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5.1 協力現象型の不安定移行と相関次元
i)擾乱の振動数ωf=242(rad/sec)の場合:[Fig. 5参照
 相関次元D2は、荷重振幅の増加とは関係なくほぼ一定の値D2=1.89であったものが、不安定に移行する直前に急速に増加してD2>2となり、その後1.8<D2<2.5で急激な変化を繰り返し、不安定へと至っている。この相関次元D2の変化は、当然ポアンカレ断面の様相変化に対応している。
 相関次元D2がD2<2である点A(Z'=1.080×10-4)および点C(Z'=1.015×10-3)でのポアンカレ断面は、3次元空間中の2次元平面上に点の分布が集中しているのに対して、相関次元がD2>2となる点B(Z'=1.002×10-3)でのポアンカレ断面は、点の分布が3次元空間中に広がっている。つまり、相関次元D2=2を閾値にポアンカレ断面の幾何学的構造が変化しており、点Aの状態(D2<2)から点Bの状態(D2>2)への変化は、応答変位の軌道がT2トーラス内で収まっていたものから、応答がカオス挙動に変化したことに対応していると考えられる。
 また、Fig. 9に示す点Bでの応答変位のスペクトル分布が連続的なスペクトル分布となっていることからも、点Bの状態(D2>2)でカオス挙動であることが確認できる。
 さらに、不安定へ移行する直前の、相関次元が1.8<D2<2.5で急激に変動する領域は、安定から不安定へ移行する遷移域であると考えられる。
 
Fig. 9  Power Spectrum
f=242(rad/sec), Z'=1.002×10-3].
 
ii)擾乱の振動数ωf=241(rad/sec)の場合:[Fig. 6参照
 荷重振幅が小さい時は非常に規則的な運動をしており、点A(Z'=1.023×10-5)では、ポアンカレ断面は2次元平面上の曲線に近いため相関次元D2は1に近く、D2=1.16である。荷重振幅が増加していくと、ポアンカレ断面上の点の集合は曲線であるが、平面的に広がりのあるものとなるため相関次元D2も増加し、点B(Z'=6.166×10-5)では相関次元D2が1.45となる。
 さらに荷重振幅が点Bを超えると、ωf=242(rad/sec)の場合の不安定直前で見られる増加の割合よりは緩やかではあるが、急速に2を超えて2.40付近まで相関次元D2は増加し、D2>2である点C(Z'=1.380×10-4でのポアンカレ断面は3次元的に広がった状態となり、その後不安定へと至る。
 つまり、擾乱の振動数が固有振動数とほぼ一致するωf=241(rad/sec)の場合も、荷重振幅が小さい時の応答変位軌道の様相と、その様相の変化の仕方は異なるが、相関次元がD2<2の状態からD2>2の状態を経て不安定へ移行するという過程は、ωf=242(rad/sec)で代表される他の協力現象型の場合と同じである。
 
5.2 セルフ・アセンブル型の不安定移行と相関次元
i)擾乱の振動数ωf=146(rad/sec)の場合:[Fig. 7参照
 荷重振幅が小さい時は、相関次元D2は1.50近くのほぼ一定の値であるが、少し増加して、点A(Z'=5.412×10-4)でD2=1.60となった後に小さな跳躍を起こして減少し、点B(Z'=6.813×10-4)でD2=1.42となる。その後、相関次元D2は一度大きく減少するが、不安定移行の直前に急速な増加を示し、点C(Z'=4.699×10-3)ではD2=1.54となる。さらにその後相関次元D2は、大きな増減のないまま、2を超えることなく不安定へと至る。
 点Aでのポアンカレ断面は3次元空問中の2次元平面上に分布しており、協力現象型のωf=242(rad/sec)における点Aと比較して点の分布に偏りがあるため、ωf=242(rad/sec)における点Aの相関次元D2=1.89より小さな相関次元D2=1.60となっている。
 次に、跳躍を起こした後の点Bでのポアンカレ断面は、小さな曲率を持った2次元平面上に曲線を密に描くように点が分布しており、点Aと比べて偏りが大きいため、相関次元D2の値は小さく、D2=1,42である。しかし、跳躍後の点Bでは、跳躍前の点Aと比べてポアンカレ断面の大きさが急激に大きくなっており、さらに点の分布する平面も歪んでいるが、これらの変化を相関次元D2から把握することは難しい。
 さらに、不安定移行の直前である点Cでのポアンカレ断面の点の分布は、大域的には点Bと同様の曲率をもつ2次元平面であるが、一部に3次元的に発散している部分がある。よって相関次元D2は点Bより大きくなるが、3次元的に発散している部分が全体の分布と比較すると小さいため2を超えない値となる。また、点Cでは推定誤差hが大きくなっており、分布関数の近似が悪くなっていることがわかる。
ii)擾乱の振動数ωf=138(rad/sec)の場合:[Fig. 8参照
 荷重振幅が小さい時は、荷重振幅の増加とは関係なく相関次元D2はほぼ一定値D2=1.44であるが、荷重振幅が点A(Z'=6.813×10-5)を超えた辺りから相関次元は、協力現象型に比べて緩やかに増加する。しかし、相関次元D2は2を超えず、D2=1.94となる点B(Z'=1.259×10-3)で増加が止まり、その後、点C(Z'=1.366×10-3)まで急速に減少し、さらにその後は増加しながら不安定へと至っている。
 点Aでのポアンカレ断面は、ωf=146(rad/sec)における点Aと同様、3次元空間中の2次元平面上で偏って分布しているが、荷重振幅の増加に伴って、点Bの状態まで2次元平面上で分布が広がっていく。また、点Bでは推定誤差hが小さな値となっており、近似している分布関数が良い一致をしていることを示している。
 さらに、点Cでの相関次元D2=1.23は1に近く、ポアンカレ断面はリングのような曲線に近い分布となる。これより、不安定へ移行する直前にT2トーラス上の比較的単純な形の応答変位軌道へ収束し、その後不安定へ移行していると考えられる。
5.3 安定性指標としての相関次元
 協力現象型の不安定移行では、不安定領域直前で、ポアンカレ断面が2次元平面上の分布から3次元空間上の分布に変化するという幾何学的な変化を伴ってカオス状態に移行し、この変化に対応して相関次元D2もD2<2からD2>2と変化することが分かった。よって、相関次元D2を用いることによって、D2>2となるカオス領域を判別することが可能である。
 これに対して、セルフ・アセンブル型の不安定移行では、擾乱の振動数によって不安定へ移行する様相が異なる上に、協力現象型のような応答変位軌道の明確な幾何学的変化がないため、相関次元の値をそのまま安定性判別に利用することは難しい。しかしながら、ポアンカレ断面の複雑さに対応して、相関次元は1<D2<2の間で変動するため、相関次元の変化を観察することにより、不安定領域に至るまでの応答変位の複雑さの変化を連続的に把握することが可能である。
 
