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千葉県立関宿城博物館 平成17年度企画展 「高瀬船物語」 図録

 事業名 海と船の企画展
 団体名 関東海事広報協会 注目度注目度5


論考
船大工の技術と知恵
松井哲洋
一 はじめに
 木造建築物は一、〇〇〇年以上前のものも現存するが、和船は一〇〇年前のものすら残っていることはまれである。スリアワセや船釘といった和船の基本技術が何時どのように発生し、変化、または伝播してきたのかというもっとも基本的な部分や、それぞれの船に秘められた船大工の知恵や技術も十分に解明されないまま、船大工の高齢化とFRP船の普及などにより消え去ろうとしている。
 利根川水系の高瀬船は、数一〇〇キロメートルに及ぶ長距離で浅瀬の多い川を、弁才船に匹敵するほどの大量の荷物を積んで効率よく運搬する国内最大級の船であった。そのために、船の随所に工夫がなされていたものと考えられている。しかし、その実態は十分に解明されているとは言い難い。
 本論では、和船の基本技術の概要と高瀬船に秘められた船大工の知恵について述べてみたい。
 
二 和船の基本技術
(一)和船の基本技術の概要
 和船の基本技術には、(1)板を切り出すための製材技術、(2)板と板とを密着させて水密構造をつくるための技術「スリアワセ」「船釘による固着」「マキハダの充填」、(3)船形をつくるための技術「焼き矯め(やきだめ)」などがある。その他にも、船の強度や船の維持管理に関する技術などがある。
 スリアワセという言葉には、(1)スリアワセ鋸(のこぎり)により、板と板の間を削ぎ落とし、相互の凹凸を減少させて密着させる。(2)さらに、(1)ののちに玄翁(げんのう)で接合面を軽く叩いて圧縮し、目の小さいスリアワセ鋸で接合面を毛羽立たせるためのアテズリを行い、接合面の木の膨潤を利用して充填材なしで水密構造とする。という二通りの意味がある。私は、(1)のスリアワセ技術を広義のスリアワセ、(2)の技術を狭義のスリアワセと呼んでいる。
 接合面の固着方法には、(1)船釘、(2)チキリ、リュウゴ、(3)船鎹(ふねかすがい)の使用事例があり、さらにそれらを組み合わせて使用するものもある。また、鉄釘ではなく竹釘の使用事例もあり、紐で結束する事例もある。
 マキハダにより接合面の空隙を充填する技術には、マキハダ以外の繊維質のものを充填することや、漆系のパテを使用するものがある。最近では、接着剤の使用も多い。
 
(二)船釘
 和船は・刳り抜き船→準構造船(刳り抜き船+板)→構造船(すべて板で構成)と発達してきたと考えられている。この発達の過程で、板と板との接合技術が重要な役割をはたしている。この接合技術にとってもっとも重要な部材が釘である。
 手打ちの釘のほとんどは、断面が方形のいわゆる和釘・角釘と呼ばれている。この釘の断面の縦横比は約一・〇であるが、和船の板に使用されるものは、縦横比が一・〇以上あるものが多い。釘は、釘職人が鍛造するのだが、手打ちのため、縦横比にもある程度のばらつきが発生する。ただし、職人であれば、縦横比一・〇のものを鍛造する場合、発生する誤差は五〇パーセント以下であろう。そのために縦横比一・五以上あるものは、断面が扁平な釘を意図して鍛造したものと考えることができる。また、特殊な船釘を除き、各地にあった和船の船釘の縦横比は一・五以上であった。そのため、私は、断面形状が扁平で、縦横比が一・五以上のものを和船の船釘と呼んでいる(図版1)。
 この扁平な船釘が、いつ、どこで使用されはじめ、どのように発達、伝播していったのかは不明であるが、瀬戸内からの造船技術の伝播との関連性が指摘されることもある。
 広島県福山市の草戸千軒町遺跡出土の井戸枠転用板に、三種類の船釘の使用痕が見られるのが初見である。
 宝暦十一年(一七六一)に書かれた『和漢船用集(1)』には、すでに現在とほぼ同一の船釘が描かれている。
 利根川水系での初見は、佐野市の越名河岸跡遺跡から出土した船釘(2)である。この船釘は、板の継ぎ手に固着された状態で出土した。釘の長さは約四寸。用法と形状から落釘(縫釘)であることがわかる。この釘の形状や用法は、現在のものとほとんど同一である。板の厚さは一寸以上あり、比較的大きな川船が、利根川水系に存在していたことが推測される。
 
