理事に小俣政美氏が就任し今日に至っている。
おわり
 
 人間の記憶の頼りなさをこんどほどつくづく感じたことはなかった。支離滅裂、系統立ちがたく大変拙文で恥ずかしい至りであるが滋賀県モーターボート競走会沿革の一端を知っていただければ幸いである。


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