6. 結言
 非保存力学系に対する安定性判別法を確立するために、水圧型の従動荷重を受ける薄肉シェル構造を対象として、負荷時の擾乱による動的挙動を数値解析し、応答変位、ポアンカレ断面および相関次元の変化を調べた結果、安定性指標としての相関次元に関して以下のことが明らかになった。
1)相関次元を用いることによって、擾乱の増加により生じる、周期的な運動からカオス挙動への変化といった、応答変位軌道の幾何学的変化を伴う運動の変化を捉えることが可能である。ただし、相関次元の変化を観察することによって、応答変位の複雑さの変化を把握することは可能であるが、その様相の詳細な分類ができる程の判別性は期待できない。
2)不安定に至る主要因が明確な協力現象型では、不安定へ移行する直前までは様相変化が小さく、周期的な運動から不安定へ移行する直前、カオス挙動となり、遷移領域を経て不安定へ移行する。このタイプの安定性判別には、相関次元が有効である。
3)不安定移行に多くの要因が関与するセルフ・アセンブル型では、不安定に至るまでの様相変化は様々で、不安定移行前に一度周期性が強い運動となった後、カオス挙動が発達する前に不安定へ移行する場合がある。このタイプの安定性判別には、相関次元だけでは不十分である。
 薄肉シェルの非周期運動に多くの要因が複雑に影響し合うセルフ・アセンブル型の不安定は、相関次元に拘らず他の方法でも判別が難しい。このため、比較的柔軟な薄肉シェルの構造設計では注意を要する。
 
参考文献
1)例えば、J.M.T. Tompson, H.B. Stewart: 非線形力学とカオス, オーム社, (1988)
E. Atlee Jackson: 非線形力学の展望1, 共立出版, (1994)
2)福地信義, 岡畑豪:擾乱のある従動荷重を受ける薄肉シェルの非周期運動と不安定移行, 日本造船学会論文集, 第192号, (2002), pp.669-681
3) Fukuchi, N., George, T., Shinoda, T.: Dynamic Instability Analysis of Thin Shell Structures Subjected to Follower Forces (1st Report)The Shell Governing Equations in Monoclinically Convected Coodinates, Journal of the Society of Naval Architects of Japan Vol.170 (1991), pp.439-447.
4) George,T., Fukuchi, N.: Dynamic Instability Analysis of Thin Shell Structures Subjected to Follower Forces (4th Report) Quantitative Stability of Disturbed, Journal of the Society of Naval Architects of Japan Vol.174 (1993), pp.787-796.
5)田中太氏, 福地信義:擾乱による構造の非周期運動と相関次元―従動力を受ける円形アーチのカオス挙動―, 西部造船会々報, 第101号, (2001), pp.205-215
6) Kevin Judd: Estimating dimension from small samples, Physica D, Vol.71 (1994), p.421 -429.
7)合原幸一編, 池田徹ほか著:カオス時系列解析の基礎と応用, 産業図書, (2000)
8) P. Grassberger, I.Procaccia: Measuring the strangeness of strange attractors, Physica,Vol.9D(1983), pp.189-208.
9) Kevin Judd: An improved estimator of dimension and some comments on providing confidence intervals, Physica D, Vol.56 (1992), pp.216-228.


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