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刊行によせて
 当工業会では、我が国の造船関係事業の振興に資するために、競艇公益資金による日本財団の助成を受けて、「造船関連海外情報収集及び海外業務協力事業」を実施しております。その一環としてジェトロ船舶関係海外事務所を拠点として海外の海事関係の情報収集を実施し、収集した情報の有効活用を図るため各種調査報告書を作成しております。
 
 本書は、当工業会が日本貿易振興機構と共同で運営しているジェトロ・ニューヨーク・センター舶用機械部にて実施した「米国における舶用製品開発に応用可能な萌芽的研究開発(ナノテク)の動向に関する調査」をとりまとめたものです。
 関係各位に有効にご活用いただければ幸いです。
 
2006年3月
社団法人 日本舶用工業会
 
はじめに
 科学技術立国である我が国の研究開発については、我が国経済が高度成長を成し遂げた時代において競争の優位性を保っていたのは、欧米から導入した基本技術をベースにした生産工程(プロセス)の技術改良(プロセス・イノベーション)により、生産性や品質水準の飛躍的向上を実現したことによるとされています。しかし、近年の国際競争における産業構造の変化等を踏まえれば、より付加価値の高い製品とサービスを生み出し、より生産性の高い新事業・新市場を創出する「プロダクト・イノベーシヨン」が、日本経済の持続的成長のためには不可欠であると認識されて久しくなります。しかし、世の中に変革をもたらす新技術のシーズ創出につながる研究開発と実用化プロセスについては、一般的には未だに米国等に立ち遅れていると言われています。
 米国の研究開発においては、ナノテクノロジー、情報通信等の重点分野が定められており、これらの重点分野のうち特に重要なものは大統領による「プログラム」や「イニシアティブ」が作成され、関係省庁が連携するとともに国立研究所、大学、民間研究機関等が参加して新技術のシーズ創出につながる萌芽的研究から、実用化を目指した実証的研究まで実施されています。その重点分野の1つであるナノテクノロジーは、原子・分子レベルで物質を制御して高機能・高強度の材料の開発や微細な加工、制御、応用技術を含むものであり、基礎・基盤的研究への戦略的取組みが必要です。一方、材料、エネルギー、機械等、活用できる技術の範囲は広範に及ぶものであり、舶用分野に関しても、幅広い活用が期待されています。
 そこで本調査においては、萌芽的基礎研究が特に重要で、また活用範囲が広い技術であるナノテクノロジー分野の研究開発が、米国において政府機関、教育機関、民間企業によりどのような体制で実施され、かつ、どのようなプロセスで実用化されているか調査するとともに、その分野で研究されている技術のうち舶用製品開発に応用可能なものを抽出しました。この報告書が、我が国における萌芽的基礎研究を活発化させる社会システムやナノテクノロジーを利用した舶用技術開発のあり方の参考になれば幸いです。
 
ジェトロ・ニューヨーク・センター 舶用機械部
ディレクター 渡田 滋彦
リサーチャー 上野 まな美
 
1. ナノテクの世界
1-1 ナノテクの概要
 「ナノテクノロジー(ナノテク)」は、原子や分子レベルで生じる現象を制御し、従来の技術では成し遂げられなかった機能や物質を開発していく一連の技術の総称である。分子や原子を操作することによって、理論的にはあらゆる物質を創り出すことが可能になり、まさに現代の錬金術と言える。
 この技術分野が扱うのは、1メートルの10億分の1、すなわち「ナノ(nano)メートル」の世界である。例えば、ナノテク分野で重要な素材となっている「カーボン・ナノチューブ(炭素原子からなるチューブ状の物質)」の直径はおよそ3ナノメートルである。対するインフルエンザ・ウイルスの大きさが100ナノメートルであるのと比較すれば、取り扱う物質が以下に極小であるかがわかる。「ナノテクノロジー(ナノテク)」の一般的な定義には、100ナノメートル以下の物質を利用してデバイスや素材を作る技術全体を指すものである。
 ナノテクが注目された理由の1つは、原子や分子の組み合わせによって、これまで存在しなかった物質を創り出すことができる点である。自然界にある例であげれば、炭素原子だけでできているのに、原子の結合の仕方によって、炭やダイヤモンドになる。実際、1986年に米国で発見されたフラーレン(別名バッキーボール)は、炭素原子が組み合わさり、まるでサッカーボールのような構造になっている物質である。この物質は、ダイヤモンドや炭とも全く異なる性質を持つ上に、空洞の中へ別の元素を入れるだけで、これまで無かった性質の物質を創造できることが分かった。
 さらに、1991年に日本でカーボン・ナノチューブが発見され、ナノテクはさらなる発展を遂げることとなった。応用分野は、ハイテク、医療、材料、環境、エネルギー等多岐にわたる。
 