図版1 船釘と建築用角釘
 
(三)中国江南地方の船大工道具の事例
 和船という言葉からは、(1)日本で作られた木造船全般(木船やフレーム工法による洋形船までを含む)という広義の意味と、(2)スリアワセや船釘による板の接合で巾の広い大きな板を造る大板構造の船という狭義の意味とがあるものと思われるが、この狭義の意味での工法が、日本独自のものなのか、それとも他の国と共通したものなのかといった和船の根源に関する議論は、あまり活発に行われてこなかったようである。近年になり、松木哲・出口昌子・赤羽正春・織野英史らにより、和船の基本技術の発生や伝播に関する研究が活発に行われるようになってきた。また、東アジアの国の研究者との連携も行われはじめたようである。
 平成一〇年から一二年、私は、杭州・蘇州など中国江南地方の旅で、木造船製作道具に出会い、その中でスリアワセ鋸や船釘と出会う幸運に恵まれた。
 そこで、これらの道具と日本の船大工道具とを比較してみると、つまりこうである。日本の手道具は手前に引き、中国のものは押すものが多いといわれている。江南地方でも押して使う枠鋸が主要鋸である。しかし、紹興の老船大工の道具の中には、手前に引く鋸があって、実際にその用法を実演していただいた。これはその用法からみて、スリアワセ鋸であろうと推測できる(拙稿「船釘と遊ぶ」『民具集積』六、四国民具学会、二〇〇〇)。
 この鋸の歯並びのアサリは、右・左・中であり、日本の鋸の右・左とは多少異なっている。房州船鋸との比較では、中目より少し大きめの歯である。歯の形状や大きさなどから推測すると、広義のスリアワセ鋸に該当するものと思われる。
 江南地方で使用されている船釘は、断面の縦横比がほぼ一・〇のものが多く、日本の扁平な船釘とは異なっているが、日本の落釘(縫釘)と類似の方法で二枚の板を矧ぎ合わせている。ただし、釘穴は、弓錐の回転により開けられており、日本の鍔鑿(つばのみ)のような、叩いて釘穴を開ける道具には出会えなかった。
 無錫の船道具店では、日本の船釘と同様に扁平(縦横比一・五以上)の釘に出会うこともできた。
 スリアワセ鋸や、船釘の用法からは、中国江南地方と日本の和船の接合技術には、類似のものが認められるといえそうである。
 充填には、麻紐と油灰を使用する。油灰とは、石灰と桐油を混ぜたものであり、時間が経つと硬く硬化する。日本のマキハダに相当するものが麻紐であるが、油灰は和船での使用はみられない。しかし、和船の充填に漆の使用が見られる水域があり、これと類似の技法だということができるのかもしれない。
 図版2は、収集した江南の船大工道具の一部である。
 
図版2 中国江南の船大工道具の一部
 
 江南地方は、南船北馬といわれたように、中国でも舟運が古くから発達した地域であり、多様な船型や推進具を持つ川船に出合うことができた。この水域の川船には、高瀬船のように巾の広い船首をもった船が多い。しかし、その船首形状は、高瀬船とは多少異なっている。高瀬船などの船首は立板造りと呼ばれているが、江南地方のこれらの船は、横板造りとでも呼べばいいのだろうか。江南地方の川船や高瀬船などのように、数枚の板で構成された船首構造を持つ船を図版3で比較した。
 
図版3 船首が数枚の板で構成される船
 
(四)利根川水系の船と船大工道具
 利根川水系や近隣水域で出会った船大工や、現存している船の分布情況が図版4である。△は船大工、○は船である。霞ヶ浦、北浦と水郷地帯に関しては詳細な調査を行ったが、その他の水域に関しては未調査水域も残されている。
 現存している船の工法や船大工の道具からは、一部のものを除き、ほぼ均質なものであることが確認された。しかし、製作されている船には、各水域で多様なものがあり、船の形状からの船大工技術の解析は注意を要することを知らされた。
 船釘は、船大工により多少の差異が認められたが、入手経路(関東か、関西かなど)により異なっている可能性が高い。船釘や鍔鑿などの解析は今後の課題である。
 
図版4 利根川水系及び近隣水域の船大工、船、部材


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