1-2 世界ナノテク市場の動向
 現在、多くの国がナノテクの研究開発を奨励し、多額の助成金を投入している。ラックス・リサーチによると、2004年に世界でナノテクの研究開発(政府、地方自治体、民間)に費やされた額は総額86億ドルである。このうち、民間が38億ドルだった。同社は、ナノテク市場の売上げが2014年には2兆6,000億ドルに達すると見ている。同社の予測によると、現在、製造業の売上げの0.1%も満たない同市場が向こう10年間で15%を占めることになる。その時点で、ナノテク派生商品は、一般工業製品の4%を、電子・IT関連製品の50%、医療保険バイオ関連製品の16%を占める見通しである。
 
図1: ナノテクの世界
出典:産業総合研究所
 
 一方、調査会社ビジネス・コミュニケーション・カンパニー(BBC)の発表によると、世界ナノテク市場は2003年から2008年にかけて年平均30.6%の成長を遂げ、286億9,580万ドルに達する見通しである。その時点で、全市場のおよそ74.7%をナノ素材が占めるようになると見ている。
 
表1: 世界ナノテク導入の予測(単位:100万ドル)
技術内容 2002 2003 2008 成長率*
ナノ素材 6,825.6 7,366.6 21,424.8 23.8%
ナノツール 168.0 181.0 1,241.0 47.0%
ナノデバイス 0.0 0.0 6,030.0 NA
合計 6,993.6 7,547.6 28,695.8 30.6%
*年2003年〜2008年までの年平均成長率
出典:BBC
 
 すでに、商用化されているのが一般消費者向け市場である。ナノテクはすでに、タイヤのゴム等にも使用されているが、今後、現在研究開発段階の技術が市場に投入されることによって一気に同分野で普及すると見られている。BBCの調査によると、ナノテクの応用が圧倒的に多いのが一般車両向けで、2005年内に導入されるナノテクのおよそ65%を占めるという。しかし、その後は家電市場向けのインプットが伸びてくると予測されている。
 
表2:  世界家電市場におけるナノテク導入の予測
(単位:100万ドル)
製品分野 2004 2005 2009 成長率*
一般車両 4284.80 4381.80 5026.20 2.8%
電化製品 495.00 490.00 2,859.00 42.3%
家庭用科学製品 635.00 683.00 982.00 7.5%
食料品 695.00 730.00 931.00 5.0%
その他** 452.56 490.02 678.28 6.7%
合計 6,562.36 6,774.12 10,476.48 9.1%
*年2004年〜2009年までの年平均成長率
**写真関連、繊維・アパレル、スポーツ関連、眼鏡、パーソナルケア製品を含む
出典:BBC
 
 ナノテク市場は非常に幅広い。一般的には、フラーレンやカーボン・ナノチューブの存在が知られているが、その他にも無数の物質が新たに生み出されようとしている。
 
表3: 注目されるナノテク素材
ナノ素材 物質の特徴
カーボン・ナノチューブ 電気的特性、強度、熱伝導性の高い素材
カーボン・フラーレン 炭素原子が60個、70個、82個からなる球体状の物質
シリコン・フラーレン シリコン原子からなる球体状の物質
デンドリマー コア、杖、表面から成る3次元構造の多分岐高分子
ナノガラス テラバイト級光ディスクの素材
ナノクリスタル ナノサイズの極めて微細な結晶粒子、レンズコーティングなどに利用
ナノコンポジット ナノレベル構成単位(粒子など)からなる微小構造体
ナノセラミックス セラミックスをナノレベルで結晶粒化したもの
ナノダイヤモンド ナノレベルの大きさのダイヤモンドの結晶
ナノポーラス メソ多孔体を含む、多孔体物質の結晶
ナノメタル ナノレベルで金属原子を制御して作り出した合金
ナノワイヤー 直径がナノレベルのワイヤー状の物質
ナノ空間材料 鋳型として他のナノ物質を合成できる物質、カーボン・チューブが有名
ナノ結晶シリコン 直径10mm以下のシリコン超微粒子の集合体で作った薄膜
ナノ磁性材料 ナノ粒子に磁性を持たせるための微粒子
ナノ触媒 表面積の大きいナノ粒子を触媒として利用する
ナノ振動子 振動する高分子鎖及びナノゲル微粒子
フォトニック結晶 光の遮断や偏光作用を持つ結晶
メゾスコピック素材 通常の素材を細分化することで全く異なる特性を引き出したもの
メソ多孔体(メソポーラス) 数nmから数十nmの間隔で規則的な細孔を持つ物質。シリカゲルのナノ版


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